我が国の外交・安全保障の基本方針を盛り込んだ国家安全保障戦略など3つの文書が改定され、16日閣議決定された。
防衛力を抜本的に強化するための予算の財源として、1兆円の増税方針も与党の税制改正大綱に盛り込まれた。
岸田首相は当日の記者会見で「国家、国民を守り抜く総理大臣としての使命を断固として果たしていく」と胸を張った。
今回決定された内容は、戦後の安全保障政策を大きく転換するもので、国民はどのように受け止めるのだろうか、個人的に大きな関心を持ってきた。その国民の受け止め方について、報道各社の世論調査がまとまった。
それによると各社の調査とも、今回の防衛増税については「6割以上が反対」という厳しい受け止め方をしていることが浮き彫りになった。
こうした世論の動向は、防衛財源をめぐる議論に当たって大きな意味を持つ。同時に年明け以降の岸田政権の政権運営にも大きな影響を及ぼすことになるだろう。
防衛費増は賛否拮抗、増税に強い反対
報道各社の世論調査は17、18の両日行われ、朝日、毎日、産経、共同の各社の調査結果がそれぞれ報道されている。
▲政府は、防衛力を抜本的に強化するため、2023年度から5年間の防衛費を1.6倍の43兆円とする方針を決めた。こうした防衛費の賛否について、各社の調査結果は、次のようになっている。
◇朝日は賛成46%ー反対48% ◇毎日は賛成48%ー反対41% ◇産経は評価する46%ー評価しない48% ◇共同は賛成39%ー反対53%
社によって多少のばらつきがあるものの、賛成と反対に二分されており、その比率はかなり拮抗している。
▲政府・与党は、防衛力を整備する財源として、およそ1兆円増税する方針を決定したが、どのように評価するか。
◇朝日は賛成29%ー反対66% ◇毎日は賛成23%ー反対69% ◇産経は評価する26%ー評価しない70% ◇共同は支持する30%ー支持しない65%
各社の調査とも賛成は3割以下に止まり、反対は6割以上で共通している。反対の割合は、65%以上から70%と多い。3人のうち2人の割合で、反対または支持・評価しないという厳しい受け止め方をしているのが特徴だ。
順序が逆、防衛力の中身知らされず
それでは、岸田首相にとって誤算はどこにあったのか。1つは、増税に関する情報、説明が圧倒的に不足していたことが、わかっていなかったのではないか。
岸田首相が防衛力整備に具体的に踏み込んだ発言をしたのは11月28日が最初で、防衛費をGDPの2%水準にするよう指示した。その翌週12月8日には増税の検討を指示し、その後わずか1週間で増税内容を決めたことになる。国民の多くには、拙速と映ったのではないか。
次に議論の進め方の問題もある。防衛力を抜本的に強化するのであれば、その内容、目的などを明確に十分説明したうえで、財源を検討、その上で、年末の予算編成時に予算内容を提示するのが、本来あるべき望ましい進め方だ。
ところが、今回は「順序が逆」で、増税の議論が先行、後から防衛3文書の中身が公表となり、国民に対して不親切という指摘は与党幹部からも聞かれた。
さらに、増税の内容やタイミングの問題もある。例えば、東日本大震災の「復興特別所得税」の転用、目的外使用とも言える筋の悪い提案が出てきた。
あるいは、国民が物価高に苦しんでいる時期であることや、企業が賃上げに乗り出そうとする矢先で、経済政策の面からも失敗といった酷評も聞かれた。
このように防衛力整備の内容や意義を国民に十分説明しないまま、増税論が先行し、混乱したツケが、政権側に跳ね返る構図になっている。
”竹下流、覚悟や段取りなし”
増税実施に当たって、国民の理解を得るのはどの政権にとっても難しいのは事実だ。但し、岸田政権の対応は余りにも「覚悟と段取り」が乏しいと感じる。
新たな方針を決めた日の記者会見で「増税のプロセスが拙速ではないか」と聞かれたのに対し、岸田首相は「プロセスに問題があったと思っていない。昨年の暮れから議論を進めていた」と反論した。そして、関係閣僚をはじめ、政府の有識者会議などにも諮り議論を重ねてきたことを強調した。
だが、増税の問題は、国会などでの議論を通じ、繰り返し説明することで国民に説明・説得できるかが重要な点だ。昭和や平成前半の首相や政権幹部は、国会での与野党の質問者の背後にいる国民を意識し、答弁する人が多かったと思う。
その典型が、消費税導入に取り組んだ竹下元首相だ。「たとえ、いかなる困難があろうとも、もし聞く人がなくとも『辻立ち』してでもわが志をのべる」と訴え、野党の追及にも耐え、段取りを整えながら法案の成立にこぎ着けた。
これに対して、安倍政権以降この10年、国会での議論を嫌がり、もっとはっきり言えばムダと考える閣僚や幹部が増えたように思う。
岸田政権もこの延長線上にあり、政権内での議論は続けるが、世論に向き合い、意見を分析しくみ上げる力が弱いのではないか。旧統一教会の問題に続いて、今回の防衛問題でも同じような失敗を繰り返しているように見える。
具体的には今年5月、来日したバイデン大統領との会談で岸田首相は「相当な防衛費の増額」を約束しながら、国会や国民に対する掘り下げた説明はみられなかった。竹下元首相流の覚悟や段取りはみられなかったと言わざるを得ない。
世論への向き合い方が弱ければ、内閣支持率の下落は避けられない。報道各社の今月の内閣支持率をみるといずれも30%台前半で政権発足以来最低の水準に落ち込んでいる。不支持率は、5割から6割台にも達している。
内閣支持率は、旧統一教会関連の新法成立が評価されて、いったん下げ止まりとみられていたが、防衛増税の問題で再び、歯止めがかからなくなった。
年末の予算編成を終えても支持率が大幅に上昇するような材料は、見当たらない。世論の動向は、岸田政権の今後の政権運営にも引き続き、大きな影響を及ぼすことになりそうだ。
このため、年明けの通常国会までに防衛問題などで国民の理解と支持を得られるかどうかは、岸田政権の政権運営にあたっての大きな難問、難所になるとみられる。
その際、岸田首相が国民に真正面から向き合い、段取りを設定しながら着実に懸案を処理できるかどうか、難しいかじ取りを求められる年になるのではないか。(了)