ウクライナ侵攻1年と日本の防衛問題

ロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから、24日で1年になる。これを前にアメリカのバイデン大統領は20日、ウクライナを電撃訪問し、揺るぎない支援を続ける考えを世界にアピールした。

これに対し、ロシアのプーチン大統領は年次教書演説で、ウクライナへの侵攻を継続する考えを表明し、ロシアと欧米諸国の非難の応酬が続いている。

ウクライナの前線は一進一退の状況だとみられるが、春先から夏にかけての攻防がどのような展開になるのかが大きな焦点だ。

ロシア軍が大規模な攻撃に踏み切るのか、ウクライナ軍が欧米諸国から供与された戦車などを活用し、反転攻勢へ打って出るのかどうか戦況は予断を許さない。

この1年、日本からウクライナの対応をみて感じるのは、国民の強い防衛意識だ。報道によると最近のウクライナの世論調査では「勝利を確信する」と答えた人は95%、「領土に関して妥協すべきでない」という人は85%に上っているという。

去年の侵攻当初は、軍事大国ロシアの軍事攻勢で数日のうちに制圧されてしまうのではないかとの見方も聞かれたが、ウクライナ国民はシェルターなどでの生活に耐え、徹底抗戦で跳ね返した。

こうした要因としては、ゼレンスキー大統領の優れた統率力もあるだろう。また、欧米の軍事支援も後押しになったが、やはり、自らの国の独立と自由な暮らしを守り抜きたいという強い防衛意識が戦いを支えたのではないかと思う。

 防衛力整備、政府の国民への説明に弱さ

それでは、日本の場合、国民の防衛意識や、政治の対応はどうだろうか。岸田政権は防衛力の抜本強化の方針を打ち出したが、政府案のとりまとめの調整に追われ、国民への説明、説得などの働きかけが極めて弱かったのではないかと思う。

政権の関係者を取材すると「防衛力整備の中身の調整に想定以上に時間がかかってしまった」と語り、与党や国民に対する説明が必ずしも十分ではなかったとの考えを漏らしていた。

防衛費の大幅増額と、その財源確保のとりまとめに政権の相当なエネルギーを費やしたことは事実だろう。しかし、それでも国民に対して、防衛の現状とめざす内容を理解してもらうよう働きかけを強める必要があったと考える。

というのは、NHKの2月の世論調査(10~12日実施)では、◆防衛費の大幅増の評価は、賛成、反対ともに40%ずつ二分されたままだ。政府が方針を決定した12月調査では一部質問の表現は異なるが、賛成は51%あったのが、2月までに11ポイントも減少したことになる。

◆防衛増税は賛成23%に対し、反対64%で、反対が圧倒的に多い状況だ。

朝日新聞の2月の世論調査(18、19日実施)でも◆防衛費を増やすための1兆円増税については、賛成は40%に対し、反対は51%で上回っている。

通常国会の論戦が始まって既に1か月が経過したが、政府が戦後防衛政策の大転換と位置づけている防衛政策と予算案について、国民多数の賛成を得られていない状況は重く受け止める必要がある。

 防衛の主要論点、参院で徹底審議を

それでは、なぜ、国民の多数の賛成を得られていないのか。22日に行われた衆議院予算委員会の集中審議でのやりとりが、ヒントになる。

質問に立ったのは立憲民主党の泉代表で「政府・防衛省は、新年度予算案でアメリカから購入する巡航ミサイル『トマホーク』の数量などを防衛機密だとして、公表できないとしている。しかし、アメリカ国防省は自らのホームページで、同じトマホークを今年度、1発の購入単価5.4億円、40発を買い取ることを明らかにしている」などと追及した。

岸田首相はこれまで手の内を明かすことになると公表を拒んできたが、「関心が高いので、数量などを改めて検討したい」と情報開示に前向きの答弁をせざるを得なかった。

岸田首相は施政方針では「国会で堂々と議論したい」と強調したが、予算委員会の質疑では、具体的な情報や自らの考え方をほとんど明らかにしない。防衛論争が一向に深まらない大きな要因になっている。

国民の多くは、武器の詳細な性能などを知りたがっているのではない。防衛力を向こう5年間で、新たに17兆円も増額してどこまで日本の防衛力が強化されるのか、基本的な判断材料を示してもらいたいと考えている。

衆議院予算委員会の論戦も最終盤で、予算案の採決が近く行われる。防衛問題の主な論点は詰めの議論を残したまま、参議院での予算審議に持ち越される公算が大きい。

主な論点としては、◆相手国のミサイル基地などを叩く「反撃能力」の保有が、「先制攻撃」とならないようにするための対応策、基準づくりをどうするのか。

◆反撃の武力行使を行う場合、自衛隊は相手の標的などの情報把握をどのように行うのか。米軍との攻撃面での運用・調整は可能なのか。

◆戦闘機などの正面装備に比べて、弾薬、燃料などの継戦能力に弱点があるとされてきたが、どの程度改善されるのか。

◆台湾有事などに備え、沖縄や南西諸島の避難計画のほか、全国的に国民の避難施設、シェルターなどの整備はどの省が中心になって整備していくのか。

国民が知りたいと思われる一例を挙げたが、こうした論点について、これまでのところ政府側から具体的な説明はほとんどなされていない。参議院では、こうした論点について、国民にわかりやすい説明、議論を行ってもらいたい。

 首相ウクライナ訪問、日本の視点で判断

冒頭にも触れたが、アメリカのバイデン大統領がウクライナを電撃訪問したのに続いて、イタリアのメロー二首相も現地入りし、G7首脳で訪問していないのは岸田首相だけになった。

このため、政府内では、日本もゼレンスキー大統領から招待を受けていることに加えて、G7議長国であることから、5月の広島サミットまでには訪問を実現したいと焦りを強めている。

岸田首相のウクライナ訪問は、実現が望ましいのは当然だ。但し、首相の訪問は、安全性や国会のルール、情報管理などの面でハードルが多い。最も重要なことは、戦地などでは現地の政府や国民に迷惑や負担をかけてはいけないことだ。

首相の人気・評価の獲得といった政治的パフォーマンスで、周辺が対応してもらっては困る。日本は欧米とは地理的にも大きな違いあり、NATOの加盟国でもない。

日本の立場、独自の視点で安全性などが確保できるまで、訪問は見送りたいと堂々と表明して、G7議長国としての役割を果たせばいいのではないか。

合わせて、日本は先の大戦を教訓に平和外交を戦後一貫して追求しており、民生支援を軸に国際社会とともに歩んでいく基本方針を表明するのが基本だと考えるが、どうだろうか。

一方、国内の防衛力整備については、国会で政府と与野党が質疑を通じて国民の理解を深めたり、必要に応じて法案・予算案の修正を図ったりして、国民全体の合意を広げる必要がある。

国会の質疑も内外の重要課題を取り上げる予算委員会の議論に限らず、外交・防衛に関係する委員会で、恒常的に議論を続けてもらいたい。

その際、防衛・軍事面については、専門の自衛官幹部を招いて意見を聴取する時期を迎えているのではないか。自衛隊は文民統制が基本であり、具体的には国民の代表である国会が、自衛隊の意見も聞きながら決定するのが本来の姿だ。

ウクライナ侵攻を可能な限り早期に終わらせると同時に、政府と国会は、日本の外交・安全保障のあり方を国民全体で考えるように具体的な取り組みを進めてもらいたい。(了)

 

 

政策転換も支持率低迷続く岸田政権

岸田政権が打ち出した防衛力の抜本強化や異次元の少子化対策などの政策転換は、国会論戦を通じて世論にどのように受け止められているのか?NHKと共同通信の2月の世論調査結果がまとまったので、その結果を基に分析してみたい。

結論を先に言えば、焦点の防衛費の大幅増額は賛否が分かれ、防衛増税は反対多数の状況は変わっていない。少子化対策も児童手当の所得制限撤廃には慎重論が強く、そもそも政府の具体策がはっきりしない問題を抱えている。

さらに、岸田内閣の支持率は、支持と不支持の逆転状態が5か月連続の低水準で、政治の先行きは不透明だ。

こうした背景には国会論戦が低調で、政権や国会が政策転換にふさわしい判断材料や多角的な議論を提供できていない点に大きな問題があるのではないか。

 防衛政策転換、国民の支持広がらず

まず、国会の焦点の1つになっている防衛政策からみていきたい。NHKの世論調査(10日から12日実施)によると、政府が2023年度から5年間に防衛費の総額を43兆円に大幅に増額する方針については、賛成、反対がそれぞれ40%ずつで、二分されている。

設問の表現が一部異なるが、政府がこの方針を打ち出した12月調査では、賛成が51%で、反対の36%を上回っていた。その後、岸田首相の施政方針演説や衆院予算委員会で与野党の論戦を経て、2月の調査では賛成が11ポイント減り、反対が4ポイント増えたことになる。

また、防衛費の財源の一部を確保するため、増税を実施する方針については、賛成が23%に対し、反対は64%と多数を占めている。この設問も一部表現が異なるが、1月の調査では賛成が28%、反対が61%だった。引き続き、反対多数という傾向は変わっていない。

政府は、防衛増税の実施時期を来年以降に決めるとしているので、新年度予算案に直ちに影響することはない。しかし、岸田政権が戦後の安全保障政策の大きな転換と位置づけている防衛力強化の予算と財源について、国民の支持が広がっていない事実は重く受け止め、対応を考える必要がある。

 児童手当の所得制限撤廃は反対多数

次に岸田政権が「次元の異なる少子化対策」と位置づけている「子ども・子育て政策」はどうか。世論調査では、政府が打ち出した「子ども予算の倍増方針」について、賛成は69%で、反対は17%だった。

自民党の茂木幹事長が代表質問で打ち出し、政府・与党が検討している児童手当の所得制限の撤廃については、賛成が34%に対し、反対が48%で上回った。

共同通信の世論調査(11日から13日実施)でも賛成が44%に対し、反対が52%と多かった。今の制度で導入されている所得制限を撤廃すると限られた財源が、所得の高い世帯に支給されるとして、反対や慎重論があるためとみられる。

NHK世論調査では、子ども予算を増やすために国民の負担が増えることについても聞いている。「負担が増えるのはやむを得ない」が55%に対し、「負担を増やすべきではない」は35%だった。

但し、「負担が増える」具体的な内容を示さずに聞いているので、今後、例えば社会保険料からの拠出といった内容が決まると、評価が変わる可能性がある。いずれにしても政府は最重要課題と位置づけるものの、政策の重点や具体策を明らかにしていないので、国民の評価も定まらない。

このほか、岸田首相の元首相秘書官が、同性婚をめぐる差別発言をして更迭されたことから、同性婚の賛否についても聞いている。同性婚を法律を認めることについて、賛成は54%に対し、反対は29%に止まっている。自民党の支持層でも賛成が半数に達している。

 岸田政権 支持率低迷の長期化

さて、岸田政権の支持率だが、NHKの調査によると◇支持率は36%に対し、◇不支持率は41%だった。

先月との比較では、◇支持が3ポイント上がり、◇不支持が4ポイント下がった。このところ、数ポイント差で上下を繰り返しているので、事実上、横ばいとみていいだろう。

共同通信の世論調査も◇支持率は33.6%で、前回調査から0.2ポイント増の横ばい。不支持率は2.2ポイント減の47.7%だった。

内閣支持率は傾向・流れをみるのが大事だ。NHKの調査で岸田内閣の支持率は、去年10月に3割台に落ち込んで以降、不支持が支持を上回る逆転状態が5か月続いている。「支持率低迷の長期化」がウイークポイントになりつつある。

こうした原因だが、岸田政権の場合、防衛力の抜本強化などを打ち出したが、国会論戦の段階になっても具体的な内容を掘り下げて説明したり、野党側と丁々発止議論したりする場面がみられない。

子ども対策も施政方針演説で「次元の異なる少子化対策」として大々的に打ち出したが、中身は担当閣僚の下で検討し、その後、財源問題は総理官邸が引き取って調整し、6月の骨太方針で決める段取りだ。防衛増税の時とは変わって、今度は長い検討時間が予想され、国民の心に響かない。

新年度予算の審議であれば、国民は40年ぶりの物価高騰や経済・金融対策の議論を期待するが、政権から新たなメッセージは未だに発信されない。これでは、内閣支持率が好転し、反転攻勢へとはつながらないのではないか。

政界やメデイアの一部では、岸田首相による早期解散説も取り沙汰されるが、政権の支持率が低迷していては難しい。安倍首相は奇襲解散を仕掛けたが、支持・不支持が逆転しても2か月程度で回復、復元力を備えていたからできたことだ。

 優先課題の設定、論戦の活性化を

一方、野党側についても政党支持率をみると、支持率を大きく伸ばしている政党はなく、自民党に大差をつけられ低迷している。

衆院の予算委員会は、かつては野党の最大の出番だったが、この国会で国民の多くが納得するような政権を問いただす場面があっただろうか。

また、衆議院の予算委員会としても多くの政治課題の中から、国政として最優先に議論すべきテーマを絞り込んで議論すべきではなかったか。そして、政府が具体的な方針を踏み込んで説明し、野党が問題点や対案を提示して議論を戦わせる取り組みが余りにも弱かったのではないか。

その結果、今回の世論調査にみられるように国民の疑問や不満が、内閣の支持率や、野党の支持率の低迷に凝縮して現れているのではないかと思う。

国会は14日に、日銀の新しい総裁・副総裁の人事案が示され、同意の手続きが進められる。論戦の主要な舞台となった衆院予算委員会は16日に公聴会が決まっており、これが終われば新年度予算案の採決に向けた動きが本格化する。

こうした審議日程を考えると新年度予算案の採決の前に、各党の党首クラスが質問に立って、岸田首相と締めくくりの論戦を戦わせるなど論戦を充実させる取り組みを考えるべきではないか。政策転換にふさわしい国会審議の質と、政治の立て直しが問われている。(了)

“難題滞留、審議は順調”国会予算委

国会は、衆議院予算委員会を舞台に新年度予算案の審議が続いているが、予算案の採決の前提になる「公聴会」が16日に開かれることが9日、決まった。これによって、新年度予算案の委員会採決の条件が整ったことになる。

予算案が委員会に続いて、本会議でも採決が行われて可決され、衆議院を通過する時期は、これまで平成11年・1999年の小渕政権時代の2月19日が最も早かった。今回は、これに次ぐスピード通過となる可能性もある。

去年は2月15日に公聴会、その後、集中審議を2日間入れたりして22日に衆院通過、戦後2番目に早い衆院通過となった。今回はどうなるかは今後の与野党の交渉次第だが、去年並の早い通過は間違いなさそうだ。

問題は、国会審議の中身だ。この国会の焦点になっていた防衛費の大幅増加と財源や、物価高騰と暮らし・経済のかじ取りなどの難問・難題については、さっぱり議論が深まっておらず、滞留したままだ。

このまま予算案の採決へと進むことで、与野党、政府はそれぞれの役割と責任を果たせたといえるのかどうか、国民の側がしっかり見ていく必要がある。

 野党の足並みに乱れ、論客不足も

この通常国会は、岸田政権が防衛力の強化や原発の活用など歴代政権の政策を大きく転換させたことから、審議は難航するのではないかとみられていたが、与党ペースで順調に審議が進んでいるのはどうしてだろうか。

その理由としては、攻める野党側の足並みの乱れと、論客の少なさが追及に迫力を欠く大きな要因になっている。

例えば8日の集中審議をみると、野党第1党の立憲民主党はベテラン議員が外交・安全保障問題を取り上げ、岸田首相の白熱した質疑を展開した。後続の質問者は、首相秘書官の更迭の原因となった同性婚問題を取り上げるなどテーマが多く、追及の焦点が定まらないようにみえた。

野党第2党の維新は、身を切る改革、衆議院議員の定数削減問題を取り上げた。国民民主党は、配偶者の就業抑制につながる年収の壁、共産党は防衛問題といったように各党バラバラで、一時のような野党間の連携はみられなかった。

党によって、質問の重点が異なるのは当然だが、与党から譲歩を引き出すためには、勢力の劣る野党側は連携、共闘しながら攻めなければ、成果は得られない。野党第1党の全体をとりまとめていく力量、野党各党の論客不足もある。

一方、与党の自民党も、焦点の外交・安全保障関係の質問は一部に止まった。かつてのようにベテラン議員が質問に立って、国民をなるほどと納得させるような奥の深い質疑は見られなかった。

また、岸田首相の答弁も従来の説明の繰り返しが多かった。施政方針演説では「決断した政府の方針や予算案について、国民の前で正々堂々議論し、実行に移す」と強い口調で決意を表明していたが、決意が伝わってくるような場面はまったく見られなかった。

 LGBT法案 児童手当問題も浮上

このように予算審議は最速に近いペースで進む一方、岸田政権の中枢の首相秘書官が「同性婚は見るのも嫌だ」などの差別発言をしたことが明るみになり、更迭された。

岸田首相は予算委員会で「政府の方針について誤解を生じさせたことは誠に遺憾で、不快な思いをさせてしまった方々におわびする」と陳謝するとともに「LGBT理解増進法案」の提出について前向きな姿勢を示した。

この法案は、既に超党派の議員立法としてとりまとめられたもので、一昨年、国会に提出直前に自民党内の一部の反対で見送られた。

欧米では同性婚を認める動きが広がっており、今年5月にG7広島サミットで議長国を務める日本としては、早期に成立させるべきだとの意見が強まっている。

但し、自民党内には、伝統的な家族観を重んじる一部議員の反発は根強いといわれ、岸田首相や党執行部が党内をまとめきれるかどうかにかかっているようにみえる。

このほか、児童手当の拡充をめぐって、岸田首相や茂木幹事長らは所得制限の撤廃や18歳までの支給対象拡大に前向きな姿勢を示している。これに対し、西村経産相らは、財源が限られているので、所得の少ない人たちに重点に置くべきだとして、所得制限の撤廃に否定的な考えを示し、意見が対立している。

以上、見たように岸田政権にとっては、当初、懸念していた防衛増税に議論が集中する事態は避けられた一方、LGBT法案や児童手当など新たな問題への対応を迫られている。

国会と政権はそれぞれの役割、任務を果たしているのかどうか。新年度予算案の衆議院通過などを1つの節目に、今度は世論の側がどのような評価・反応を示すのか、報道各社の世論調査の結果を注目している。(了)

 

 

 

 

 

 

“本丸の議論はどこに?”国会論戦

国会は、衆議院予算委員会で基本的質疑が30日から3日間にわたって行われ、各党の主張や論点が出そろった。各党の質問が集中したのは「防衛増税」や、岸田政権が打ち出した「異次元の少子化対策」、それに物価高と賃上げ対応などだ。

いずれも重要な問題で、議論してもらいたいテーマだが、戦後の安全保障政策の大転換と位置づけられている「防衛力整備の内容・あり方」については、踏み込んだ議論にはならなかった。

これは、岸田首相が「防衛力整備の具体的な内容を明らかにするのは適切でない」と説明を避けたことがある。

また、与野党双方が近づく統一地方選挙を意識して少子化対策や物価高騰対策を前面に押し出し、自らの党の存在感をアピールしたいとの事情も影響しているようにみえる。

しかし、これでは日本の安全保障はどのように変わるのか、肝心な点がさっぱりわからない。「本丸の議論はどこにいったのか?」との思いを強くする。これからの防衛論議や国会論戦はどうなっていくのか考えてみたい。

予算委質疑に違和感、議論の重点が不明

冒頭に少し触れたが、30日から始まった衆議院予算委員会の論戦に違和感を覚えた。具体的には、内外に”大きな問題”、難題を抱えているのに、どうも緊迫感が伝わってこないからだ。

取り上げられたテーマを並べると、防衛増税、物価高騰と賃上げ、少子化対策と児童手当の拡充、黒田日銀総裁の後任人事と金融政策、さらには岸田首相の欧米歴訪に同行した長男、翔太郎秘書官のお土産購入などが主なものだ。

多様で幅広く問題を取り上げているが、何を優先し重点にすえて議論をしようとしているのかはっきりしない。いわば”ごった煮”のままの議論が続いている。

もっと端的に言えば、戦後の安全保障政策の大転換といわれる「防衛力の整備」をめぐる国会の議論が深まらないが、このままで大丈夫かという思いがする。

防衛費の増額に伴う「増税」の議論は活発だが、その根幹である「防衛力整備」の議論は深まらない事態をどう考えたらいいのかということでもある。

反撃能力、防衛力の水準をどう考えるか

それでは、予算委員会での実際の議論はどうだったのか。野党側は、焦点の「反撃能力」保有について、専守防衛の基本から外れる恐れがあるのではないか。また、防衛費を向こう5年間の総額で43兆円にまで増やした理由、根拠は何か。

さらに、新年度予算案に盛り込まれているアメリカ製の巡航ミサイル、トマホークはどのくらいの数を購入するのかといった点を質した。

これに対して、岸田首相は「反撃能力は、専守防衛の範囲内で対応する。武力行使は必要最小限の措置となる」。防衛費の総額は「1年以上にわたって議論を積み重ね、現実的なシュミレーションを行って、防衛力の内容を積み上げ、規模を導き出した」などと説明した。

さらに、トマホークについては「詳細を明らかにすることは適切ではない」と具体的に言及することを避けた。

政府が、新しい防衛力整備の方針について、国会で説明するのはこの国会が初めてだ。その最初の国会で、岸田首相のこうした一般的な説明で国民が理解、納得するのは難しいのではないか。

防衛問題は軍事機密の関係もあり、詳細な説明は難しい面はあるが、基本的な考え方や原則、わかりやすいケースを挙げて説明することは可能だ。政府側の説明は、量、質、熱意ともに不十分といわざるを得ない。

一方、野党側は防衛増税については、そろって反対しているものの、反撃能力や防衛力の整備をめぐっては考え方に違いあり、バラバラだ。本丸の防衛力整備をどのように考えるのか、政府の方針をどのようにチェックしていくのか、それぞれの党の対応方針を明確に示していく必要がある。

国民は、「反撃能力」を保有して本当に安全が増すのか、自衛隊と米軍との役割はどうなるのか。防衛力整備の必要性はわかるが、どの程度の水準が妥当なのかといった点に関心を持っているものとみられる。

政府と与野党は、こうした防衛力整備という根幹部分の議論をどのように進めていくのか。予算委員会だけでなく、防衛・外交を所管する合同の委員会、あるいは特別委員会の設置でもいいのだが、国会で政府の外交・安全保障政策を点検、議論し、国民に判断材料を提供する取り組みを早急に整備してもらいたい。

防衛増税と与野党攻防、最後のカギは

予算委員会の論戦では、防衛費の増額に伴う財源の確保をどうするのか、もう1つの問題を抱えている。

政府は、5年後以降に不足する1兆円を増税で確保する方針だが、野党側はそろって反対している。この問題で、野党第1党の立憲民主党と第2党の日本維新の会は連携して対応する方針で、対案を検討することにしている。

これに対し、自民党は国会改革などに応じる考えを維新に伝えて、維新、立民の両党間にクサビを打ち込もうとしている。

維新を挟んで、立民と自民が綱引きをしており、防衛増税に対する野党の対案がまとまるかどうかをみていく必要がある。

このほか、岸田首相が打ち出した「異次元の少子化対策」が与野党に波紋を広げている。

元々、この対策・構想は、防衛増税に野党や世論の関心が集中するのを避けるための戦術だとみられていたが、メデイアが盛んに取り上げていることもあり、予想以上に関心を集めている。

自民党の茂木幹事長が、児童手当の所得制限廃止を打ち上げたかと思うと、立憲民主党は、民主党政権時代の政策の正しさが証明されたとアピールに力をいれている。

維新や国民民主からは、教育の無償化や税の負担軽減を図る制度の導入につながると期待する声も聞かれる。このため、野党の関心を引きつけて、足並みを乱すという政権サイドのねらいが一定の効果を上げつつあるようにも見える。

但し、この問題は最終的に財源がどうなるかで、評価がガラリと変わる。岸田首相が表明している子ども予算の倍増には、新たに5兆円もの巨額な財源が必要になる。

社会保険料や企業からの拠出金、教育目的の新たな国債発行などの案も取り沙汰されているが、世論が諸手を挙げて賛成となるかは不透明だ。この少子化対策でも本丸は、巨額な財源をどう確保するのか、難題を抱えているからだ。

防衛力整備と財源の問題に話を戻すと国会では、政府・与党が仮に十分な説明をしないまま新年度予算案の採決、衆議院通過で論戦のヤマを越えたとしても問題は、世論の支持がどうなっているかだ。

報道各社の1月の世論調査では、いずれも防衛力整備の賛否は二分され、反対が賛成を上回っている。防衛増税は、賛成が2割から3割、反対が6割から7割を占め、岸田内閣の支持率は低迷している。

こうした世論の動向を考えると、岸田首相にとっての本丸は「世論の風向き」を変えられるかだ。これまでの姿勢を改めて、真正面から国会の論戦に向き合い、国民を説得できるかどうかにかかっている。(了)