福島第1原発にたまる処理水について、東京電力は24日午後1時、政府の方針に基づいて、海への放出を開始した。
原発事故から12年を経て、懸案の処理水の放出が動き出したが、完了には30年程度の長い期間がかかる見通しだ。政府と東電は、重い責任と役割を担う。
今回の処理水放出をめぐっては、安全性の確保と、風評被害への対策、それに東電、政府の責任と役割の3つが大きな課題になっている。
このうち、処理水の海洋放出に伴う安全性については、7月にIAEA=国際原子力機関が「国際基準に合致している」との報告書を公表し、国際社会では海洋放出を容認する受け止め方が広がっている。欧州、中国、韓国でもトリチウムを含む処理水を海洋に放出しているからだ。
中国は「汚染水」との表現を使って、厳しい日本批判を続けている。中国税関当局は、日本を原産地とする水産物の輸入を24日から全面的に停止すると発表した。
これに対して、岸田首相は記者団に対し、外交ルートで中国側に即時撤廃を求める申し入れを行ったことを明らかにした。中国に同調する動きは広がっていないが、中国はこの問題を外交カードとして使い続けることが予想され、日中間で激しい応酬が続く見通しだ。
一方、国内では、風評被害の防止と、政府と東電の対応や責任が国会でも議論になる見通しだ。今回のブログでは、政府の対応と役割、それに秋の政治に及ぼす影響について、考えてみたい。
最終段階、首相の対応をどう評価するか
今回の処理水の方針決定では、岸田首相が訪米から帰国した直後の20日に福島第1原発を訪れたのに続いて、21日に放出反対の立場を表明している全漁連=全国漁業協同組合連合会の代表との面会が、大きな山場になった。
首相官邸で行われた全漁連の坂本雅信会長らとの面会で、岸田首相は「たとえ、今後、数十年の長期にわたろうとも、全責任を持って対応すること約束する」と風評被害などの対策に万全を期す考えを伝えた。
これに対し、坂本会長は「処理水の海洋放出に反対であることは変わりはない」とのべながらも「科学的な安全性への理解は、私ども漁業者も深まってきた」という認識を示した。
これを受けて、岸田首相は22日に関係閣僚会議を開き、「政府の姿勢と安全性を含めた対応に『理解は進んでいる』との声をいただいた」とのべ、24日に放出を始める方針を正式に決定した。
政府は、処理水の海洋放出は「春から夏」の時期に行う方針を表明してきた。そして、7月にIAEAの報告書が出された後、「8月下旬から9月前半にかけて放出」とさらに期間は絞られていた。
問題は、この期間に原発事故による避難や、風評被害などに苦しんできた漁業関係者や、福島県民に政府の方針を説明し、理解をどこまで深められるかにあった。西村経産相などの閣僚も現地を訪れ、意見交換などを続けてきた。
但し、政府全体、与党も一丸となって取り組みを全面的に展開するといったところまでは至らなかった。
そして、岸田首相が現地を訪れたのも最終のギリギリの段階で、しかも現地入りしながら、地元の漁業関係者や知事、市町村の代表などとの面会も行わなかった。
このとき、関係者と膝詰めで意見交換をしていれば、雰囲気などがかなり改善したのではなかったか。今回は「見切り発車」「日程ありき」の対応で、理解に苦しむ対応といわざるを得ない。
国民に説明、説得が不得手な政権か
これまでの政府の対応をみると、安倍政権時代の2015年に政府と東電は「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」との文書を福島県漁連に示した。
菅政権時代の2021年には、海洋放出の方針を決定し、時期は「2023年春から夏頃」として準備を進めてきた。安倍、菅、岸田の3つの政権にわたって取り組んできた難題だ。
一方、政府は海洋放出の評価について、IAEAに評価を要請するとともに、風評被害対策として800億円の基金を創設するなどの準備を進めてきた。
しかし、福島県民や、国民全体に対する説明は不足したままだった。岸田首相も通常国会が閉会したあとの7月下旬から、国民の声を聞くとして、地方行脚を始めた。
ところが、福島県は対象に選ばれなかった。懸案中の懸案、処理水放出の時期が迫っているのになぜ、訪問先には選ばなかったのかだろうか。ここでも首相、政権の対応に疑問が残る。
こうした岸田政権の対応について、国民はどのような見方をしているのだろうか。報道各社の8月の世論調査をみるとNHKの調査(11日~13日)では、処理水の海への放出について「適切だ」が53%で、「適切でない」30%を上回った。
一方、共同通信の調査(19日・20日)では、処理水放出に関する政府の説明は「十分だ」が15%に対し、「不十分だ」が82%を占めた。
朝日新聞の調査(19日・20日)では、風評被害を防ぐ政府の取り組みは「十分だ」が14%に対し、「十分ではない」が75%と大きく上回った。
このように海洋放出そのものについては「適切」「賛成」が半数に達し、「反対」を上回っている。但し、政府の取り組み方の説明や、風評被害対策は不十分といった否定的な受け止め方が圧倒的多数に上る。
この問題に限らないが、岸田政権は、政府の方針を明らかにし、国民に説明したり、説得をしたりする「対話が不得手な政権」という特徴が読み取れる。国民の意見が分かれる原発のような問題は、特に共通の認識、理解を広げていく取り組みが必要だ。
増える懸案、秋の解散困難との見方も
それでは、秋の政局に及ぼす影響はどうだろうか。NHKの8月の世論調査では、岸田内閣の支持率は33%で、政権発足以降最も低い水準に落ち込んでいる。
処理水の海洋放出問題は、放出自体は肯定的な評価が上回っているので、この問題だけで、支持率が大幅に下がる可能性は小さいのではないか。
但し、岸田政権は、防衛増税の開始時期や少子化対策の具体的な財源を先送りしたり、マイナンバーカードへの対応が迷走したりして、懸案が増え続けている。さらに今回、処理水の問題が加わり、悪循環が続いている。
このほか、ガソリン価格の一段の上昇や食品の値上がりなど物価高対策を求める声が強まっている。
自民党の閣僚経験者に聞いてみると「9月中旬とも言われている内閣改造・自民党役員人事で、どこまで政権を立て直せるかが大きなカギだ。しかし、風力発電をめぐる国会議員の収賄事件などのスキャンダルも表面化しており、秋の解散・総選挙は遠のきつつある」との見方を示す。
岸田政権は、原発処理水の海洋放出の開始で、安全性の確保や風評被害の防止に大きな責任を担うことになった。増え続ける懸案を着実に処理していけるのか、政権の浮揚へつなぐことができるのか、厳しい状況に直面している。(了)