”裏金 実態の説明とけじめ”が焦点 国会論戦

今年前半の政治の主な舞台となる通常国会が26日に召集された。召集日は、首相の施政方針演説が行われるのが通例だが、自民党の派閥の裏金事件を受けて見送られた。

代わって、29日に衆参両院の予算委員会で「政治とカネ」をめぐる集中審議を行い、翌30日に岸田首相の施政方針など政府4演説を行う異例の幕開けになった。

自民党の裏金事件をめぐっては、東京地検特捜部の捜査が国会召集直前まで続いた。また、岸田首相が突如、自らの派閥解散を宣言したのをきっかけに安倍派、二階派、森山派も相次いで解散を決めるなど政権与党の動揺が続く中で、国会論戦が始まることになった。

激動が予想される中で通常国会は、どこがポイントになるのか。結論を先に言えば、裏金事件については、実態の解明と説明が十分に行われるのかどうか。そのうえで、政治家の政治責任にけじめをつけられるのかどうかが、大きなカギを握っているとみている。

 与野党攻防、実態解明をめぐる綱引き

通常国会が召集された26日、岸田首相は自民党の両院議員総会で「政治とカネの問題で国民は、自民党に厳しい目を注いでいる。政治資金の透明化など各党・会派と議論して進めるべきものは進めていく」とのべるとともに「日本の重要課題にしっかりと立ち向かっていく」と結束と協力を呼びかけた。

これに対し、野党第1党・立憲民主党の安住国会対策委員長は「岸田首相は、事件の全容解明のために、自民党の議員のどれくらいが事件に関わったのか調査チームなどを設けて国会に示して欲しい。それがなければ予算委員会は順調に運ばないのではないか」と自民党をけん制した。

この二人の発言から、今国会に臨む双方のねらいや展開が読み取れる。岸田首相としては、自民党総裁の直属機関として設置した政治刷新本部が決定した「中間とりまとめ」を基にこの国会を乗り切りたい考えだ。

中間とりまとめでは、政治資金の透明化を進める一方、「自民党は派閥ありきの党から完全に脱却していく」ことなどを強くアピールしている。

これに対し、立憲民主党などの野党側は「事件の本質は、派閥の解散などにあるのではなく、パーテイー収入を裏金として組織的、意図的にキックバックしてきた違法行為にある」として、自民党に事件の調査と結果の説明を強く迫る構えだ。

国会の序盤では、事件の概要・実態をはじめ、岸田首相の自民党総裁としての責任、実態解明の進め方などをめぐって与野党の激しい綱引きが続く見通しだ。

 実態調査と説明、政治家の責任がカギ

この問題で、国民の受け止め方はどうか。多くの国民は、ロッキード事件、リクルート事件など連綿と続くスキャンダルにあきれる一方、政治とカネの問題に早く決着をつけ、山積している懸案へ全力で取り組むことを期待していると思われる。

そうであれば、まずは、今回の事件について検察の調べとは別に、自民党は自ら党所属の議員を対象に調査を行い、その結果を国民に説明することが必要だ。不祥事を起こした企業、団体のほとんどが、こうしたことは行っている。

また、国民の政治不信を払拭していくためには、刑事責任とは別に、国会議員が政治的・道義的責任を明確にすることも必要だ。

岸田派、安倍派、二階派の会計責任者は、政治資金規正法の違反容疑で、起訴、または略式起訴となったが、派閥の幹部議員は、いずれも刑事責任を免れた。

安倍派では安倍元首相が派閥の会長に戻った時に、キックバックの廃止を決めたものの、安倍氏の死去後、復活させた。この経緯についても安倍派幹部は、検察の事情聴取に対して「会長案件だった」などとして、自らの関与は否定したとされる。

安倍派の場合、今回の事件について政治責任を取る幹部議員は一人もおらず、事件の事実関係についても詳しい説明が行われていない。これでは、自民党が中間とりまとめなどで「国民に深くおわびし、信頼回復に取り組む」と繰り返しても信用されないだろう。

「政治とカネ」の問題は、事件が起きたときに実態の解明と説明、それに政治家の政治責任を明らかにすることが大前提になることを強調しておきたい。

そのうえで、今後、与野党の間では、事件の実態解明や再発防止策の協議の進め方をめぐって意見が対立し、国会運営面で大きな問題になってくるとみられる。

具体的には、自民党側から「検察の捜査以上に実態を調べることには限界がある」として、再発防止の中身の議論を優先するよう求めることが予想される。

個人的な体験で恐縮だが、ロッキード事件以降、政治とカネの取材を続けてきた。再発防止策は曖昧決着となるケースが多く、同じような不祥事が繰り返されてきた。政権与党は「曖昧なまま先送りにすることにかけては、天才的能力を持っている」というのが、率直な印象だ。

このため、「政治とカネ」の問題では「取り組みの順序」が極めて大事だ。事件の実態を調べるとともに、問題点や抜け穴などの点検、確認が不可欠だ。そのうえで、再発防止の具体策を考えていくことが重要だ。

こうした一方で、再発防止策を整備するためには、野党各党がどこまで連携して自民党に迫ることができるかどうか、野党の連携、共闘体制が必要になる。立憲民主と維新との足並みがどこまでそろうかがポイントになる。

 再発防止と政治改革、実効性がカギ

それでは、再発防止と政治改革の実現にむけて、どのような取り組みが必要だろうか。再発防止の内容については、これまで何回も問題になってきたこともあって、与野党とも大筋で共通認識ができているようにみえる。

具体的には、◆政治資金集めのパーテイー券の購入については、購入者の公開基準を今の20万円から引き下げること。◆政治資金規正法については、会計責任者だけでなく、国会議員も責任を負う連座制を導入すること。

◆政党から議員に渡される政策活動費については、使途の公開などを図る。◆政治資金の透明化を徹底するため、オンライン申請とデジタル化を進めること。

こうした一方で、◆企業団体献金については、禁止を求める野党側と、継続を求める自民党側との間で、大きな隔たりがある。

企業団体献金の扱いを除いては、与野党の問題意識は多くの点で共通している。今後、内容面の詰めの議論を行い、与野党が実効性のある対応策をとりまとめることができるかどうかが大きな焦点だ。

最後に今の政治情勢だが、岸田首相は、派閥の解散を打ち出すことで、政権への追い風を期待したようだが、世論は反応せず、内閣支持率は低迷したままだ。一方、野党各党も政党支持率が上がらず、政権批判の受け皿になり得ていない。

この国会は「政治とカネ」の問題を中心に激しい論戦と駆け引きが繰り広げられる見通しだ。国民が、果たして政権与党と野党のどちらの主張に軍配を上げるか。その結果は、今年の政治の流れを大きく左右することになりそうだ。(了)

“カギは政治責任” 派閥幹部立件見送り

自民党の派閥の政治資金パーテイーをめぐる裏金事件で、東京地検特捜部は19日、政治資金規正法違反の虚偽記載の罪で、安倍派と二階派の会計責任者を在宅起訴し、岸田派の元会計責任者を略式起訴した。

一方、安倍派の幹部7人や二階元幹事長など派閥の幹部については、会計責任者との共謀は認められないとして、立件を見送る判断をした。これによって、検察の捜査は事実上、終結し、今後は政治の側、国会を舞台に与野党の議論や攻防に焦点が移る見通しだ。

こうした中で、岸田首相は18日夜、自らが会長を務めていた「宏池会」=岸田派でも政治資金収支報告書の不記載があったことから、派閥の解散を検討していることを記者団に明らかにした。

派閥解散の意向は、他の派閥幹部にも伝えられていなかったことから、党内に大きな衝撃をもって広がり、蜂の巣をつついたような状況になった。果たして、岸田首相は主導権を確保できるのか、逆に求心力を失うのか、混沌としている。

さて、私たち国民は、こうした政界の一大スキャンダルをどう受け止め、対応していけばいいのか。大事なことは、問題の核心は何かを見抜くこと。今回は「事件の実態と政治の責任」、特に「政治の責任」に関心を持ち、監視していくことが必要ではないかと考えている。

 納得いかない検察処分、どうするか?

今回の東京地検特捜部の処分では、裏金事件を起こした安倍派と二階派、岸田派の主要幹部議員はいずれも立件を逃れる形になった。「刑事処分を受けるのは会計責任者、まさにトカゲの尻尾切り、納得がいかない」と受け止めた国民は多かったのではないか。

東京地検特捜部も派閥幹部の立件に向けて、捜査を尽くしたと思うが、肝心の法律、政治資金規正法がかねてから”ザル法”と呼ばれてきたように、会計責任者が責任を取り、議員の責任は問いづらい立て付けになっている。

このため、会計責任者と派閥幹部の共謀を証明する証拠を集めることが難しかったので、立件を見送らざるをえなかったものとみられる。今後、検察審査会への申し立てが行われれば、捜査が再度、行われる可能性がないわけではないが、立件となる保証はない。

そこで、捜査が十分だったかどうかは検察審査会に委ね、今後は、政治の場、国会での与野党の議論や法改正の内容などを考えた方が生産的だ。政治の信頼を失墜させた責任は大きく、刑事責任を免れても「政治的道義的責任」を問われることは十分ありうる。

その場合、議論の仕分けや進め方の順番をきちんとしておかないと「それぞれの立場の意見の表明や、駆け引きが延々と続き、結局、曖昧なまま先送り」となりかねない。

 実態解明と政治責任、順序が重要

それでは、政治の場でどのように取り組みを進めるべきか。結論を先に言えば「実態の解明と政治責任」を明確にしたうえで、「再発防止や改革」を考えていく順番が重要だ。

今回も、各党の再発防止や改革案の中身の議論を急ごうとする動きもあるが、これをやってしまうと、不祥事の実態を踏まえていないので、制度・形だけ整ったが、使い物にならない恐れがある。

「実態の解明」、例えば、安倍派の裏金作りと還流の実態はどうなっていたのか、肝心な点は明らかになっていない。

安倍元首相が首相を辞めて派閥の会長に就任した後、裏金のキックバックの廃止を決めたものの、銃弾に倒れて死去した後、派閥幹部が協議して還流を再開したとされるが、誰が関与したのか。

また、安倍派の参議院議員は、選挙がある年はノルマを上回った分だけでなく、全額キックバックの優遇を受けていたとされるが、どのような経緯で決めたのか。

検察の事情聴取に対し、安倍派の事務総長や経験者らの幹部は「知ってはいたが、『会長案件』で、自分は関与していない」と説明したと伝えられている。自民党関係者から「まさに”死人に口なし”、亡き会長に責任を押しつける情けない対応」と批判の声も聞く。

リクルート事件の際には、中曽根元総理、竹下元総理の証人喚問も行われた。安倍派の幹部7人や、二階派、岸田派の幹部は、国会でどう説明するのか。説明が不十分であれば、参考人招致や証人喚問なども行うべきではないか、野党の力量も問われる。

「事件の実態」を明らかにするため、事実関係の解明を進めること、その上で、原因と問題点を明らかにするとともに「政治責任」をどう果たすのか、けじめをつけることが重要だ。

一方、再発防止や政治改革の中身は、かねてからの懸案で、与野党ともにやるべきことはわかっている。政治資金の透明性を高めること、連座制を導入して議員に対する罰則を問えるようにすることなどが主な柱になるとみられる。

 首相の派閥解散方針、問われる指導力

ところで、岸田首相が打ち出した自らの派閥の解散方針が、波紋を広げている。岸田派に続いて、安倍派や二階派も解散する方針を決めた。これに対して、麻生派と茂木派からは反発する声が出ているほか、森山派は様子見の構えだ。

自民党内では「今、国民は自民党の主張に耳を貸さない状態なので、派閥解散という大胆な対応は必要だ」と首相の決断を支持する意見がある。これに対して「事前の説明もなく、政権維持のため国民受けをねらった自己保身の方針だ」と反発する声も聞かれる。

野党からは「真相解明から目をそらすための目くらまし」あるいは、「自民党得意の論点ずらし」などの批判も聞かれる。

国民としては、どうみるか。岸田首相の発言は、メデイアの関心を引きつけ、その結果、低迷する支持率を一時的に引き上げる効果があるかもしれない。但し、最近の国民の目は肥えており、長続きはしないのではないか。

岸田首相は元々、派閥効用論者とみられており、首相就任後も派閥を離脱せず、先月急に会長を辞任した。通常国会を間近に控えて、今回の不祥事をどのような基本方針で乗り切るのか、その覚悟と党内の意見をとりまとめていく指導力が問われている。

自民党は近く政治刷新本部で、派閥の存廃を含めた党改革の議論に入り、26日の通常国会召集日までに中間報告をとりまとめる予定だ。派閥の存廃をめぐって党内に対立を抱えている中で、派閥のあり方について、どこまで踏み込んだ方針を打ち出せるかが焦点だ。

一方、通常国会は、自民党の裏金事件を受けて、今年は召集日当日の26日は開会式だけに止め、29日に先に「政治とカネ」の集中審議を衆参両院で行った後、翌30日に岸田首相の施政方針演説など政府4演説を行う異例の幕開けとなる。

まずは、焦点の「裏金事件の実態」はどうなっていたのか、政党、議員はどのように「政治責任」を果たしていくのかを明確にしたうえで、国民の信頼回復につながる具体策を打ち出せるか、しっかり監視していきたいと考えている。(了)

 

”危険水域”続く岸田政権  

新しい年・2024年は、元日に能登半島を震源地とする大地震に襲われ、発災から2週間余りたった今も多くの人が避難所での生活を続けている。

一方、年末から続いている自民党の裏金事件をめぐる東京地検特捜部の捜査は、大詰めの段階を迎えており、近く立件の方針が明らかになる見通しだ。

こうした大きな災害や事件が相次ぐ中で、国民は政治の対応をどのように受け止めているのだろうか?NHKの1月の世論調査がまとまったので、このデータを基に分析してみたい。

 支持率下げ止まりも、危険ライン続く

まず、内閣支持率からみていきたい。岸田内閣の支持率は、先月より3ポイント上がって26%だったのに対し、不支持率は2ポイント下がって56%となった。

岸田内閣の支持率は、去年11月に29%、12月に23%と政権発足以降、最低の水準を更新してきたが、今回は26%、ようやく下落に歯止めがかかった。但し、3%程度の上昇なので、誤差の範囲、事実上、横ばい状態だ。

岸田内閣は、支持率より不支持率が上回る「逆転状態」が、去年7月から7か月続いている。また、政権運営に当たって危険ラインとされる30%を3か月連続で下回っており、危険水域が続いているというのが実態だ。

さらに、支持率の中身をみても、政権の基盤である自民支持層のうち、岸田内閣を支持している割合は、5割に止まっている。安倍政権や、岸田政権の発足当初は7割から8割に達していたので、政権の求心力が大きく落ち込んでいる。

このため、岸田首相が秋の自民党総裁選で再選をめざすためには、自民支持層の支持を回復させないと、再選の道は相当難しいのが実状だ。

 災害対応、初期段階は一定の評価

次に、能登半島地震への対応だ。政府のこれまでの対応について、◇「大いに評価する」が6%、「ある程度評価する」が49%で、合わせて「評価する」は55%だ。

これに対して、「余り評価しない」は31%、「全く評価しない」は9%で、合わせて「評価しない」は40%となった。

このように地震対応について、「評価する」が過半数を上回ったことが、今回、内閣支持率の下落に歯止めをかけることができた主な要因だ。

但し、能登半島地震は16日時点で死者が222人に上ったほか、未だに被害の全容がつかめておらず、道路、水道などインフラ施設の復旧のめどもついていない。

厳しい寒さが続く中で、避難している人は1万6千人余りに上っており、避難所などで体調を崩して亡くなる災害関連死が増えることが懸念されている。こうした救援・復旧の進み具合で、政府の対応の評価は大きく変わる可能性がある。

 自民党の政治刷新、8割が信用せず

自民党の派閥の政治資金パーテイーをめぐる裏金事件を受けて、岸田首相は自民党に「政治刷新本部」を立ち上げ、再発防止や派閥のあり方などについて検討を始めた。

世論調査では、こうした取り組みが「国民の信頼回復につながると思うか」尋ねた。結果は◇「つながる」が13%に止まったのに対して、「つながらない」は78%に上った。国民の8割は、政治刷新の取り組みを信用していないことになる。

この「つながらない」と答えた人を支持層別にみてみると◇野党支持層では88%に上ったほか、◇無党派層で85%、◇自民支持層でも66%にも達している。

「刷新本部」は、本部長を岸田首相自ら務めるほか、最高顧問には、麻生派を率いる麻生副総裁と、無派閥の菅元首相が就任。党の役員もメンバーに入るので、各派閥のトップや幹部が顔をそろえた。

38人のメンバーのうち、安倍派が最も多い10人を占め、このうち9人は裏金のキックバックを受けていることが明らかになった。党内から「なんで、こんなバカなことをやるのか。規則破り、法律違反者に新たな規則づくりを委ねるようなもの。国民の理解が得られるはずがない」と厳しい声を聞く。

今から34年前のリクルート事件の際には、当時の竹下首相は党に「政治改革委員会」を設け、会長にベテランの後藤田正晴氏に就任を要請した。有識者の声を聞くため、首相官邸に私的諮問機関である賢人会議を立ち上げたほか、選挙制度審議会に選挙制度を検討してもらうなど3本柱で対応した。

このうち、後藤田氏は自民党の若手議員に自由に議論させ、その内容は後の政治改革大綱につながった。今回の岸田首相の「政治刷新本部」は、焦点の派閥のあり方を含め、国民の多くを納得させるような改革案をまとめることができるのか、危惧する見方は多い。

 2つの危機対応、舞台は通常国会へ

以上、みてきたように新年の政治は、当面、2つの危機対応が求められている。1つは、能登半島地震への対応だ。災害関連死などを防ぎ、早期の復旧・復興のめどをつけられるのか。自衛隊、警察、消防などの部隊の投入や展開などの危機対応は適切だったのか、検証や議論が必要だ。

もう1つは、裏金事件の真相究明と国民の政治不信の高まりへの対応だ。会計責任者とともに、国会議員、派閥の幹部の立件はどうなるのか、近く東京地検特捜部の結論が出される見通しだ。

検察当局の捜査とは別に、政治の場でも事実関係の解明と、議員や派閥幹部の責任が議論されることになる。そのうえで、再発防止策や、政治改革の実現へとつなげることができるかどうかも焦点になる。

通常国会が26日から幕を開け、これから半年間、与野党攻防の主な舞台となる。地震対応と、政治とカネ、さらに賃上げや経済政策、外交・防衛など多くの懸案・課題が待ったなしの状態だ。

岸田政権と与野党は、当面の問題については早期に結論を出し、政治が本来、取り組むべき懸案・課題を競い合う、メリハリの効いた政治をみせてもらいたい。(了)

 

“2つの危機対応”問われる岸田首相

新しい年・2024年は、厳しい年明けになった。1日夕方4時過ぎ、能登半島を震源とする最大震度7の強い地震が観測され、石川県では1週間たった8日時点で、亡くなった人は168人に増え、安否がわからない人が320人余りに上っている。

一方、昨年末に東京地検特捜部が着手した自民党の派閥の裏金事件は7日、高額なキックバックを受けていたとされる安倍派の池田佳隆・衆議院議員が、会計責任者の秘書とともに逮捕された。裏金事件で、国会議員が逮捕されたのは初めてだ。

支持率の低迷が続く岸田政権にとっては、裏金事件に加えて、新たに地震災害対応が重なることになった。この2つの危機を乗り切ることができるかどうか、今年の政治を大きく左右することになりそうだ。

令和で最大級の災害、問われる危機対応

能登半島地震の被災状況は、冒頭触れたように死者は8日午後2時時点で、168人に上る。100人を超す犠牲者が出た地震は、2016年4月の熊本地震以来で、令和に入って最大級の災害だ。

熊本地震では、大分県を含め死者は276人に上ったが、災害関連死が8割以上を占め、災害による直接的な死者数は55人だった。直接的な死者数では、今回が既に上回っている。

岸田首相は8日のNHK日曜討論で「中小の道路も寸断され、物資の搬入1つとってもたいへん困難な状況が続いているが、自衛隊、警察、消防関係者が最大限の努力をしている」と災害対応の現状を説明した。

これに対して、野党第1党・立憲民主党の泉代表は「自衛隊の派遣が最初は1千人、次いで2千人、5千人と逐次投入となっており、対応が遅い」と批判した。

今回の地震では家屋の倒壊が多く、余震も頻繁に続いていることから、各地に孤立した集落が残されるなど災害全体の状況が把握できない状態が続いている。

政府は、当面、家屋の倒壊などで閉じ込められている人の救出や、孤立地域の救援に最優先で当たっているほか、避難の長期化に伴う生活環境の整備や、被災者の健康管理、さらには被災地域の復旧・復興などの取り組みが求められている。

災害などの危機管理は、政権にとって最優先の課題で、対応を間違うと政権は一気に求心力を失う。阪神・淡路大震災の際の村山政権、東日本大震災時の菅直人政権などは、災害対応に政権のエネルギーを奪われ、退陣へとつながった。

岸田政権は、政権発足直後の新型コロナ感染に続いて、今度は地震災害という異なる分野だが、2度目の危機対応になる。コロナ対応の時は、地域の感染状況の把握や医療提供態勢づくりに対応の遅れが目立った。

今回の能登半島地震では、石川県の避難者は2万8000人を超えている。厳しい寒さが続く中で、犠牲者や行方不明者を最小限に抑えて、被災者の救援と地域の復旧のめどをつけられるかどうか、岸田政権の危機対応力が問われている。

 捜査の本丸は?派閥幹部に伸びるか

もう1つの焦点である「政治とカネ」、自民党の派閥の裏金事件については、年明けに東京地検特捜部が、二階派会長を務める二階俊博・元幹事長から任意で事情を聴いたことが明らかになった。

8日には、安倍派に所属する池田佳隆・衆議院議員が4800万円余りのキックバックを受けたにもかかわらず、政治資金収支報告書に記載せず、政治資金規正法違反の容疑で逮捕された。この事件で、国会議員が逮捕されたのは初めてだ。

池田議員が逮捕されたのは、検察の捜索の前に関係先にあったデータを保存する媒体が壊されていたことがわかり、罪証隠滅のおそれが大きいと判断したためとみられている。

政界では、池田議員と同じく高額なキックバックを受けていたとされる大野泰正・参議院議員、谷川弥一・衆議院議員についても立件されるのではないかとの見方が広がっている。

今回の事件の核心は、派閥が組織的、意図的に裏金作りを続けてきた点にある。東京地検特捜部は、最大派閥の安倍派、二階派の事務総長や経験者など派閥幹部の立件も視野に捜査を進めているものとみられる。

今月下旬に通常国会が召集されるのをにらんで、検察の捜査はヤマ場を迎えている。捜査の本丸が、派閥の幹部にまで伸びるのかどうかが、最大の焦点だ。

 政治改革案、問われる首相の指導力

一方、政治の側の動きとして注目されるのは、岸田首相が近く立ち上げる「政治刷新本部」と、首相の指導力だ。

この組織は、4日に行われた年頭の記者会見で岸田首相が打ち出した構想だ。自民党総裁の直属の機関として党に設置し、再発防止策や派閥のあり方などを検討し、今月中に中間的なとりまとめを行う方針だ。

岸田首相は、再発防止の具体策として「パーティーの収支について党の監査を行うとか、現金でなく振り込みに変えるとかが考えられる」とのべたが、いずれも政治資金パーティーの存続を前提にした内容だ。

また、刷新本部の本部長は岸田首相自らが就任するほか、最高顧問には、麻生副総裁と、菅前首相の首相経験者が就任する見通しだ。

リクルート事件当時、竹下首相は自民党に「政治改革委員会」を設け、トップに後藤田正晴・元副総理の就任を要請した。続く宇野首相時代に「政治改革本部」と変わり、本部長に伊東正義・元官房長官、代理に後藤田氏の重鎮2人が就任し、党内論議と党改革の推進役を果たした。

今回は、党内第2派閥を率いる麻生副総裁と、派閥解消論者の菅前首相という正反対の立場にいる2人が最高顧問に座る。果たして、派閥のあり方なども含めて思い切った政治改革案をまとめることができるのか、危惧する見方が強い。

さらに、野党側からは「自民党は、まずは事件の実態を説明し、不正を行った議員にケジメをつけさせるのが先だ」といった指摘が出されている。

また、与党の公明党や、野党各党からは、政治資金規正法の抜本的な改正を行い、パーティー券購入者の公開基準の引き下げや、違法行為に対しては、国会議員の責任を問える罰則の強化を求めていく方向で一致している。

自民党は、果たして党内の意見を取りまとめができるのかどうか、最終的には、岸田首相の決断と指導力にかかってくるのではないか。その結果によっては、今年の政局は、さらに大きく揺れ動くことになる。(了)

★追記①(9日16時30分)能登半島地震による石川県内の死者は、9日午後2時・時点で、202人に上った。昨日に比べて34人も増えた。一方、安否不明者は102人となり、昨日より121人減った。                     ★追記②(10日17時40分)能登半島地震による石川県内の死者は、10日午後2時・時点で206人。安否不明者は52人。                  ★追記③(11日21時)能登半島地震による死者は、11日午後2時・時点で213人、安否不明者は37人。2500人余りが孤立状態にある。

 

“波乱・混迷政局の幕開け”2024年予測

自民党の派閥の「裏金疑惑」が政権を直撃する中で、新しい年・2024年が幕を開けた。政界関係者の情報を総合して判断すると、新しい年は「波乱、混迷、模索の年」になるのではないか。

「波乱」とは、端的にいえば、内閣支持率の低迷が続く岸田首相は退陣、交代する確率が高いということ。

「混迷」とは、後継選びとなると有力候補がいないため、交代時期や候補者の絞り込みなどをめぐって、調整などが難航することが予想される。

焦点の衆院解散・総選挙の時期は、自民党の総裁選びと事実上、表裏一体の位置づけとなり、新総裁が決まると時間を置かずに解散・総選挙になる公算が大きいのではないか。2024年中に解散・総選挙となる可能性が高いとみている。

さらに「模索」とは、どういうことか。今の政治は、裏金疑惑に代表されるようにここ数十年の中でも残念ながら、最低水準といわざるをえない。ザル法と揶揄される政治資金規正法ですら守られないほど政治の劣化が進んでいる。

しかし、それでも難題を数多く抱える日本にとって残された時間は多くはない。政権、与野党双方とも懸案・課題を前進させていくため、さまざまな取り組みを試みてもらいたい。

なぜ、こうした結論になるのか、以下、説明したい。

 裏金疑惑、立件は政治家まで拡大か

新しい年の政治はどう展開するか?まず、大きな影響を及ぼすのは、自民党の派閥の裏金疑惑、政治資金規正法違反事件がどこまで拡大するかだ。

東京地検特捜部は12月中旬に安倍派と二階派の事務所の強制捜査を行ったのに続いて、多額のキックバックを受けたとされる安倍派の衆参議員2人の事務所などの家宅捜索も行った。

そして、年末までに松野・前官房長官、世耕・前参院幹事長、高木・前国対委員長、萩生田・前政調会長に続いて、西村・経産相の任意の事情聴取を行った。これで「5人衆」と呼ばれる派閥幹部と座長の塩谷・元文科相の6人すべてが、事情聴取を受けたことになる。

自民党関係者に今後の見通しを聞くと「検察当局は、金丸事件も念頭に捜査を進めるのではないか。安倍派と二階派の会計責任者だけではなく、議員や派閥幹部にまで広げるのではないか。但し、人数や範囲は全くわからない」と語る。

特捜部の捜査が最終的にどのような形で決着がつくのか、政界関係者は固唾を飲んで見守っている。いずれにしても、岸田政権と年明けの通常国会にさらに大きな打撃を与えることになるのではないか。

 自民総裁選び、岸田首相交代の波乱も

それでは、新年の政治はどのように展開するのか。今年前半の政治の舞台となる通常国会は今月26日に召集、会期末は6月23日となる見通しだ。野党は「政治とカネ」の問題で岸田政権を厳しく追及する構えだ。

これに対し、岸田首相は、自民党に新たな組織を立ち上げて再発防止と政治改革案をとりまとめ、国民の信頼回復への道を探りたい考えだ。

また、今年の春闘で物価高を上回る賃金の引き上げを実現し、6月に所得税など定額減税の実施ができれば、政権を取り巻く厳しい空気は和らいでくるのではないかと期待をかけている。

こうした一方、「政治日程は逆に読む」と言われる。以上のように時系列で政治の動きをみていくのではなく、政治を最も大きく左右する要素は何かを考えて、逆算して予測するとどうなるか。

最も大きな意味を持つのは、今年秋の自民党総裁選挙だ。岸田首相にとって、自民党総裁の任期が9月末に満了となり、再選できるかどうかが最大のハードルになる。その1年後の来年10月は、衆議院議員の任期も満了となる。

自民党長老は「自民党の議員、特に若手議員は、総裁選挙で誰に投票するか、次の衆院選挙とセットで考える。自民党は自分党、自らの当選を果たすうえで、『選挙の顔』は誰が有利かとなる。そうすると内閣支持率が改善しないと、岸田首相の再選の道は険しいものになるだろう」との見方を示す。

報道機関の世論調査で岸田内閣の先月の支持率は、20%台前半まで落ち込んだ。自民党の支持率もこれまで30%台後半を維持してきたが、年末には30%を切って、2012年に自民党が政権復帰して以降、最低の水準まで下がっている。

自民党内では「岸田降ろし」の動きは起きていないので、早期の退陣は考えにくい。しかし、総裁選が近づくにつれて岸田離れが一段と進むと見られ、再選は困難との見方が、じわりと広がっている。「波乱」の確率は高いとみられる。

そのうえで、想定される波乱の時期だが、与野党の議員に聞くと見方は分かれる。◇新年度予算成立の3月末が限界との説から、◇4月28日統一補欠選挙後、◇通常国会が閉会する6月、◇自民党総裁選が近づく夏といった具合だ。

岸田首相は3月上旬にはバイデン大統領の招請を受けて訪米、6月には首相肝いりの定額減税が実施されるので、それまでの退陣は何としても避けようとするのではないか。個人的には、6月の通常国会閉会後か、総裁選が近づく夏以降の公算が大きいのではないかとみている。

 総裁選び「選挙の顔」重視、混迷も

さて、ポスト岸田はどうなるのかといった質問もあるかと思う。支持率低迷でも岸田首相が持ちこたえているのは、後継の有力候補がいないことが大きい。

それでも総裁選が近づくと新たな候補者擁立の動きが出てくるのは、自然な流れだ。自民党関係者に聞くと、立候補の経験がある石破元幹事長、河野デジタル担当相、高市経済安保担当相らのほか、新たな顔ぶれとしては、茂木幹事長、小泉元環境相、上川陽子外相らの名前が挙がる。

但し、圧倒的な支持を集めそうな候補者は見当たらない。このため、総裁の交代時期、候補者の絞り込みなどが難航し、迷走することも予想される。

さらに、今回は99人が所属する党内最大派閥の安倍派はどうなるのかという問題もある。特捜部の今後の捜査なども考えると他の派閥幹部からは「安倍派の存続は困難、解体的出直しは避けられないだろう」との厳しい見方も聞かれる。

自民党関係者の一人は「次の総裁選びでは、党員や議員の多くは『総選挙の顔』となる候補を選ぼうとするだろう。裏金問題で自民党への視線が厳しくなるので、よりましな候補、経験や実績のある候補へ支持が集まる」との見方を示す。

別の関係者は「裏金問題に焦点が当たるので、従来の派閥主導の候補者擁立は絶対ダメ。女性候補が浮上するのではないか」と話す。候補者選びは紆余曲折、混迷も予想される。

 年内総選挙も、新しい政治へ展望は?

もう一つの焦点である衆議院の解散・総選挙の見通しはどうか。自民党長老は「新総裁が選ばれた場合、即、国民に信を問うことになるだろう。今回は、総裁選びと総選挙を一体として位置づけて、戦うからだ」との見方を示す。

これに対して、野党側も通常国会では「政治とカネ」の問題を徹底的に追及しながら、岸田政権を解散・総選挙へと追い込んでいく構えだ。

こうした与野党双方の姿勢から判断すると次の総選挙は、今年中に行われる可能性が高いとみられる。衆院議員の任期は折り返しを過ぎたことに加えて、来年夏は参院選挙が控えているので、その前に総選挙という見方が強いからだ。

その際、野党の責任は極めて重い。この10年余りの国政選挙では、自民・公明両党の連戦連勝が続いている。その原因は、野党がバラバラで、政権交代はもとより、与野党伯仲にも持ち込めていないからだ。

「自民1強、野党多弱体制」は安倍派の裏金疑惑で崩壊の兆しが見え始めたが、立憲民主党や維新は、自民1強体制を崩せるのか、そのために戦略的な連携へと踏み出すことができるかどうか、問われることになりそうだ。

一方、国民からは「与野党が『政権構想』を示して、もっと政策を競い合う新しい政治を展開してもらいたい」との声を聞く。円安政策もあって、GDPをはじめとする日本の国際社会における地位の低下が目立つからだ。

人口急減社会が進行する中で、賃金の引き上げや経済の再活性化をどのように実現していくのか。教育、社会保障の将来の姿、防衛力増強や少子化対策の具体的な財源確保について、政府が方針を明確に示し、与野党が国会で議論を尽くして前進させていく「新しい政治」を期待する声は根強いものがある。

以上、見てきたように今年の政治は、波乱と混迷、模索の1年になりそうだ。一方、与野党の陣取り合戦だけで終わらせては意味がない。まず、政府、与野党、政治の側の取り組みが問われる。同時に、私たち国民も政治への関心と、選挙でしっかり判断し、選択していくことが求められる。(了)

★追記(5日正午)◇1日に起きた能登半島地震で、石川県内で合わせて92人の死亡が確認された(5日8時・時点)。また、安否不明者は242(5日9時・時点)。 ◇岸田首相は4日夕方の記者会見で、自民党の派閥の政治資金問題で、来週、総裁直属の機関として「政治刷新本部」を立ち上げ、再発防止策や派閥のあり方などの検討を進める意向を表明した。派閥のあり方など党改革の議論でどこまで踏み込めるかが焦点。