解散風と終盤国会 ”やるべきことは”

大型連休が終わり、長丁場の通常国会も終盤に入った。永田町では、岸田首相はG7の広島サミットを終えて、会期末に衆議院の解散・総選挙に踏み切るのではないかとの声が聞かれるなど夏の解散風が吹き始めた。

一方、ここまでの国会論戦は極めて低調で、岸田政権や与野党双方とも日本の将来をどのように考えているのか、さっぱり伝わって来ない。加えて、終盤国会は解散をめぐる駆け引きばかりとなると国民は困惑してしまう。

個人的には今、衆議院の解散を行うような状況にはないと考えているので、会期末に向けて浮き足立つ議員の動きを想像すると「解散より前にやるべきことがある」と言わざるを得ない。

終盤国会は、議論を尽くしておくべき3つの論点を抱えている。戦後の安全保障政策の転換といわれる防衛力の抜本強化と防衛増税の扱いが1つ。

また、異次元の少子化対策と財源、それに経済運営の今後のかじ取り。以上の少なくとも3つの論点について、政権与党と野党はそれぞれの方針を明示して、徹底した議論を重ねる必要があると考える。

こうした論点を明確にしたうえで解散・総選挙に踏み切るのであれば、国民も一定の理解を示すのではないか。

逆に論点を曖昧にしたままの解散の場合、厳しい審判が下される可能性があるのではないか。解散風が吹き始めた中で、解散と国会のあり方を考えてみたい。

 防衛費の大幅増、防衛財源は持続可能か

国会は会期末の6月21日まで40日余りとなり、政府提出法案のうち、新年度予算や、かなりの法案が既に成立、または成立のメドがつきつつある。

終盤国会で与野党の対決法案として残るのは、防衛費の大幅な増額をまかなうための財源確保法案がある。衆議院段階で審議が続いている。

政府は2023年度から5年間に防衛費の総額を今の1.6倍にあたる43兆円に増やすとともに2027年度以降、毎年度、防衛費を今より4兆円増やす方針だ。

その財源確保の主な柱として「防衛力強化資金」を創設する方針だ。具体的には、国有地を売却したり、特別会計の剰余金を集めたりして9千億円を見込むのをはじめ、補正予算に活用してきた決算剰余金7千億円をかき集め、税金以外の歳入をためておくための法案だ。

問題は、国有地の売却益や特別会計の剰余金の活用といっても1回限りなので、今後も財源を確実に手当できるかどうかわからない。一方、1兆円強とされる増税は、実施時期が決まっていない。

このように防衛費の大幅増額は決まったものの、財源は確実に確保できるのか、持続可能な安定財源なのか明確にしておく必要がある。

外交・安全保障分野では、今月19日から開催されるG7広島サミットを受けて、ウクライナ支援とロシア制裁、米中対立が激しさを増している中で対中外交をどのように進めていくのか、終盤国会で突っ込んだ議論を行う必要がある。

 少子化対策 優先順位と財源の明示を

岸田政権が最重要課題に位置づける異次元の少子化対策については、3月31日に子ども政策担当相からたたき台が示された。この案を政府が引き取って、岸田首相の下に新たな会議を設けて検討を進めており、6月の骨太方針に盛り込む運びになっている。

政府のたたき台では、子ども手当の所得制限の撤廃や、学校給食費の無料化など大胆な対策が打ち出されているが、防衛費と同じく財源をどう確保するかが最大の問題だ。

今の少子化対策関係予算は6兆1千億円で、これを倍増するには、相当な規模の財源が必要だ。政府・与党内では、消費税率の引き上げを除いて、社会保険料の上乗せや、歳出の見直し、国債発行などの案が出されているが、方向性すら定まっていない。

岸田政権としては、少子化対策の優先順位とどのような財源を組み合わせるのか決断の時期が迫っている。

 働き手大幅減、経済のかじ取りは

3つ目の経済運営の問題はどうか。政府とともに経済・金融政策のかじ取りに当たる日銀は、10年間続いた黒田総裁から、学者出身の植田総裁に交代したが、これまでの金融緩和策は、当面、継続する方針だ。

一方、物価の高騰は続き、東京23区の4月の消費者物価指数は3.5%上昇し、1976年以来46年ぶりの高い水準が続いている。

今年の春闘は大手企業では30年ぶりの高水準の回答が相次いだが、3月の実質賃金は物価上昇の影響で2.9%の減少、12か月連続のマイナスだ。

こうした中で、4月26日に発表された「将来推計人口」によると日本の総人口は50年後には3割減の8700万人に縮小することが明らかになった。特に15歳から64歳までの生産年齢人口、働き手は3000万人も減少するとの予測だ。

日本の過去の実質成長率は、2000年から2021年までの平均で0.65%。経済の専門家は「政府は実質2%の高い目標を掲げているが、高い目標を掲げることだけでは問題の深刻さを隠蔽することになる」と警告している。

岸田政権は「新しい資本主義」を打ち出したが、政権発足から1年半、何を最重点に取り組むのか、未だにはっきりしない。対する野党は、どのような対案で挑むのか、この国会でも経済論争は未だ深まらないまま、終盤国会を迎えている。

  解散より前にやるべきことがある!

政治の動きに話を戻すと、政府・与党内では岸田内閣の支持率が上昇傾向にあるとして、G7広島サミット終了後、来月の国会会期末に岸田首相は、衆議院の解散・総選挙に踏み切るのではないかとの説を聞く。

この早期解散説の本音は「岸田内閣の支持率はまもなくピークを迎え、下り坂に向かう。野党はバラバラ、体制は整っておらず、今がチャンス」との見方だと思われる。

これを国民の側からみると「国会でろくに議論もしないで、何を基準に選べというのか」と反発する人も多いのではないか。新たな議員を選んだとしても再び同じ議論の繰り返しになりかねない。

先にみてきた3つの論点を思い出してもらうと、答えは自ずと出てくる。「衆院解散・総選挙の前にやるべきことがある」。終盤国会では、主要な論点、選挙の争点にもつながる問題について、まずは、政権が基本方針や構想、実現するための具体策を提示すること。

対する野党側も対案を打ち出すなどして、徹底して議論を尽くすことが基本だとと考える。その上で、首相が総合的に判断して、解散・総選挙で信を問うという次の段階もありうるのではないか。

今の選挙制度に代わって、前の解散から次の解散まで最も短かったのは2003年、小泉首相時代の郵政解散で1年9か月だった。今回、6月解散に踏み切るとさらに短く1年8か月だ。衆院選挙は1回当たり600億円程度の経費がかかる。

経費のレベルの問題ではないが、世界が激しく揺れ動く時代、日本の地位も国際社会で下がり続けている時期に、争点がはっきしない解散・総選挙は御免被りたい。首相、議員の皆さんには「難題解決、将来を切り開いていくための選挙、政治」を行ってもらいたい。日本にはそれほど時間は残されていない。(了)

 

 

 

反転攻勢なるか? 岸田政権

今年の春は、新型コロナ感染がようやく4年ぶりに収まり、マスク着用は個人の判断となったほか、WBCで日本代表が世界一を奪還、岸田首相はウクライナを電撃訪問するなど激しい動きが続いている。

4年に一度の統一地方選挙も知事や政令指定都市の市長選挙が始まり、前半戦の投票が来月9日、後半戦の投票が来月23日に行われる。

報道各社の世論調査によると岸田内閣の支持率は、ようやく下げ止まり傾向が出てきたが、果たして反転攻勢へとなるのかどうか?岸田首相の政権運営や、これからの政局では何がカギになるのか、探ってみたい。

 ウクライナ電撃訪問の意味と効果は

3月の政治・外交の動きの中で、政界に最も大きな驚きを与えたのは、岸田首相のウクライナへの電撃訪問だ。

昨年からの懸案で、今月19日からのインド訪問直後にそのままウクライナを訪問するのではないかとの見方も一部にあったが、月末の予算案成立後になるのではないかとの見方が政界では強かった。

インドで首脳会談を終えた岸田首相は20日夜、チャーターした民間ジェット機で極秘裏に出発、同行記者団は何も知らされないまま置き去りになった。政界関係者の一人は「同行記者の恨みを買い、しこりを残すだろう」と語る。

さて、今回の訪問をどのようにみるか。与野党の中からは、岸田首相はG7のメンバー国で唯一、ウクライナを訪問していない首脳という点を気にして、無理に訪問する必要はないといった意見も聞かれた。

しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は、国連の常任理事国の大国が隣国に軍事侵略する、いわば百年に一度あるかどうかの蛮行だ。

「G7議長国として、何としても5月のG7広島サミットまでに訪問したい」という岸田首相の強い思いは理解できる。

また、ロシアの軍事侵略が成功すれば、今度はアジアでも同じような侵攻が起きる恐れがある。日本自体の国益の観点からも、ウクライナ情勢に真正面から向き合う必要がある。

さらに、今回は中国の習近平国家主席がロシアを訪問し、プーチン大統領との首脳会談の日と重なった。軍事大国同士の両首脳が力を誇示したのに対して、岸田首相はゼレンスキー大統領と会談して支援と連帯を伝え、世界平和の回復をめざす別の選択肢を国際社会に示すことができた。

問題はこれからだ。欧米諸国の中には一部に「支援疲れ」も伝えられる中で、日本はG7議長国として、ウクライナ支援や対ロ制裁措置の継続などで全体をまとめていけるかどうか。

また、日本自身もウクライナ支援をどのような形で行っていくか。欧米は軍事支援に重点を置いているが、日本はG7との横並びを意識するよりも、人道的な支援やインフラ復興など日本にふさわしい支援を考えた方がいいのではないか。

このほか、3月は16日に韓国のユン大統領が来日し、日韓首脳会談が行われた。懸案の「徴用」をめぐる韓国政府の解決案を日本側が評価し、両国首脳が「シャトル外交」を再開することなどで一致した。

そこで、気になるのは、こうした外交活動が岸田政権の評価につながるのかどうかだ。岸田首相のウクライナ訪問は、WBCの日本代表が準決勝でメキシコに逆転勝利、決勝でアメリカを破って世界一を奪還した戦いと重なった。

大谷、ダルビッシュ、村上各選手の活躍に沸き、テレビは高い視聴率を記録、新聞も一面で大きく扱い、電撃訪問の方は霞んでしまった印象だ。政権の評価にマイナスの影響はないとみるが、直ちに内閣支持率上昇といった効果が表れるようには思えない。

 予算審議は順調、支持率は下げ止まり

内政面では、新年度予算案の審議が参議院予算委員会で続いている。審議の中で野党側は、安倍政権時代、放送法の政治的中立の解釈をめぐって、当時の礒崎首相補佐官が新たな解釈を行うよう総務省に働きかけていたことを示す行政文書を明らかにした。

この行政文書について、当時の総務相だった高市経済安保担当相は「捏造」と否定し、辞職を求める野党側と応酬が続いている。一方、予算審議は与党ペースで進んでおり、新年度予算案は28日にも成立する見通しだ。

報道各社の3月の世論調査によると岸田内閣の支持率は、横ばいか、わずかながら上昇する結果になっている。内閣支持率と不支持率は、NHKが41%-40%、読売が42%-43%、朝日が40%-50%となっている。

支持率は前月に比べて、NHKで5ポイント、読売で1ポイント、朝日で5ポイントそれぞれ上昇し、下げ止まりの傾向が表れている。但し、不支持率は40%から50%と高い水準にあり、支持率低迷状態から脱するまでには至っていない。

支持率の下げ止まりの原因は、去年秋のような閣僚の相次ぐ辞任などが避けられ、予算審議が順調に進んでいることが挙げられる。一方、支持する理由としては「他の内閣より良さそうだから」が最も多く、消極的な支持に止まっている。

 反転攻勢、少子化対策と選挙がカギ

それでは、岸田政権は今後、攻勢へ転じることができるのかどうか?

これまで外交面で成果を上げ、内閣支持率が上昇するケースは希で、やはり内政の取り組みが影響することが多かった。今回の場合は、政府が今月末にまとめる「少子化対策」の評価がカギを握るとみている。

岸田首相は「異次元の少子化対策」を政権の最重要課題に位置づけ、今月末にまとめるたたき台には、児童手当の所得制限の撤廃や、対象年齢の18歳までの引き上げなど大胆な対策を盛り込む方向で調整を続けている。

岸田政権の少子化対策について、NHK世論調査でみると「期待しない」が56%と多く、「期待している」39%を上回る。特に18歳から30代までの若い世代で「期待しない」が66%と多いほか、無党派層でも7割近くが「期待しない」と答えている。

こうした背景には、岸田政権は1月に子育て政策重視の方針を打ち出したが、具体策が中々、決まらない。加えて、財源をどうするかも先送りしていることから、対策の実現はかなり先になると、政府に対する不信感を読み取ることができる。

岸田首相は少子化対策のたたき台がまとまると、今度は首相官邸が財源の調整を行ったうえで、全体をとりまとめ、6月の骨太方針で正式に決定する見通しだ。

このような政府の手順を考えると対応が遅すぎて、今月末に少子化対策のたたき台がまとまったとしても、国民の支持が広がり、政権が力強さを増すといった事態は想定しにくい。

もう1つのカギは、統一地方選挙と衆参5つの補欠選挙のゆくえだ。政党の勝敗のメルクマールとしては、前半戦の41道府県議の選挙がある。自民党は、全体の議席占有率50%以上を確保できるかどうかが判断基準になる。

安倍政権時代の前回は50.9%、前々回は50.5%で2回連続で維持してきた。岸田政権に代わった今回はどうなるか、地方組織の足腰の強さの評価にもなる。

統一地方選挙後半の投票日と一緒に行われる衆参5つの補欠選挙のゆくえも大きな焦点だ。自民党が議席を確保していた選挙区は、千葉5区と山口2区と4区。

和歌山1区は、国民民主党に所属していた議員、参院大分選挙区は、無所属で野党共闘で当選した議員がそれぞれ知事選挙に転出することに伴って行われる選挙だ。

自民党の勝敗ラインとしては、保有していた議席を基準に考えると「3勝2敗」とする見方もあるが、今後、衆議院の解散・総選挙に向けて主導権を確保するためには「5戦全勝」が必要だとする見方もある。

以上、みてきたように内外ともに激しい動きが続く中で、岸田政権は政権浮揚へ反転攻勢となるのか。それとも低空飛行状態が続くことになるのか。その岐路は、月末の少子化対策に対する世論の評価と、来月の統一地方選挙と補欠選挙の結果がカギを握っている。(了)

 

 

 

予算衆院通過、国会論戦は”超低調”

新年度予算案は28日、衆議院本会議で採決が行われ、与党の賛成多数で可決されて参議院に送られた。これによって憲法の規定で、年度内の成立が確実になった。

新年度予算案は、防衛費の大幅な増額などで規模が膨らみ、総額が過去最大の114兆円に上った。岸田政権の防衛政策の転換と防衛増税、物価高騰や経済政策などをめぐって審議の難航も予想されたが、与党ペースで予算審議は進んだ。

国会審議が与党、野党どちらのペースで進もうと国民に直接大きな影響はないのだが、今年の予算審議くらい焦点が定まらず、低調な論戦は珍しいのではないかと思う。

これからの政治や国会のあり方にも関係してくるので、今年の予算審議の特徴と課題、問題点などを整理しておきたい。

 野党の追及不足、首相は防戦に終始

今年の予算審議の特徴は、27日に行われた最後の集中審議に凝縮されていたのではないかと思う。立憲民主党の長妻政調会長は、岸田首相が打ち出している子ども予算の倍増について「国内総生産比で倍にするのか、絶対額を倍にするのか」と迫った。

これに対し、岸田首相は「数字ありきではない。子ども・子育て予算は何かということが整理されてベースが決まる。中身を決めずして、最初からGDP比いくらかだかとかではない」とかわすのに懸命だった。

防衛問題でも「反撃能力」(旧「敵基地攻撃能力」)に使うことを想定して、アメリカから購入する巡航ミサイル「トマホーク」の購入数が問題になっていた。岸田首相は、400発を購入することを明らかにした。予算審議の冒頭から質問が出ていたが、論戦最終日にようやくデータを公表したことになる。

政府、野党の論点がかみ合わないほか、防衛問題では、防衛力整備の中身に迫る議論にはほど遠い状態であることが浮き彫りになった。

今年の予算審議は、多くの難問が山積み状態だった。岸田政権が年末に決定した防衛力抜本強化と防衛増税をはじめ、物価高と賃金引き上げ、アベノミクス10年を経て今後の経済・金融政策をどうするのか、野党には攻めどころ満載だった。

但し、防衛力整備をめぐって、野党第1党の立民は、維新や国民民主との間で足並みがそろわず、防衛問題追及には慎重な姿勢が目立った。

代わって、首相秘書官の差別発言が表面化したこともあってLGBTの問題、続いて児童手当の拡充に力点を置いた。この点は他の党も同じで、与野党ともに4月の統一地方選挙をにらんでアピール合戦の様相となった。

論戦が低調に終わった背景としては、まずは野党の追及不足が影響したとみている。立憲民主党は、維新との連携・共闘を維持したいとの思惑が働いて追及の焦点を絞れなかったのではないか。

これに対して、岸田首相は防衛問題をめぐっては、野党側の追及に対して「相手国もあり、手の内はさらせない」として徹底した防戦に終始した。野党側は、攻めあぐねて思うような論戦が展開できず、岸田首相の作戦が功を奏したといえるかもしれない。

 国民の関心事項と首相の方針決定は

問題は、国民への影響だ。国民の側はウクライナ情勢をはじめとする内外の激しい動きを受けて、次のような点に関心を持っていたのではないか。

◆40年ぶりの物価高騰や今後の経済政策はどうなるのか。政府の電気や都市ガス料金の軽減措置は2月から実施されたが、追加対策やメッセージはない。

◆ロシアによるウクライナ侵攻の長期化が避けられない中で、エネルギー確保の戦略を示してもらいたい。原発や再エネなどをどのようにかじ取りするのか。

◆防衛力整備は必要だが、「反撃能力」を保有する場合、専守防衛と両立するのか。一定の基準を設定するのか。自衛隊は遠距離の攻撃目標を把握する能力を持っておらず、米軍に頼らざるを得ないのではないか。

◆日本の防衛の弱点としては、武器、弾薬などの継戦能力、自衛隊基地の防護。それに国民の避難体制の整備を急ぐべきだとの意見もあるが、どうか。

◆政府は「異次元の少子化対策」を強調するが、出生率の低下「1.57ショック」は1990年、この30年間、政府は何をしていたのか。

国民の主な関心事項としては、例えば以上のような点にあり、野党側が掘り下げて政府に質してもらいたいと考えていたのではないか。いずれも政府・自民党が手をつけずに長期にわたって先送りにしてきた問題ではないか。

一方、岸田首相は施政方針演説で「課題を先送りにせず、国会で政府の考えを正々堂々、議論する」と胸を張ったが、予算委員会の答弁では踏み込んだ考えは示されなかった。議論が深まらない原因として、首相の責任も大きい。

加えて、岸田首相の政権運営、政策決定をめぐって懸念される点がある。具体的には、年末の防衛政策決定に見られたような首相の方針決定のあり方だ。岸田首相からの指示が急に示され、与党との調整期間も短く、その後、国会での野党への説明も乏しい方針決定プロセスだ。

去年11月末に防衛費のGDP比2%を打ち出した後、わずか3週間足らずで防衛増税を含めた新しい防衛政策を決定した。年が明けて今の国会で、岸田首相は「誠心誠意、丁寧に説明責任を果たす」などと強調するが、残念ながら「従来方針の繰り返しで、中身は皆無」の答弁が多い。

当面の焦点になっている少子化対策も3月末に担当大臣の下で案をとりまとめた後、6月の骨太方針で決定される見通しだ。その時点で、国会は閉会しており、防衛問題と同じような政府の対応が、再び繰り返される可能性もある。

難問の対応にはさまざまな法案の制定も必要で、国会で政府が与野党との論戦を通じて行政の運営に民意を取り入れたり、法案を修正したりする政策決定過程も必要だ。

岸田政権は低姿勢に見えながら、実は政権の都合優先で重要事項を決めてしまうとの懸念も聞こえる。衆議院議員の任期は、解散がなければ再来年2025年10月まで続く。岸田政権の政策決定のあり方も問われる。

 統一地方選と5補選、世論の評価は?

新年度予算案の衆議院通過を受けて、3月1日から参議院予算委員会に舞台を移して、予算審議が始まる。衆議院から持ち越した論点が数多いので、「再考の府」参議院で詰めた議論を行ってもらいたい。

もう1つは、当面の焦点は当面、4月に迫った4年に一度の統一地方選挙に移る。3月23日にはトップを切って、北海道、大阪、奈良、徳島、大分など9道府県の知事選挙が公示され、4月9日が前半の投開票日になる。

後半の投開票日は4月23日で、この日は衆参5つの補欠選挙も行われる。衆議院の千葉5区、和歌山1区、山口2区と4区、それに参議院の大分選挙区だ。

自民党長老に注目点を聞いてみると「知事選は、与野党対決の北海道、保守分裂の奈良、徳島のゆくえ。補欠選挙は千葉5区で、野党の陣営が1本化するか、複数擁立となるかカギ。和歌山1区は、関西に強い維新が候補者を擁立した場合、どんな戦いになるかが焦点」と語る。

岸田政権への影響については「政権に直接、大きな影響があるとは想定していないが、選挙は投票箱が閉まるまでわからない。補欠選挙と道府県議選がどうなるか、気を抜かずに取り組む必要がある」と話す。

41道府県議選は、各政党の地域の力量を測るバロメーターでもある。特に、自民党は旧統一教会の問題をはじめ、防衛増税や少子化対策論議がどのように影響するかが、変動要因だ。

岸田政権の支持率は、報道各社の世論調査によると2月は横ばい状態だが、支持を不支持が上回る逆転状態が5か月続いている。統一地方選挙と統一補選で、世論の評価、風向きがどう現れるか、夏以降の政局に影響を及ぼすことになる。(了)

 

 

ウクライナ侵攻1年と日本の防衛問題

ロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから、24日で1年になる。これを前にアメリカのバイデン大統領は20日、ウクライナを電撃訪問し、揺るぎない支援を続ける考えを世界にアピールした。

これに対し、ロシアのプーチン大統領は年次教書演説で、ウクライナへの侵攻を継続する考えを表明し、ロシアと欧米諸国の非難の応酬が続いている。

ウクライナの前線は一進一退の状況だとみられるが、春先から夏にかけての攻防がどのような展開になるのかが大きな焦点だ。

ロシア軍が大規模な攻撃に踏み切るのか、ウクライナ軍が欧米諸国から供与された戦車などを活用し、反転攻勢へ打って出るのかどうか戦況は予断を許さない。

この1年、日本からウクライナの対応をみて感じるのは、国民の強い防衛意識だ。報道によると最近のウクライナの世論調査では「勝利を確信する」と答えた人は95%、「領土に関して妥協すべきでない」という人は85%に上っているという。

去年の侵攻当初は、軍事大国ロシアの軍事攻勢で数日のうちに制圧されてしまうのではないかとの見方も聞かれたが、ウクライナ国民はシェルターなどでの生活に耐え、徹底抗戦で跳ね返した。

こうした要因としては、ゼレンスキー大統領の優れた統率力もあるだろう。また、欧米の軍事支援も後押しになったが、やはり、自らの国の独立と自由な暮らしを守り抜きたいという強い防衛意識が戦いを支えたのではないかと思う。

 防衛力整備、政府の国民への説明に弱さ

それでは、日本の場合、国民の防衛意識や、政治の対応はどうだろうか。岸田政権は防衛力の抜本強化の方針を打ち出したが、政府案のとりまとめの調整に追われ、国民への説明、説得などの働きかけが極めて弱かったのではないかと思う。

政権の関係者を取材すると「防衛力整備の中身の調整に想定以上に時間がかかってしまった」と語り、与党や国民に対する説明が必ずしも十分ではなかったとの考えを漏らしていた。

防衛費の大幅増額と、その財源確保のとりまとめに政権の相当なエネルギーを費やしたことは事実だろう。しかし、それでも国民に対して、防衛の現状とめざす内容を理解してもらうよう働きかけを強める必要があったと考える。

というのは、NHKの2月の世論調査(10~12日実施)では、◆防衛費の大幅増の評価は、賛成、反対ともに40%ずつ二分されたままだ。政府が方針を決定した12月調査では一部質問の表現は異なるが、賛成は51%あったのが、2月までに11ポイントも減少したことになる。

◆防衛増税は賛成23%に対し、反対64%で、反対が圧倒的に多い状況だ。

朝日新聞の2月の世論調査(18、19日実施)でも◆防衛費を増やすための1兆円増税については、賛成は40%に対し、反対は51%で上回っている。

通常国会の論戦が始まって既に1か月が経過したが、政府が戦後防衛政策の大転換と位置づけている防衛政策と予算案について、国民多数の賛成を得られていない状況は重く受け止める必要がある。

 防衛の主要論点、参院で徹底審議を

それでは、なぜ、国民の多数の賛成を得られていないのか。22日に行われた衆議院予算委員会の集中審議でのやりとりが、ヒントになる。

質問に立ったのは立憲民主党の泉代表で「政府・防衛省は、新年度予算案でアメリカから購入する巡航ミサイル『トマホーク』の数量などを防衛機密だとして、公表できないとしている。しかし、アメリカ国防省は自らのホームページで、同じトマホークを今年度、1発の購入単価5.4億円、40発を買い取ることを明らかにしている」などと追及した。

岸田首相はこれまで手の内を明かすことになると公表を拒んできたが、「関心が高いので、数量などを改めて検討したい」と情報開示に前向きの答弁をせざるを得なかった。

岸田首相は施政方針では「国会で堂々と議論したい」と強調したが、予算委員会の質疑では、具体的な情報や自らの考え方をほとんど明らかにしない。防衛論争が一向に深まらない大きな要因になっている。

国民の多くは、武器の詳細な性能などを知りたがっているのではない。防衛力を向こう5年間で、新たに17兆円も増額してどこまで日本の防衛力が強化されるのか、基本的な判断材料を示してもらいたいと考えている。

衆議院予算委員会の論戦も最終盤で、予算案の採決が近く行われる。防衛問題の主な論点は詰めの議論を残したまま、参議院での予算審議に持ち越される公算が大きい。

主な論点としては、◆相手国のミサイル基地などを叩く「反撃能力」の保有が、「先制攻撃」とならないようにするための対応策、基準づくりをどうするのか。

◆反撃の武力行使を行う場合、自衛隊は相手の標的などの情報把握をどのように行うのか。米軍との攻撃面での運用・調整は可能なのか。

◆戦闘機などの正面装備に比べて、弾薬、燃料などの継戦能力に弱点があるとされてきたが、どの程度改善されるのか。

◆台湾有事などに備え、沖縄や南西諸島の避難計画のほか、全国的に国民の避難施設、シェルターなどの整備はどの省が中心になって整備していくのか。

国民が知りたいと思われる一例を挙げたが、こうした論点について、これまでのところ政府側から具体的な説明はほとんどなされていない。参議院では、こうした論点について、国民にわかりやすい説明、議論を行ってもらいたい。

 首相ウクライナ訪問、日本の視点で判断

冒頭にも触れたが、アメリカのバイデン大統領がウクライナを電撃訪問したのに続いて、イタリアのメロー二首相も現地入りし、G7首脳で訪問していないのは岸田首相だけになった。

このため、政府内では、日本もゼレンスキー大統領から招待を受けていることに加えて、G7議長国であることから、5月の広島サミットまでには訪問を実現したいと焦りを強めている。

岸田首相のウクライナ訪問は、実現が望ましいのは当然だ。但し、首相の訪問は、安全性や国会のルール、情報管理などの面でハードルが多い。最も重要なことは、戦地などでは現地の政府や国民に迷惑や負担をかけてはいけないことだ。

首相の人気・評価の獲得といった政治的パフォーマンスで、周辺が対応してもらっては困る。日本は欧米とは地理的にも大きな違いあり、NATOの加盟国でもない。

日本の立場、独自の視点で安全性などが確保できるまで、訪問は見送りたいと堂々と表明して、G7議長国としての役割を果たせばいいのではないか。

合わせて、日本は先の大戦を教訓に平和外交を戦後一貫して追求しており、民生支援を軸に国際社会とともに歩んでいく基本方針を表明するのが基本だと考えるが、どうだろうか。

一方、国内の防衛力整備については、国会で政府と与野党が質疑を通じて国民の理解を深めたり、必要に応じて法案・予算案の修正を図ったりして、国民全体の合意を広げる必要がある。

国会の質疑も内外の重要課題を取り上げる予算委員会の議論に限らず、外交・防衛に関係する委員会で、恒常的に議論を続けてもらいたい。

その際、防衛・軍事面については、専門の自衛官幹部を招いて意見を聴取する時期を迎えているのではないか。自衛隊は文民統制が基本であり、具体的には国民の代表である国会が、自衛隊の意見も聞きながら決定するのが本来の姿だ。

ウクライナ侵攻を可能な限り早期に終わらせると同時に、政府と国会は、日本の外交・安全保障のあり方を国民全体で考えるように具体的な取り組みを進めてもらいたい。(了)

 

 

“難題滞留、審議は順調”国会予算委

国会は、衆議院予算委員会を舞台に新年度予算案の審議が続いているが、予算案の採決の前提になる「公聴会」が16日に開かれることが9日、決まった。これによって、新年度予算案の委員会採決の条件が整ったことになる。

予算案が委員会に続いて、本会議でも採決が行われて可決され、衆議院を通過する時期は、これまで平成11年・1999年の小渕政権時代の2月19日が最も早かった。今回は、これに次ぐスピード通過となる可能性もある。

去年は2月15日に公聴会、その後、集中審議を2日間入れたりして22日に衆院通過、戦後2番目に早い衆院通過となった。今回はどうなるかは今後の与野党の交渉次第だが、去年並の早い通過は間違いなさそうだ。

問題は、国会審議の中身だ。この国会の焦点になっていた防衛費の大幅増加と財源や、物価高騰と暮らし・経済のかじ取りなどの難問・難題については、さっぱり議論が深まっておらず、滞留したままだ。

このまま予算案の採決へと進むことで、与野党、政府はそれぞれの役割と責任を果たせたといえるのかどうか、国民の側がしっかり見ていく必要がある。

 野党の足並みに乱れ、論客不足も

この通常国会は、岸田政権が防衛力の強化や原発の活用など歴代政権の政策を大きく転換させたことから、審議は難航するのではないかとみられていたが、与党ペースで順調に審議が進んでいるのはどうしてだろうか。

その理由としては、攻める野党側の足並みの乱れと、論客の少なさが追及に迫力を欠く大きな要因になっている。

例えば8日の集中審議をみると、野党第1党の立憲民主党はベテラン議員が外交・安全保障問題を取り上げ、岸田首相の白熱した質疑を展開した。後続の質問者は、首相秘書官の更迭の原因となった同性婚問題を取り上げるなどテーマが多く、追及の焦点が定まらないようにみえた。

野党第2党の維新は、身を切る改革、衆議院議員の定数削減問題を取り上げた。国民民主党は、配偶者の就業抑制につながる年収の壁、共産党は防衛問題といったように各党バラバラで、一時のような野党間の連携はみられなかった。

党によって、質問の重点が異なるのは当然だが、与党から譲歩を引き出すためには、勢力の劣る野党側は連携、共闘しながら攻めなければ、成果は得られない。野党第1党の全体をとりまとめていく力量、野党各党の論客不足もある。

一方、与党の自民党も、焦点の外交・安全保障関係の質問は一部に止まった。かつてのようにベテラン議員が質問に立って、国民をなるほどと納得させるような奥の深い質疑は見られなかった。

また、岸田首相の答弁も従来の説明の繰り返しが多かった。施政方針演説では「決断した政府の方針や予算案について、国民の前で正々堂々議論し、実行に移す」と強い口調で決意を表明していたが、決意が伝わってくるような場面はまったく見られなかった。

 LGBT法案 児童手当問題も浮上

このように予算審議は最速に近いペースで進む一方、岸田政権の中枢の首相秘書官が「同性婚は見るのも嫌だ」などの差別発言をしたことが明るみになり、更迭された。

岸田首相は予算委員会で「政府の方針について誤解を生じさせたことは誠に遺憾で、不快な思いをさせてしまった方々におわびする」と陳謝するとともに「LGBT理解増進法案」の提出について前向きな姿勢を示した。

この法案は、既に超党派の議員立法としてとりまとめられたもので、一昨年、国会に提出直前に自民党内の一部の反対で見送られた。

欧米では同性婚を認める動きが広がっており、今年5月にG7広島サミットで議長国を務める日本としては、早期に成立させるべきだとの意見が強まっている。

但し、自民党内には、伝統的な家族観を重んじる一部議員の反発は根強いといわれ、岸田首相や党執行部が党内をまとめきれるかどうかにかかっているようにみえる。

このほか、児童手当の拡充をめぐって、岸田首相や茂木幹事長らは所得制限の撤廃や18歳までの支給対象拡大に前向きな姿勢を示している。これに対し、西村経産相らは、財源が限られているので、所得の少ない人たちに重点に置くべきだとして、所得制限の撤廃に否定的な考えを示し、意見が対立している。

以上、見たように岸田政権にとっては、当初、懸念していた防衛増税に議論が集中する事態は避けられた一方、LGBT法案や児童手当など新たな問題への対応を迫られている。

国会と政権はそれぞれの役割、任務を果たしているのかどうか。新年度予算案の衆議院通過などを1つの節目に、今度は世論の側がどのような評価・反応を示すのか、報道各社の世論調査の結果を注目している。(了)

 

 

 

 

 

 

“本丸の議論はどこに?”国会論戦

国会は、衆議院予算委員会で基本的質疑が30日から3日間にわたって行われ、各党の主張や論点が出そろった。各党の質問が集中したのは「防衛増税」や、岸田政権が打ち出した「異次元の少子化対策」、それに物価高と賃上げ対応などだ。

いずれも重要な問題で、議論してもらいたいテーマだが、戦後の安全保障政策の大転換と位置づけられている「防衛力整備の内容・あり方」については、踏み込んだ議論にはならなかった。

これは、岸田首相が「防衛力整備の具体的な内容を明らかにするのは適切でない」と説明を避けたことがある。

また、与野党双方が近づく統一地方選挙を意識して少子化対策や物価高騰対策を前面に押し出し、自らの党の存在感をアピールしたいとの事情も影響しているようにみえる。

しかし、これでは日本の安全保障はどのように変わるのか、肝心な点がさっぱりわからない。「本丸の議論はどこにいったのか?」との思いを強くする。これからの防衛論議や国会論戦はどうなっていくのか考えてみたい。

予算委質疑に違和感、議論の重点が不明

冒頭に少し触れたが、30日から始まった衆議院予算委員会の論戦に違和感を覚えた。具体的には、内外に”大きな問題”、難題を抱えているのに、どうも緊迫感が伝わってこないからだ。

取り上げられたテーマを並べると、防衛増税、物価高騰と賃上げ、少子化対策と児童手当の拡充、黒田日銀総裁の後任人事と金融政策、さらには岸田首相の欧米歴訪に同行した長男、翔太郎秘書官のお土産購入などが主なものだ。

多様で幅広く問題を取り上げているが、何を優先し重点にすえて議論をしようとしているのかはっきりしない。いわば”ごった煮”のままの議論が続いている。

もっと端的に言えば、戦後の安全保障政策の大転換といわれる「防衛力の整備」をめぐる国会の議論が深まらないが、このままで大丈夫かという思いがする。

防衛費の増額に伴う「増税」の議論は活発だが、その根幹である「防衛力整備」の議論は深まらない事態をどう考えたらいいのかということでもある。

反撃能力、防衛力の水準をどう考えるか

それでは、予算委員会での実際の議論はどうだったのか。野党側は、焦点の「反撃能力」保有について、専守防衛の基本から外れる恐れがあるのではないか。また、防衛費を向こう5年間の総額で43兆円にまで増やした理由、根拠は何か。

さらに、新年度予算案に盛り込まれているアメリカ製の巡航ミサイル、トマホークはどのくらいの数を購入するのかといった点を質した。

これに対して、岸田首相は「反撃能力は、専守防衛の範囲内で対応する。武力行使は必要最小限の措置となる」。防衛費の総額は「1年以上にわたって議論を積み重ね、現実的なシュミレーションを行って、防衛力の内容を積み上げ、規模を導き出した」などと説明した。

さらに、トマホークについては「詳細を明らかにすることは適切ではない」と具体的に言及することを避けた。

政府が、新しい防衛力整備の方針について、国会で説明するのはこの国会が初めてだ。その最初の国会で、岸田首相のこうした一般的な説明で国民が理解、納得するのは難しいのではないか。

防衛問題は軍事機密の関係もあり、詳細な説明は難しい面はあるが、基本的な考え方や原則、わかりやすいケースを挙げて説明することは可能だ。政府側の説明は、量、質、熱意ともに不十分といわざるを得ない。

一方、野党側は防衛増税については、そろって反対しているものの、反撃能力や防衛力の整備をめぐっては考え方に違いあり、バラバラだ。本丸の防衛力整備をどのように考えるのか、政府の方針をどのようにチェックしていくのか、それぞれの党の対応方針を明確に示していく必要がある。

国民は、「反撃能力」を保有して本当に安全が増すのか、自衛隊と米軍との役割はどうなるのか。防衛力整備の必要性はわかるが、どの程度の水準が妥当なのかといった点に関心を持っているものとみられる。

政府と与野党は、こうした防衛力整備という根幹部分の議論をどのように進めていくのか。予算委員会だけでなく、防衛・外交を所管する合同の委員会、あるいは特別委員会の設置でもいいのだが、国会で政府の外交・安全保障政策を点検、議論し、国民に判断材料を提供する取り組みを早急に整備してもらいたい。

防衛増税と与野党攻防、最後のカギは

予算委員会の論戦では、防衛費の増額に伴う財源の確保をどうするのか、もう1つの問題を抱えている。

政府は、5年後以降に不足する1兆円を増税で確保する方針だが、野党側はそろって反対している。この問題で、野党第1党の立憲民主党と第2党の日本維新の会は連携して対応する方針で、対案を検討することにしている。

これに対し、自民党は国会改革などに応じる考えを維新に伝えて、維新、立民の両党間にクサビを打ち込もうとしている。

維新を挟んで、立民と自民が綱引きをしており、防衛増税に対する野党の対案がまとまるかどうかをみていく必要がある。

このほか、岸田首相が打ち出した「異次元の少子化対策」が与野党に波紋を広げている。

元々、この対策・構想は、防衛増税に野党や世論の関心が集中するのを避けるための戦術だとみられていたが、メデイアが盛んに取り上げていることもあり、予想以上に関心を集めている。

自民党の茂木幹事長が、児童手当の所得制限廃止を打ち上げたかと思うと、立憲民主党は、民主党政権時代の政策の正しさが証明されたとアピールに力をいれている。

維新や国民民主からは、教育の無償化や税の負担軽減を図る制度の導入につながると期待する声も聞かれる。このため、野党の関心を引きつけて、足並みを乱すという政権サイドのねらいが一定の効果を上げつつあるようにも見える。

但し、この問題は最終的に財源がどうなるかで、評価がガラリと変わる。岸田首相が表明している子ども予算の倍増には、新たに5兆円もの巨額な財源が必要になる。

社会保険料や企業からの拠出金、教育目的の新たな国債発行などの案も取り沙汰されているが、世論が諸手を挙げて賛成となるかは不透明だ。この少子化対策でも本丸は、巨額な財源をどう確保するのか、難題を抱えているからだ。

防衛力整備と財源の問題に話を戻すと国会では、政府・与党が仮に十分な説明をしないまま新年度予算案の採決、衆議院通過で論戦のヤマを越えたとしても問題は、世論の支持がどうなっているかだ。

報道各社の1月の世論調査では、いずれも防衛力整備の賛否は二分され、反対が賛成を上回っている。防衛増税は、賛成が2割から3割、反対が6割から7割を占め、岸田内閣の支持率は低迷している。

こうした世論の動向を考えると、岸田首相にとっての本丸は「世論の風向き」を変えられるかだ。これまでの姿勢を改めて、真正面から国会の論戦に向き合い、国民を説得できるかどうかにかかっている。(了)

防衛論戦”期待外れの首相答弁”

23日に召集された通常国会は、岸田首相の施政方針演説を受けて、25日から各党の代表質問が始まった。

今回の国会は、岸田政権が年末に安全保障や原発政策を大きく転換したあとだけに政策転換の是非などをめぐって、政府と与野党が一大論戦を行ってもらいたいと前号のコラムで取り上げた。

ところが、国会冒頭の論戦を聞く限り、岸田首相の答弁は従来の考え方や結論の繰り返しがほとんどで「期待外れの首相答弁」と言わざるを得ない。焦点の防衛問題を中心にこれまでの論戦の問題点や、今後のあり方を考えてみたい。

 防衛が焦点、原発、少子化など多い論点

通常国会冒頭の各党代表質問で、最初に質問に立った立憲民主党の泉代表は、防衛費の問題を取り上げ「まさに額ありき、増税ありき、そして国会での議論なしの乱暴な決定だ」として、増税を強行するなら衆議院の解散・総選挙で信を問うべきだと質した。

これに対し、岸田首相は「防衛力の抜本的強化や維持を図るためには、これを安定的に支えるための財源が不可欠だ。国民の信を問うかどうか、時の総理大臣の専権事項として適切に判断していく」と強調した。

また、政府が保有の方針を打ち出した「反撃能力」について、泉代表が「専守防衛の原則を逸脱する恐れがある」と追及したのに対し、岸田首相は「必要最小限の措置で、抑止力として不可欠な能力だ」と反論した。

日本維新の会の馬場代表、国民民主党の玉木代表、共産党の志位委員長らは、防衛力整備の考え方に違いはあるものの、防衛増税にはそろって反対を表明し政府の対応を質した。

このうち、維新の馬場代表は「防衛力の財源としては、景気回復に伴う税収増、コロナ感染の収束に伴うコロナ対策予算の活用、国債の償還期間の延長による新たな財源の確保ができるのに、なぜ、最初から増税を選択するのか」と増税案の撤回を求めた。

これに対し、岸田首相は「政府としても国民の負担を抑えるため、新たに必要となる財源の4分の3を行財政改革でまかない、残り4分の1を税制でお願いすることにした」と理解を求めた。

このほか、各党の代表質問では、政府が新増設の方針を打ち出した原発政策、少子化対策、物価高騰と賃金引き上げ、新型コロナの感染症法上の扱いの変更などを取り上げた。

このように論戦のテーマとしては、防衛問題をはじめ、議論すべき重要政策が極めて多いことが改めて浮き彫りになった。

但し、岸田首相の答弁は、従来の答弁や施政方針演説の繰り返しがほとんどで、残念ながら、議論が深まったとは言えないのが実態だ。

 防衛増税、全野党が反対、論戦激化へ

それでは、今後、どのような論戦が必要か。国民からすると、防衛予算の総額を向こう5年間で1.6倍の43兆円に拡大する計画や、不足財源を賄うために増税する方針は、この国会で初めて政府の説明を受けることになる。

それだけに◆なぜ、防衛予算を43兆円にまで拡大する必要があるのか。日本を取り巻く安全保障の変化を含めて、説明が欲しいところだ。

◆また、防衛のどのような分野を強化するのか。正面装備をはじめ、武器・弾薬の備蓄などの継戦能力、シェルターなど国民の避難・保護に充てる予算はどの程度なのか、詳しい知識を持っている人は多くはないのではないか。

◆さらに、防衛財源は、歳出削減でどの程度確保できたのか。施政方針演説で岸田首相は「増税」という言葉を一度も使わず、「今を生きる我々の責任」などと表現するのはどうしてか。たばこ税を引き上げるが、酒税を対象にしないのはなぜかといった点に疑問を感じる人は多いのではないか。

報道各社の世論調査のうち、最も新しい朝日新聞のデータ(21、22日実施)によると◆防衛費を増やす計画については、賛成44%、反対49%に分かれる。◆防衛増税については、賛成24%に対し、反対が71%と多数を占めている。

このデータから読み取れることは、政府の方針は依然として、国民の理解と支持が得られていないということだ。

国会論戦はこれから衆議院予算委員会に舞台を移して、本格的な質疑が行われる。まずは、岸田首相をはじめとする政府側が、従来の説明に止まらず、踏み込んだ説明ができるかどうかが問われる。

また、大きな政策転換を行った防衛政策と原発政策、それに少子化対策などについても政策転換に踏み切った理由、背景について、国民の納得がいくような説明が不可欠だ。できなければ、岸田内閣の支持率は低迷が続く可能性が大きい。

一方、野党側は政府方針の問題点を指摘したり、批判したりすることは野党の役割だが、政府方針を明確にするためにも自らの防衛力整備の考え方や財源の具体策を対案として示して、議論を深めてもらいたい。

  岸田政治とは何か?首相の政治姿勢

最後に代表質問でメデイアでは余り取り上げられないかもしれないが、参議院の立憲民主党の水岡俊一議員会長が興味深い質問をしていたので、触れておきたい。

水岡議員は「岸田首相は、安全保障政策や原発政策などの大きな政策転換を選挙で訴えず、国会でも十分な議論をしないで、次々に決定している。これは、内閣は連帯して、国民の代表である国会に責任を負う内閣法や憲法の基本原則から逸脱しているのではないか」と質した。

これは、政界の関係者の間で話題になっている「岸田政治とは何か?」とも共通する。安倍元首相でもできなかった「敵基地攻撃能力」の保有や、GDP2%へ倍増する方針を次々に決定できたのはなぜかという疑問だ。

岸田首相は「国家安全保障戦略など安保関連3文書は、国会においても丁寧な説明を心がけてきた。進め方に問題があったとは考えていない」「議院内閣制では政権与党が国政を預かっており、まずは、政府与党で1年以上の丁寧なプロセスを経て方針を決定した」と反論した。

岸田首相は国会で「防衛の内容、財源、予算を三位一体で決める」と繰り返し答弁したが、その中身について具体的に説明することはなかった。

また、与党の役割を強調・優先する考え方をしているが、昭和、平成の自民党のリーダーは、国会での議論、野党との論戦を重視する考え方が主流だったと思う。

この点でも、岸田首相は保守のリーダー像を大きく転換させている。国会論戦では、政策論争とともに重要政策の決定の仕方、国会との関係、リーダーの政治姿勢のあり方などについても議論をしてもらいたい。

30日から始まる予定の予算委員会の論戦では、岸田政権が打ち出した一連の政策転換をめぐる質疑がどのように展開するか。世論の受け止め方はどうか、さらに岸田政権の行方にどのような影響を及ぼすか、注目点が多い。(了)

”難題 山積国会”開会 一大論戦を

通常国会がいよいよ23日に開会し、岸田首相の施政方針演説と、これに対する各党の代表質問が行われて、本格的な論戦が始まる。

岸田政権は年末、防衛力の抜本強化と防衛増税、既存原発の運転期間延長や原発の新増設の方針などを次々に打ち出し、歴代政権の政策を大きく転換した。

また、今月13日に行われた日米首脳会談で、岸田首相は、バイデン大統領と日米同盟を更に深化させていくことなどで合意した。

ところが、一連の方針をめぐって国会での質疑はなく、国民への説明もほとんどなされてこなかった。それだけに岸田政権に対する国民の視線は厳しいことが、報道各社の内閣支持率の低迷に表れている。

こうした中で開会する今度の国会の特徴を一言でいえば、大きな問題を数多く抱える「難題山積国会」と言えそうだ。それだけに政府・与党と野党側との間で、多くの課題について徹底審議を行ってもらいたい。

徹底審議ではありきたりに聞こえるので、やや大げさに聞こえるかもしれないが、「一大論戦を戦わせてもらいたい」というのが私個人の率直な思いだ。特に防衛政策については、中長期に及ぶ問題だけに国民の納得がいく突っ込んだ論戦を行ってもらいたい。

通常国会は、こうした防衛問題や原発政策のほか、40年ぶりの物価高騰と経済・財政運営、脱炭素社会に向けた経済社会づくり、抜本的な少子化対策、旧統一教会の被害者救済問題など緊急課題が目白押しで、待ったなしの状態にある。

 与野党攻防、防衛増税の扱いが焦点

次に与野党の攻防という観点からみると、通常国会前半の焦点は、一般会計の総額が過去最大114兆円にのぼる新年度予算案と、防衛問題になりそうだ。

岸田首相は、欧米5か国歴訪から帰国した直後の17日に開かれた自民党役員会で、通常国会では防衛力の抜本強化や少子化対策などについて議論し、実行に移していく決意を表明した。

岸田首相は先のアメリカ訪問で、バイデン大統領との間で、日本の反撃能力の保有について、アメリカ側の支持と協力をいち早く取りつけたことに自信を深め、防衛力強化と安定財源確保の方針については一歩も譲らない構えだ。

これに対し、野党第1党・立憲民主党の泉代表と、第2党・日本維新会の馬場代表が18日会談し、政府の防衛増税に強く反対し、撤回を求めていくことで一致した。また、共同の作業チームを設けて、行財政改革などを検討し、財源をねん出する具体案をまとめることにしている。

野党側は、防衛力整備の内容などをめぐっては違いがあるものの、政府の防衛増税に対しては、他の野党も反対していくことで、足並みがそろう見通しだ。与野党の対決色の濃い国会になりそうだ。

一方、自民党の茂木幹事長はこれに先立つ17日、維新の馬場代表と会談し、維新が重視している国会改革で協力したいとの考えを伝えた。立憲民主党と維新との連携にくさびを打ち込む狙いがあるものとみられる。

維新を挟んで、立憲民主党と自民党が自らの陣営に引き込む動きが水面下で続くことになりそうだ。

このほか、自民党内では萩生田政調会長をトップとする特命委員会が19日に初会合を開き、増税に頼らない新たな財源を検討することにしている。この会のメンバーは安倍派の議員が多く、増税に代わる具体的な財源を政府や党執行部に求めていくものとみられる。

このように国会での論戦が続く一方で、防衛財源のあり方をめぐって、野党間や与野党、自民党と政府との間で様々な調整や駆け引きが行われる見通しだ。

最終的には、新年度予算案と防衛財源を確保する法案が原案通りで採決されるのか、それとも法案の修正が行われるのかが大きな焦点になるのではないか。

 防衛力整備と財源、世論の評価がカギ

ここまで通常国会の論戦のあり方と、防衛増税をめぐる与野党の動きをみてきたが、与野党の攻防がどうなるかは、最終的には世論の動向・評価がカギを握っているとみる。

というのは、岸田政権は内閣支持率が低迷していることに加えて、防衛増税で世論の支持を失うと、4月の統一地方選挙や衆議院の統一補欠選挙にも影響が出てくるからだ。岸田政権と自民党執行部は、世論の風向きも見ながら、防衛増税の扱いを判断することになる。

その政権与党に波紋が広がっているのが、読売新聞が今月13日から15日にかけて行った世論調査の結果だ。

政府の防衛増税の方針については「賛成」が28%に対して、「反対」が63%と大幅に上回った。内閣支持率も39%で前回と同じ水準に止まった。岸田首相が欧米を歴訪、日米首脳会談の直後でも、政権の浮揚効果が見られなかったからだ。

こうした傾向はNHKがこれより先1月7日から9日にかけて行った世論調査でも、防衛増税に「賛成」28%、「反対」61%でほぼ同じ水準だった。

向こう5年間の防衛費の総額を43兆円に大幅に増やすことについても、世論の賛否は分かれたままだ。

つまり、国民は物価高騰の中で、増税に敏感になっている事情もあるが、そもそも防衛力強化と大幅な予算増額のねらいや内容の説明そのものが、国民に伝わっていないと判断するのが自然ではないか。

防衛政策の大転換をめぐって、与党内や国会でもあまりにも議論が少なかったツケが今、跳ね返ってきているのではないか。

したがって遅ればせながら、まずは、政府が国会で十二分に説明すること。そのうえで、政府も「一大論戦」の覚悟で野党に臨まない限り、国民を説得するのは難しいのではないかと思う。

政府が年末に閣議決定した国家安全保障戦略の冒頭部分に次のような一文がある。「国家としての力の発揮は、国民の決意から始まる」「本戦略の内容と実施について国民の理解と協力を得て、国民が我が国の安全保障政策に自発的かつ主体的に参画できる環境を、政府が整えることが不可欠である」とある。

この指摘は、政治の要諦でもある。通常国会でも岸田首相は言葉だけでなく、行動、政権運営で率先垂範すべきだ。(了)

 

 

 

 

通常国会、防衛論争と世論の動向が焦点

新しい年・2023年が明けて、政治も本格的に動き始めた。岸田首相は年頭の記者会見を終えた後、9日から欧米5か国を歴訪中だ。13日には、ワシントンで日米首脳会談が行われる。

新年前半の政治の主な舞台となる通常国は23日に召集され、6月下旬まで続く。その通常国会最大の焦点は、向こう5年間の防衛力の整備と増税問題になる。政府・与党と野党との間で、激しい防衛論争が繰り広げられる見通しだ。

問題は、国民の支持がどうなるかだ。10日にまとまったNHK世論調査によると、岸田政権が決めた防衛費の財源を確保するための増税方針については、賛成が28%に対し、反対が61%に達し多数を占めた。

政府の方針を理解し、納得している国民は少ないことが、改めて浮き彫りになった。岸田内閣支持率も先月より3ポイント下がり33%、下落に歯止めがかかっていない。

国会での論戦が始まり、この世論がどう動くのか。政府・与党、あるいは野党のどちらの主張を支持するのか、岸田政権とその後の政局に大きな影響を及ぼす。防衛力整備と財源のあり方や問題点を考えてみたい。

 難題山積、防衛増税めぐり与野党対決

岸田首相は、新年4日の年頭の記者会見や8日のNHK日曜討論の番組などで「新年は、先送りできない課題に正面から愚直に挑戦したい」として、防衛力の抜本強化をはじめ、エネルギー政策、経済の好循環、それに異次元の少子化対策などの課題に幅広く取り組んでいく考えを表明した。

これに対し、野党第1党・立憲民主党の泉代表は「防衛費や経済対策、エネルギー政策などについて、チェックしていく。特に防衛費については、5年間で43兆円という額は適切なのか、検証しなければならない」として、他の野党とも連携して通常国会で厳しく追及する考えだ。

野党第2党の日本維新の会の馬場代表も「防衛費の不足財源を増税で賄う政府の方針は、国民の理解は得られないだろう」と批判的だ。

立憲民主党と日本維新は、去年の臨時国会で連携したのに続いて、通常国会でも連携を図っていく方針だ。具体的には、防衛費の財源については、行財政改革によって財源を捻出する対案などを検討することにしている。

通常国会では、新年度予算案の審議とともに、防衛増税をめぐって政府・与党と野党側が対決する公算が大きくなりつつある。

 防衛力整備と財源 多岐にわたる論点

それでは国会の論戦では、具体的にどのような点が論点になるか。自民党の防衛族・防衛問題の専門家や、野党幹部の話を聞いてみると論点は多岐にわたる。

▲1つは、国家安全保障戦略など安全保障関係3文書が10年ぶりに改訂された問題がある。外交・安全保障の基本方針を策定するもので、今回は「反撃能力」の保有を盛り込んだのが大きな特徴だ。

「反撃能力」は、これまで「敵基地攻撃能力」と表現されてきたのを改称したものだが、相手国のミサイル基地などを叩く能力だ。歴代政府は、憲法上許されるが、政策判断として保有しないとしてきたが、今回、保有する方針に転換した。

専守防衛、戦後の安全保障政策の大きな転換だが、政府は周辺国のミサイル能力の向上に対応するため「必要最小限度の措置」だと説明している。

これまで自衛隊は「盾」、米軍が「矛」の役割を明確にして分担してきたが、これから日本は「矛」の一部の役割も果たすことになる。

これに対して、野党側は「我が国に対する『攻撃の着手』の判断が、現実的には困難で、先制攻撃となるリスクが大きい」として、保有に反対する意見もあり、活発な議論が交わされる見通しだ。

▲第2は、防衛力整備の中身で、知りたい点は実に多い。◇向こう5年間の防衛費を1.5倍の43兆円に増やしたが、どのように積算したのか。◇自衛隊の弱点といわれてきた弾薬などの備蓄、予備自衛官の確保など継戦能力はどの程度、改善されるのか。

◇反撃能力の確保に米軍の巡航ミサイル「トマホーク」を購入する計画だが、反撃能力の効果は期待できるのか。◇国民を避難させるシェルターなど国民保護・避難体制の取り組みが弱いのではないかといった点が指摘されている。

▲第3は、防衛費の財源問題だ。政府は、新年度の防衛費について、今年度より1兆4000億円上積みし、過去最大の6兆8000億円を計上している。

また、防衛費の増額で必要となる財源は、5年後の2027年度に1兆円余りで、これを法人税など3税の増税で賄う。但し、増税の実施時期は「2024年以降の適切な時期」として、今後検討することにしている。

これに対し、野党側は「政府の防衛予算は最初からGDP比2%とするなど”数字ありき”で、無駄のない調達や歳出努力が不足している」として、歳出改革による対案の提出を検討することにしている。

このほか、防衛財源として、剰余金やさまざまな基金の積み残しをかき集めて確保しているが、5年後も安定財源が担保されているのかなどをめぐって、詰めた議論が行われる見通しだ。

 国民への説明不足、問われる政権

ここまで政府の方針と通常国会で予想される論点を見てきたが、国民がこうした防衛力整備と財源確保策をどのように評価するかという問題がある。

岸田首相は、1年かけて丁寧に議論を重ねてきたと強調するが、国民の多くは、防衛力整備の具体的な内容、財源、予算を耳にしたのは、おそらく去年11月下旬以降だと思われる。

岸田首相が11月28日に財務・防衛の両閣僚に対して、5年間でGDP2%に達する予算を指示したことが報道された後、あれよあれよという間にわずか3週間で、増税と予算方針が決まったというのが実態ではなかったか。

これまでは政府・与党間で検討が進められ、ようやく通常国会になって、政府と各党の議論を通じて、国民は政府の説明を聞くことになる。国の防衛、国民の暮らしや安全の確保にどこまでつながるのか、国民が判断することになる。

新たに改定された「国家安全保障戦略」の冒頭に「(安全保障上の)国家としての力の発揮は、国民の決意から始まる。国民が我が国の安全保障政策に自発的かつ主体的に参画できる環境を、政府が整えることが不可欠である」と強調している。

岸田政権の国民に対する説明は明らかに不足していたのではないか。通常国会でも、具体的な説明と説得ができるのかどうか、問われることになる。

 政権浮揚か、野党攻勢か、世論がカギ

最後に、政局との関係についても触れておきたい。岸田首相がいつ衆議院解散・総選挙に踏み切るかの議論が盛んだが、岸田首相としては好機があれば、解散刀を抜いてみたいという思いは抱いているのではないかと推察する。

問題は、解散の環境が整うかどうかだ。その環境整備のためには、岸田政権が防衛問題で世論の理解と支持を得て、内閣支持率が回復、政権浮揚が必要になる。それとも野党が論戦の主導権を確保して、攻勢に転じることになるのかどうか、分かれ道になる。

10日にまとまったNHK世論調査によると、岸田内閣の支持率は先月より3ポイント下がって33%、不支持率は1ポイント上がって45%だ。

内閣支持率は下落に歯止めがかかっておらず、政権発足後、最も低かった去年11月と同じ水準だ。通常国会で野党の攻勢が続けば、”危険水域”とされる支持率3割割れの可能性もある。

衆院解散・総選挙といった政局よりも、岸田政権は防衛力整備と財源問題で世論の支持を回復できるか、待ったなしの状態だ。通常国会の防衛論争と世論の動向が、岸田政権と今後の政局のゆくえを大きく左右することになる。(了)

“政局より政策、カギは世論” 2023年展望

新しい年、2023年の政治はどのように動くか。今年は、例年のような衆議院解散・総選挙をめぐる駆け引きや政変といった「政局」よりも、「政策」に焦点を当ててみていく必要があるのではないか。

その理由は、端的にいえば、岸田政権が防衛力の抜本強化や原発の新規建設など政策の大きな転換を打ち出し、年明けの通常国会で最大の焦点になるからだ。

そして、国会での与野党の論戦のゆくえと、国民がどのように受け止め、評価するか、”新年の政治の核心”は「世論の動向」がカギを握っているとみる。

こうした世論の動向は、政治の側に跳ね返り、岸田政権や与野党の新たな動きを生み出していく。2023年の政治のゆくえを分析、展望する。

春に統一地方選、大きな選挙がない年

初めに今年の主な動きをみておきたい。◆日本は1月から、国連の非常任理事国の任期が始まり、G7=主要7か国の議長国を務める。

このため、岸田首相は1月上旬にフランス、イタリア、イギリスを歴訪し、G7各国に協力を要請する。続いて、カナダを経由してアメリカに入り、13日にバイデン大統領と日米首脳会談を行う日程で調整が進められている。

◆1月下旬には通常国会が召集され、与野党の論戦が始まる。新年度予算案などの審議が行われ、会期は150日間で、6月下旬まで続く。

◆3月下旬からは、4年に1度の統一地方選挙が始まる。◇前半戦は、4月9日に9つの道府県と6つの政令指定都市の長、41道府県と17政令市の議員を選ぶ投票が行われる。

◇後半戦は、23日に市区町村の長と議員の投票が行われる。当日は、衆参両院の統一補欠選挙、衆院千葉5区、和歌山1区、山口4区などの投票が行われる。

◆5月19日から21日の日程でG7サミットが、岸田首相の出身地である広島市で開かれ、各国首脳が集まる。

◆9月末になると岸田首相の自民党総裁としての任期切れまで1年になる。自民党役員人事や内閣改造が行われ、総裁選をにらんだ動きが始まる見通しだ。

このように今年は春に統一地方選挙や衆参の補欠選挙が行われるものの、衆議院が解散されない限り、全国規模の国政選挙、大きな国政選挙がないのが特徴だ。

衆院解散、首相退陣の確率は低いか

さて、その解散・総選挙だが、衆議院議員の任期満了は再来年・2025年の10月、参議院議員の任期満了は同じ年の7月だ。

政界の一部には、5月のG7サミットを終えた後、内閣支持率が上がった場合、岸田首相は衆議院の解散・総選挙に踏み切るのではないかとの観測がある。

岸田首相は年末、民放のBS番組で、防衛増税の実施前に衆院選が行われるとの認識を示したが、こうした早期解散を念頭に置いているのかもしれない。

但し、岸田内閣の支持率は政権発足以来、最も低い水準に低迷したままだ。好転する材料は乏しいとして、与党内では解散には踏み切れないだろうとの見方が多い。

一方、4月の統一地方選挙で自民党が不振の場合、「岸田降ろし」の動きが出てくるとの見方もある。しかし、与党幹部は、地方の選挙結果が首相の進退につながることはほとんど考えられないとして、否定的だ。

自民党内は、安倍元首相が亡くなった後、最大派閥の安倍派の会長は未だに決まっていない。また、岸田首相に対する批判が強まっても0、批判勢力をまとめあげていくリーダーが見当たらないとして、年内の政変を予想する見方は少ない。

このようにみてくると新年は、衆院解散・総選挙や、首相退陣といった政変が起きる確率はかなり低いとみている。

国会論戦、防衛政策の大転換が焦点

それでは、新年の”政治の変数”は何か。大きな要素は、岸田政権が長丁場の通常国会をどのような形で終えるかではないか。

岸田政権は年末、向こう5年間の防衛費を1.5倍の43兆円に増やすとともに不足財源1兆円を増税で賄う方針を決めた。また、原発政策では、既存原発の60年を超える運転を認めることや次世代型の原子炉の開発・建設に取り組む方針をまとめた。いずれも歴代政権の政策を大きく転換する内容だ。

自民党の閣僚経験者に聞くと「防衛のどの分野を強化するのかという中身と、そのための安定財源、予算規模はこうすると論理的に説明できていないので、国民の理解を得るのはたいへんではないか」と国会乗り切りを危惧している。

野党の幹部は「政府・与党の方針は初めに規模ありきで、43兆円もの巨額予算が必要なのか精査する必要がある。また、軍備優先で、外交視点が欠落している。特に財源は、安定財源と言えるのか疑問だ」として、徹底追及する構えだ。

原発政策をめぐっても東日本大震災の福島原発事故の後、政府が示してきた原子力政策を大きく変更する内容だけに激しい議論が交わされる見通しだ。

このほか、年末に秋葉復興相が辞任するなど4閣僚の辞任ドミノを引き起こした岸田首相の任命責任をはじめ、旧統一教会の解散請求や被害者救済への取り組み、40年ぶりの物価高騰や世界的な景気減速への対応など難問が目立つ。

野党側は、第1党の立憲民主党と第2党の日本維新の会が去年の臨時国会に続いて、通常国会でも連携を継続する見通しだ。焦点の防衛費をめぐっては、政府・与党の増税方針に対して、両党は行財政改革で財源を捻出する対案を検討していくことにしており、与野党が真正面からぶつかり合うことになりそうだ。

去年の臨時国会は、旧統一教会問題で久しぶりに野党の攻勢が目立った。通常国会では、政府・与党と野党のどちらが主導権を確保するのか、岸田政権の政権運営とともに大きな注目点だ。

世論がカギ、政権・政局のゆくえ左右

こうした与野党の論戦を通じて、国民は大きな政策転換を打ち出した岸田政権をどのように評価するのか。この点が、”新年の政治の核心”とみる。

報道各社の世論調査をみると、国民は防衛力整備については賛否が分かれる一方、財源確保のための増税については、6割以上が反対している。政府の方針に対する国民の評価は、まだ定まっていないようにみえる。

加えて自民党内は、最大派閥・安倍派を中心に国債発行論が根強い。また、岸田政権は増税方針を打ち出す前の党内調整が弱く、政策の打ち出し方が稚拙などと不満や批判が数多く聞かれる。

それだけに年明けの通常国会で、岸田首相が説得力のある説明をできるかどうか。そして、国民の支持を得ることができるかどうか、今後の政権運営に当たって極めて大きな意味を持つ。

岸田内閣の支持率は、12月中下旬に行われた世論調査ではいずれも3割台前半から半ば(朝日31%、共同33%、日経35%)に止まり、低迷が続いている。国会論戦を通じて支持が広がらないと、危険水域とされる支持率30%割れの事態も予想される。

自民党の長老に向こう1年の見通しを聞いてみた。「自民党は、衆参の選挙や総裁選といった大きな選挙がないと動かない。岸田首相は低空飛行が続くだろうが、政権を投げ出すタイプではない。また、取って代わる人物がいないので、ズルズル続くのではないか」との見方だ。

そのうえで「政局は大きな選挙を控えて動く。本格的な動きが出てくるのは、再来年の連休明けくらいか。今年は、再来年に向けた備えの年ではないか」と語る。

自民党内は安倍元首相が亡くなった後、最大派閥・安倍派のゆくえが、未だに定まらない。麻生、茂木、岸田の各派はいずれも出身閣僚が更迭となり、そのほかの派閥も問題を抱え、各派総崩れ状態、態勢の立て直しを迫られている。

このため、冷静にみると”自民党内政治”が大きく動く可能性は、小さい。2023年の政治は”政局よりも政策”、防衛問題を軸に国会の論戦がどのように展開するか。

また、国民の評価と支持が、岸田首相や、新たなリーダー候補、野党側のどこに向かうのか。そうした結果が政治の側に跳ね返り、与野党に新たな動きを引き起こす。今年の政治は「世論の動向、世論の風の吹き具合」がカギを握るとみている。(了)