第2次岸田政権の前途をどう読むか

先の衆院選挙を受けて、特別国会が10日召集され、首相指名選挙などを経て、第2次岸田政権が再スタートした。

岸田首相は10日夜の記者会見で「総選挙で、岸田政権に我が国のかじ取りを担うようにとの民意が示された。政治空白は一刻も許されず、最大限のスピードで政策を実行に移す」と強い意欲を示した。

岸田自民党は、苦戦が予想された衆院選の接戦をしのぎ、自民党単独で安定多数の261議席を獲得した。公明党の32議席を合わせると与党で300近い議席を確保して、再出発することになった。

岸田政権は、果たして安定した政権運営が可能なのか、それとも短命政権で終わる可能性はあるのか、そのカギは何かを探ってみたい。

 内閣支持率上昇、小渕元首相型も

まず、衆院選後、最初の世論調査のデータから見ていきたい。朝日新聞の調査(11月6,7日)では、岸田内閣の支持率は、投票日5日前の調査に比べて、4ポイント高い45%、不支持率は1ポイント高い27%だった。

NHKの調査(11月5~7日)でも内閣支持率は、投票日前1週間前の調査に比べて、5ポイント上がって53%、不支持は2ポイント下がって25%だった。10月4日の第1次内閣発足直後49%からも、支持率は4ポイント上昇したことになる。

支持率上昇は、衆院選挙で安定多数を確保して、勝利したことの影響が大きい。自民党の歴代政権で安倍政権は、高い支持率を長期間、維持したが、それ以外の多くの政権は発足時は高いものの、下落するケースがほとんどだった。

そうした中で、90年代後半に政権を担った小渕元首相は最初は低空飛行だったが、経済対策などに地道に取り組み、次第に支持を高めていった。岸田首相もここまでの支持率をみていると、小渕元首相型の展開になる可能性もある。

但し、岸田政権の支持率上昇は、政権の実績が評価されたわけではない。衆院選挙最優先で選挙を急いだ結果、重要政策として掲げる政策のほとんどは具体化しておらず、岸田政権の真価が問われるのは、これからだ。

当面、乗り越えなければいけないハードルとして、3つ大きな課題がある。そのハードル・課題を具体的にみていきたい。

 コロナ対策、医療の備えと実行力

第1のハードルは「新型コロナ対策」を早期に実行し、成果を上げることができるかだ。この優先課題を処理できないと、菅政権と同じように出だしから国民の支持を失うことになるだろう。

岸田政権は「コロナ対策の全体像」を12日に明らかにする予定だ。その中身に触れる前に岸田政権は、政府のこれまでのコロナ対応の総括をきちんと行う必要があると考える。

安倍政権と菅政権は、コロナ対策について、まとまった検証・総括を一度も行ってこなかった。国会では、感染が落ち着いた段階で考えたいとの答弁はしたが、実行されず、同じ失敗の繰り返し、後手の対応と国民の眼には映った。

それだけに岸田政権としては、政府対応の問題点を率直に認め、そのうえで、今後の具体策を打ち出せば、政権の信頼性も高まるのではないか。

幸い、コロナ感染は潮が引くように急激に減少している。この感染が落ち着いている時期の対応が極めて重要だ。冬場に第6波の感染が到来しても対応できる医療提供体制の備えを早急に進める必要がある。

また、ワクチン接種や経口薬の実用化などを強力に推進すること。さらに、安倍政権、菅政権では、総理官邸の司令塔機能が働かなかった。この点をどのように改めていくのか。具体策を示して、早急に実行に移すスピード感も問われる。

 経済・暮らし対策 具体策は

第2のハードルは「経済・暮らし対策」で具体策を打ち出せるかどうかだ。

岸田首相は、新型コロナの影響を受けた人たちへの現金給付をはじめとする、数十兆円規模の新たな経済対策を19日に取りまとめるとともに、大型の補正予算案を今月中に編成する方針だ。

また、看板政策である「新しい資本主主義」について、有識者などで構成する実現会議の緊急提言をとりまとめ、新たな経済対策や補正予算案、さらには新年度の当初予算案に盛り込みたい考えだ。

自民党長老に岸田政権の看板政策について聞くと「国会の演説を聞いても、”お経”が長すぎて、肝心の”功徳、ご利益”が国民にわかりにくい。何をやるのかはっきりさせないと、民心は政権から離れしまう」と指摘する。

この長老の指摘するように「成長と分配の好循環」「格差是正」「給与の引き上げ」などを強調するが、どんな方法でいつまでに実現するのかはっきりしない。

また、安倍政権や菅政権の経済政策とどこが違うのか。さらに、短期間のうちに一定の成果を上げないと、国民は看板政策への関心も示さなくなる可能性もある。

このため、岸田首相が、看板政策の実現までの具体的な道筋を描き、国民を説得しながら成果を上げることができるかどうか、年末までが勝負だとみる。

 党内政局、主導権を確保できるか

3つ目は、岸田首相が政権運営で主導権を発揮できるかどうか、党内政局への対応の問題もある。

自民党内を俯瞰すると菅前首相の退陣に伴って、幹事長を続けてきた二階氏も表舞台から去り、代わって安倍前首相と麻生副総裁の存在感が増している。

このため、岸田首相としては、安倍、麻生両氏との良好な関係を維持しながら、岸田色を発揮する余地を広げることに腐心しているようにみえる。

党の要の幹事長には、安倍、麻生両氏と関係の深い甘利氏を起用したが、衆院選の小選挙区で敗北し、わずか1か月で辞任に追い込まれた。後任に茂木外相を充て、党の態勢立て直しに懸命だ。

茂木氏も安倍、麻生氏との関係は良好と言われるが、安倍氏と関係が深い細田派からではなく、竹下派から起用した。

また、茂木氏の後任の外相には、林芳正・元文科相を起用した。安倍、林の両氏は先代の時から地元・山口でライバル関係にあり、こうした一連の人事から、岸田首相と、安倍前首相の微妙な関係を指摘する声も聞く。

その最大派閥の細田派は、細田会長が衆院議長就任したことに伴い、安倍前首相が派閥に復帰して、後任の会長に就任する見通しだ。安倍氏は最大派閥のトップとして、主要な政策や政局の節目で影響力を行使しようとするのではないかとの見方も出ている。

さらに、菅前首相や二階前幹事長、それに総裁選で敗れた河野太郎氏らが、今後、岸田首相とどのように向き合うのかにも党内の関心を集めている。

このように自民党内では、派閥の勢力や有力者の力関係の変動が続いており、岸田首相が主導権を発揮できるのかどうか、これからの焦点になっている。

その岸田首相は第4派閥の領袖だが、今後の政権運営はどうなるか。総裁選や衆院選を戦い、勝利を収めたことで、当面の政権運営に当たって大きな支障はなく、来年夏の参院選挙までは比較的安定した政権運営が続く可能性が大きいとみている。

但し、岸田政権の政権運営に陰りが生じると党内からの批判や風当たりが一気に強まることも予想される。一方、野党第1党の立憲民主党の代表選の結果によって、与野党の関係も変わる可能性があり、野党の動きもみていく必要がある。

いずれにしても岸田政権にとって、来年夏の参議院選挙が最大のハードルになる。参院選に勝てば、衆院選に続いての勝利で、長期安定政権への展望が開けるが、議席を減らすと短命で幕を閉じる可能性もある。

来年夏の参院選までに「政権の実績」を上げることができるか。そのためには、特に国民の関心が高いコロナ対策や経済政策で、年末までに具体的な成果上げることができるかどうか、大きなカギを握っていると言えそうだ。

 

衆院選”自民勝利、立民敗北”の背景

コロナ禍の短期決戦となった第49回衆議院選挙は、自民党が選挙前からの議席を減らしたものの、単独過半数を大きく上回る261の絶対安定多数の議席を獲得して、事実上の”勝利”を収めた。

これに対して、野党第1党の立憲民主党は、選挙前を下回る96議席にとどまり、”敗北”した。一方、日本維新の会は、選挙前の4倍近い議席を獲得し、第3党に躍進するなど国会の新しい勢力分野が確定した。

メディア各社の情勢調査や投開票当日の予測報道でも、自民党の獲得議席は単独で過半数ギリギリか、下回るのではないかとの見方が多かった。これに対し、朝日新聞は、単独で過半数を大きく上回る見通しを示し、選挙結果に最も近い予測をした。

当ブログも自民党は単独過半数をやや上回る「236議席をベースに上下20程度の幅」になるのではないかと予測した。結果は「絶対安定多数」の261議席となり、上限を上回り、予測が外れたことになる。

個別選挙区の積み上げの検証はまだ行えていないが、予測が外れた理由や背景にどういった事情があるのか、与野党の関係者の取材を基に報告しておきたい。

(メディアの予測については、前号・10月27日「衆院決戦 勝敗予測のカギは?」。関心のある方は、この号の後に掲載しています。ご覧ください)

 野党共闘 無党派層へ広がりの限界

自民党が過半数を大きく上回る議席を獲得できた理由は何か、選挙に詳しい自民党幹部に聞いてみた。

この幹部は「自民党の若手議員は危機感を強め、後援会を中心に必死で支持固めに動いたこともあるが、野党共闘が、野党候補の支持拡大につながらなかったことに助けられた側面が大きかった」と指摘する。

具体的にどういうことか。「野党共闘と言っても例えば、立憲民主党の候補者に1本化された場合、立憲民主党と共産党の支持層に限られていたのが実態だった。無党派層への支持拡大につながらなかったので、自民党候補が競り勝つ選挙区が多かった」と分析している。

立憲民主党関係者に聞いても「野党共闘は、野党陣営の分裂を防ぎ、自民党と競り合う構図にまで持ち込めた効果は大きい」と強調したうえで、「有権者の反応を見ると、共産党との共闘に抵抗感を持ち、無党派層の中から支持離れが出たことも事実だ」と認める。

読売新聞の出口調査で、比例代表の投票先のデータをみると、立民24%、自民21%、維新19%などに分かれている。前回の選挙では、立民30%、維新が9%だったという。前回と比較すると立民は最多だが支持の比率が下がり、維新は大幅に伸ばしている。

今回、立憲民主党は、共産党などの野党と213の選挙区で候補者を1本化し、激戦や接戦に持ち込んだが、勝利したのは59選挙区で、勝率は3割に達しなかった。

これに対し、与党側はおよそ65%にあたる138の選挙区で議席を獲得した。今回の野党共闘には限界がみられ、自民・公明の与党側の地力が勝ったと言えそうだ。

 コロナ感染収束 首相交代効果も

以上は、選挙の戦い方の面から分析したものだが、自民党が議席を増やした背景としては、選挙を取り巻く状況なども影響した。

1つは、「コロナ収束効果」。選挙戦が進むにつれて、新型コロナの新規感染者が急速に減少した。その結果、これまでの政府のコロナ対策の失敗よりも、これからの感染抑制や暮らし・経済の立て直しに有権者の関心が移ったことも、政権与党側に有利に働いた。

もう1つは、「首相交代、政権のイメージチェンジ効果」も大きかったのではないか。安倍・菅政権では、野党をいわば敵方に設定して対決していく手法が目立った。

これに対して、岸田首相は「聞く力」を強調し、安倍政権や菅政権とは異なる政権運営を強調し、与党内の疑似政権交代を印象付けようとするねらいがあったものとみられる。こうした政治姿勢が、一定の期待感を持たせる効果を生んでいる。

さらに、冒頭に触れた「野党共闘の限界」を加えた3つの要因が、今回の自民議席増をもたらしたとみている。メディアの側の情勢調査や世論調査、議席予測の改善点などについては、今後材料を集め、改めて報告したいと考えている。

 問われる与野党 新しい政治・国会を

今回の選挙を受けて、政界にさまざまな動きが続いている。自民党では、甘利幹事長が小選挙区で敗れた責任をとって辞任し、後任に茂木外相が就任することが1日固まった。岸田政権にとって、政権発足からわずか1か月で、党の要の交代は痛手だ。

一方、立憲民主党は、政権交代を訴えたが、結果は選挙前の109議席を下回る96議席に止まり、党内から執行部の責任を問う声が出ている。枝野代表は、2日の党役員会までには何らかの考え方を示したいとしており、党の態勢の立て直しを迫られることになりそうだ。

このほか、立憲民主党などの野党側と距離を置く日本維新の会は、選挙前議席の11から41議席を獲得し第3党へ躍進した。第3極をめざして、国会で独自色を強めていくものとみられる。

国民の側は、与野党双方に対して、コロナ対策をはじめ、暮らしと経済の立て直し、さらに外交・安全保障をどのように進めていくのか、明らかにして欲しいという期待が強い。与野党が議論を深め、新しい政治・国会論戦の姿を示すことが問われている。

来年夏には、参議院選挙が控えている。次の国政選挙にどう備えるのか、今回の衆院選挙の結果を分析して、それぞれの政策や政権構想の打ち出し方や、政党間の選挙協力のあり方などについても検討を行い、政治の信頼回復に取り組んでもらいたい。

衆院決戦 勝敗予測のカギは? 

コロナ禍の異例の短期決戦は、どのような結果になるのか?31日に迫った衆院選挙の投票日に向けて、各党は幹部を激戦区に投入し、最後の追い込みに入った。

その衆院選挙の勝敗を予測するとどうなるのか。自民党は、単独で過半数を大きく上回るといった予測も出ているがどうか。あるいは、野党第1党の立憲民主党は、野党候補者の1本化で議席を増やせるのか、横ばいに止まるのか、さまざまな見方・読み方が出されている。

私も選挙取材を40年余り続けているが、今回ほど読みにくい選挙はない。そこで、勝敗の予測のカギは何か、選挙の背景や事情を含めて考えてみたい。

 分かれる主要メディアの勝敗予測

さっそく、衆院選挙結果の予測からみていきたい。主要メディアの分析・見方はどうなっているか。

◆朝日新聞は26日朝刊で、◇自民過半数確保の勢い、単独で過半数を大きく上回る勢い。◇立憲ほぼ横ばい。野党1本化効果限定的か。

◆産経新聞は同じ26日朝刊で、◇自民は単独過半数へ攻防、◇立憲は公示前を大きく上回り、140議席台をうかがう。

◆読売新聞はこれより先の21日朝刊で、◇自民減、単独過半数の攻防。◇立民、議席上積みなどと報じている。

各社とも全国規模の世論調査を行うとともに各支局の取材も加えて、情勢を判断している。また、世論調査は電話だけでなく、朝日新聞のように新たにインターネットを活用するところも出てきており、取材方法の違いにも注意が必要だ。

以上のように今回の選挙予測は、◇自民党が、単独で過半数を確保できるかどうか、獲得議席数の幅に違いがある。◇野党第1党の立憲民主党についても横ばいか、上積みがあるのかどうか違いがある。◇日本維新の会については、議席を3倍程度増やし躍進するとの見方で、各社共通している。

 政権・政党の弱体化、有権者は様子見

さて、このように今回の選挙の予測について、主要メディアの予測が分かれる理由、背景には何があるだろうか。

与野党の選挙関係者に聞くと「今度の選挙は、読みにくい。風が吹かない。向かい風は強くはないが、追い風もない」、「だらっととした凪状態。こんな選挙は記憶にない」といった戸惑いの声を耳にする。

理由として考えられることは何か。1つは、事実上の任期満了選挙、いわば予定された選挙だが、有権者の側は「政治の目まぐるしい動き」についていけない状態にあるのではないか。

8月下旬の岸田氏の自民総裁選への立候補表明に始まって、菅前首相の退陣表明、総裁選4人の争い。岸田新政権誕生と思ったら、国会質疑はわずか3日で終了、即選挙。ご祝儀相場ねらいの選挙と映っているのではないか。

また、岸田新政権についても「新しい資本主義、成長と分配の好循環」と掛け声は高いが、具体的に何をやるのかはっきりしない。「岸田首相の期待値」が高まらない。保守層が固まらないので、自民党支持率が徐々に低下している状態だ。

対する野党第1党・立憲民主党も、共産党や国民民主党などと候補者を1本化したが、政党支持率、投票予定政党の支持が広がらない。格差是正、「分配なくして、成長なし」を強調するが、持続可能性はあるのか。有権者の納得感を得るまでには至っていない。

岸田新政権、野党第1党の力の弱さが、選挙戦の盛り上がりに欠ける要因になっているのではないかと感じる。

一方、有権者の反応はどうか。共同通信の世論調査では、小選挙区、比例代表ともに「投票先を決めていない人」は3割にのぼる(16、17日実施)。

「必ず投票に行く」人は、NHK世論調査で「期日前投票をした」人を合わせて61%、4年前衆院選と同じ水準だ(22~24日実施)。前回、実際の投票率は53.88%、過去2番目の低さ、前々回は52.66%で過去最低。今回、有権者の投票意欲は、必ずしも強くはない。

コロナ感染者数が驚くほど急減し、危機感が薄らいだ影響もあるかもしれない。次の備えをどうするか。「コロナ疲れ」「政治へ期待感の乏しさ」とも重なり、必ずしも選挙戦とつながっていない。有権者も様子見状態に見える。

 勝敗のカギ、野党1本化効果の読み方

それでは、選挙の勝敗予測はどうなるのか、何がカギを握っているのか。私個人の見方・考え方を以下、説明していきたい。

結論を先に言えば、今回は「野党候補者1本化の効果」をどう読むかが、大きなポイントだと考える。

前回・4年前の衆院選は、安倍首相が急遽、解散に踏み切り、希望の党の立ち上げと野党第1党が分裂し、与党が圧勝した。今回は、立憲民主、共産、国民民主、社民、れいわの各党は213選挙区で候補者を1本化した。

このうち、野党第1党・立憲民主党の候補者に1本化した160の選挙区について、選挙情勢を分析すると、立憲民主党が70前後の議席を獲得する可能性がある。その結果、公示前の110議席から、小選挙区を中心に30前後、議席を増やす可能性がある。

これに対して、自民党の獲得議席をどうみるか。わかりやすくするために数式で表示すると次のようになる。◆自民獲得議席=公示前勢力276-40±20

まず、「-40」は自民党は、選挙基盤が危うい議員を中心に40議席程度減らす可能性が大きい。したがって「自民の獲得議席のベース・基準は、236議席程度」とみる。「過半数233」とほぼ同程度になる。

そのうえで、「±20」は激戦が続く選挙区があり、その議席変動幅だ。情勢が好転すれば20議席増えたり、逆に減ったりする。うまくいけば「上限」が256まで増え、逆に厳しい場合は「下限」が216、過半数を割り込むこともある。

◆わかりやすく言えば、「過半数の233を軸に上下20議席の範囲内」が獲得ラインみる。つまり、自民党は単独で過半数は維持できる可能性はあるが、激戦区の状況によっては、過半数割れの可能性もある。

この範囲内のどこで決着するか、政権交代の確率はほとんどないが、選挙後、岸田首相の求心力や政治責任に関係してくることになる。

野党側については、◆立憲民主党は公示前勢力110議席から、20前後の上積みで、130±α。◆日本維新の会は、公示前の11議席から、30議席前後まで増やす可能性がある。◆共産党は、議席をやや増やす。◆公明党、◆国民民主党は、現状維持か、やや減らす可能性があるとみる。

以上のように選挙予測は、「上限と下限、幅」で考える。”占い師”のように下一桁の数字まで当てることではない。そのうえで、そうした結果になった理由、背景を捉えることが大事だと考える。

 選挙のカギ、投票率、無党派動向

選挙予測で、最も基本的で重要なカギは、投票率だ。例えば、無党派層は政権と一定の距離を置く人たちが多いので、そうした層がどこまで投票したかということになり、選挙結果を左右する。

保守層についても政権の対応に不満があれば、投票にでかけない棄権の選択肢も出てくるので、要注意だ。

有権者の投票意欲は先にみたように「必ず行く」は61%、4年前の前回選挙時と同じ水準だ。前回の実際の投票率は53.68%、過去2番目に低い水準だった。前々回の2014年は52.66%、過去最低を記録した。有権者の投票意欲は高くはない。

選挙が盛り上がるのは、有権者が政治に「強い不満や反発」を抱えている時か、新しい政権や新党などが誕生して「期待感」を抱いた時が多い。コロナ禍で緊急事態宣言などが長期間続いた今の社会は、どうも活力が感じられず、”沈思黙考状態”に見える。

コロナ激変時代、どんな政党や候補者に政権を委ねるのか。政策の選択と同時に国会の与野党勢力のあり方も大きなポイントだ。有権者が、それぞれ重視する判断基準で、1票を投じることを望みたい。

衆院短期決戦の見方・読み方

第49回衆院選挙が19日公示され、31日の投開票日に向けて、選挙戦に入った。明治23年・1890年に第1回総選挙が行われた後、131年、49回目の選挙になる。

今回はコロナ禍、直前に菅前政権が退陣して岸田新政権に交代した。新政権発足から解散まで、解散から公示までいずれも戦後最短。衆議院議員の任期満了日を越えた選挙は今の憲法下で初めて、異例ずくめの衆院選だ。

有権者の反応はどうか。NHKの世論調査では、投票に「必ず行く」と答えた人は56%。前回4年前の衆院選時と同じ水準で、投票意欲は必ずしも高くはない。短期決戦のあわただしい選挙のせいか、それとも争点が不明なのか、有権者が投票所に足を運びたくなるような選挙にはなっていないようだ。

そこで、今回の選挙は、何が問われる選挙なのか。また、選挙の構図や情勢はどうなっているのか、有権者側の視点で考えてみたい。

 選挙の構図 与野党対決色 強まる

まず、選挙の構図と情勢からみていきたい。各党の候補者擁立状況だが、全国で289ある小選挙区についてみてみると◇自民党は277人、公明党は9人で、与党側はほとんどの選挙区に候補者を擁立している。

これに対して、◇野党第1党の立憲民主党、共産党、国民民主党などは、およそ210の選挙区で候補者を1本化しており、与野党対決の構図が鮮明になっている。

一方、こうした野党と距離を置く日本維新の会は94人を擁立し、地盤の関西だけでなく、全国的に勢力の拡大をめざしている。

過去3回の衆院選では、野党陣営の分裂や選挙対応の遅れで、与党圧勝が続いてきたが、今回は小選挙区の7割以上で、野党の候補者1本化が実現した。与野党の一騎打ちで、激戦選挙区が増えている。

それでは、比例代表176も合わせた総定数465の選挙全体の情勢は、どうなっているか。与野党関係者の見方や報道各社の世論調査を基に判断すると、次のような情勢になっている。

◆まず、自民党は議席を減らすものの、与野党の勢力が逆転するまでには至らないのではないかという見方が強い。

◆次に、自民党の勝敗ラインは、事実上、「単独で過半数の233」を維持できるかどうか。自民党の解散時の勢力は276なので、減少幅が43以内に収まるかどうかが焦点だ。減少幅が20程度か、40程度で収まるか、50以上か見方が分かれる。

◆自民党の選挙関係者によると、選挙地盤が固まっていない若手を中心に与野党が激しく競り合っている接戦区が40~50か所あり、こうした接戦区がどうなるかを見極める必要があると話している。

◆野党側については、基本的に解散時の勢力が勝敗の基準になる。例えば、野党第1党の立憲民主党は、解散時勢力110からどれだけ上積みできるか。党内には150程度が獲得できれば、今後の政権交代への足掛かりになるという見方もある。

以上、見てきたように選挙情勢については、与野党の勢力逆転の確率は低いとみている。但し、これまでのような1強状態から、与野党の勢力が接近ないし、伯仲する可能性が大きいのではないかと見ている。

 政策、説得力と具体性はあるか

次に政策面の争点について、与野党の議論はどこまで深まっているか。各党の選挙公約や各党の党首討論、公示日の各党首の第1声などを基にみておきたい。

◆第1は、コロナ対策だ。岸田首相をはじめ自民党は、3回目のワクチン接種をはじめ、経口治療薬の実用化、さらには、病床確保のため、行政がより強い権限を持てるように法改正を行うことなどを訴えている。

但し、これまでの政府対応のどこに問題があり、国と地方の連携のあり方などをどのように改善していくのかといった点について、踏み込んだ説明は聞かれない。

これに対し、立憲民主党の枝野代表など野党側の方が、水際対策をはじめ、PCR検査の拡充、患者の入院調整を地域の開業医で分担する取り組み、さらには、政権の司令塔機能の強化に向けた体制づくりなどなど内容が具体的で、説得力があると感じる。

◆第2は、格差是正のために、分配のあり方を含む経済政策だ。岸田首相は「新しい資本主義構想を掲げ、成長と分配の好循環で、国民の所得を上げる」と訴えている。但し、分配に必要な成長の果実をどう生み出すのか、好循環にどのようにつなげていくのか、納得のいくような説明はない。

野党側は「分配なくして成長なし」と分配最優先を掲げ、財源は大企業や富裕層に対する課税を強化すると強調している。但し、こうしたやり方で、持続性があるのかどうか疑問視する声も根強い。

このほか、野党によっては「改革を通じて成長につなげる」「雇用の流動化で所得を増やす」「消費税の引き下げ」など様々な提案が出されている。

有権者の側が知りたいのは、コロナ感染の再拡大を抑えながら、どのようにすれば日本経済・社会を立て直していけるのかという点だ。与野党双方とも、具体的な方法と道筋を示して議論を深めてもらいたい。

◆さらに、外交・安全保障分野では、北朝鮮のミサイル発射が繰り返されている。また、米中対立が激化するなかで、中国とどのように向き合うのか、防衛・軍事だけでなく、外交・安全保障の基本的な構想も問われている。

このほか、エネルギーや原発政策、長期政権の下でこれまで相次いだ政治とカネの問題、さらには、選択的夫婦別姓など多くの問題を抱えている。

報道各社の世論調査をみると、有権者の側は、与野党のどちらに投票するかわからないと答える人の割合が4割近くもいる。このことは、各党の政策論争などを聞いても、1票を入れようというところまで納得していない現れではないか。

今回の衆院選は異例の短期決戦だ。政党、候補者の側には、有権者が知りたい点に応える政策論争をさらに深めてもらいたい。

一方、有権者の側も、1票を投じなければ政治・行政は変わらない。衆院選の投票率は、このところ50%前半の低い投票率が続いている。コロナ禍の衆院選、より良い社会をめざして1票を投じたい。

 

 

 

 

 

 

”選ぶ側”から見た衆院短期決戦

衆議院が14日解散され、19日公示、31日投開票の日程で、総選挙が行われることになった。前回2017年から4年ぶりで、衆議院議員の任期満了(10月21日)を越えての衆院選挙は、現行憲法の下で初めてのケースになる。

岸田新政権が発足したのが4日で、10日後に解散。解散から投開票までの期間は17日間でいずれも戦後最短、あわただしい選挙になる。

岸田首相は14日夜、記者会見し、今回の選挙を「未来選択選挙」と位置づけ、「コロナ後の新しい経済社会を作り上げていく」考えを強調した。各党の党首もさっそく街頭などで演説し、支持を訴えた。

戦後最短の衆院決戦。私たち有権者はどのように受け止め、どんな基準で判断していけばいいのか、”選ぶ側の視点”で考えてみたい。

 世論最多は思案中、結果は流動的

まず、最近の政治状況を有権者はどのようにみているか。11日にまとまったNHK世論調査(10月8~10日)では、岸田内閣を支持する人は49%、支持しない人は24%だが、わからないと答えた人が27%にも上ったことが大きな特徴だ。ふだんの月の調査では20%未満なので、7ポイント以上も多い。

朝日新聞の世論調査(10月4、5日)でも支持率41%、不支持20%だが、その他・答えないが35%にも達している。

NHK調査では、今回の衆院選で与党と野党の議席がどのようになればよいと思うかも聞いている。与党の議席が増えた方がよい25%、野党の議席が増えた方がよい28%、どちらともいえないが41%となった。

4割の人たちは、どんな投票行動を取るか決めておらず、思案中というわけだ。菅前首相の突然の辞意表明から、総裁選を経て、岸田政権誕生と思ったら、国会での与野党論戦はわずか3日で打ち切り、解散時期も早めた。

選ぶ側からすると「少しは考える余裕をくれ」ということだろう。岸田内閣発足時の支持率49%は、麻生内閣並み(48%)の低空飛行だ。

一方、自民党の支持率は上昇しているので、議席はあまり減らないとの見方もあるが、思案中の人が4割もいるので、結果は流動的とみた方がよさそうだ。

 コロナ対策 反省・総括はあるか

それでは、短期決戦、何を基準に候補者や政党を選ぶか。多くの国民にとって第1は、「コロナ対策」が大きな判断基準になるだろう。

政党の側も選挙公約の第1の柱として、コロナ対策、ワクチン接種の促進や、治療薬の開発・実用化などこれからの対策の充実、強化を掲げている。

問題は1年9か月にわたって4回も緊急事態宣言を出しながら、政府はまとまった検証、総括を一度も行っていない。これまでの対策の検証、反省もないまま、これから対策を強化すると言っても説得力は乏しい。

これまでの対策の問題点や失敗の原因などを率直に語る方が、むしろ誠実な対応で信頼がおけるかもしれない。この夏、入院できずに自宅待機を余儀なくされた感染者が13万5千人に達し、自宅で亡くなられた方も多かった。

病床だけでなく、医療人材の確保、入院・転院などの仕組みを誰が、どのように改善していくのか。都道府県知事と厚生労働大臣の権限の調整、首相官邸が司令塔として機能するための体制づくりが具体的に問われている。

ロックダウン・都市封鎖ができる法整備など勇ましい案よりも、政治・行政の仕組みの具体的な改善策と、期限も明示させて実行できるようにすることの方が重要だと考える。

 生活・経済立て直しの具体案

第2の判断基準は、コロナ感染拡大で大きな影響を受けた人たちや、事業者の救済など「生活・経済の立て直し」をどのように進めるかだ。

日本経済は、コロナ前から長期にわたって停滞が続いており、かつて1位だった国際競争力ランキングは今や34位。実質賃金指数も1996年をピークに下がり続けている。日本経済をどのように立て直していくのかが問われている。

岸田首相は「新しい資本主義」で、分厚い中間層を再構築し、賃上げに積極的な企業に対する税制支援や、看護師や介護士などの所得向上のため、報酬や賃金のあり方を抜本的に見直していく考えを表明している。

これに対し、野党第1党・立憲民主党の枝野代表は、格差を是正し「1億総中流社会」の復活を目指して、消費税の税率を時限的に引き下げる一方、富裕層の金融所得への課税を強化し、分配を最優先に取り組んでいく考えを示している。

いずれも格差是正に「分配」を重視しているが、自民党は企業支援を通じた「経済成長の果実」を賃金に振り向ける仕組みを考えている。これに対し、立憲民主党は「富裕層への増税」で実現するとしており、「方法論」や「成長と配分の重点の置き方」に大きな違いがある。

このほかの各党も「消費税率の引き下げ」や「規制改革」、「労働市場の流動化による賃金引上げ」などの提案を打ち出している。

どの提案が妥当と考えるか、方法論を含め実現可能性はどうか、各党の主張や論争をじっくり聞いて見極めていきたい。

 「負の遺産」の是正 公正な政治へ

第3の判断基準として、「政治・行政の信頼回復」の問題がある。岸田政権でも、業者からの金銭授受疑惑が報じられた甘利氏を幹事長に起用した人事に対して、世論の評価は厳しい。

一方、一昨年の参院選挙をめぐる買収事件で、有罪判決を受けた河井案里元参院議員側に、自民党本部が1億5千万円を提供していた問題についても、事実関係の調査や詳しい説明を尽くすべきだといった声が出されている。

前回2017年の衆院選挙以降を振り返っても安倍政権と菅政権下で、政治とカネをめぐって多くの不祥事が噴出し、国民の強い批判を浴びてきた。また、官僚の政権への忖度や委縮が進んでいるのではないかと懸念する声も強い。

したがって、こうした長期政権の「負の遺産」を是正し、公正な政治・行政をどのように取り戻していくか、今回の選挙で問われている大きな問題だ。

具体的な方法としては、政治や行政のあり方の見直し、情報公開の徹底や、内閣人事局の運用の改善などが考えられる。

一方、政治の構造を考える必要があるとの指摘もある。具体的には、特定の政党が強い1強体制では、権力の驕りや腐敗が生じるので、与野党の勢力バランスを均衡させ、政治に緊張感を持たすことが必要だという考え方だ。

コロナ禍の難問を解決するためには、国民の協力は不可欠で、そのためにも幅広い国民の声を吸収できる政治の構造や、国会の勢力バランスを考えていく必要があると思う。

以上、私なりの3つの判断基準を取り上げた。今回は、外交・安全保障の課題に触れなかったが、この課題を含め、さまざまな判断基準が考えられる。自らが重視したい判断基準・物差しを決めて、選挙で選択を考えていただきたい。

コロナ・パンデミックを何としても乗り越え、多くの国民、特に次代を担う若い人たちが、将来に希望を持てる社会をどのように築いていけるのか、今回の衆院選に多くの国民が参加して、第1歩を踏み出していくことを願っています。

 

 

“岸田政治”は見えたか?初の所信表明

国会は8日、岸田首相が就任後初めての所信表明演説を行い、「成長と分配の好循環」により「新しい資本主主義」を実現すると訴えた。

これに対して、野党側は11日からの代表質問で、岸田首相の政治姿勢や政策の内容を厳しく質すことにしている。

また、岸田首相の所信表明演説は、19日公示・31日投開票の衆院選挙に向けて、与野党の論戦のベースにもなる。

そこで、「岸田政治とは何か」が見えたのかどうか、選ぶ側の国民からみると「何が必要」と考えるのか、衆院選に向けて、所信表明演説の中身を点検しておきたい。

 中長期の構想先行 乏しい各論・社会像

歴代の首相は就任後、最初の所信表明演説で、自らの政治姿勢をはじめ、政権の目標、主要政策などについて、国民の理解を得ようと演説の中身やキャッチフレーズに工夫をこらしてきた。

安倍元首相は1回目の就任時には「美しい国、日本」「再チャレンジ可能な社会」、2度目の登場の際には「経済危機突破、3本の矢で経済再生」を掲げた。菅前首相は理念より「省庁の縦割り打破、デジタル庁創設」など個別政策に力点を置いた。

これに対して、岸田首相は30分近い演説の中で、コロナ対策に万全を期す考えを表明したうえで、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトに「新しい資本主義」の実現をめざす考えを訴えた。

このうち成長戦略では、先端科学技術の研究開発に大胆に投資を行う一方、分配戦略では、賃上げを行う企業に対する税制支援を抜本的に強化するとしている。

こうした構想をどうみるか。理念や中長期的の構想としては理解できるが、政策課題の羅列が目立つ。また、各論の中身が具体的に示されていない。さらに分配と成長の好循環の結果、どんな暮らしや社会になるのか「社会像」も明らかではないので、説得力は乏しい。

さらに中長期の課題とは別に、コロナ禍で直面する経済対策をどうするのか。経済規模や、生活支援と事業者支援など「緊急対策の中身」を打ち出す必要がある。中長期と直面する経済対策のバランスも考える必要がある。

コロナ対策、政府対応の総括が不可欠

次に当面の最大の焦点である新型コロナ対策について、岸田首相は、ワクチン接種の加速化や経口治療薬の年内実用化をめざす考えを示した。

また、国民への説明を尽くす考えを示すとともに司令塔機能の強化や、人流抑制、医療資源確保のための法改正などに取り組む考えを明らかにした。

コロナ対策については、岸田首相も「これまでの対応を徹底的に分析し、何が危機管理のボトルネックだったのかを検証する」とのべたが、行政の継続性からすれば、問題点をこれから分析・検証するというのはあまりにも遅すぎる。

感染者が確認されてから、既に1年9か月。緊急事態宣言の発出と解除が繰り返され、総括をきちんと行うべきだという声が出されてきたのに、政権は一度もまとまった検証、総括を行ってきておらず、国民の1人として怒りすら覚える。

この夏は、最も多い時期には、1日当たりの新規感染者数は、全国で2万5000人を超えた。入院できずに自宅待機を強いられた感染者は、一時13万人を上回り、多くの方が治療を受けられずに亡くなった。

こうした背景については、政権の危機管理対応、具体的には、総理官邸の体制や総合調整機能が十分、働いてこなかった点に問題があるのではないか。

政府が、法改正が必要と考えるのであれば、その前にやるべきことがある。政府対応の検証と総括だ。具体的には、人流の抑制、医療提供体制、検査やワクチン接種の体制、治療薬の開発と活用、生活支援と事業者支援などについて、どこに問題があり、どのように改めるのか明確にする責任があると思う。

そのうえで、総理官邸や各省との関係、都道府県、市区町村や大学・医療機関など行政の体制について、抜本的に見直し、その実施計画を明らかにするのが、新政権の役割だ。衆院選挙が始まる前に、是非、明らかにしてもらいたい。

 外交・安全保障、構想の提示を

外交・安全保障の分野については、従来の政府方針を基本的に踏襲している。国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画の改定に取り組むとしている。その中で、海上保安能力や、ミサイル防衛能力の強化、経済安全保障など新しい時代の課題に果敢に取り組むとしている。

米中対立が激化する中で、日本は日米安保を基軸にすえたうえで、中国にどう向き合うのか。外交努力に加えて、防衛力の整備、経済安全保障の観点も踏まえて、外交・安全保障の基本的な構想を明らかにして、国民の理解と協力を求めていくことが重要だ。

 政治の信頼回復 不祥事に言及なし

政治の信頼回復も極めて重要な課題だ。岸田首相は「難しい課題に挑戦していくためには、国民の声を真摯に受け止め、かたちにする、信頼と共感を得られる政治が必要だ」と強調した。

ところが、2017年の前回の衆院選以降、安倍政権の下で、政権絡みの不祥事が相次ぎ、国民の強い政治不信を招いた。国有地の払い下げをめぐる「森友学園問題」で、財務省の公文書が改ざんされていたことを認める報告書が公表された。

菅前政権下のこの1年間でも「桜を見る会」前夜祭をめぐって安倍元首相の秘書が政治資金規正法違反で有罪判決を受けた。政治とカネをめぐる問題で、河井元首相夫妻や菅原元経産相が議員辞職に追い込まれた。総務省幹部の接待問題なども明らかになり、幹部が辞職した。

こうした「長期政権の負の遺産」をどのように改めていくか、国民は注視している。岸田首相は「信頼と共感の得られる政治」という一般論は語るが、「負の遺産」や、公正な政治・行政に向けてどのような決意で臨むのか言及しなかった。

長期政権が続いた結果、官僚の政権に対する忖度や、委縮が進んでいるのではないかとの声も聞く。官僚の政策提案能力を生かす人事制度や運用にも真剣に取り組む必要がある。

 与野党の論戦 判断材料提示を

以上みてきたようにコロナ激変時代、今の政治・行政は実に多くの課題・問題を抱えている。14日には、衆議院が解散され、19日公示、31日投開票の日程で衆議院選挙が行われる。

11日から始まる各党の代表質問は、衆院選直前の最後の国会論戦になる。与野党とも国民の判断材料となるような中身の濃い論戦を見せてもらいたい。

私たち国民の側も、政権与党に対しては「岸田政治」とその前の「安倍・菅政権の実績」をどう評価するかが基本になる。

また、野党の政権構想や主要政策にも耳を傾け、どちらが政権担当勢力としてふさわしいのか、与野党の勢力バランスはどのような形が適切か、熟慮を重ね1票を投じたい。

 

 

 

岸田新政権と10月衆院決戦

自民党の岸田文雄総裁が4日召集された臨時国会で、第100代首相の指名を受けた後、岸田内閣を発足させた。

これに先立って、岸田氏は衆議院の解散・総選挙について、会期末の14日に解散し、19日公示、31日投票で選挙を行う意向を固め、複数の与党幹部に伝えた。

衆院選挙の投票日は、11月7日か14日のいずれかとの見方が強かっただけに与野党に驚きが広がった。岸田首相は4日夜、就任後初めての記者会見で、衆院選挙を19日公示、31日投開票の日程で行う方針を正式に表明した。

大きく揺れている秋の政局、私たち有権者は、新たに発足した岸田新政権をどのようにみるか。また、衆院選では何を基準に選択することになるのか、国民の側の視点で考えてみたい。

 党人事は派閥色、閣僚人事に腐心

まず、岸田新政権の人事から見ていきたい。個別の人事については、メディアの現役記者に委ね、ここでは、人事全体の評価を見ていきたい。

自民党役員人事と閣僚人事とでは、評価がかなり異なる。党役員人事は、No2の幹事長に麻生派幹部の甘利氏、政調会長には総裁選で安倍前首相の支援を受けた高市氏、副総裁に麻生前財務相が就任するなど派閥や重鎮に配慮が際立つ人事になった。

これに対して、閣僚人事については、派閥均衡の色彩はあるものの、派閥が長年入閣できなかった議員を押し込む「滞貨一掃」人事はみられない。茂木外相、岸防衛相を再任する一方、新設の経済安全保障担当相に当選3回の小林鷹之氏を起用するなど政策能力が高いとされる若手議員や女性議員を起用しているのが、特徴だ。

但し、人事は全体としてみると派閥や重鎮の存在感が強く、岸田首相の強い指導力を印象付ける布陣にはなっていない。

 官房長官、他派閥からの起用の成否

次に、私が最も注目しているのは、内閣の要の官房長官ポストに、自らの派閥からではなく、最大派閥・細田派幹部の松野博一氏を起用した点だ。これが、党内基盤を安定させて吉と出るか。それとも首相と官房長官との一体感が乏しく凶と出るか、この成否が大きなポイントになるのではないかとみている。

こうした人事をめぐっては「安倍前首相が幹事長に高市氏、官房長官に萩生田氏を強力に押し込もうとしたのではないか」などの情報も飛び交っている。自民党関係者に聞いてみると「ガセネタの類としか思えない。宏池会に適任者がいなかったので、松野氏を選んだと聞いている」と否定する。事実関係を詰めて、政治の裏側を確認していく作業が今後も必要だ。

松野氏は、文科相経験者で細田派の事務総長。政調副会長も務め岸田氏とも近いとされる。但し、派閥の領袖出身の首相で、内閣官房長官を他の派閥から起用したケースは少ない。

最も有名なのは、中曽根元首相が政権就任にあたって、当時の最大派閥・田中派の後藤田官房長官を起用したケースだ。当時のメディアは、「田中曽根内閣」などと報じた。

第4派閥のリーダーに止まる中曽根氏は、後藤田氏をいわば人質として取り込むことによって、政権基盤を安定させる戦略が明確だった。

事前に田中角栄元首相と直談判して了解を取り付けたほか、後藤田本人とも以前から、さしの会合で意見交換し、行政改革など政権目標についても両者の考えは一致していたといわれる。

今回の岸田首相の人事も似ているようにも見えるが、当時現場で取材していた者からすると「似て非なるもの」、時の首相の覚悟と戦略が異なるように見える。

政界関係者に聞くと「官邸の仕事は、総理と官房長官の力で決まる」とされる。特に政権が苦境に立たされた時に一体的な対応ができるかどうか、岸田首相が試されることになるのではないかと考える。

 衆院選 最大の争点はコロナ対策

次の衆院選挙での最大の争点は「コロナ対策」ということになるだろう。政権の側も安倍首相に続いて、菅首相も感染急拡大と医療危機を防ぐことができず、退陣に追い込まれた。

ところが、2つの政権とも「コロナ対策の総括」を行っていない。両首相とも感染拡大が収まった後、検証を行う考えを示してきたが、検証や総括はなされないまま、首相の座を去ってしまった。

今回の自民党総裁選挙でも4人の候補者はそれぞれ独自の政策を打ち出したが、安倍政権と菅政権のコロナ対策の問題点には踏み込んでおらず、具体的な取り組み方を示すまでには至っていない。

政府・与党側は、これまでのコロナ対策の総括と今後の具体策を明らかにすることが必要だ。これに対して、野党側はどのような対案を打ち出すのか、週明けの国会の代表質問でも激しい議論が交わされることになる。

選挙戦でも感染の抑え込みや、医療提供体制の整備、さらに国民生活や事業者支援のあり方などについて、どの政党が具体的で、実効性のある対策を示しているか、しっかり見極めていきたい。

今度の衆院選挙は、任期満了を超えて4年ぶり選挙になる。それだけに、これまでの安倍・菅政権の実績評価も焦点になる。森友・加計学園の問題をはじめ、財務省の決裁文書の改ざんや、桜を見る会の経費の問題などの真相の解明の仕方や、政治・行政の信頼の回復に向けた取り組み方も問われることになる。

このほか、激化する米中関係の中で、日本の外交・安全保障をどのように進めていくかも大きな論点になる。

このように内外に数多くの課題を抱えている中で、国会の勢力分野はどのような形が望ましいと考えるか。

自民・公明両党を中心とする今の政権の継続か、与野党の政権交代か、さらには与野党の勢力均衡が好ましいと考えるのか。コロナ激変時代の政治の方向を決める重い1票を投じることになる。

 

岸田 新総裁選出の読み方 自民総裁選

菅首相の後継を選ぶ自民党総裁選挙は、決選投票の結果、岸田文雄前政務調査会長が、河野太郎規制改革担当相を抑えて、新しい総裁に選ばれた。

今回の総裁選挙は、「自民党の異端児」などと言われ、国民の人気の高い河野氏が党員投票で大量得票するのではないかという見方も出されていた。

これに対して、岸田氏は「真面目で普通の人」でアピール力も弱いとされてきたが、なぜ、勝利を収めることができたのか。

岸田新総裁は、来月4日に国会の首相指名選挙を経て、第100代の首相に就任する。首相就任に向けて、何が問われているのか探ってみたい。

 ”本命岸田、対抗河野、大穴高市”

まず、今回の総裁選挙の勝敗の予測はどうだったか。投開票日の29日朝の時点で、全国紙、NHK、民放の主なメディアで、岸田氏が決選投票で勝つとの見通しを報道した社はなかったのではないか。

それだけ、読みにくい総裁選だった。派閥の対応も、総裁候補として派閥の会長を擁立した岸田派を除いて、支持を1本化することは見送り、自主投票としたからだ。

また、派閥が一定の票を動かして、特定の候補者を外すといった権謀術数、怪情報が投開票日直前まで飛び交ったことなども影響したかもしれない。

自民党総裁選挙で投票できるのは、全国の党員・党友110万人余りと衆参両院の国会議員に限られ、独自のルールで行われる。それだけに党員の投票行動の本音がわかるのは、党の関係者だ。

そこで、告示前に党の長老に勝敗見通しを聞いたところ、「わかりやすく言えば、本命・岸田、対抗・河野、大穴・高市ではないか」との見方を示していた。

個人的には、そこまで言い切れるのか半信半疑だったが、見通しが当たったので、さっそく電話で、改めて真意を聞いてみた。

「岸田勝利は、確信していた。但し、第1回投票で、わずか1票だが、岸田がトップには驚いた。おそらく、ここまで予測できた人はいなかったのではないか。議員や党員の多くが、河野に”危うさ”を感じたのに対し、岸田には、政策や人間的に”安定感”を感じたのではないか」と指摘する。

私なりに解釈すると、河野氏については発信力はあるが、ワクチン接種の地方への配分が混乱したほか、最低保証年金など政策の詰めの甘さが目立ち、リーダーとしての危うさを感じたのではないかというわけだ。

これに対し、岸田氏は4人の候補者の中で唯一の派閥の領袖であり、人との付き合いや、組織を運営する経験もある。政策面についても、コロナ感染収束後の経済政策などを仲間と練り上げてきたことがうかがえたとの見方だ。

当事者の見方として、個人的には、納得できる点も多い。

 世代交代進まず、実力者の影響力大

これに対して、別の見方もできる。国民に近い党員票に着目すると、河野氏が44%を獲得し、岸田氏の29%を大きく上回った。岸田氏は、逆に議員票で大きくリードした。

河野氏を支持した党員の側には「党の役員や閣僚に長老が長期間、居座っており、なんとか世代交代を進めてほしい」「派閥や、実力者が政権運営を支配するような体質を変えてほしい」といった期待がうかがえる。

このうち、派閥の関与については、若手議員が自主投票を強く要求したこともあり、派閥で支持を1本化しない異例の形になった。ところが、決選投票の段階になると派閥として、まとまって対応しようという動きも出てきた。

例えば、決選投票で岸田氏は議員票が100票程度増えたが、この増加分は高市氏の得票分のかなりが回ったのではないか。派閥の対応の仕方を変えるのは、中々、難しい。

党内実力者の影響もかなりみられた。具体的には、安倍前首相は、高市氏支援で若手議員などに頻繁に電話をかけ、ヒートアップしていたとの話を聞いた。高市氏票のかなりの部分は、安倍氏の働きかけによるとの見方が強い。

二階幹事長については、当初、菅首相再選支持で動き、派内の反発を招いたことなどから、影響力は低下しているのではないかといった声も聞く。

全体としてみると、自民党の派閥の存在や機能は中々、変わらない印象を受ける。安倍氏や麻生氏などの実力者の影響力も依然として強い。派閥、党内実力者影響力は依然として残り、世代交代、党風刷新への道のりは長いと言えそうだ。

 問われるコロナ対応、政権の信頼性

そこで、岸田新総裁が問われる点は何か。党員や国民の期待に応えられる政策を打ち出し、政権の体制づくりが進むかどうかだ。

まず、政権の最優先課題は、コロナ対策。コロナ対応は既に1年9か月、自民党は、安倍政権、菅政権の2代にわたって感染の抑え込みに失敗して、退陣に追い込まれた。

ワクチン接種の加速で、幸い今は、感染が大幅に減少している。政権の交代期だが、政治・行政の対応の空白にならないよう全力で取り組む責任がある。

特に肝心の医療提供体制については、総裁選の論戦でも、菅政権のどこを変えるのか、掘り下げた議論は乏しかった。コロナ対策に遅れが出れば、直ちに政権は失速するだろう。

もう1つは、政権の信頼性の問題だ。岸田氏は、総裁選の議論の中で、安倍長期政権の負の遺産とも言える、森友・加計問題や、財務省の公文書の改ざん問題などについての再調査や政治責任について、及び腰とも見える発言がみられた。

党員や国民の側は、総理・総裁は一部の実力者の存在を気にすることなく、国民のための政策を強力に進めてほしいという期待を抱いている。幸い、岸田氏は、若手中堅を大胆に起用する考えを表明しており、どこまで実行するのかを注目している人は多いと思われる。

岸田新総裁が、国民が期待できるような体制を組むことができるのか、自民党役員人事と組閣の布陣が大きなカギを握っている。

国民の多くは、自民党の総裁選挙の投票権を持っていないので、選挙の本番は、衆院選挙だ。自民党の総裁選後の政権の体制や方針、それに対する野党の政策や構想などをしっかり見比べて、熟慮の1票を投じたいと考えている。

 

 

 

“最後に笑う人は?”自民総裁選投開票へ

菅首相の後継を選ぶ自民党総裁選挙は、29日に投開票が迫っているが、党員票で河野規制改革担当相がトップに立っているものの、過半数を獲得することは難しく、上位2人による決選投票にもつれ込むことが確実な情勢となっている。

決選投票を制し、”最後に笑う候補者”は誰になるのか、混戦が続く総裁選のゆくえを探ってみたい。

 1回で決まらず、決選投票が確実

さっそく、総裁選の選挙情勢からみていきたい。知人からも誰が当選するかとの質問が寄せられているので、可能な限りわかりやすく現状を分析してみたい。

混戦が続く今回の総裁選の予測は難しい。総裁選は、全国の党員・党友110万人余りの得票を比例配分する「党員票」382票と、党所属国会議員の「議員票」382票の合計764票で争われる。このうち、党員票の動向は、大手メディアの調査や取材がないと正確な情勢は中々、つかめない。

その際、正確なデータとして最も参考になったのは、読売新聞と共同通信が党員・党友を対象に行った電話調査だ。報道各社も世論調査を行い、自民党支持層の支持動向を分析しているが、自民党支持層と党員の支持動向は一致するとは限らない。

その党員調査によると河野氏がトップに立ったものの、「得票の上限」は50%を超えそうにないことがはっきりした。また、河野氏は議員票で1位になる公算は小さいので、党員票と議員票の合計でも過半数に達しない。つまり、第1回投票では決まらず、決選投票が確実な情勢ということになる。

そうすると決選投票は上位2人に絞って行われるので、河野ー岸田、あるいは、河野ー高市の2つのケースが想定される。第1回投票の予測では、党員投票と議員投票ともに岸田氏が高市氏をリードしているので、決選投票は河野-岸田の両氏の公算が大きいというのが、今の情勢だ。

 決選投票 党内力学・選出過程を注視

さて、決選投票はどうなるか。国会議員票382票と、党員票は47都道府県ごとに上位の候補者に1票ずつ加算されて、合計429票で争われる。党員票の比重が小さくなり、議員票の比重が増すのが特徴だ。

党員票については、47票の多数を河野氏が獲得し、岸田氏は地元広島県や有力議員のいる県に限られる見通しだ。

一方、議員票は、第1回投票の予測では◆岸田氏が3割強で最も多く、ついで◆河野氏が2割台半ばで、◆高市氏が2割で追い、◆野田氏20票程度とみられている。決選投票では、まず、3位の高市氏に投じた票と4位野田氏の票がどう動くか。

高市票の内訳は、最大派閥の細田派や、安倍前首相の影響が大きい若手議員の支持が多いとみられる。こうした票の多くは、安倍氏の意向などから、岸田氏支持へ回るとの見方が強い。派閥間の申し合わせを行うかどうかは別にして、事実上の「2位・3位連合」だ。

また、派閥の中には、1回目は自主投票としたが、決選投票はまとまって投票しようという動きもあり、派閥の動きがどうなるか。

さらに、党内の実力者、具体的には安倍前首相、麻生副総理、二階幹事長、菅前首相などがそれぞれの派閥や議員集団にどのような働きかけをするのか。

このほか、衆参でも温度差があるといわれる。衆議院の若手議員の中には、間近に迫った衆院選を有利に戦うために「選挙の顔」となるリーダーを選ぼうとする傾向が強いとされる。

これに対して、参議院側は、来年夏の参院選を考えると年明け長丁場の通常国会を乗り切れる「安定感」のある総理・総裁を選ぼうとするのではないかといった見方も聞かれる。このようにさまざまな要素が絡み合い、投票箱を開けるまでわからないとも言える。

総裁選で投票権を持っている自民党員は、有権者全体のわずか1.1%。投票権のない国民の1人としては、国会議員が何を重視して1票を投じたのか、派閥や有力者の働きかけなど党内力学がどのように働いたのか、じっくり注視したい。

今の段階で、”決選投票で笑う人”を予測すれば、岸田氏か、河野氏のいずれかというのが、個人的な見方だ。あるいは、結果によっては、候補者の背後にいる実力者の中にも、”笑う人”が現れるかもしれない。

 新首相は前途多難 衆院選が本番

新総裁は10月4日に召集される国会で、第100代の新しい首相に選ばれる運びだが、その前途は多難だ。

まず、懸案のコロナ対策について、政権移行に伴う空白が生じないよう支障なく進めていく体制づくりが求められる。月末に緊急事態宣言が解除になる見通しで、ワクチン接種の促進や、冬場の感染再拡大に備えた医療提供体制の整備を急ぐ必要がある。

最大の課題は、10月21日に任期満了となる衆議院選挙だ。新総裁にとっては、選挙に勝てば問題はないが、議席を大幅に失うような事態になれば、政権は失速する。新総裁にとっては、自民党総裁選に続いて、衆院選挙でも勝てるかどうかが一番のカギを握っている。

したがって、”最後に笑う人”は、実は与党のリーダーか、それとも野党のリーダーになるのか、最終的には秋の政治決戦の結果次第ということになる。

私たち国民の側としては、国会で与野党が、焦点のコロナ対策や日本社会や経済の立て直し策などをめぐって、十分に議論を深め、双方の論点や選択肢をはっきりさせたうえで、選挙戦に入ってもらいたいところだ。

まずは自民党総裁選の投開票をじっくり観察し、秋の衆院選本番に向けて、心構えの準備を始めたい。

 

“国民目線乏しい論戦”自民総裁選

菅首相の後継を選ぶ自民党総裁選挙は、29日の投開票に向けて後半戦に入った。テレビ、新聞の政治報道は総裁選一色、特に「誰が勝つか」「1回で決まらず、決選投票で逆転か」など勝敗をめぐる予想がにぎやかだ。

国民のほとんどは投票権がないが、事実上、次の首相選びなので「何をする首相か」、特に主要政策に関心を持つ人は多いとみられる。ところが、前半戦の候補者の意見を聞く限り、主要なテーマをめぐって掘り下げた議論は乏しい。

例えば、国民の多くが高い関心を持つコロナ対策について、安倍政権、菅政権の2代にわたる失政と退陣に追い込まれた問題の核心には、どの候補者も踏み込まない。個人的には、政権の司令塔機能が果たせなかった点に大きな問題があったとみているが、4人の候補者は「欠けていたことは、丁寧な説明」などと論点をずらしているようにみえる。

「議員投票では党内実力者の支持が必要であり、政権や執行部に厳しい意見を言えるわけがない」との反論が聞こえてきそうだが、そのような腰の引けた対応では次の総理・総裁として、国民の信頼を得ることはできない。

コロナ対策は自らが就任した場合も、直ちに真剣勝負が迫られる最優先課題だ。それだけに後半戦の論戦では、各候補者は主要テーマを絞り込んで、踏み込んだ論戦を望みたい。こうした結論や注文をする理由、背景などについて、以下詳しく説明したい。

 コロナ対策、総括なき議論の限界

今回の総裁選で国民の関心が最も高いコロナ対策から、具体的にみていきたい。4人の候補者の主な主張を手短に確認しておくと次のようになる。

◆河野規制改革担当相は「ワクチン3回目接種の準備」、◆岸田前政務調査会長「健康危機管理庁の設置」、◆高市前総務相「ロックダウンの法整備検討」、◆野田幹事長代行「臨時病院の整備」など独自政策のアピールに懸命だ。

これに対し、国民の側が聞きたい点は、安倍前首相と菅首相が2代にわたってコロナ対策に失敗して退陣に追い込まれた原因は何か。自ら首相に就任した場合、その教訓を生かして、何を最重点に取り組むのかという点に尽きる。

ところが、4人の候補者とも「欠けていたのは、丁寧に説明するということ」「国民に対する丁寧な説明」など説明の仕方の問題に論点をずらしている。

振り返ってみると菅政権では、1月に2回目の緊急事態宣言を出して以降、飲食店の営業時間短縮の1本足打法を長期にわたって続けた後、5月頃からはワクチン接種最優先の1本足打法へと切り替わった。

しかし、その後も感染急拡大と医療危機は収まらず、夏場になって3本柱、感染抑制、ワクチン接種、医療提供体制整備の対策がようやく打ち出された。この間、菅政権はコロナ対応について、まとまった評価、総括をしないまま退陣を迎えようとしている。

今回の総裁選の議論では各候補者とも、安倍前政権や菅前政権の対応策についての評価には踏み込まず、ワクチン接種や新薬の開発などの個別の問題について議論を続けている。このため、国民の側からすると、4人の候補者は菅政権のどこを変え、何を最重点に取り組もうとしているのか、さっぱり伝わってこない。

また、各種の討論会やテレビ番組の議論を聞いても、司会者側から、これまでの経緯や事実に基づいた具体的な質問がほとんどなされないため、問題の核心に触れるような議論に発展せず、説得力を持たない形に終わっている。

今月末に期限を迎える緊急事態宣言は、感染の減少傾向がはっきりしてきたことから、19都道府県で全面的に解除される公算が大きい。新総裁・新首相は、就任後直ちに対応を迫られるので、これまでの政権の対応の評価や総括については、後半戦の議論の中で決着をつけておく必要がある。

 外交・安保の基本構想の明示を

次に外交・安全保障の問題がある。米中対立が続く中で、特に中国とどのように向き合うのか。そして、日本が国際社会の中で、どんな役割を果たすのか、知りたい点だ。

また、台湾海峡の安定や香港の民主主義の問題をはじめ、北朝鮮のミサイル開発、敵基地攻撃能力の保有や、サイバー攻撃への対応など個別問題も多く抱える中で、最大の貿易相手国である中国との外交をどのような考え方や原則に基づいて進めるのか。

さらに、自衛隊の整備の進め方、防衛予算の扱いも問題になる。日米同盟を基軸に日本は、アジア太平洋地域の平和と安定にどのような役割を果たすのか、軍事面だけでなく、外交力を含めて基本的な構想を明らかにする責任がある。

 政治姿勢 信頼回復への具体策は

国民の関心事項の3つめは、政治・行政の信頼回復に関わる問題だ。

安倍長期政権と後継の菅政権では、政治とカネをめぐり主要閣僚が辞任したり、衆参議員が議員辞職したりする事態が続いたほか、財務省の決裁文書の改ざんという前代未聞の不祥事などが相次いだ。

また、官僚の政権に対する忖度や委縮も目につき、「官僚のあり方」も何とかしないと、官僚の政策提案能力も失われてしまうのではないかと危惧している。

こうした長期政権の「負の遺産」にどう対処するか。4人候補者は、この点でも踏み込み不足が目立つ。議員投票で党内実力者の反発を避けたいという及び腰がうかがえる。

不祥事にケジメをつけ、政治・行政の信頼回復を取り戻すことは、コロナ対策をはじめ政治課題の実現に向けて、国民の協力を得るための前提条件でもある。

疑惑や不祥事については、国会の政治倫理審査会などで必ず説明させることや、公文書の保存と公開、政治と官僚の関係の見直しなど自らの政治姿勢を明確にすることは避けて通れないのではないか。

自民党のベテランに話を聞くと「今回の総裁選の顔ぶれをみると、正直なところ、小粒という印象は避けられない。長期政権下で人材育成を怠ったつけが、人材不足という形で現れている」と不安をもらす。

こうした不安を払拭するためにも、各候補者は主要なテーマについて、自らの考えや構想を明らかにするとともに、具体的にどんな政策に取り組むのか、鮮明に打ち出すことを求めておきたい。

そして、総裁選の後半戦では、個別の問題への対応を羅列するのではなく、党員や一般有権者が大きな関心をもっている主要なテーマに絞り込んで「何をめざすリーダーか」がわかる論戦に切り替えてもらいたい。

自民党の総裁選挙で投票できる党員は110万人、有権者全体の1.1%に過ぎない。但し、事実上の次の首相を選ぶ選挙であり、次の衆議院選挙で多くの有権者の判断材料にもなるようなリーダー選びが問われているのではないか。

なお、総裁選の選挙情勢については、前号でお伝えした内容と基本的に変わっていない。党員投票では、河野氏が大きくリードしているが、議員票と合わせて第1回の投票で、過半数を得て決まる状況にはないとみている。

決選投票に持ち込まれる公算が大きく、岸田氏、河野氏、高市氏がそれぞれ当選するケースが予想され、23日夜の時点で情勢は、なお流動的だとみている。