混戦の自民総裁選 勝敗の読み方 

菅首相の後継を選ぶ自民党の総裁選挙は17日告示され、届け出順に河野太郎・規制改革担当相、岸田文雄・前政務調査会長、高市早苗・前総務相、野田聖子・幹事長代行が立候補した。

これによって、総裁選挙は4人で争われる構図が最終的に決まり、29日の投開票に向けて、選挙戦が始まった。

「今回の総裁選挙は、誰が勝つのか」という質問を受けることが多いので、選挙の勝敗面について、どこが大きなポイントになるのか探ってみたい。

 勝敗予測、根拠あるデータなし

自民党の総裁選挙は、47都道府県連の党員・党友が投票する「党員票」と、党所属の衆参両院議員が投票する「議員票」の合計で決まる。第1回の投票で、過半数を得た候補者が当選となるが、過半数に達しない場合は、上位2人に絞って、決選投票が行われるのが基本的な仕組みだ。

そこで、候補者4人のうち、誰が優勢なのか。結論を先に言えば、今の時点で正確な予測をするのは困難というのが、本当のところだ。というのは、今回の総裁選は、今の段階では、党員の意向調査や派閥の票読みなど一定の根拠のあるデータがほとんどないからだ。

報道各社の世論調査では、次の新総裁に誰がふさわしいかを質問したりしているが、かつて大手全国紙が行ったような自民党員を対象にした調査ではない。

また、立候補を断念した石破元幹事長が含まれたりして、今の候補者の構図とも食い違っている。

さらに、国会議員についても、今回は岸田派を除く各派閥は、特定候補の支持を1本化せずに自主投票にしており、派閥単位で国会議員票を予測するのは難しいからだ。

 党員票は河野氏優位か、上限は?

そこで、自民党の長老に勝敗のゆくえを聞いてみた。長老曰く「注目しているのは、党員票で河野が最大どの程度、獲得できるか、上限の見極め。それによって、1回戦で河野が大量得票して決着がつくか。それとも決選投票に持ち込まれ、例えば岸田が逆転するか、2つのケースが想定される」と指摘する。

報道機関の世論調査で「次の新総裁にふさわしい候補者」は、自民支持層でも河野氏を挙げる人が最も多く、河野陣営も第1回投票で決着をつけたい考えだ。その際、河野氏がどの程度の支持を集めることができるかどうかが、ポイントになる。

かつて小泉純一郎氏が、橋本龍太郎元首相らに大差をつけて当選を決めた2001年の総裁選。都道府県連単位の党員の予備選では、小泉氏が党員票全体の87%を獲得して圧勝した。但し、この時は各都道府県でそれぞれ第1位の総どり方式で、今のドント方式とは仕組みが異なっていた。

自民党関係者に聞くと「河野氏が過半数を獲得する可能性はあるが、6割、7割も獲得するのは難しいのではないか。そのような勢いは、感じられない。野田聖子氏の立候補で、党員票はさらに分散する。河野氏は議員票の方では多くを期待できないので、1回戦での決着は難しいのではないか」との見方を示す。

なお、党員票は全国110万人余りの党員が各都道府県連単位で郵送で投票。全国集計され、国会議員票と同じ383票が各候補の得票比率に応じて、ドント式で配分される。決選投票の場合は、各都道府県の1位が1票を獲得して加算される。

 議員票 若手や衆参議員など複雑

議員票は、党所属の衆参両院議員の383票で争われる。若手議員から、派閥の締め付けを行うべきではないという意見が強まり、会長が立候補した岸田派を除く6つの派閥は、候補者を1本化せず、自主投票という異例の形になった。

派閥の存在感の低下は著しいが、自民党は派閥に代わる人事システムを未だに見いだせていない。このため、ポスト配分や選挙の応援などの際には、派閥が機能しているのも事実だ。

また、総裁選の時には、派閥の領袖を中心に結束して対応する役割を果たしてきた。ところが、今回はこの役割も果たせなくなったわけで、自民党の体質の変化が一段と進んでいるようにみえる。

さて、議員票で注目されるのは、若手議員の対応だ。衆議院の当選3回以下の議員は120人余りもいて、全体の半数近くを占める。このうち、選挙基盤の弱い議員は今回、自らの選挙を有利に運ぶため、「選挙の顔」の要素を重視して総裁を選ぶのではないかとみられる。

また、安倍前首相、麻生副総理、二階幹事長、さらには菅首相など実力者や派閥の幹部は、それぞれの影響力を残そうと行動するのではないかとみられている。立候補を断念した石破元幹事長が河野氏を支援する動きと、それに対抗する動きも影響してくるのではないかという見方もある。

さらに、衆議院議員と参議院議員との間で、温度差もみられるという。どういうことかと言えば、衆議院議員の側は、どうしても近づく衆院選挙を意識して、有権者の人気の高いリーダーを選ぼうとする。

これに対して、およそ110人いる参議院議員の半数は来年夏に、参議院選挙を迎える。来年の通常国会を乗り切るなど安定した国会運営や政権運営ができるリーダーを重視し、衆参で違いが出てくるのではないかというわけだ。

このように今は、まだ各議員がどのような投票行動を取るのか様々な要素が絡み合っている。このため、各候補の陣営がどの程度、議員票を獲得できるか票読みできる状態に至っていないように感じる。

但し、先の長老に再び見通しを聞くと「決選投票に持ち込まれた場合、国会議員票は383票、党員票の方は各都道府県1票ずつの47票に比重が低下する。このため、河野氏に対抗する陣営が足並みをそろえると、河野氏以外の候補、例えば、岸田氏が逆転したりするケースも起こりうる」と予想する。

以上を整理すると、1回戦で決着がつくのか、それとも決選投票までもつれるのか、大きな分かれ道ということになる。その際第1回投票で、比重が増した党員票を各候補がどのように分け合うかの割合が、大きなカギを握ることになる。

 総裁選の論戦、衆院選への準備も

自民党総裁選の構図は、告示前日にようやく固まった。このため、党員の多くは、これまでとはちがって、各候補がどんな政策を掲げているのか、政策論争を聞いた後で、投票をすることになるのではないか。

このため、17日に日本記者クラブで予定されている候補者同士の討論会が注目される。候補者間の論争は、党員、国会議員にも影響を及ぼすことになると思われる。

一方、私たちのような多くの有権者は、自民党員ではないので、総裁選に投票できるわけではない。まもなく実施される次の衆議院選挙が、選挙の本番ということになる。

政権与党の総裁選び、それに対する野党の反応や政策、さらには、総裁選後には新しい首相を指名するための臨時国会も10月初めには開かれるので、新首相と野党の各党首との論争も聞きたいところだ。

コロナ対策、医療体制の強化、経済・社会の立て直し、外交・安全保障など様々な問題を抱える中で、私たち有権者は何を重視して選択をするか、熟慮の1票を投じる準備を始めたい。

菅首相 退陣への身の処し方

菅首相は9日夜の記者会見で、自民党の総裁選挙に立候補せずに退任することになったことについて「12日の緊急事態宣言の解除が難しく、コロナ対策に専念すべきだと判断した」とのべるとともに「最後の日まで全身全霊を傾けて取り組んでいく」と強調した。

菅首相が実際に総理・総裁を退任するのは10月上旬の見通しで、およそ1か月先になる。コロナ危機が続く中で、事実上の退陣が決まっている首相が、政権運営を続けることは「権力の空白」を招かないのかどうか。また、「退任までに為すべきこと」は何かを考えてみたい。

 衆院選投票ずれ込み11月か

最初にこれまでの経緯と、今後の政治への影響などを整理しておきたい。

菅首相は自民党総裁選挙について、時期が来れば再選に向けて立候補する考えを繰り返して表明してきた。党役員人事の刷新や、衆院解散・総選挙の断行も検討されたというが、今月3日、一転して立候補しない考えを自民党の臨時役員会で表明し、内外に大きな衝撃を与えた。

歴代首相は退陣の意向を表明した際には、その日のうちに記者会見をして、理由や背景などを説明してきたが、菅首相は3日に記者団のぶら下がりに2分間程度応じただけで、記者会見は行わなかった。

今回、緊急事態宣言延長の方針が決まったのを受け、その説明の記者会見の中で、退任にも触れる形を取った。

菅首相は9月末の総裁任期満了まで退任しないため、実際に総理・総裁を辞めるのは、10月上旬になる見通しだ。総裁選と次の新総裁が国会で首相指名を受ける手続きが必要なためだ。およそ1か月総理・総裁を続け、今月下旬には首脳会合に出席するため訪米も検討されている。

さらに次の衆院選挙の投票日は、衆院議員の任期満了日を越えて11月上旬以降にずれ込む異例の日程になる見通しだ。

 「12日の宣言解除難しい、心に残る」

さて、菅首相は9日の記者会見で、総裁選への立候補を取りやめたことについて「12日の宣言解除が難しく、やはりコロナ対策に専念すべきだと思い、総裁選に出馬しないと判断した」と退任の理由を説明した。

また、記者団から「自民党役員人事や、衆議院解散・総選挙の戦略が行き詰ったことが影響したのか」などと質問が相次いだ。

これに対し、菅首相は「党役員人事は総裁の専権事項だ。解散時期のシミュレーションは行った。ただ、12日の宣言解除が常に頭の中にあり、心の中に残っていた」とのべ、緊急事態宣言の解除が困難になったことが、退任の決断に大きく影響したという考えを繰り返した。

 「退陣までに為すべきこと」菅首相

以上のような菅首相の対応をどうみるか。まず、国政の最高責任者が自らの進退の決断をした場合は、国民、国家に大きく影響するだけに、歴代の首相のように直ちに緊急の記者会見を行って、退任の理由を説明すべきだった。

また、次の新総裁・新首相が決まるまで、時間がかかりすぎるのではないか。自民党の総裁選挙の日程が入っており、難しいとの答えが予想されるが、身内の代表を選ぶ政党の選挙であり、選挙日程を早めたり、短縮したりすることはあり得たのではないか。

特に今回は、衆議院議員の任期満了が迫っており、国民の権利そのものを制約する。また、政権の事実上の空白期間はできるだけ短くした方がいいと考える。

次に、今の政治日程を変えないというのであれば、「退陣までに為すべきこと」を明確にして実行してもらいたい。具体的には、「コロナ対策の総括」をきちんと行ってほしい。うまくいった点や、問題点・反省点を率直に整理することは、次の政権に引き継ぐうえでも必要だ。

菅政権のコロナ対策については、当ブログで何度も「政権としての総括」をすべきだと指摘してきた。菅首相は緊急事態宣言を出したり、解除したりするたびに記者会見を行ってきたが、自らの政策をどのように評価しているのか、まとまった総括は、残念ながら一度も行ってこなかった。

去年9月16日に政権を担当して以来、1年になる。◆政権発足当初は、コロナ対策を優先事項に位置づけながら、実際には携帯料金の値下げなどの独自色にこだわった。

◆GOTOトラベルを優先、コロナ感染の抑え込みが遅れたのではないか。◆飲食店の営業時間短縮を中心にした1本足打法にこだわった。感染抑制、ワクチン接種、医療提供体制整備の3本柱対策をもっと早く取り組むべきではなかったか。

◆最近、ようやく感染者数は減少傾向が表れているが、重症者は多く、入院できない入院待機者は全国で13万人にも上っている。国と自治体は連携して臨時医療施設の増設などに取り組んでいると強調するが、医療従事者の確保を含め、どこまで対策が進んでいるのか詳しい状況の説明がない。

菅首相は、「最後の日まで職務に全力で取り組んでいく」と表明した。そうであるならば、この1年間のコロナ対策について、政治・行政の立場で総括を行い、国会に報告、与野党が論戦を交わし議論を深めるべきだ。

特に国民の関心が強い、医療提供体制の改善はどこまで進んだのか、国と地方自治体の今後の計画の見通しも明らかにして、今後に生かすべきだ。

自民党の総裁選挙が17日から始まるが、国民のほとんどは投票権を持っていない。次の衆院選挙が本番で、どんな政治家、どの政党に政権担当を委ねるかを選択することになる。

内閣は連帯して国会に責任を負うのが、憲政の本来の姿だ。党利党略でなく、菅政権の取り組みをはじめ、与野党の意見を国会で戦わせ、国民への判断材料を提供してもらいたい。菅首相の最後の大きな責任であり、「退任への身の処し方」だと考える。

菅首相退陣と政権与党の政治責任 

菅首相は3日の臨時役員会で、自民党総裁選挙に立候補しない考えを表明した。これによって、今月末に自民党総裁任期が満了するのに伴い、総理大臣を退任することになる。菅政権は1年で、幕を閉じることになった。

実は、自民党長老の1人は「総裁選挙から衆院選挙にかけて、菅首相は退陣に追い込まれることがあるのではないか」と予言していた。さっそく、今回の退陣の理由・背景について、聞いてみた。

「結論は、コロナ対策の失敗が大きい。菅首相はワクチン接種で感染を抑え込めると自信を示していたが、重症者は過去最多を更新、入院できず自宅療養者も多数に上り、事態は好転していない」。

「加えて、総裁選でも再選が難しくなった。直接的には、総裁選直前の党役員人事が難航、引き受け手もいなかった。八方ふさがり、万策尽きた」と指摘する。

以上のような点に加えて、「人心」がすっかり政権から離れてしまった。内閣支持率は30%を切って政権発足以降、最低を更新。総裁選に続いて、衆院決戦の本番を控え、大きなダメージを負ってしまった。

さらに東京オリンピック・パラリンピックを成功させ、9月の早い段階で衆院選挙を断行、その後、自民党総裁選を無風で乗り切る当初のシナリオも崩れた。

そして、岸田前政調会長が立候補を表明した後、菅首相の対応は、場当たりが目立ち、迷走に次ぐ迷走。総裁選告示までには立候補見送りに追い込まれるのではないかと個人的にはみていた。

なお、冒頭に紹介した、この長老は秋の政局の見通しにつて「菅首相は、自民党総裁選と、衆院選の2回の選挙を連続して勝ち抜く必要がある。コロナ対策を抱え、政治責任と進退を問われる時期が必ず、来るだろう」と語っており、その通りの展開になった。

 総裁選仕切り直し、勝敗のカギは

さて、自民党総裁選は仕切り直しになったが、どうなるか?

既に立候補を表明しているのが、岸田派会長の岸田前政調会長と高市前総務相。3日には河野規制改革担当相、野田聖子幹事長代行が意欲を示した。石破元幹事長や下村政調会長の名前も挙がり、それぞれ立候補を検討している模様だ。

このうち、注目されるのは河野規制改革担当相で、世論調査で知名度が高い。問題は、ワクチン接種の担当閣僚だ。希望者全員のワクチン接種完了をめざしている大詰めの段階で、総裁選への立候補に支持が得られるかどうかが、カギだ。

石破元幹事長も「全く新しい展開となった。同志と相談して結論を出す」と立候補に含みを持たせている。石破氏も次の総理候補として高い人気がある。問題は、推薦人20人を集めることができるかどうかと、弱点の国会議員票に広がりが出てくるか。

候補者の顔ぶれと構図が決まった段階で、総裁選の情勢を取り上げたいが、今の時点での注目点は何か。総裁選は一般党員票と国会議員票の合計で決まる。党員の支持と同時に、議員票はやはり派閥の支持が影響する。

今の時点では、岸田、河野、石破の3氏を軸に動くとみているが、どうなるか。現職の総裁は立候補せず、新人同士の争いになる。派閥の大勢、実質的な支援がどの候補に向かうかが大きなポイントになるとみている。

 政争よりコロナ、選挙設定の責任

自民党内では総裁選で激しい選挙戦を繰り広げると、メディアを独占、党の支持率も上昇、衆院選で自らの当選に有利に働くと期待する声は多い。

ところが、今の有権者はそれほど甘くはない。コロナ感染危機が長期化する中で、政治家不信は極めて強い。総裁選の多数派工作は、私的な権力闘争とみなして厳しい評価を下すのではないかとみる。

新規感染者数は減り始めているが、新学期が始まり、子供たちへの感染が広がり始めた。50歳代以下の若い世代の感染、入院が増えている。重症者数は過去最多、病床はひっ迫し、自宅療養者は全国で13万人を超える。命の危機と隣り合わせで暮らしていることを忘れてもらっては困る。

具体的には、12日に期限を迎える緊急事態宣言はどうするのか。また、医療危機に対する具体策はどこまで進んだのか。菅首相は、自らの進退に言及する前に、コロナ対策の総括、今後の対策のメドをつけておくべきで、今回の進退は一国のリーダーとして責任ある対応とはとても思えない。

もう一つ重要な問題がある。衆議院議員の任期が10月21日に迫っているが、次の衆院選挙はいつ行うのか、国民の権利に関わる問題が放置されたままだ。

今の総裁選の日程で新総裁を選ぶと、国会での首相指名選挙などが行われ、衆院選挙は議員の任期満了日を越えて行われる公算が大きい。

また、国政選挙を控えて、国会は与野党が論戦をしっかり行い、国民が知りたいコロナ対策などを議論したうえで、審判を仰ぐのが本来の姿だ。

政権与党として、首相指名選挙や国会論戦、それに衆院選挙の期日などについて、野党側とも協議したうえで、日程案をまとめ、国民に説明する責任を負っている。こうした点について、菅首相や与党は一切、説明していない。

政権与党は、総裁選をめぐって政争に明け暮れるのではなく、国民生活や経済の安定を真剣に考えようとしているのか、感染の抑え込みに具体策を打ち出すことができるのか、国民は厳しく注視していることを忘れないでもらいたい。

 

 

 

幹事長交代の舞台裏と衆院選の時期

自民党総裁選挙をめぐる動きが、あわただしくなってきた。菅首相が再選に意欲を示しているのに対し、岸田・前政務調査会長や高市早苗・前総務相が立候補の考えを明らかにした。

こうした中で、菅首相は、二階幹事長を含む自民党役員人事を行う意向を固め、党内の根回しを始めた。総裁選直前に幹事長を交代させるのは、極めて異例だ。

総裁選をめぐる自民党内の動きや二階幹事長交代の舞台裏、さらに衆院選挙の実施時期はどうなるのか、探ってみたい。

 二階幹事長交代の舞台裏

菅首相は8月30日午後、総理官邸で二階幹事長とおよそ30分間会談した。菅首相は追加の経済対策の検討を指示する一方、幹事長交代を検討していることを伝えた。これに対し、二階幹事長は「遠慮せずに人事を行ってもらいたい」と述べ、受け入れる考えを示したという。

自民党役員の任期は党則80条で「総裁は3年とし、その他はすべて1年」と規定されているので、今回の人事も党則上は問題はない。しかし、3週間もしないうちに自民党総裁選が告示される時に「党の要」を交代させるのは異例だ。

自民党関係者に、このねらいをきくと「岸田氏が立候補の際、打ち出した党改革の『争点外し』のねらいが大きいのではないか」と指摘する。

岸田氏は総裁選立候補にあたって「党役員は任期1年連続3期までという党改革」を打ち出した。これは、具体的には安倍・菅政権下で5年以上も幹事長を続けている二階幹事長に焦点を当て、総裁選の争点にするねらいがあると受け止められていた。

このため、菅首相としては、二階氏を交代させることで、総裁選の争点から外すねらいがあるのではないかというわけだ。

また、この党関係者は「二階派の中で、二階さんに近い人の中からも『晩節を汚さない方がいい』との声が出ていた」と語り、二階派内が一枚岩ではないことを把握したうえで、菅首相が交代論を持ち出したとみる。合わせて、党刷新のイメージと自らの求心力も高めたいというねらいがあるとの見方をしている。

党役員人事は6日にも行われる見通しだが、新たな幹事長はたいへんだ。自民党総裁選は目前で、衆議院選挙も迫っている。幹事長として手腕を発揮するには、あまりにも時間が短すぎる。

本来は、通常国会が終わった後の6月頃にも人事を行い、幹事長人事をはじめとする体制を整えて衆院決戦に臨めばよかったのだが、急遽のリリーフ登板で、衆院決戦で勝利できるか、不安を抱えて選挙戦のかじ取りとなる。どこまで、政権浮揚に効果があるかも疑問だ。

 総裁選 石破氏の動向も焦点

総裁選挙への立候補者については、下村博文・政務調査会長が意欲を示していたが、党三役は立候補を自重すべきだとの猛烈な批判を浴びて断念に追い込まれた。高市早苗・前総務相も意欲を示しているが、推薦人を集めることができるかどうかはっきりしない。

一番の焦点は、石破元幹事長が立候補するかどうかだ。石破氏は自らの派閥の退会者が相次ぎ、推薦人20人の確保のメドがつかないため、立候補に慎重とみられていたが、「全くの白紙だ」とのべるなど、これまでの姿勢に変化がみられる。

政界では「地方の党員などから、久しぶりに石破待望論が出ており、最終的には立候補に踏み切るのではないか」との見方も出ている。

一方で、石破氏が立候補すれば、岸田氏との間で地方票が分散し、菅首相にとって有利に働くとの見方もあり、立候補した場合の影響などを見極めようとしているのではないかといった見方も聞かれる。

このほか、菅首相は国会議員票では優勢とみられているが、今回は二階派を含めて派閥の締め付けがきかず、若手を中心に「菅離れ」が強まり、苦戦を強いられるのではないかとの見方も聞く。

このように総裁選の情勢は流動的で、候補者の顔ぶれがはっきりしてきた段階で、改めて取り上げたい。

 衆院選の時期 10月から11月か

それでは、私たち有権者が1票を投じることができる衆院選挙はいつになるのか、できるだけわかりやすく説明したい。基本は、次のような2つの日程・考え方に整理できる。多少ややこしいが、お付き合い願いたい。

◆1つは「10月5日公示、17日投票」の日程。公職選挙法31条では、任期満了選挙は「任期満了の日から前30日以内に行う」規定されている。

任期満了日は10月21日。その前30日の期間の中で、最も遅い日曜日で、17日投票となる。衆議院の解散ではなく、任期内なので、閣議で選挙期日を決めることができる。

但し、問題はその直前に自民党総裁選があり、菅首相ではなく、別の新総裁が選ばれた場合は、国会で首相指名選挙を行う必要があり、数日かかるので、この日程では物理的に無理がある。

菅首相は自らが選出されるので問題ないとの判断かもしれないが、ほかの候補者が当選することもありうるので、問題の多い判断だと言わざるを得ない。

◆2つ目は、臨時国会を10月上旬か、それ以降に召集、任期満了をまたぐが、「10月末から、11月下旬までの間に投票を行う日程」。具体的には、投票日は最も早い場合で10月31日。最も遅い場合は11月28日。その間の日曜日も設定できる。

このケースは、衆院を解散する方法(解散日から40日以内に実施)、あるいは任期満了で、解散せずに国会閉会後、一定の期間で選挙期日が決まる方法のいずれかを選択できる。

但し、これらの日程はいずれも、10月21日の任期満了日をまたいで投票する日程になる。公職選挙法上は可能とされるが、基本から外れる特例で問題は多いとの指摘もある。

2つのケースとも問題を抱え、その原因は自民党総裁選の設定の仕方に問題があると考えるが、今の政治日程のままで進むと、衆議院選挙は「10月から11月にかけての選挙」になる公算が大きいとみている。

 コロナ対応評価 一番のカギか

最後に、次の衆院選挙で、国民は何を重視するだろうか。自民党の総裁選びの駆け引きや党内抗争は、有権者にとっては所詮、途中経過の話に過ぎない。

◆選挙で最も重視する点と言えば、第1は、コロナ感染の抑え込みと医療提供体制をどうするかということになるのではないか。

また、生活支援や事業者支援、経済活動再開への取り組みも論点になる。その際、政府のコロナ対応の評価はどうか「政権の実績評価」が判断のベースになる。

◆2つ目は、衆議院選挙は政権選択選挙だ。どんな政治家、政治集団に政権担当を委ねるのか。特に政党のリーダーの資質や能力、「党首の顔・力量」が大きな判断材料になる。

◆3つ目は、コロナ激変時代の政治のあり方をどう考えるか。国際社会との関係、外交・安全保障のあり方、人口減少社会への対応など中長期の課題を含め、自らの判断でしっかりした政治家、政治集団を選びたい。そのための判断材料を集め、何とかコロナ激変時代を乗り越えていきたいと考える。

自民総裁選 党員投票が焦点 ”コロナ対応”も影響

秋の政局の焦点になっている自民党の総裁選挙は、9月17日に告示、29日に投開票を行う日程が、正式に決まった。

一方、岸田前政務調査会長は26日午後、自民党総裁選に立候補する意向を表明し、総裁選挙は、再選をめざす菅首相を含め複数の候補者で争われることが確実になった。

これによって、秋の政治日程は、自民党総裁選が先行し、続いて衆院選挙が実施されることが固まった。一方、コロナ感染は収束のメドが立っておらず、総裁選や衆院選挙にも大きな影響を及ぼし、波乱含みの展開になりそうだ。

 自民総裁選 党員投票がカギ

さっそく、自民党総裁選挙から見ていきたい。岸田前政務調査会長は26日午後、国会内で記者会見し、「感染拡大が長期化する中で、国民の間では、自分たちの声が自民党に届いていないと感じている。自民党が国民の声を聞き、幅広い選択肢を持つ政党であることを示すため、総裁選に立候補する」とのべ、総裁選挙への立候補を正式に表明した。

そのうえで、新型コロナ対策については、人流の抑制をはじめ、重症者用の病床や医療人材の確保などに強力に取り組むとともに、感染収束後の社会経済活動のあり方を検討するため、幅広い分野の専門家で構成する新たな組織を立ち上げるなどの考えを示した。

このほか、高市早苗前総務相や、下村政務調査会長も立候補に意欲を示している。このうち、高市氏は立候補に必要な推薦人20人が集まるかどうか、下村氏に対しては党三役は立候補を自重すべきだといった声が出されている。

総裁選をめぐって、菅首相は既に「時期が来れば、出馬する考えに変わりはない」と再選をめざす考えを表明している。

岸田氏は46人の議員が所属する岸田派の会長で、去年の総裁選に続いて2回目の挑戦になる。今回の総裁選は、菅首相と岸田氏を軸にした戦いになるのではないかという見方が出ている。

菅首相が選出された去年の総裁選挙は、安倍前首相の突然の辞任表明を受けて行われたため、自民党所属の国会議員393人と47都道府県連の各代表3人(計141人)だけによる「簡易型」の方式で実施された。

今回は任期満了に伴う選挙で、全国一斉の党員・党友投票と、国会議員投票の両方を行う「完全実施型」で行われる。具体的には、国会議員の383票と、同じく383票が党員投票に配分されるため、党員票の比重が増すことになる。

立候補者の顔ぶれがまだ固まっていないことと、投票日まで4週間もあるため、選挙情勢を論評できる段階にないが、自民党関係者に聞くと次のような見方をしている。

「菅首相は、二階幹事長をはじめ、安倍前首相や麻生副総理ら幹部クラスの支持を得ているので、国会議員票では優勢ではないか。一方、党員の評価は国民世論に近いので、菅首相にはかなり厳しい判断が示され、若手議員にも影響する。いずれにしても情勢は流動的で、激しい選挙になりそうだ」と予想している。

 衆院選は10月以降の公算大

それでは、衆院解散・総選挙はどうなるだろうか。

最初に主な日程を確認しておくと、◆9月5日に東京パラリンピックが閉幕、◆12日に東京などに出されている緊急事態宣言の期限を迎える。◆17日に自民党総裁選が告示され、29日に投開票が行われる。◆10月21日が衆議院議員の任期満了日になる。

菅首相は当初、東京パラリンピック閉幕後、直ちに解散・総選挙を断行する考えだったとされるが、感染急拡大や、横浜市長選で支援候補が大敗したため、見送らざるを得ない情勢だ。

それでは、どうなるのか、自民党の長老に聞くと「菅首相は、新型コロナ対策を最優先すると繰り返している。具体的な目標として、9月末に6割近くが2回接種を終える。10月初旬にすべての対象者の8割に接種できるワクチンを配分すると約束している。そうすると9月解散は見送らざるを得ず、10月前半の解散を模索するのではないか」との見方をしている。

その場合、菅首相は総裁選挙に勝利して求心力を回復したうえで、10月前半に臨時国会を召集、衆院を解散・総選挙に臨むケースが想定される。

但し、コロナ感染拡大が収束していない場合は、解散できずに10月21日の任期満了による選挙になるケースもある。

さらに、総裁選で菅首相が敗れるケースもありうる。新しい総理・総裁が選ばれ、政治日程は大幅に変わる。臨時国会が召集され、首相指名選挙が行われ、新内閣が発足した後、各党代表質問も行われる可能性がある。

このケースでは、新内閣が解散に踏み切る場合と、10月21日の任期満了選挙になる場合とがあり、投票日は11月14日、21日、28日が想定される。

このように、総裁選の結果によって衆院選の時期は、大きく変わることになる。

 コロナ対応が選挙情勢を左右

総裁選と衆院選の選挙情勢を左右する、もう一つ大きな要素として、コロナ感染状況と政府対応の問題がある。

国民の最大の関心は、感染爆発の抑え込みと医療崩壊を防ぐことにある。このため、総裁選と衆院選の争点も、感染抑制や医療提供体制の問題になるのではないか。

具体的には「菅政権のコロナ対策の実績評価」に焦点が当たり、選挙結果に大きな影響を及ぼす。菅政権は、医療体制の構築、感染防止、ワクチン接種という3つの柱からなる対策を着実に進めると強調している。

9月12日の緊急事態宣言の期限の時点で、感染や医療体制はどうなっているか。10月から11月にかけてのワクチン接種の進捗と感染減少効果は現われているか。コロナ感染と医療体制の状況によって、秋の政局は激しく揺れ動くことになりそうだ。

 

”横浜ショック”菅政権を直撃 秋の政局激動へ  

過去最多の8人が立候補し激戦が続いてきた横浜市長選挙は22日投票が行われ、立憲民主党推薦で、元横浜市立大学教授の山中竹春氏が、初当選を果たした。

前の国家公安委員長で、菅首相が全面的に支援した小此木八郎氏は支持が広がらず、及ばなかった。横浜市長選は菅首相のおひざ元の選挙で、小此木氏は閣僚を辞任しての挑戦、しかも菅首相が全面的に支援してきただけに、敗北の衝撃は大きい。

小此木氏敗北の要因と、秋の政局に及ぼす影響を探ってみる。

 小此木氏敗北、3つの要因

横浜市長選は、元横浜市立大学教授の山中竹春氏と、前国家公安委員長の小此木八郎氏が競り合い、4期目をめざす林文子市長が追う構図になっていた。

当初は小此木氏の当選か、候補者乱立による再選挙かといった見方も出ていたが、結果は、山中氏の圧勝に終わった。

山中竹春氏が50万6392票、小此木八郎氏32万5947票、林文子氏19万6926票などで、山中氏が大差をつけて初めての当選を果たした。

父親から政治家の座を引き継ぎ、閣僚まで務めた小此木氏が敗北した要因は何か。地元関係者の話を総合すると、次のような点をあげることができる。

1つは、保守分裂の影響で、小此木氏は自民支持層を固めることができなかったことが大きい。林市長の後継選びが難航の末、小此木氏が立候補に踏み切ったが、カジノを含むIR誘致をめぐる意見の対立から、林市長も立候補して双方が激しい戦いを繰り広げた。

小此木氏を支援する菅首相の陣営も舞台裏で、政権関係者が林氏を支持する企業などの切り崩しを図ったが、思うような効果は上がらなかったとされる。

2つ目は、選挙の争点への対応の問題がある。争点となったカジノ問題について、小此木氏はカジノ誘致反対を打ち出したが、IR推進役の菅首相の支援を受けたことで、当選後に反対姿勢を覆すのではないかとの疑念が地元で広がったという。

また、もう一つの争点になったコロナ対応についても、菅首相の支援を受けたことで、菅政権のコロナ対策に対する有権者の不満や批判の逆風を、小此木氏がまともに受ける形になった。

3つ目は先ほど触れたコロナ対策とも関連するが、菅首相が地元の選挙に自ら全面的に関与することになったことで、有権者側に「菅首相にモノ申したい」という受け止め方が広がり、選挙の流れが変わってしまったという見方がある。

地元関係者に聞くと「小此木氏は当初、運動に勢いがあったが、菅首相が小此木氏と対談、全面的に支援することを明言したというタウンニュースが配られた後、急速に勢いを失っていった」と振り返る。

知名度も高い小此木氏が大差で敗れたことは、候補者個人や陣営の問題というレベルを越えて、小此木氏を支援する菅首相に対する不満や批判が影響したという見方だ。

選挙期間中も感染が拡大し、ワクチン接種の遅れなど政府のコロナ対策に対する有権者側の怒りや、批判が”小此木離れ”を引き起こしたという受け止め方が地元では聞かれた。

一方、当選を果たした元横浜市立大学教授の山中竹春氏は、立憲民主党の推薦に加えて、共産党や社民党の支援を受けたほか、報道各社の出口調査では、無党派層の支持を最も多く獲得したことが勝利に結びついたといえる。

 政権運営に打撃、秋の政局激動へ

それでは、今回の選挙結果は、菅政権や秋の政局にどのような影響を及ぼすことになるか。

まず、菅政権への打撃は極めて大きい。政治家にとって、地元の主要選挙で支援候補が敗れることは、有権者の信頼を得ていないと受け止められ、求心力を大きく低下させる。

また、菅政権にとっては、今年4月の衆参3つの選挙で不戦敗を含めて全敗したのをはじめ、地方の主な知事選挙、さらには7月の東京都議選でも過去2番目に少ない獲得議席に終わった。

このため、自民党内には衆院選挙を控えて、菅首相は「選挙の顔」としてふさわしいのかといった不安の声が広がりつつあり、選挙基盤が固まっていない若手議員などから、今後、菅首相交代論が強まることが予想される。

これに対して、安倍前首相や麻生副総理、二階幹事長らの実力者が最後まで菅氏続投を貫くのかどうかが焦点になる。

いずれにしても菅首相としては、続投のためには9月末に任期が切れる自民党総裁選挙と、10月21日に任期満了となる衆院選挙の2つの選挙を連続して勝ち抜かなければならない。

自民党総裁選挙は26日に総裁選管理委員会が開かれ、日程が決まる予定だ。緊急事態宣言の期限が9月12日になっていることや、感染収束のメドが立たっていないことなどから、9月中の衆院解散は難しいとみられる。

そうすると自民党総裁選が先に実施される公算が大きく、今度は、議員投票だけでなく、党員投票が実施され、選挙のゆくえを左右する。

さらに最大の難関は次の衆議院選挙で、コロナ対策を中心に「政権の実績評価」が大きな争点になる見通しだ。菅内閣の支持率は政権発足以来、最低水準が続いてており、政権浮揚につながる材料が今のところ見当たらない。

国政選挙の先行指標と言われる東京都議選に続いて、今回の横浜市長選挙は菅政権にとって、”横浜ショック”と言えるほどの厳しい選挙結果になった。これからの政治の動きは、コロナ対応の評価を中心に世論が主導する形になり、菅首相の退陣も含めて激しく変動する確率が大きいとみている。

展望なき”宣言”拡大 菅政権

新型コロナウイルスの急激な感染拡大を受けて、政府は17日、緊急事態宣言の対象地域に茨城、静岡、京都、福岡など7府県を追加する方針を決めた。

また、まん延防止等重点措置を宮城、富山、三重、香川、鹿児島など10県に新たに適用する方針だ。期間は、いずれも9月12日までになる。

これによって、緊急事態宣言は13都府県、重点措置は16道県に拡大する。但し、これによって、感染拡大に歯止めをかけることできるかどうか不明だ。

菅首相は先月末の記者会見で「緊急事態宣言が最後となる覚悟」で取り組むと表明していたが、8月末までの感染抑え込みはできず、9月にずれ込むことになる。感染危機は今後、どうなるのか、政権運営などにどんな影響が出てくるのか探ってみたい。

 8月感染危機抑え込みは失敗

まず、今回の緊急事態宣言の追加・拡大の方針をどのようにみるか。

政府は、今月2日緊急事態宣言の対象地域に埼玉、千葉、神奈川、大阪府を追加して6都府県に拡大し、8月31日までの抑え込みをめざしてきた。菅首相は先月末の記者会見で「8月末までの間、今回の宣言が最後となるような覚悟で、政府を挙げて全力で対策を講じる」と決意を表明していた。

ところが、先月末以降、感染が急拡大し、今回、感染対象地域を追加するとともに、期間についても9月12日まで延長することに追い込まれた。端的に言えば、菅首相がめざした8月感染危機抑え込みに失敗したことになる。

問題は、今回の方針で、今後の感染急拡大を抑え込めるかどうかだ。政府は、今回、医療体制の構築、感染防止の徹底、ワクチン接種の3本柱で対策を進めて行くと強調している。

しかし、3本柱の中身を見ると新たな対策といえば、百貨店やショッピングモール、専門店などの大型商業施設について、入場者の整理を徹底することを盛り込んだ程度で、新味に乏しいのが実状だ。

専門家が重視した人出の抑制も、買い物の回数を半分程度にしてもらうよう呼びかけるのが中心で、効果は期待できそうにない。

専門家は「東京の感染状況は制御不能」、医療提供体制も「深刻な機能不全に陥っている」などと警告しているが、残念ながら今回の政府方針で、今の感染爆発を抑え込むのは難しいという見方が多く、展望なき感染対策が続くことになりそうだ。

 感染抑え込みに何が必要か

それでは、感染拡大の抑え込みにどんな取り組みが求められているのだろうか。結論を先に言えば、先に政府分科会の尾身会長が12日に公表した、感染抑制策の強化の提言を基に、具体的な対策を練り上げることが考えられる。

分科会の提言は、感染爆発を防ぐための大目標として、2週間という期限を区切って、人出・人流の5割減少をめざす。そのための、具体策として◇災害時並みの今の医療危機に対応するため、国が自治体と協力し、思い切った対策を取ること。◇医療関係者がいる宿泊療養施設を増設、◇PCR抗原検査の徹底などを、ワクチン接種とは別に早急に打ち出すように求めていた。

政府が今回、示した対応策は「急増している自宅療養患者と必ず連絡がとれるようにする」などの一般論ばかりで、自宅待機・療養患者をどのような仕組みで、いつまでに、どれくらいの人数の改善をめざすのかといった具体策は盛り込まれていない。これでは、感染抑え込みは難しいのではないか。

 ワクチン接種64歳以下の遅れ

政府のワクチン接種の進め方についてもみておきたい。ワクチン接種が感染抑止の切り札になることに異論はないし、接種を加速させることにも賛成だ。

菅首相は17日夜の記者会見でも「10月から11月のできるだけ早い時期に、希望するすべての方へ2回のワクチン接種の完了をめざしていく」との考えを示した。政府関係者もワクチン接種については、7月は1日150万回と目標をはるかに上回るペースで進んだと強調する。

ところが、専門家に聞くと、日本のワクチン接種は遅ればせながらも、高齢者の接種は急速に進んだが、64歳以下の人たちの遅れが、極めて大きな問題だと指摘する。

14日時点のデータをみてみると国民全体では、1回目の接種を終えた人は49%、2回目は37%となっている。このうち、高齢者は1回目が88%、2回目が84%と高い。一方、64歳以下は1回目は22%、2回目は10%に過ぎない。

これでは、感染爆発を防ぐのは難しい。また、50代以下、若い世代については、ワクチン接種の予約を申し込もうとしても、なかなか予約が取れないとの話を聞く。自治体の中にも今月下旬以降、ようやく若い世代の受付を本格化するところもある。ワクチン配分と接種の進み具合をしっかり見ていく必要がある。

 総裁選先行、衆院選の公算も

感染抑え込みが9月にずれ込んだことは、菅政権の解散・総選挙戦略にも大きな影響を及ぼすことになりそうだ。

菅政権の当初のシナリオは、感染拡大を抑え込み、東京オリンピック・パラリンピックを成功させ、その勢いに乗って、9月の早い段階で衆院解散・総選挙を断行、選挙に勝利した後、自民党総裁選を無風で乗り切る戦略だった。

ところが、緊急事態宣言が9月12日まで延長されたので、9月早期の衆院解散は難しい情勢だ。このため、自民党総裁選を先に行い、その後、衆院選挙という可能性が大きくなりつつある。菅首相としては、衆院選の前に、総裁選を勝ち抜くことが必要になる。

もう1つ、8月22日に行われる横浜市長選も絡んでくる。横浜市長選は菅首相のおひざ元の選挙で、前の国家公安委員長の小此木八郎氏が議員を辞職して立候補。現職の林文子市長も立候補して保守分裂の選挙になっている。

8人が立候補して、激戦が続いているが、地元の関係者によると立憲民主党が推薦する山中竹春候補と小此木候補が激しく争い、これを林候補が追う構図とみられている。この選挙結果によっては、首相が次の衆院選を戦う「選挙の顔」としてふさわしいかどうか問われることになるとの見方が出ている。

以上、見てきたように今回の緊急事態宣言の拡大は、来月12日の期限までに感染爆発と医療危機を抑え込むことができるのかどうか。菅首相の政治責任や秋の政局のゆくえにも大きな影響を及ぼすことになりそうだ。

 

菅政権 ”支持率続落の危機”

コロナ禍の東京オリンピックが8日夜、17日間の幕を閉じ、政界はお盆明けから秋の政局に向けた動きが本格的に始まる。

最大の焦点は衆院解散・総選挙がいつ、どのような形でおこなわれるかだが、ここにきて、菅内閣の支持率が急落している。報道各社の世論調査の中では、菅内閣の支持率が3割を切るところも出てきた。

また、不支持が支持を上回る”逆転状態”も4か月連続で、深刻なのは政権の浮揚材料が見当たらないことだ。

今月末には、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の期限を迎える。新型コロナウイルスの新規感染者数は、全国で連日1万人を上回る状態が続いている。

感染爆発の勢いを止めることができなければ、菅政権に対する世論の風当たりは一段と激しさを増し、秋の政局にも大きな影響を及ぼすことになる。こうした菅政権の支持率続落危機の背景や政権への影響を探ってみる。

 菅内閣発足以降最低 3割の壁崩れる

さっそく、報道各社の世論調査のデータから見ていきたい。朝日新聞が7、8の両日、読売新聞とNHKがそれぞれ7日から9日の日程で実施し、その結果がまとまった。

まず、菅内閣の支持率は、朝日が支持28%-不支持53%、読売が支持35%-不支持54%、NHKが支持29%-不支持52%となっている。

各社の数値に多少の幅はあるが、支持率はいずれも去年9月以降最低の水準を更新、不支持は5割以上という点で共通している。世論の潮流がはっきりしてきた。

中でも衝撃的なのは、朝日新聞とNHKの内閣支持率が30%を下回ったことだ。NHKの世論調査では、第2次安倍政権が発足した2012年以降、最も低かったのは、安倍前首相が退陣を表明した去年8月の34%だった。

第2次安倍政権時代は、森友学園や加計学園問題をめぐって国会が紛糾した際も支持率3割を割り込むことはなく、復元力も強かった。

これに対して、菅政権ではこの3割の壁が崩れたことになる。衆院議員の任期満了が2か月後に迫り、支持率続落に歯止めがかかるのかどうか、反転攻勢の材料は見当たらない。

 政府のコロナ対応 不信感と嫌悪感

それでは、支持率急落の原因は何か。菅内閣の支持率については、これまで何度か指摘したように「新型コロナウイルスを巡る政府の対応」と連動している。

NHKの調査では「評価する」が35%に対し、「評価しない」が51%で、依然として、国民の厳しい評価は変わっていない。

これに加えて、政府の不手際が相次いだ。飲食店の種類提供を停止させるため、酒の販売事業者や金融機関へ働きかけを要請をした後、批判を浴びて撤回に追い込まれた。

自宅療養者に対する医療提供方針をめぐっても対応が混乱した。こうした混乱について、説明もきちんとなされないので、政府の対策や対応には付き合いきれないという不信感や嫌悪感が広がっていること影響しているものとみられる。

一方、政権与党内には、五輪開催による政権浮揚効果を期待する意見があったが、この点はどうか。読売の調査でみると東京五輪が開催されてよかったと「思う」が64%に対し、「思わない」は28%だった。

菅首相が掲げた「安全安心な大会」になったかについては、「思う」は38%に対し、「思わない」が55%だった。

東京五輪について、世論の多くは、コロナ禍の試練に耐えて技や能力を磨いてきた選手の躍動に共鳴し、「開催してよかった」と感じているのだと思われる。

それに引き換え、政府や自治体トップには覚悟や国民に訴える内容も持ち合わせておらず、「五輪は五輪、政治とは別の次元」と割り切っているようにみえる。

このように五輪の評価は高いが、菅内閣の支持率には結びついておらず、政権浮揚効果は全く見られないことがはっきりした。

  政党支持率 ”自民低下現象”

今回の報道各社のデータの中で、特に注目したのは読売の調査で、政党支持率と投票予定政党に変化が現れている点だ。結論を先に言えば、内閣支持率の低下が、自民党の支持率の低下という形で現れ始めたとみられる点だ。

自民党の支持率は7月の39%から36%へ低下しているほか、無党派層の投票先でも自民党17%に対し、立憲民主党は13%で4ポイント差まで詰め寄られている。無党派層は今や自民党を抜いて”第1党”で、無党派層の獲得率が選挙結果を大きく左右する。

自民党長老に聞くと「菅首相と自民党は丁寧な政権運営を心掛けないと、国民の信頼を失い、選挙で大敗する恐れがある。コロナ対策、政治とカネ、オリンピック・パラリンピック対応、総理の説明不足などで、国民との距離がどんどん広がりつつある」と選挙への深刻な影響を懸念する。

 感染抑え込み 宣言解除できるか

さて、これから政治の展開はどうなるか。東京オリンピックに続いて、今月24日からパラリンピックが予定されており、この大会をどのような形で開催するか、組織委員会や東京都、政府などの間で調整する。今のところ、オリンピックと同様、無観客で開催するとの見方が強い。

次に最も大きな問題は、今月31日に期限を迎える緊急事態宣言と、まん延防止等重点措置の扱いだ。緊急事態宣言は東京、大阪など6都府県、重点措置は13道府県にまで拡大している。

東京に今の4度目の緊急事態宣言が出された7月12日、東京の新規感染者数は502人、全国でも1504人だった。ところが、その後急増し、今月5日東京では5000人を突破、全国では7日に1万5700人を上回った。専門家は「ピークが見えない」語るとともに重症者や、入院に伴う病床のひっ迫を警戒している。

これに対し、菅首相はワクチン接種に期待をかける。但し、2回目接種の割合は10日時点で、高齢者は81%と高いが、64歳以下はわずか8%に止まる。ワクチンの供給不足で急ブレーキがかかっていたが、ようやく段階的に再開され始めた。

変異株への置き換わりが急速に進んでおり、仮に8月末に感染収束のメドがつかなければ、菅政権の対応や政治責任を問う声が強まることが予想される。8月末までに感染抑え込みができるのか、大きな節目になる。

 問題の核心 衆院選の顔と選び方

自民党の総裁選については、今月26日に総裁選の選挙管理委員会が開かれ、日程が決まる見通しだ。党の執行部や派閥の実力者は、今のところ菅首相の下で衆院選を戦い抜く考えで、衆院選や総裁選の日程を調整する方針だ。

これに対して、中堅・若手議員を中心に「菅首相で選挙に勝てるのか」との不安感が広がりつつあり、総選挙の前に自民党総裁選を行い、国民の関心を自民党に引きつけた後、衆院選に臨むべきだとの声も聞く。

また、執行部は総裁選は、無投票で菅首相を選出したいとの考えが強いが、高市早苗・元総務相が月刊誌で立候補の考えを表明した。任期満了に伴う総裁選は、議員投票とともに党員投票を行って新総裁を選出すべきだという声も若手議員の間では強い。

今後、自民党内からさまざまな動きが出てくることが予想されるが、問題の核心は、次の衆院選の顔を誰にするのか。現職の菅首相に1本化するのか、菅首相を含め候補者が立候補して決めるのか、その方法を早く決める必要がある。

執行部が強引に政治日程を決めると、党員や有権者の反発を招き、本番の衆院選でしっぺ返しを受ける。菅政権の足元が揺らぎ始めた中で、感染抑え込みはできるのか、それに与野党、世論が絡み、変動の激しい秋になりそうだ。

 

 

“感染8月危機”と菅首相の政治責任

新型コロナウイルスの感染急拡大を受けて、政府は2日、緊急事態宣言の対象地域に首都圏の埼玉、千葉、神奈川と大阪府を追加し、6都府県に拡大した。

また、まん延防止等重点措置が北海道、石川、京都、兵庫、福岡の5道府県に適用された。期限はいずれも8月31日までとなっている。

東京オリンピック開催中の感染急拡大で、専門家は感染者数の急増だけでなく、医療のひっ迫も懸念されるとして、「この1年半で最も厳しい状況にある」と8月感染危機に警鐘を鳴らしている。

菅首相にとっても、この感染危機を抑え込めないと秋の衆院解散・総選挙を控えて自らの力量や政治責任を問われることになる。この8月感染危機を本当に抑え込むことができるのか、何が問われているのか探ってみたい。

 緊急宣言の拡大・延長の効果は

政府が緊急事態宣言の対象地域拡大の方針を決めたのは7月30日だが、この週の初めまでは宣言拡大には慎重な姿勢だった。ところが、28日に感染者数が3000人台に跳ね上がってから、慌てて舵を切ったのが実状だ。さらに翌31日は4058人と初めて4000人も突破した。

東京に4度目の緊急事態宣言が出されたのが7月12日で、この日の感染者数は502人だった。わずか3週間余りで、感染者数が急増したことになる。

政府分科会の尾身茂会長は「現状では感染を減少させる要素がほとんどない。逆に増やす要素はたくさんある。一般市民の『コロナ慣れ』、感染力が強いデルタ株、夏休みにお盆、さらにオリンピックだ」と指摘する。

そのうえで、「最大の危機は、社会で危機感が共有されていないことだ。このままでは医療のひっ迫が深刻になる」と危機感を示すとともに、政府に強いメッセージを出すように求めていた。

これに対して、菅首相は30日夜の記者会見では「今回の宣言が最後となるような覚悟で、政府をあげて全力で対策を講じていく」と強調する一方、ワクチン接種の効果や画期的な治療薬の積極的活用に詳しく触れて楽観的とも受け取れる発言が目立った。

また、開催中の東京オリンピックとの関係についても「感染拡大の原因になっていない」と強調し、国民に向けた強いメッセージはなかった。尾身会長の危機感との違いが際立った。

 感染危機乗り切りへ何をすべきか

それでは、当面の感染危機を乗り切るためには、どんな取り組みが必要だろうか。菅政権が去年9月に発足して以降、政府のコロナ対策としては、一貫して飲食店の営業時間短縮や休業要請が中心で、酒類の提供停止に力を入れてきた。

飲食店対策も重要だが、与党関係者の間では「サラリーマンが多く活用する居酒屋などの飲食店対策は、いわば”川下の対策”。それよりテレワークをより徹底して通勤者を減らす”川上対策”を行うべきだ。企業や経営団体などにもっと強力に働きかける方が効果がある」といった提案を聞いた。

医療分野では、感染急拡大に伴い自宅で療養している人たちの対策が、再び大きな問題になっている。東京都の場合、7月1日時点ではおよそ1000人だったのが、日を追うごとに増え、8月1日には1万1000人にも達しているという。わずか1か月の間に11倍も増えたことになる。

こうした自宅療養者は無症状や軽症者が多いと言われ、保健所などの健康管理がうまくいかないと地域で感染を広げることになりかねない。ホテルなどでの宿泊療養体制の整備が必要ではないか。

政府関係者からは「新たな対策を打ち出したいが、もう打つ手がない」との声を聞くが、本当だろうか。例えば、変異ウイルスのデルタ株を追跡する検査は十分行われてきたのか。大量の抗原検査キットを配布するなどの対策を聞かされてきたが、最近まで行われていなかったと聞く。

政府や東京都の対応については、これからの実施計画などの説明は詳しいが、実施後の経過や、どのような成果があったのか、逆に問題が生じて目詰まりの段階にあるのか、結果の説明や政策評価は乏しい。

感染拡大は変異株が主要な要因との政府側の説明を聞くが、そうした点は既に明らかで、検査・追跡体制強化は十分だったのか。政府・自治体は、国民へ外出自粛などの要請を頻繁に行うが、自らの対策の点検結果や、問題点や反省点、今後の改善点などの説明は極めて弱い。

これでは、政治や行政側が国民との危機感の共有はできないし、国民の協力をえるのも難しい。

菅首相も毎日、記者団のぶら下がり取材に応じたりして、国民にメッセージを発信すべきだ。記者会見でも具体的な説明が少ないうえに、伝えたいメッセージも乏しいとなると、危機のリーダーとして通用するのだろうか。

このほか、もう1つの柱であるワクチン接種の問題がある。ワクチン接種のペースは先進国に比べて遅れているが、8月1日時点のデータで、高齢者については1回目の接種が86.2%、2回目接種は75.8%に達し評価できる。

但し、国民全体に占める接種比率は、1回目が39.6%、2回目が29.1%に止まる。ワクチンの供給不足が問題になっているほか、50代以下の若い世代への接種を早期に終えることができるかどうかという問題を抱えている。

 問われる首相の力量・政治責任

さて、東京オリンピックは、日本勢の活躍でメダルラッシュが続き、盛り上がりをみせている。但し、政権・与党幹部が「オリンピックが盛り上がれば、世の中の空気が変わり、政権の評価も高まるまずだ」と期待していたような気配は、今のところ感じられない。

国民の多くは、オリンピックはテレビ観戦を楽しむ一方、感染状況や政府の対策の実績を見極めようとしているように見える。国民にとっては、まずは政府と自治体が今の「第5波」が大きな波にならないように抑え込むことができるかどうかに最大の関心を持っている。

具体的には、オリンピックが無事、閉幕までこぎつけられるか。24日からのパラリンピックは観客の扱いを含めてどうするのか。

一方、政治の動きとしては、8月はじめに自民党総裁選の選挙管理委員会が設置された後、下旬には、選挙期日の扱いを決めることになる。

自民党内では、派閥の幹部を中心に菅首相の下で衆院解散・総選挙を戦い抜くべきだという意見が今のところ主流だ。一方で、中堅・若手議員の間では「選挙の顔」として菅首相の力量に不安を感じる声も聞かれる。

さらに報道各社の世論調査も実施される。世論は、菅政権のコロナ対策をどのように評価し、菅内閣の支持率はどうなるか。世論の風向きは、衆院選挙を控えた自民党の対応の仕方にも影響を及ぼす。

8月の感染危機はどのような形で収まるのか。菅政権の対応を世論はどう評価するのか、秋の政局の流れを大きく左右することになる。

 

 

 

 

”異例五輪開幕と第5波” 菅政権直撃  

新型コロナウイルスの感染拡大で、史上初めて大会が1年延長の末、異例の無観客で開催されることになった東京オリンピックは23日夜、開会式が行われて開幕した。

開会式をめぐっては、先に楽曲の担当者が過去のいじめ問題で辞任したのに続いて、今度は演出担当の1人が、過去にユダヤ人の大量虐殺をやゆする表現をしていたとして解任された。関係者の低い人権意識などが露呈した形で、内外から厳しい批判を浴びている。

今回の五輪開催をめぐる国民の評価・見方は、複雑だ。報道各社の世論調査をみると、開催に賛成が3割程度、反対が5割から6割程度。これに無観客開催の条件を加えて判断してもらうと、適切が4割、中止は3割程度に変わり、賛否の間で判断が揺れているように見える。

個人的には、テレビ観戦で各国選手の活躍を見たいと思うが、組織委員会や東京都、それに政府の対応をめぐっては、多くの問題を抱えていると感じる。政治取材を続けている立場から、今回の異例ずくめの大会をどのように見たらいいのか、感染急拡大の問題と合わせて、政治・行政のあり方を考えてみたい。

 五輪の意義不明 政権シナリオ誤算

まず、今回の異例の東京オリンピック・パラリンピックをどう評価するか。そのためにもこれまでの経緯を駆け足で振り返っておきたい。

招致が決まったのは、2013年9月。前年暮れに安倍前首相が政権に復帰し、長期政権の目標の1つに東京五輪・パラリンピック招致を位置付け、当時の官邸主導で誘致工作を重ね、実現にこぎつけたのが実態だ。

そして去年3月、世界的な感染拡大を受けて、大会の1年延長を決める際に安倍前首相は「完全な形での開催」を国際的に約束した。

後継の菅首相も今年1月の施政方針演説で「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい」と意義を強調。そのうえで「感染対策を万全なものとし、世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現する」と決意を表明した。

菅首相としては、秋の自民党総裁選で再選を果たし、次の衆院選挙を勝ち抜くためにも感染を抑え込み、大会を開催し成功させることは、政権運営に必要不可欠な条件として取り組んできた。

ところが、大会が近づいても東京の感染状況は改善せず、7月12日からは4度目の緊急事態宣言を出す事態に追い込まれた。また、観客を入れて盛り上げるはずの大会が、ほとんどの会場で観客を入れない無観客開催に決まった。

菅首相は国会答弁などで「安全安心の大会」を繰り返すだけで、「コロナ禍で五輪を開催する意義は何か」を打ち出すことができず、国民に訴えかける力強さにも欠けていた。

この点は菅首相にだけ責任があるわけではないが、五輪開催の意義については、「復興五輪」の位置づけなどを含め、多くの人が活発に意見を表明し、掘り下げた議論にできなかったことは大きな反省点だ。延期五輪が今一つ、盛り上がりに欠ける要因ではないかと考える。

一方、政治への影響はどうか。無観客の大会になったことは、菅政権にとって誤算だ。政権運営のシナリオの一部が崩れ、今後の影響は大きいとみている。

 感染拡大 第5波を抑えられるか

次に国民の多くの関心は「五輪を開催して、爆発的な感染拡大につながらないのか」という点にある。22日、東京の新規感染者数は1979人。1週間前に比べて670人も増え、2000人に迫るまで急拡大している。

東京都のモニタリング会議は21日、東京の感染状況について予測を明らかにした。それによると、この1週間の平均で新規感染者は1170人で、前の週の1.5倍となり、「今年1月の第3波を上回るペースで感染が急拡大している」と警鐘をならした。

そのうえで、今のペースが続いた場合、8月3日には2598人となり、「第3波をはるかに超える危機的な感染状況になる」と強い懸念を示している。

つまり、オリンピック期間中に、東京の新規感染者数は2600人まで急増し、第5波の感染再拡大のおそれがあると警告しているわけだ。

東京五輪に参加する海外からの選手や、大会関係者からも感染者が出ているが、選手はワクチン接種をしたり、PCR検査を頻繁に受けたりしているので、選手村などで大規模なクラスターが発生する可能性は大きくはないとみられる。

但し、海外からの大会関係者の行動管理はどこまで徹底できるかはわからない。また、大会開催に刺激されて、国内での会食や人出の増加などで、感染拡大へとつながる可能性は否定できない。

さらに変異型のウイルス、インド株の置き換わりで、感染が急拡大する可能性もあり、第5波を抑え込めるかどうか。また、来月8日までのオリンピックが無事、閉会できるか。さらに、24日からのパラリンピックが予定通り開会できるのか注視していく必要がある。

 危機対応、制度設計能力に問題

政権の対応については、これまで何度も指摘してきたが、司令塔機能に弱点があるのではないか。具体的には、PCR検査の拡充をはじめ、病床確保の調整、飲食店の休業・時間短縮要請と支援の基準づくりなどの具体的な取り組みが、迅速に進まなかった。

こうした点に加えて、制度設計にも問題がある。例えば、ワクチン接種について、菅首相が「希望する高齢者の接種を7月末に完了」、「1日100万回以上の接種」などの大号令を出すが、肝心のワクチン供給が不足して、新規の予約ができなくなるといった事態が起きている。

今回のオリ・パラ対応についても、延期された大会日程から逆算して、ワクチン接種の計画や日程を決めて、完了させるといった取り組みができなかった。

こうした制度設計については、安倍政権当時も大学共通テストに英語の民間試験を導入する方針が行き詰ったのをはじめ、コロナ対策で国民へ特別給付金を支給する問題、さらには今回、飲食店で酒類提供停止の要請への仕組みづくりでも混乱がみられた。

菅政権については、グランドデザイン=基本的な目標や計画を打ち出したうえで、個別対策の組み合わせや日程を明らかにしていく戦略的な取り組みに欠けるといった指摘が出されている。政府が自らの対策の点検、総括をきちんと行い、同じような過ちを繰り返さない取り組み方も必要だ。

 問われる五輪対応と感染抑え込み

東京五輪・パラリンピックが9月5日に幕を閉じれば、直ちに政治の季節に入る見通しだ。菅首相の自民党総裁としての任期が9月末に切れるほか、衆議院議員も10月21日が任期満了日で、衆議院選挙が行われる。

その際、政府・自民党内では「次の選挙の顔」を誰にするかが焦点になる。今の段階では、菅首相を先頭に選挙を戦うとの見方が各派閥の幹部の間では有力だが、党内では菅首相の選挙への手腕を不安視する声も聞かれる。

また、万一、東京オリ・パラ大会の期間中、選手や大会関係者の感染が拡大したり、あるいは、国内の感染状況が急速に悪化したりした場合、世論や自民党内から、菅政権の政治責任を厳しく問う声が出されるのは必至の情勢だ。

このため、菅政権としてはこの夏、まずは、東京五輪・パラリンピックを無事に閉幕までこぎつけられるかどうか。また、急拡大している感染に歯止めをかけるとともに、切り札のワクチン接種を再び軌道に乗せることができるかどうか、実行力と具体的な実績が問われることになる。