”政府、東電に重い責任”処理水放出開始

福島第1原発にたまる処理水について、東京電力は24日午後1時、政府の方針に基づいて、海への放出を開始した。

原発事故から12年を経て、懸案の処理水の放出が動き出したが、完了には30年程度の長い期間がかかる見通しだ。政府と東電は、重い責任と役割を担う。

今回の処理水放出をめぐっては、安全性の確保と、風評被害への対策、それに東電、政府の責任と役割の3つが大きな課題になっている。

このうち、処理水の海洋放出に伴う安全性については、7月にIAEA=国際原子力機関が「国際基準に合致している」との報告書を公表し、国際社会では海洋放出を容認する受け止め方が広がっている。欧州、中国、韓国でもトリチウムを含む処理水を海洋に放出しているからだ。

中国は「汚染水」との表現を使って、厳しい日本批判を続けている。中国税関当局は、日本を原産地とする水産物の輸入を24日から全面的に停止すると発表した。

これに対して、岸田首相は記者団に対し、外交ルートで中国側に即時撤廃を求める申し入れを行ったことを明らかにした。中国に同調する動きは広がっていないが、中国はこの問題を外交カードとして使い続けることが予想され、日中間で激しい応酬が続く見通しだ。

一方、国内では、風評被害の防止と、政府と東電の対応や責任が国会でも議論になる見通しだ。今回のブログでは、政府の対応と役割、それに秋の政治に及ぼす影響について、考えてみたい。

 最終段階、首相の対応をどう評価するか

今回の処理水の方針決定では、岸田首相が訪米から帰国した直後の20日に福島第1原発を訪れたのに続いて、21日に放出反対の立場を表明している全漁連=全国漁業協同組合連合会の代表との面会が、大きな山場になった。

首相官邸で行われた全漁連の坂本雅信会長らとの面会で、岸田首相は「たとえ、今後、数十年の長期にわたろうとも、全責任を持って対応すること約束する」と風評被害などの対策に万全を期す考えを伝えた。

これに対し、坂本会長は「処理水の海洋放出に反対であることは変わりはない」とのべながらも「科学的な安全性への理解は、私ども漁業者も深まってきた」という認識を示した。

これを受けて、岸田首相は22日に関係閣僚会議を開き、「政府の姿勢と安全性を含めた対応に『理解は進んでいる』との声をいただいた」とのべ、24日に放出を始める方針を正式に決定した。

政府は、処理水の海洋放出は「春から夏」の時期に行う方針を表明してきた。そして、7月にIAEAの報告書が出された後、「8月下旬から9月前半にかけて放出」とさらに期間は絞られていた。

問題は、この期間に原発事故による避難や、風評被害などに苦しんできた漁業関係者や、福島県民に政府の方針を説明し、理解をどこまで深められるかにあった。西村経産相などの閣僚も現地を訪れ、意見交換などを続けてきた。

但し、政府全体、与党も一丸となって取り組みを全面的に展開するといったところまでは至らなかった。

そして、岸田首相が現地を訪れたのも最終のギリギリの段階で、しかも現地入りしながら、地元の漁業関係者や知事、市町村の代表などとの面会も行わなかった。

このとき、関係者と膝詰めで意見交換をしていれば、雰囲気などがかなり改善したのではなかったか。今回は「見切り発車」「日程ありき」の対応で、理解に苦しむ対応といわざるを得ない。

 国民に説明、説得が不得手な政権か

これまでの政府の対応をみると、安倍政権時代の2015年に政府と東電は「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」との文書を福島県漁連に示した。

菅政権時代の2021年には、海洋放出の方針を決定し、時期は「2023年春から夏頃」として準備を進めてきた。安倍、菅、岸田の3つの政権にわたって取り組んできた難題だ。

一方、政府は海洋放出の評価について、IAEAに評価を要請するとともに、風評被害対策として800億円の基金を創設するなどの準備を進めてきた。

しかし、福島県民や、国民全体に対する説明は不足したままだった。岸田首相も通常国会が閉会したあとの7月下旬から、国民の声を聞くとして、地方行脚を始めた。

ところが、福島県は対象に選ばれなかった。懸案中の懸案、処理水放出の時期が迫っているのになぜ、訪問先には選ばなかったのかだろうか。ここでも首相、政権の対応に疑問が残る。

こうした岸田政権の対応について、国民はどのような見方をしているのだろうか。報道各社の8月の世論調査をみるとNHKの調査(11日~13日)では、処理水の海への放出について「適切だ」が53%で、「適切でない」30%を上回った。

一方、共同通信の調査(19日・20日)では、処理水放出に関する政府の説明は「十分だ」が15%に対し、「不十分だ」が82%を占めた。

朝日新聞の調査(19日・20日)では、風評被害を防ぐ政府の取り組みは「十分だ」が14%に対し、「十分ではない」が75%と大きく上回った。

このように海洋放出そのものについては「適切」「賛成」が半数に達し、「反対」を上回っている。但し、政府の取り組み方の説明や、風評被害対策は不十分といった否定的な受け止め方が圧倒的多数に上る。

この問題に限らないが、岸田政権は、政府の方針を明らかにし、国民に説明したり、説得をしたりする「対話が不得手な政権」という特徴が読み取れる。国民の意見が分かれる原発のような問題は、特に共通の認識、理解を広げていく取り組みが必要だ。

 増える懸案、秋の解散困難との見方も

それでは、秋の政局に及ぼす影響はどうだろうか。NHKの8月の世論調査では、岸田内閣の支持率は33%で、政権発足以降最も低い水準に落ち込んでいる。

処理水の海洋放出問題は、放出自体は肯定的な評価が上回っているので、この問題だけで、支持率が大幅に下がる可能性は小さいのではないか。

但し、岸田政権は、防衛増税の開始時期や少子化対策の具体的な財源を先送りしたり、マイナンバーカードへの対応が迷走したりして、懸案が増え続けている。さらに今回、処理水の問題が加わり、悪循環が続いている。

このほか、ガソリン価格の一段の上昇や食品の値上がりなど物価高対策を求める声が強まっている。

自民党の閣僚経験者に聞いてみると「9月中旬とも言われている内閣改造・自民党役員人事で、どこまで政権を立て直せるかが大きなカギだ。しかし、風力発電をめぐる国会議員の収賄事件などのスキャンダルも表面化しており、秋の解散・総選挙は遠のきつつある」との見方を示す。

岸田政権は、原発処理水の海洋放出の開始で、安全性の確保や風評被害の防止に大きな責任を担うことになった。増え続ける懸案を着実に処理していけるのか、政権の浮揚へつなぐことができるのか、厳しい状況に直面している。(了)

 

 

 

 

 

岸田内閣支持率最低”秋の解散困難か”

政界は夏休みがまもなく終わり、秋の政局に向けてのが動きが始まる。こうした中で、NHKの8月の世論調査の結果が14日にまとまった。

今回の調査では、2つの点を注目していた。1つは、マイナンバーカードをめぐる問題について、政府が先に打ち出した新たな対応策がどのように評価されたか。2つめは、岸田内閣の支持率で、政権の求心力や体力がどの程度あるかだ。

結論を先に言えば、マイナンバーカードの対応策への評価は低く、岸田内閣の支持率も政権発足以来、最も低い水準となった。

この世論調査のデータを基に予測すると、岸田首相が秋に衆院解散・総選挙に踏み切るのは、かなり難しい情勢にあると言えそうだ。なぜ、こうした結論になるのか、以下、説明したい。

 マイナ新対応策「評価しない」が6割

さっそく、マイナンバーカードをめぐる問題からみていきたい。マイナンバーカードに健康保険証をひもづける問題をめぐっては、他人の情報が誤って登録されるなどのトラブルが相次いだことから、政府は今月8日に総点検の中間報告と新たな対応策を発表した。

11月末までに保険証をはじめ、税や所得など29項目に及ぶすべての個別データについて、総点検を行い、その結果を公表するというのが主な柱だ。

今回の世論調査では、こうした政府の対応策の評価を尋ねている。その結果は、「評価する」は36%に対し、「評価しない」は57%で、大幅に上回った。

また、岸田首相は、来年秋に今の健康保険証を廃止する方針を当面、維持したうえで、マイナンバー保険証を持たない人すべてに「資格確認書」を発行して、国民の不安の払拭に努める。そして、総点検の状況次第では、廃止の延期を含め、必要な対応をとるという考えを明らかにした。

こうした保険証廃止の政府の方針について、世論調査の結果は「予定通り廃止すべき」が20%、「廃止を延期すべき」が34%、「廃止を撤回すべき」が36%となった。「廃止の延期」と「廃止の撤回」を合わせると、廃止反対が7割に達した。

マイナ保険証の問題をめぐって、政府の方針と、国民の評価には大きな開きがあることがはっきりした。国民の側は、今の保険証を来年秋に期限を区切って廃止することに大きな疑問を感じている。

加えて、今の保険証と変わらない「資格確認書」を発行することにどのような意味があるのか、強い不信感を抱いていることも読み取れる。政府の新たな対応策については、国民の支持が得られていないことが改めて浮き彫りになった。

 内閣支持率33% 政権発足以来最低

次に、2つめの注目点である岸田内閣の支持率に話を移したい。8月の内閣支持率は、先月の調査から5ポイント下がって33%だった。これは、去年11月と今年1月の調査と同じで、岸田政権発足後、最も低い水準になった。

一方、不支持率は45%で、先月に比べて5ポイント増えた。支持率を不支持率が上回る逆転現象で、先月に続いて2か月連続となる。

支持率が政権発足以来、最低となった理由としては、冒頭に取り上げたマイナンバーカードをめぐる相次ぐトラブルが大きく影響したものとみられる。

また、洋上風力発電をめぐり賄賂を受け取った疑いで、秋本真利衆議院議員が検察の捜索を受け、外務政務官を辞任し、自民党を離党した。資金提供は6000万円にものぼり、競走馬の購入などの費用にあてた疑いが持たれている。

さらに、自民党の松川るい女性局長がフランスで行った党の研修で、エッフェル塔の前で研修の参加者とポーズを取って映っていた写真をSNSに投稿し、「観光旅行だ」などと批判を浴びて陳謝する出来事も起きた。

こうした相次ぐ不祥事も支持率低下に影響したものとみられる。岸田内閣の支持率は、G7広島サミットが行われた今年5月には46%まで上昇したが、その後3か月連続で減少し、合わせて13ポイントも支持率を落とした。

 自民支持率低下、看板政策も低い評価

岸田内閣の支持率下落に関連して、もう1つ注目すべき点は、自民党の政党支持率低下も並行して減少している点だ。8月の自民党支持率は34.1%で、岸田政権発足以降、最も低い水準になった。

自民党の政党支持率は、安倍政権や菅政権でも30%台後半から40%程度と高い水準を維持してきた。内閣支持率が低下した場合も、自民党支持率は安定した水準を保ってきた。

岸田政権でも同じような傾向が続いていたが、今年1月以降は、自民党の支持率が緩やかながら低下傾向が見られるようになり、今年6月に35%台を切って岸田政権発足以降、最低を記録した。その状態が3か月連続で続いているのである。

つまり、内閣支持率と自民党支持率がともに低下する新たな傾向が表れ始めた。この理由は、世論調査のデータからははっきりしたことはわからないが、政権の求心力が低下しているのは間違いない。

個人的には、最近の自民党は、政府に対して党の存在感を発揮できるような場面がほとんどみられないので、政権の支持率低下にひきづられる形で党の支持率も低下しているとの見方をしている。

そのうえで、岸田内閣の支持層をもう少し、詳しく分析すると最も多い自民支持層のうち、岸田内閣を支持すると答えた人の割合は59%で、6割を下回った。

安倍政権時代は、7割台後半から8割前後の高い水準だったのに比べると、岸田政権では、自民支持層の支持離れが起きている。内閣支持率の低下は、不祥事などの影響もあるが、こうした政権基盤の弱体化が根本的な問題だ。

一方、岸田政権は、最も大きな集団である無党派層の支持が、2割程度と極めて低いのが特徴だ。さらに、70歳以上の高齢世代の支持は比較的高いが、それ以外の60代以下ではいずれの年代も「不支持」が5割に達し、「支持」を上回っている。

こうした無党派層や働き盛りの世代が重視するのは、政策だ。その岸田政権の政策については、防衛増税の実施時期をはじめ、異次元の少子化対策の具体的な財源などが、いつまでたってもはっきりしないことに対する批判が強い。

マイナンバーカードの問題についても今の保険証を廃止するのか、廃止を延期するのか、新たな対応策の方向すらはっきりしないことに不満も聞かれる。

岸田政権の看板政策は「内容が曖昧で、先送りが目立つ」という批判が根強く、こうした政策面の評価の低さが支持率の低下をもたらしている可能性が大きい。それだけに支持率の回復は時間がかかり、政権運営にあたって深刻な問題だ。

 秋の解散・総選挙は大きなリスク

最後に、秋の政局の最大の焦点である衆議院の解散・総選挙に及ぼす影響はどうか。岸田首相や政権与党の執行部は、衆議院議員の任期も10月には折り返し点を迎えることから、秋の解散・総選挙を有力な選択肢として模索するものとみられる。

しかし、これまでみてきたように内閣支持率は発足以降最低の水準で、しかも政権の看板政策について、国民の支持が十分に得られていない。このため、選挙の勝敗面からも、秋の解散・総選挙に踏み切るには極めて大きなリスクを伴うことが、今回の世論調査から読み取ることができる。

岸田首相が今後、どのような解散戦略を描いていくのか。それに対して、与野党がどのように対応していくのか、秋の政局に向けての動きがまもなく始まる。(了)

保険証廃止で資格証明書 ”小手先対応”批判も

来年秋に今の健康保険証を廃止する方針について、岸田首相は4日夕方、記者会見し、国民の不安を払拭するための対応策を明らかにした。

この中で、岸田首相は当面、廃止の方針を維持したうえで、マイナンバーカードと一体化した保険証を持っていない人には「資格確認書」を発行することなどで、国民の不安払拭に努める考えを表明した。

こうした対応策については「小手先の弥縫策」などといった批判も予想され、国民の理解が広がるか不透明だ。

 資格確認書、法案の再修正回避ねらいか

まず、岸田首相が「資格確認書」の有効期限の延長という運用の見直しを打ち出した背景には、どんな事情があったのか。

マイナンバーカードと健康保険証の一体化をめぐっては、誤った登録が続発して、対応の見直しを迫られた。その際、政府・与党内では、2つの考え方が出され綱引きが続いてきた。

1つは、今の健康保険証の廃止期限を来年秋から延長する案。もう一つは、廃止方針は維持したうえで、運用面の見直しを行う考え方だ。

前者は、自民党の萩生田政調会長や世耕参院幹事長などが主張し、首相官邸の一部も支持していた。これに対して、加藤厚労相や河野デジタル担当相らは、後者の考え方で、麻生副総裁や茂木幹事長が支持したとされる。

岸田首相は当面の対応策として、後者の保険証廃止を維持する方針を選択したといえそうだ。この理由だが、保険証の廃止は6月の通常国会で成立させた改正マイナンバー法に盛り込まれており、廃止時期を延期する場合は法案の再修正が必要になる。

このため、秋の臨時国会で野党側の追及は必至で、廃止方針を見直すとかえって混乱を生むことになるとして、廃止時期の延期案は避けたものとみられる。

但し、岸田首相は、現在進めている総点検の状況次第では、廃止の延期も含めて必要な対応をとる考えも示した。岸田首相の対応は、保険証廃止の維持を基本にしながらも、見直しにも含みを残し、腰が定まっていないようにみえる。

 確認書、今の保険証と同じとの批判も

次に、資格確認書を発行する場合の問題点はどうか。政府の説明では、マイナ保険証を持たない人にすべて交付するとともに、今の制度では1年としている有効期限を5年まで延ばし、その範囲内で自治体や健康保険組合などの保険者が設定できるとしている。

また、今の制度では、本人の申請に基づいて交付しているルールを改め、申請を待たずに行政が対象者のすべてに交付する「プッシュ型」とする方針だ。

政府は、こうした措置でマイナ保険証を持たない人も確実に医療を受けることができ、国民の不安も払拭できると強調している。

しかし、こうした案は、今の健康保険証に限りなく近づけるための措置だ。このため「資格確認書といっても今の保険証と同じではないか。わざわざ資格確認書を発行するより、廃止時期を延長すればいいのではないか」といった批判を受けそうだ。

また、マイナ保険証を持たない人全員に資格確認書を発行する場合、相当な規模の人数が予想されるが、その経費などは明らかにされていない。

報道各社の世論調査によると政府の保険証の廃止方針については、◆廃止方針の支持は2割程度と少なく、◆廃止を延期すべきが3割余り、◆撤回すべきも3割余りで、廃止の延期や撤回を合わせると7割程度を占める点で共通している。

このため、保険証の廃止を維持したうえで、資格確認書の見直しで、国民の理解と支持を得られるかどうかは不透明だ。

 普及急ぎ過ぎと国民への説明不足

今の保険証の廃止やマイナ保険証の扱いは、国民にとって命や健康に関わる切実な問題だけに、安心して利用できる制度にしてもらわないと困る。

同時に、今回の問題は、政府のマイナンバーやデジタル化への取り組みに大きな問題があったことを提起しているのではないか。

4日の記者会見でも記者から「政府のこれまでの対応に反省点はないのか」と質問されたのに対し、岸田首相は「瑕疵があったとは考えていない」と答えた。

岸田政権の対応を振り返ってみると、マイナンバーカードの普及に2兆円もの予算を計上して、1人最大2万円相当のポイントを付与する事業を大々的に進めたが、マイナンバー制度の意義や、デジタル化でめざす社会の姿を国民に示していく取り組みは弱かった。

また、去年の10月には、河野デジタル担当相が健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに一体化する方針を唐突に打ち出した。それまでの政府は、紙の保険証との選択制をとってきたが、方針を変更する必要はあったのか疑問が残る。

さらに、マイナ保険証に別の人の情報が誤ってひもづけされていたことが一昨年10月には明らかになっていながら、個人情報保護への対応が遅れた。その後も個人情報が、誤って他人にひもづけされるケースが相次ぎ、政府のデジタル化の司令塔であるデジタル庁が個人情報保護委員会の立ち入り調査を受ける異例の事態を招いている。

岸田政権が問われているのは、マイナンバーカードの普及促進を急ぎすぎた失敗を率直に認めたうえで、デジタル社会の実現に向けて国民への説明と対話を優先していく姿勢が必要だ。

マイナンバーカードをめぐるトラブルの総点検の結果と再発防止策も、まだ明らかになっていない。今月8日にようやく中間報告が公表される予定だ。国民の信頼回復のためには、岸田首相の決断力とリーダーシップも問われている。(了)

 

 

健康保険証廃止”広がる延期論”

来年秋に今の健康保険証を廃止して、マイナンバーカードと一体化させる政府の方針に対して、廃止の時期を遅らせることも含めて見直すべきだという意見が、与野党や世論の間で広がってきた。

今月26日に参議院特別委員会で行われたマイナンバー問題の閉会中審査で、立憲民主党など野党側は「政府は国民の理解が得られないまま、健康保険証の廃止を強引に進めようとしている」として、健康保険証の廃止見直しを強く迫った。

自民党の委員も「来年秋の期限ありきではなく、国民の信頼回復を優先して、国民の理解を求めるべきではないか」と質した。公明党の委員も「行政や関係者の都合が前面に出すぎているのではないか」と政府の姿勢に疑問を示した。

これに対して、河野デジタル担当相は「マイナンバーカードへの一体化のメリットは大きい」と強調したうえで、「紙の保険証を廃止した後も最大1年間の猶予期間を設けており、この期間も活用して丁寧に説明し不安を払拭したい」とのべ、保険証の廃止を予定通り進めていく考えを表明した。

こうした政府の方針に対しては、自民党の幹部からも異論が相次いでいる。萩生田政務調査会長は「期限ありきで進めるべきではない」と指摘したのに続いて、世耕参議院幹事長も「必ずしも期限にこだわる必要はない」として、政府に柔軟な対応を取るよう注文をつけている。

 世論は反発、内閣・自民支持率も低下

こうした政府の方針に対する見直し論が、与党からも出されるようになった背景は何か。国民の側から、強い批判や反発が強まっていることが挙げられる。

報道各社の世論調査のうち、最新の読売新聞の調査(7月21~23日実施)によると、今の健康保険証を廃止してマイナンバーカードに一本化することに「賛成」は33%に止まり、「反対」は58%に達する。

岸田内閣の支持率は35%で、先月より6ポイント下落して、岸田内閣発足以降最低となった。不支持率は52%で、前回より8ポイント増加して去年12月に並び最高になった。マイナンバーカードをめぐる混乱が影響しているものとみられる。

自民党の支持率については、NHK世論調査(7月7~9日実施)では34.2%で、岸田政権発足以降最低を記録した。朝日新聞の世論調査(7月15、16両日実施)では28%に減少した。同党の支持率が20%台になるのは、2020年6月以来だという。

このようにマイナンバーをめぐる問題は、岸田内閣の支持率を急落させただけでなく、これまで堅調だった自民党の政党支持率にも影響を及ぼしている。与党の幹部はこうした事態に危機感を抱いている。

 強まる包囲網、問われる首相の指導力

それでは、岸田政権が今、問われている点は何か。マイナンバーをめぐるさまざまな問題のうち、国民の関心が高いのは健康保険証の廃止問題だ。野党だけでなく、与党、それに国民の間でも見直し論が広がっており、政府に対する包囲網が強まっているのが今の状況だ。

岸田政権は、通常国会最終日の6月21日に「マイナンバー情報総点検本部」を立ち上げた。そして、今年の秋までに健康保険や年金など、政府のサイト「マイナポータル」で確認できる29項目の情報について、マイナンバーカードに正しくひもづけされているかを総点検して、再発防止策を講じる方針を決めた。

岸田首相はその日の記者会見で「保険証の全面的な廃止は、国民の不安を払拭するための措置が完了することが大前提だ」と強調した。

ところが、これまで1か月以上経過したが、具体的な取り組みは進んでいるとはいえない。岸田首相は、総点検実施本部長は河野デジタル担当相に委ね、7月に衆参両院で行われた閉会中審査にも出席しなかった。

岸田首相は、総点検の中間報告を当初の8月下旬から、8月上旬に前倒しする指示を出したが、それ以外、指導力を発揮した場面はみられない。

26日の閉会中審査でも、政府がマイナンバーカードを持たない人に発行するとしている「資格証明書」はどれくらいの規模の人数に発行するのか、申請方式なのかといった制度設計の中身について、はっきりした答弁はなされなかった。

29項目の個人情報の総点検についても、どのような方法で行い、コストや期間はどの程度かかるかも、わからない。岸田首相は、国民の不安を払拭すると強調するが、裏付けとなる具体的な行動が伴わないのである。

読売新聞の世論調査で、マイナンバーカードをめぐるトラブルへの対応について、岸田首相は指導力を発揮していると思うかどうか尋ねている。「発揮していると思う」はわずか12%、「思わない」が80%と圧倒的多数を占めている。

この世論調査の結果から、国民の側は「さまざまな問題が相次いで起きているが、政府の対応は不十分であり、岸田首相は先頭に立って陣頭指揮すべきだ」と厳しい評価と注文を付けていることが読み取れる。

したがって、岸田首相は、7月末まで行ってきた総点検の結果を早急にとりまとめるとともに点検結果に基づいて、政府の新たな方針と具体策を打ちだせるかどうかが問われる。その結果と国民の評価は、岸田政権の今後の政権運営を大きく左右することになるだろう。(了)

”真夏の地方行脚も険しい道”岸田首相

ヨーロッパ訪問に続いて中東3か国歴訪から帰国した岸田首相は、21日から全国各地へ足を運んで国民との対話を行う地方行脚をスタートさせる。

岸田政権の主要政策に国民の理解を得るとともに、秋の解散総選挙をにらんだ布石との見方もある。

華やかな首脳外交とは対照的に国内では、内閣支持率の急落と自民党支持率の低下傾向が表れているが、夏の地方行脚で政権浮揚は可能なのか、探ってみたい。

 首相”原点に立ち返り、国民の声を伺う”

中東3か国歴訪から19日に帰国した岸田首相は、今度は21日から栃木県を訪問するのを手始めに鳥取、島根、福岡などの各地を訪れ、視察や対話集会などに出席する予定だ。

岸田首相は通常国会が閉会した先月21日の記者会見で「今年の夏は再度、政権発足の原点、政治家・岸田文雄の原点に立ち返って、全国津々浦々の現場にお邪魔して、皆さま方の声を伺うことに注力していく所存です」と語っていた。

岸田首相は一昨年10月の政権発足直後に始めた「車座対話」を重視しており、少子化対策など政権の重要課題をテーマに国民との対話を再開して、政権の態勢立て直しを図りたい考えだ。

 内閣支持率急落、自民支持率も低下へ

その岸田首相を取り巻く情勢は、自ら「原点に立ち返る」といわざるを得ないほど厳しさを増している。それは、7月の報道各社の世論調査に表れている。

今月7日から9日に行われたNHK世論調査では、岸田内閣の支持率は38%で5か月ぶりに30%台に下落し、不支持率は41%に達した。自民党の支持率も34%で、他党に比べて高いものの、岸田政権発足以来最も低い水準となった。

今月15、16の両日行われた朝日新聞の世論調査では、岸田内閣の支持率は5ポイント減の38%、不支持率は4ポイント増の50%で半数に達した。自民党の支持率は28%まで低下し、安倍内閣がコロナ対応で苦しんだ2020年6月以来の低い水準だ。

このように報道各社の世論調査で岸田内閣の支持率は、いずれも不支持率が支持を上回る逆転状態となっている。自民党の支持率もこれまで堅調に推移してきたが、ここに来て岸田内閣の支持率低下が、自民党の支持率を押し下げる形になっているのも特徴だ。

こうした原因としては、マイナンバーカードをめぐる混乱が大きく影響している。政府の対応の評価について、NHKの調査では「適切だと思わない」が49%で、「適切だと思う」の33%を上回った。朝日の調査でも「評価しない」が68%を占め、「評価する」の25%を大きく上回った。

来年秋に健康保険証を廃止し、マイナンバーカードと一体化する政府の方針について、朝日の調査では「反対」が58%で、「賛成」の36%を上回った。

NHKの調査では「(保険証を)予定通り廃止すべき」は22%だったのに対し、「廃止を延期すべき」が36%、「廃止の方針を撤回すべき」が35%だった。「延期」と「撤回」を合わせると7割にも達した。

ここまでトラブルが発生しながら、岸田首相は河野デジタル担当相などに対応を事実上、丸投げし、その河野担当相は総点検の最中に2度にわたって外国訪問に出かける予定だ。

国民からすると、政府は真剣に取り組む気はあるのか、緊張感がなさ過ぎるとの受け止め方が読み取れる。内閣支持率の急落は、直接的にはマイナンバーをめぐる問題が大きく影響していると言って間違いないだろう。

 看板政策の低い評価を打破できるか

岸田内閣の支持率急落や自民党支持率の低下の背景としては、マイナンバーの問題もあるが、もう少し踏み込んで考えると岸田政権の看板政策への評価の低さと対応の問題が影響しているとの見方をしている。むしろ、問題の本質は、後者にあるのではないかとみている。

例えば、岸田首相が今年1月に打ち出した「次元の異なる少子化対策」。この少子化対策の評価については、NHKの世論調査では「期待している」は33%しかなく、「期待していない」が62%と多数を占める。

これは、子ども予算を年間3兆円台半ばまで増やすことは評価するものの、肝心の財源確保の具体策が明らかにされていないことが影響しているものとみられる。将来、社会保険料などの負担増で自らの生活に跳ね返ることがあるからだ。

また、防衛費の増額についても、政府の説明は「十分だ」は16%に対し、「不十分だ」が66%を占めた。3月時点の調査結果だが、防衛増税の開始時期は未だに決まらず、年末の予算編成まで先送りになったままだ。

さらにマイナンバー制度の推進、これも岸田政権の看板政策だ。ところが、こうした政権の看板政策への対応については、いずれも国民の評価が低く、異例の状態といえる。

特に国民に不人気な増税や負担増の問題はとにかく避けたいという姿勢が目立つ。これに対して、今は、国民の賃金引き上げや投資の拡大を最優先にすべきだという擁護論もあるが、政権としてもそのように考えるのであれば、堂々と訴えるのが本来の姿だ。

岸田首相は「丁寧に説明する」「真摯に対応する」と繰り返すが、説明の中身はほとんど同じで、結論も変わらないことが多い。「糠に釘、暖簾に腕押し」などの受け止め方が広がり、国民の側に岸田政治に対する期待感の低下があるのではないか。

したがって、岸田首相が問われているのは、将来のあるべき姿を示して、国民に真正面から説明、不人気な政策でも国民を説得していく姿勢が求められているのではないか。今度の地方行脚では、そうした政治姿勢を打ち出せるかが問われていると考える。

政界では、岸田首相は秋の解散・総選挙に打って出るのではないかとの見方は根強くある。しかし、今のような内閣支持率の低迷が続いている状態では、とても衆院の解散は打てないのではないかとみている。

岸田首相のこの夏の地方行脚は、秋の解散風が本物になるかどうかの判断材料としても注視している。(了)

風向き変わる岸田政権、5か月ぶり不支持率が逆転

先の通常国会の最終盤では一時、岸田首相が衆議院の解散・総選挙に踏み切るのではないかとの情報が飛び交い緊迫した場面もみられたが、先送りとなった。政界は今、国会が閉会し一段落しているが、各党とも秋の解散に備えた準備に余念がない。

政治の焦点は、マイナンバーカードをめぐる混乱への対応と、秋の解散・総選挙のゆくえに移っている。こうした中で、NHKの7月の世論調査がまとまった。

それによると岸田内閣の支持率は2か月連続で下落し、5か月ぶりに支持率を不支持率が上回り、逆転したのが大きな特徴だ。

岸田内閣の支持率は、回復基調にあったが、世論の風向きが下降局面へと変わりつつある。こうした世論の変化の背景や、岸田政権が対応を迫られている課題などを分析してみたい。

 回復基調から、不支持が増え逆転

さっそく、NHK世論調査(7月7日~9日)の7月のデータからみておきたい。岸田内閣の支持率は38%で、先月から5ポイント下落した。不支持率は41%で、先月から4ポイント増えた。

支持率の下落は2か月連続で、支持率を不支持率が上回って逆転するのは、今年の2月以来、5か月ぶりになる。

岸田内閣の支持率は、今年1月の33%を底に上昇が続き、5月の46%まで回復基調にあった。ところが、6月、7月と2か月連続で下落し、世論の風向きが変わりつつある。

岸田内閣の支持層をみると、与党支持層のうち、岸田内閣を支持する割合は、7割を下回った。無党派層の支持は18%で、岸田内閣発足以来、最も少ない状況だ。

政権を支える与党支持層と、最も大きな集団である無党派層の支持がいずれも低下しており、政権に勢いがみられない。

一方、岸田内閣を支持しない理由としては「政策に期待が持てないから」が46%で最も多く、次いで「実行力がない」が22%を占める。

このうち、「実行力がない」は先月より5ポイント増えた。これは、マイナンバーカードをめぐるトラブルが相次いでいることが影響しているためとみられる。

 健康保険証の廃止方針、反対が7割も

そのマイナンバーカードをめぐる問題だが、相次ぐトラブルを受けて、政府は秋までに専用サイトで閲覧できるすべてのデータの総点検を行う方針を打ち出した。

こうした政府の対応について、世論調査の結果は「適切だと思う」が33%に対し、「適切だと思わない」が49%で上回った。

また、政府が、来年秋に今の健康保険証を廃止し、マイナンバーカードと一体化させるとしている方針については「予定通り廃止すべき」は22%。「廃止を延期すべき」が36%で、「廃止の方針を撤回すべき」が35%となった。

つまり、政府の廃止方針を支持している人は2割に止まり、健康保険証の廃止の延期や、撤回を求める人が合わせて7割を占める結果となった。

さらに、政府が今後3年をかけて年間3兆円台半ばの予算を確保して、児童手当の拡充などに集中的に取り組むとしている少子化対策についても「期待する」は33%に対し、「期待していない」が62%と倍近くに達している。

この理由についての質問項目はないが、少子化対策の具体的な財源確保について、政府は曖昧にしたまま、年末まで先送りしている。こうした政府の対応に対する国民の不信や不満が影響しているものとみられる。

このように岸田内閣の支持率低下は、第1にマイナンバーカードの問題に対する政府の対応策について、国民の多くが疑問や不安を抱いていることが大きく影響しているものとみられる。

もう1つは、少子化対策に代表されるように岸田政権は、大胆な歳出増を伴う政策を次々に打ち出すが、政策の裏付けとなる財源確保などの核心部分が曖昧で、説明も不十分だと受け止めていることが影響しているとみられる。

岸田政権は、こうした主要政策の内容を明確にするとともに、国民に対して説明を尽くす姿勢を打ち出さないと、国民の支持を回復することは難しいのではないかとみている。

 政権の浮揚策、秋の解散も高いハードル

それでは、秋の政局の焦点になっている衆院解散・総選挙のゆくえはどのようになるだろうか。

政府・与党内では、岸田首相は外交日程などをこなした上で、9月中旬を軸に内閣改造・自民党役員人事を行うとの見方が示されている。そして、内閣支持率や選挙情勢などを見極めた上で、秋の解散・総選挙選挙も選択肢として検討しているのではないかとの観測もある。

その際、各党の支持率が問題になるが、7月の自民党の支持率は34.2%で、他の党に比べて優位にある。但し、今年に入って自民党の支持率は低下傾向が続いており、7月は岸田政権発足以来、最も低い水準だ。

また、自民、公明両党は東京の選挙区調整をめぐって対立が続いており、両党の選挙協力が完全に修復できるのかも不安材料として残されている。

一方、野党側では、次の衆議院選挙で野党第1党をめざしている日本維新の会の支持率が5.6%で、立憲民主党の5.1%を上回っている。維新の支持率が上回るのは3か月連続だが、その差は次第に縮小しており、野党間の戦いも激しさを増す見通しだ。

さらに、岸田首相が秋の解散・総選挙を断行する際には、内閣支持率の上昇が不可欠だが、政権浮揚の有力な材料を見いだせているわけではない。

むしろ、焦点のマイナンバー問題がどのような形で決着がつくのか。また、内閣改造と自民党の役員人事が国民からどのよう評価を受けるのか。さらには、与野党の選挙情勢がどのようになるのか不透明な要素が多く、秋の解散・総選挙のハードルはかなり高いとみている。(了)

 

 

“主軸なき政権”安倍氏死去1年

安倍元首相が選挙応援演説中に銃撃され、死去した事件から、7月8日で1年を迎える。

安倍元首相は憲政史上最長の通算8年8か月にわたって政権を担当、退陣後も様々な発信を続けていた。

安倍氏の死去は、岸田政権にどのような影響を及ぼしたか。また、これからの岸田政権や日本政治は何が問われることになるのか、探ってみたい。

 中心軸みえない政治、自民党の構造問題

さっそく、安倍元首相死去の影響から、みていきたい。あるベテラン国会議員は「政界の風景、空気が大きく変わった。安倍政治がいい、悪いは別にして、まったく別の世界になった感じがする」と語る。

安倍元首相は2020年に政権を退いた後、自らの派閥の会長に就任し、自民党の右派を代表する形で、さまざまな発信を続けた。これに対し、岸田首相はもう一方の柱として、安倍氏の協力を求めながら政権運営に当たった。2つの点が中心になって政権与党を運営するという岸田首相の「楕円の論理」だ。

ところが、安倍氏が死去したことで、自民党内の柱の1つが倒れたままで、新たな体制を作り直せなかったのが、岸田政権のこの1年ではなかったか。もう一方の柱である岸田首相の指導力も強いとは言えないので、政権の中心軸がみえない状態が続いたと言えるのではないか。

その結果、岸田政権は衆議院選挙に続いて、去年の参議院選挙にも勝利したものの、旧統一教会問題や閣僚の相次ぐ不祥事と更迭で、政権の安定が長続きしない。

今年3月になって、岸田首相のウクライナへの電撃訪問や、5月のG7広島サミットの成功で、支持率が回復した。

ところが、ここでも首相秘書官に抜擢した長男の軽率な行動や、マイナンバーカードをめぐるトラブルで足下をすくわれ、内閣支持率が急落し、政権の求心力が再び低下する事態に追い込まれている。

その自民党は、二階元幹事長や麻生副総裁ら党の重鎮も第一線でいつまでも活躍できる状況ではない。また、岸田首相の後継をめざす次の有力なリーダーも見当たらないのが実態だ。

「安倍長期政権時代に次のリーダーを育成しておくべきだった」と自民党関係者の声をよく耳にする。次の時代を担うリーダーをいかに確保していくのか、人材難が大きな構造問題として横たわっている。

 安倍派「5人衆」体制へ模索続く

次に安倍元首相の派閥、安倍派の新しい会長選びはどうなるか。これまでも去年の国葬が終わった時点、今年5月の派閥の資金集めパーティーなどの節目があったが、進展はみられなかった。

安倍氏の1周忌が近づいた6月30日、安倍派で「5人衆」と呼ばれる幹部が会談し、「5人衆」を中心とした体制への移行をめざす方針を確認した。顔ぶれは、松野官房長官、西村経産相、萩生田政調会長、高木国対委員長、それに世耕参議院幹事長だ。

これに対して、会長代理を務めている塩谷立氏や、下村博文氏らベテラン議員の間からは、反発する声も出ている。

一方、「5人衆」の体制移行が決まったとしてもそれぞれの役割分担をどうするかという難問を抱えている。◇萩生田氏を派閥の会長、総裁候補を西村氏にする分離案、◇萩生田氏と、世耕参議院自民党幹事長を共同代表にする案、◇総裁候補とは距離のある高木氏を会長にする案などが取り沙汰されているという。

7月6日に派閥の総会を開き、新体制について協議する予定だ。派閥に大きな影響力を持つ森元首相も「5人衆」の体制には理解を示しているといわれる。派内のベテラン組との調整が焦点だ。

安倍派は衆参100人の議員が参加する自民党の最大派閥だ。派閥の歴史と論理からすると、派閥の跡目争いは最後は次をめざす幹部の思惑が一致せず、分裂するケースが多い。

仮に、「5人衆」の集団指導体制がとられても自民党の総裁選や、衆院解散・総選挙といった大きな動きが近づくと、一枚岩の体制が崩れる局面が出てくるのではないかとみている。

 人事と実行力がカギ、解散は波乱要因に

最後に岸田政権とこれからの政治はどう動くか、みておきたい。まず、岸田首相は頼りなさそうに見えるが、政権を投げ出すような性格ではない。

また、自民党内には、ポスト岸田をねらう有力候補がいないことに加えて、反岸田の不満勢力をまとめ上げる幹部も見当たらないことから、来年の総裁選挙に向けては、岸田首相が相対的に優位な立場にある。

そこで、まず、注目されるのは、夏から9月にかけて行うとみられる内閣改造と自民党役員人事で、政権の体制強化につながるかどうかだ。

特に幹事長ポストは、政権与党の中心軸になるだけに、今の茂木幹事長の続投を認めるか、それとも別の幹部に差し替えるかがポイントだ。

また、衆議院の解散・総選挙をいつに設定するかも大きな問題になる。先の通常国会の最終盤で、岸田首相サイドは早期解散を模索したが、自民党側は冷静な反応が目立った。

秋の解散・総選挙といっても政権発足からまだ2年、タイミングを誤ると、与党側からも強い反発が予想され、政権が揺らぐ波乱要因にもなりかねない。

さらに、岸田政権については「何をやる政権か、未だにはっきりしない」などの声が与党からも聞かれる。防衛力の抜本強化や、異次元の少子化対策などを打ち出すが、肝心の財源は曖昧なままで、結論を先送りする手法にうんざり感も広がる。

政権が最優先で取り組む課題を設定して、実行していく力を示すことが必要だ。そうした取り組みを通じて、岸田首相が「安倍元首相なきあとの中軸」になれるかどうかが試されている。

つまり、人事と政策課題の実行力で、政権の求心力が高まるかが秋の政局のゆくえを左右する。

一方、報道各社の世論調査によると、自民・公明の連立政権を続けることに反対意見が半数を超えるようになった。野党についても、野党第1党の役割を立憲民主党より、維新に期待する人が多くなっている。

自民党の単独政権が終わったのが1993年。それ以降、連立政権の時代に入ってから今年でちょうど30年になる。国民は今の連立時代の政治に対して、限界を感じ、変化を求めているようにもみえる。

次の衆院解散・総選挙の時期は年内か、来年以降になるのかは不明だが、次の総選挙では、政権の姿や政治のあり方が、新たな論点の1つとして浮上してくるのではないかと予想している。(了)

 

 

 

“マイナカード混乱”岸田政権に重圧

マイナンバーカードをめぐるトラブルが相次いでいる問題で、岸田首相は「重く受け止めている」と陳謝する一方で、来年秋に保険証を廃止し、マイナカードと一体化する方針は予定通り進めていく考えを表明した。

これに対し、報道各社の世論調査では「反対」が「賛成」を大幅に上回り、岸田内閣の支持率が急落している。支持率低下の背景には、岸田政権の看板政策である少子化対策や防衛費の財源確保策に対する評価の低さも関係しているものとみられる。

与野党とも秋の衆院解散・総選挙を想定して準備を加速しているが、世論の関心が高いマイナカードの問題は、岸田政権の政権運営に重くのしかかり、解散・総選挙戦略にも大きな影響を与えるのは避けられない情勢だ。

 マイナカード混乱、内閣支持率直撃

読売新聞が23日から25日に行った世論調査で、岸田内閣の支持率は41%で、前回調査から15ポイントも急落した。不支持率は44%で11ポイント増えて、支持率と不支持率も逆転した。

焦点のマイナカードのトラブルについて、政府は適切に対応していると「思う」は24%に止まり、「思わない」が67%に達した。

また、政府が現在の健康保険証を廃止し、マイナカードに一体化する方針についても「反対」は55%で、「賛成」の37%を大幅に上回った。

これより先の17、18の両日行われた朝日、共同、毎日各社の世論調査でも同じ傾向が表れた。岸田内閣支持率を前月比でみると、朝日は4ポイント減の42%、共同は5.7ポイント減の40.8%、毎日は12ポイント減の33%となっており、いずれも支持率より、不支持率が上回った。

G7広島サミット直後に上昇した岸田内閣の支持率は、わずか1か月で大きく様変わりした。

 支持率急落、曖昧・先送り政治に嫌気も

それでは、岸田政権に支持率急落をもたらした原因としては、どこに問題があるのか。マイナカードへの対応から、具体的にみていきたい。

マイナカードをめぐるトラブルは、今年3月以降コンビニで住民票など別人の証明証が発行される不具合が各地で起きたほか、カードに情報を紐づける登録の誤りが、健康保険証、年金、公金受取口座、障害者情報などで続発した。

特に国民の関心が高いのが、来年の秋までに今の健康保険証を廃止してマイナンバーに一体化する問題だ。

岸田首相は21日の記者会見で、秋までにすべてのデータについて総点検を行うとともに「保険証の全面的な廃止は、国民の不安を払拭するための措置が完了することを大前提に取り組む」と強調した。

これは、健康保険証廃止にこだわっていないのかと思ったが、質疑で「従来の方針のもとに進める」とのべ、方針を変更しないことが明らかになった。

国民は、マイナンバーの活用はデジタル社会へ対応するため、必要性は理解している。但し、高齢者などの弱者にはさまざまな準備やサポート体制が必要だ。

自分の親が高齢者施設に入り、認知症の症状などがある場合、マイナカードの申請、交付後の保管、パスワードの管理、日常の受診などの対応がそれぞれの家庭でスムーズにできるだろうか。

また、マイナカードのサイトで閲覧できる情報を総点検することになったが、点検すべき分野は29項目にものぼる。市区町村や健康保険組合などに点検作業を要請、事実上の丸投げとなるが、大量の情報を確認する要員などに余裕はあるのだろうか。

こうした点を想像すると、来年秋に期限を区切った健康保険証の廃止は見直した方がいいのではないか。また、今回のような大がかりなシステムは、故障などが起きた場合、バックアップ体制はできているのか、制度設計についても聞きたい点は多い。

さらに、岸田政権が最重要課題と位置づける「次元の異なる少子化対策」についても内容、財源の問題ともに世論の評価は低い。

岸田政権は、児童手当の拡充などに年間3兆円台半ばの予算を組む一方、「国民に増税や実質的な負担増も生じさせない」と強調する。しかし、財源の具体策には言及せず、年末の予算編成に先送りになっている。

防衛増税の実施時期についても「来年以降」から「再来年・2025年以降も可能となる」が表現が、今年の骨太方針に盛り込まれた。

このように岸田政権では、看板政策でも中身が曖昧で、肝心な点が先送りにされた政策が多い。また、政府側の説明や、国会の議論も少なく国民に対して積極的に説得しようとする姿勢がみられない。

国民の多くは将来、必ず大きな問題となる財源などの扱いを曖昧にしたまま、先送りを続ける政治にも嫌気がさしているのではないか。そうした国民の受け止め方が、岸田政権の支持離れにつながっているのではないか。

 マイナ混乱は政権に重圧、解散にも影響

さて、政界は先の通常国会の最終盤で、衆院解散が見送られたことで、秋の解散の可能性が増しているとみて、与野党は走り出している。

ところが、岸田内閣の支持率が急落し、この状態が続けば、岸田政権の求心力が低下し、解散戦略にも影響が出てくることも予想される。

まずは、岸田政権がマイナンバーカードをめぐる総点検の結果を明らかにするとともに、再発防止策を明確に打ち出すことが必要になる。

また、政界では、防衛力強化や少子化対策の財源を年末に先送りしたことは、秋の解散に踏み切る可能性が増したとみる見方もある。

しかし、国民の多くはそうした「負担隠しの小手先の対応」はお見通しで、そうした動きをする政党や候補者には厳しい審判を下すのではないかと予想している。難題を抱えているからこそ、世論の反応・潮流は大きく変わりつつある。

岸田政権にとって、今回のマイナカード問題は重圧となって政権を覆っているように見える。懸案に真正面から取り組み、一定の成果を上げて支持率を回復しないと、秋の解散・総選挙の展望も開けてこないとみている。(了)

“首相の求心力が カギ”秋の解散・総選挙

長丁場の通常国会が21日に閉会する。最終盤の国会は一時、解散・総選挙へ突入かと緊迫したが、岸田首相は解散見送りを表明して決着した。

今回の解散、岸田首相は本気だったのかどうか?岸田首相はかなり早い段階で、解散先送りを決めていたのではないとみているが、真相はどうだろうか。

もう一つは、次の解散・総選挙の時期が焦点になるが、「岸田首相の求心力がカギ」を握っている。私もかつて政治報道に携わってきたので、1取材者の立場から、今回の岸田首相の対応について、思うところを率直にお伝えしたい。

 6月解散、岸田首相は本気だったか?

衆院解散・総選挙をめぐる動きは、13日夜、岸田首相が記者団に対し「情勢をよく見極めたい」と発言したのをきっかけに、解散風は一気に勢いを増した。

民放のある報道番組では「首相は解散に踏み込んだ」との解説が流れ、翌日には別の民放局が「野党側が16日に不信任決議案を提出すれば、即日解散になる」などと報じ、政党の幹部の中には選挙対策会議を開くなど対応に追われた。

ところが結果はご存じの通り、15日夜、岸田首相が記者団に対し「今の国会での解散は考えていない」と表明し、6月解散は見送りになった。

岸田首相は、本当にこの時まで解散・総選挙を行う考えを持っていたのだろうか。この点は、見方が分かれるところで、整理しておく必要がある。

そこで、岸田首相の本気度は、どこをみておくとわかるか。首相官邸の首脳、自民党執行部、派閥の領袖、与党・公明党首脳などを取材し、情報を総合して判断するのが基本である。

それに加えて、解散・総選挙では、取材のポイントというものがある。ベテランの自民党関係者に聞くと「保守政党・自民党は、解散当日、総理・総裁が出席して『選対本部開き』を行い、『公認詔書』と『為書き』を手渡す重要な行事がある。ところが、この準備を行っていない」と指摘していた。

つまり、「公認証書」や「為書き」は、総裁をはじめ限られた党役員が手分けして、選挙区と氏名を手書きする。この準備は、数週間はかかるといわれる。そこで、官邸関係者と、自民党の複数の幹部を取材したが、こうした準備が行われているとの情報は得られなかった。

したがって、一部で岸田首相が解散に向け踏み込んだとされる13日時点では、実は、解散を考えてはいなかったのではないか。解散に含みを持たせることで、野党をけん制し、防衛財源確保法など最重要法案の乗り切りが本当のねらいではなかったかとの見方をしている。

以上を整理すると、岸田首相が解散戦略として、当初からサミット後の早期解散をねらっていたのは事実だと思う。そして、サミットが閉幕、内閣支持率の上昇はみられた。ところが、5月下旬以降、政権にとって想定外の事態が続いた。

一つは、長男の前首相秘書官の「公邸内忘年会」が週刊文春にすっぱ抜かれ、更迭に追い込まれた。また、公明党が東京での選挙協力の解消を打ち出した。さらに、看板政策であるナンバーカードのトラブルが相次ぎ、6月7日には「公金受取口座」の登録の誤りが13万件も確認された。

これでは、6月解散は無理で、6月第2週には、既に解散見送りを覚悟していたとみるのが自然ではないか。但し、この間の詳しい経緯の情報は確認できていないので、現役記者諸氏の取材・検証に期待したい。

  ”利用されるな、傍観者になるな”

解散をめぐるメデイア報道について一言、触れておきたい。1つは、解散・総選挙は政治記者にとっても最大の取材対象だが、政権側が流す情報に飛びついて、裏を取らずに間違った情報を流すなと先輩記者から戒められたのを思い出す。「利用されるな」と。

他方、「傍観者になるな」も重要な点だ。つまり、ミスを恐れて挑戦せず、思考停止、傍観者のような対応も論外だ。

解散・総選挙報道は、いかなる事態にも即応することが求められる。難しい取材の連続だが、いかに「正確な情報に基づく予測報道」を行うことができるか、この点でも現役記者の皆さんの活動に期待したい。

 秋の解散は難問、政権の求心力が左右

それでは、岸田政権はこれからどのような政権運営を行うだろうか。岸田首相は来年9月の自民党総裁選での再選をにらみながら、夏から秋にかけて内閣改造・自民党役員人事に踏み切るとともに、秋の解散・総選挙を探るものとみられる。

秋の解散・総選挙ができるかどうか、大きなハードルが控えて折り、難問だ。1つは、内閣改造・自民党役員人事で、政権の体制を強化できるかどうか。今の時点では、ポスト岸田の有力候補が見当たらないので、相対的に優位にあるのは事実だ。

一方、岸田派は党内では4番目の規模の勢力で、人事につまづくと党内の不満が強まり、政権が不安定化するリスクを抱えている。今回の解散をめぐっても「解散権をもてあそぶような姿勢が感じられ、好ましくない」などの批判もくすぶっている。

2つめは、次の衆議院選挙に向けて公明党との関係修復ができるかどうかだ。公明党側は「東京での協力解消は見直さない」と硬い態度を崩していない。

3つめは、今回も問題になったが、「解散の大義名分」があるかどうか。国民との関係で言えば、防衛費に続いて、少子化対策についても裏付けとなる財源確保の具体策は年末に先送りになった。

財源問題を曖昧にしたまま、秋に解散・総選挙を行うことになれば、国民から、将来の負担を隠すねらいがあるのではないかと厳しい批判が出てくることも予想される。

解散の大義名分と、懸案についての明確な方針を打ち出さないと世論の支持は得られず、政権の求心力が低下するのではないか。その場合、秋の衆院解散は難しく、来年以降に先送りされることもありうることも予想される。

通常国会が21日に閉会する。まずは、岸田首相がいつ内閣改造・自民党役員人事に踏み切るか。また、国民が今回の解散問題を含め、岸田政権の対応をどのように評価し、政権の求心力に変化が出てくるかどうかを注目している。(了)

 

国会大詰め”6月解散説”の読み方

通常国会の会期末を21日に控えて、岸田首相は6月解散・7月総選挙に踏み切るのかどうか、与野党ともに緊張感が増してきている。

前回の衆院選挙から1年8か月も経っていない中で、本当に解散に踏み切るのかどうか。今回の解散をめぐる構図と可能性、それに解散の是非をどのようにみたらいいのか多角的に分析し、考えてみたい。

 早期解散、首相サイドと自民幹部との溝

今回の衆院解散・総選挙をめぐる動きは、既に詳しく報道されているので省略して、ここでは、解散をめぐる「与党内の構図」を中心に整理しておきたい。

まず、岸田首相の今年の政権運営は、G7サミットを地元・広島で開催して成功させた後、その勢いに乗って通常国会の会期末に衆院解散・総選挙に踏み切るというのが、首相のベスト・シナリオだと自民党内では受け止められてきた。

そのG7サミットは、ウクライナのゼレンスキー大統領の参加効果が大きく、政治的には成功裏に終わり、直後のメデイアの世論調査で支持率は上昇した。

ところが、首相の政務秘書官を務めていた長男の行動などが週刊誌で取り上げられ、更迭したことが批判を浴び、支持率が下落するなどの動きが続いている。

こうした中で、岸田首相に近い遠藤総務会長は「野党が内閣不信任決議案を提出すれば、解散の大義名分になる」などと盛んに解散風を吹かしてきた。

また、10増10減に伴う候補者調整などに当たっている森山選対委員長は、調整が最終段階にあるとして、選挙態勢が整ってきたことを明らかにした。

自民党執行部の動きとしては5日、役員会の前に岸田首相と麻生副総裁、茂木幹事長3者会談が行われた後、麻生、茂木の両氏は夜、長時間にわたって会食した。党関係者によると「早期解散には大義名分が必要」などとして、早期解散に慎重な意見が出されたという。

翌6日、二階元幹事長は記者団のインタビューに応じ「解散はいつあっても結構だが、何もせずに解散風をふかせるのはけしからん」と最近の動きをけん制した。

このように自民党内では、岸田首相と近い立場の幹部は、早期解散を有力な選択肢として模索しているのに対し、ほかの幹部は異論は唱えないものの「半身の構え」で、慎重な立場をとっているのが特徴だ。

こうした背景としては、早期解散論の幹部は「サミットは成功、支持率も上昇、株価は3万円台の高値で、これ以上のタイミングはない」と強調する。そのうえで「野党はバラバラ、特に維新の選挙態勢ができていない今、選挙をやるべきで、必ず勝てる」と力説する。

これに対して、慎重な幹部は「支持率は高いといっても自民支持層で、岸田内閣を支持する割合が回復していない。また、公明党との選挙協力がギクシャクしたまま選挙になると公明票が見込めず、思わぬ結果を招く」とけん制する。

早期解散に慎重な意見は、閣僚経験者などベテラン議員に多い。今年4月の衆参5補選で自民党は4勝したが、野党の乱立に救われたと楽観論を戒める。

また、自民、公明両党間の候補者調整をめぐって、両党の関係に亀裂が生じたことの影響を懸念する声が根強いのも特徴だ。

前回の衆院選挙で、自民党の小選挙区での当選者189人のうち、次点との差が2万票以内は57人、1万票以内は30人にも達した。公明党・創価学会票は1選挙区2万票程度とされるので、この票のゆくえ次第で議席の大幅な減少も予想される。

公明党が解消の方針を決めた東京の選挙協力については、関係修復の糸口を見いだせておらず、時間がかかる見通しだ。その公明党は、早期解散には反対だ。

このように自民党内、公明党を含めた与党内も早期解散論でまとまっているわけではない。自民党の関係者によると、党内はかなり慎重論が強いという。

そうした中で、主導権発揮に自信を深めているとされる岸田首相が独自の判断で「6月解散」へ踏み込むのか。それとも「秋口以降」の解散を選択するのか、その最終決断を見守っているのが今の状況だ。

 大義名分、主要政策の具体策の提示は

もう1つの焦点は、衆議院の解散・総選挙の大義名分は何か、国民との関係の問題がある。「大義名分など後で考えればいい」と語る幹部もいる。しかし、そうした考えは昭和の時代は通用しても、今の時期は受け入れられないだろう。

自民党の伊吹元衆議院議長は1日、所属していた二階派の会合で、早期解散の観測について「支持率が上がって自民党に有利だとか、党の総裁選挙をうまく運ぶためといった私利私欲で解散したら、国民はみんな見ていて簡単に勝てない」と今の永田町の動きに苦言を呈した。

自民党内には「野党が内閣不信任決議案を提出すれば、解散の大義名分になる」といった意見がある。しかし、国民はそのような政争レベルの理由を聞いているのではない。内外で激動が続く中で、岸田首相は国民生活を安定させていく覚悟と、具体的な政策と道筋を準備しているのかを問うているのだ。

岸田政権は、昨年末に防衛力の抜本強化や、年明けに異次元の少子化対策を相次いで打ち出した。但し、肝心の裏付けとなる財源については、未だに具体策を打ち出せていない。

その防衛財源確保のための増税の実施時期について、政府は当初の「来年以降」の方針から、「再来年・2025年以降」へさらに先送りもできるよう骨太方針に盛り込むことを検討している。

少子化対策、防衛財源についても、具体策は年末の予算編成まで先送りする方針が固まりつつある。

こうした対応は、岸田首相の解散戦略と関係している。要は、国民に不人気な負担の問題は年末まで先送りしたうえで、「6月解散」か、「秋の解散」で乗り切ることをねらっていると政界では受け止められている。

岸田首相は今年1月の施政方針演説で「先送りできない課題に正面から愚直に向き合い、一つ一つ答えを出していく」「(新たな安定財源確保に)今を生きる我々が将来世代への責任として対応して参ります」と決意を表明した。

こうした決意や覚悟はどこへ行ったか。政権が懸案解決に向けた具体策を打ち出したうえで、国会で野党と論戦を戦わせ、論点を明確にして、選挙で国民に信を問うのが、政治の王道だ。

6月解散論は、大義名分が見当たらず、懸案解決の具体策も示さないまま、今が有利と選挙に勝つことを目標に突き進んでいるようにみえる。

仮に実現した場合も、伊吹元議長の指摘する総裁再選を目標にした「私利私欲解散」、あるいは「負担増・増税隠し解散」などの厳しい批判の声が予想される。

 6月解散は?論点・争点設定が重要

最後に直近の問題として、6月解散の可能性はどの程度あるのかという問題に触れておきたい。難しい質問だが、私個人は、6月解散の可能性は低いのではないかとの見方をしている。

但し、不確定要素として最後まで残るのは、岸田首相がどのように決断するかだ。これまで触れたように自民党内のかなりの幹部は早期解散には慎重だ。それでも岸田首相が解散を決断すれば従うとみられるので、解散の可能性が残る。

一方、仮に解散に踏み切るのであれば、その前にやるべきことをやったうえで、決断することを求めたい。それは、岸田政権が懸案から逃げずに将来の解決策と展望を示すことだ。

それに対して、野党も自らの主張や対案を示しながら、論戦を挑んでもらいたい。与野党が論点・争点を明確にして、選挙に臨むのが政治の責任だ。

そうした論戦を踏まえて、解散・総選挙となるのであれば、国民としても納得するのではないか。国民にとっては、解散に至るプロセスが重要だという点を強調しておきたい。

国会の会期末が21日に迫る中で、岸田首相は13日夜、少子化対策で記者会見を行った。この中で、今の国会で解散する考えがあるかと問われたのに対し、岸田首相は「情勢をよく見極めたい」とのべるに止めた。

NHKの今月の世論調査によると岸田内閣の支持率は、今年1月を底に4か月連続で上昇していたが、6月は43%で3ポイント下落した。不支持は37%で6ポイント増え、その差は縮まった。

G7サミットの評価は高かったが、長男の前首相秘書官を更迭した問題やマイナンバーの誤登録問題が直撃したものとみられる。自民党の支持率も34.7%と相対的には高い水準にあるが、下降傾向が続いており、今月は岸田政権発足以来、最も低い水準となっている。

最終盤の国会は、最重要法案の防衛財源確保法案の扱いと、野党側が内閣不信任決議案を提出するかどうか。その上で、岸田首相が6月解散について、どのような最終判断を示すかが最大の焦点だ。じっくり、見極めたい。(了)

★(追記16日、21時30分)岸田首相は15日夜、記者団の取材に応じ「今の国会での解散は考えていない」とのべ、野党側から内閣不信任決議案が出された場合は否決し、衆議院を解散しない考えを明らかにした。

★国会は16日の衆議院本会議で、立憲民主党が提出した岸田内閣に対する不信任決議案について、自民、公明両党と日本維新の会、国民民主党などの反対多数で否決した。