防衛費増額の財源をめぐって、岸田首相の対応と自民党内の議論が迷走している。岸田首相は13日朝、自民党本部で開かれた党の役員会で「責任ある財源を考え、今を生きる国民が自らの責任として対応すべきものだ」と増税の意義を力説した。
増税の具体案づくりが大詰めの段階で、しかも党役員の面々を前に「あるべき論」を持ち出さざるを得ないところに岸田首相の苦境がうかがえる。
自民党は13日から税制調査会で議論を始めたが、増税に反対意見が噴出し、今週中に与党の税制改正大綱の決定にまで持ち込めるかどうかメドがたっていない。防衛増税をめぐる迷走の事情と、どんな対応が必要なのか探ってみたい。
強まる反発「復興特別所得税」転用
まず、頭の中を整理するために岸田首相の防衛財源をめぐる対応を手短にみておきたい。先の臨時国会最終盤の11月28日と12月5日、岸田首相は浜田防衛、鈴木財務の両閣僚を呼んで、27年度に防衛費をGDPの2%、5年間で総額43兆円の規模とするよう指示した。
続いて12月8日、今度は政府与党政策懇談会で、防衛財源確保のため、歳出削減などを行っても不足する財源、1兆円余りを増税で賄うよう与党に検討を指示した。
これに対して、閣内から西村経産相や、高市早苗・経済安保担当相が、多くの企業が賃上げや投資に意欲を示している時期に増税は避けるべきだとして、慎重な対応を求めた。
また、萩生田・政調会長も直ちに増税で対応するのではなく、国債の追加発行もありうるとの考えを打ち出した。首相と党の政策責任者の考え方の違いが表面化するのは、この10年なかったことだ。
こうした中で、11日に開かれた自民党税制調査会の幹部の会合で、不足する財源対策として、復興特別所得税を転用する案が示された。
この復興特別所得税は、東日本大震災の復興に協力するため、2013年から25年間、所得税の2.1%上乗せして7.5兆円の復興財源を確保する税制だ。
ところが、この「復興特別所得税」の転用が浮上したことで、自民党内の増税反対論が一気に広がった。国民負担は増やさないという岸田首相の表明に反することに加えて、復興財源に手をつける悪手の印象を与えたからだ。
背景に選挙、先送り体質、後継問題も
それでは、自民党内でこうした反対論が強まるのはなぜか。1つは、来年4月の統一地方選挙を控えて、増税を打ち出されては選挙が逆風となると受け止める議員が多いことがある。
また、自らを支持する業界関係者などへの配慮に加えて、国民負担の増加は自らの政治活動にも悪影響を与えるので、先送りにしたいという根強い体質があると思う。
さらに、自民党最大派閥、安倍派の後継問題も絡んでいるから複雑だ。安倍元首相は防衛力を大幅に増強するとともに、経済再生優先の立場から増税ではなく、国債発行で対処すべきというのが持論だったとされる。
このため、萩生田政調会長をはじめ、西村経産相、世耕参院自民党幹事長ら安倍派の幹部は、安倍元首相の遺訓に従い、国債発行路線を簡単に変更できない事情があるとの見方が多い。
端的に言えば、派閥の跡目争い、政争の思惑も絡むので、政策論で議論を尽くせば、対応策が1つに集約されるほど簡単のものではないことは予想がつく。
しかし、国の重要な防衛政策がこうした派閥次元の事情で、方針決定が先送りされるようなことが許されるはずがない。
財源先送りでなく、政治決定できるか
それでは、これから、どんな展開になるのだろうか。14日に開かれた自民党税制調査会で、宮沢洋一税調会長ら幹部は、法人税、たばこ税、復興特別所得税の3つの税目を組み合わせた増税案のたたき台を示した。
但し、具体的な税率や実施時期は示されておらず、今後、意見を集約し、今週中に与党の税制改正大綱をとりまとめることができるかどうかが焦点になる。
一方、防衛力整備と財源確保の進め方をどのように考えたらいいのだろうか。国民の評価が決め手になるので、今月12日にまとまったNHKの世論調査のデータでみておきたい。
◆まず、政府が来年度から5年間の防衛予算を総額43兆円に増額する方針については、賛成が51%に対し、反対は36%となっている。
◆次ぎに防衛費の財源として、法人税を軸に増税を進めるとしている方針については、賛成は61%で、反対の34%を上回っている。
つまり、防衛予算を増やして整備を進めるとともに、そのための財源として、法人税を軸に増税は必要だと考える人が多いことが読み取れる。
調査の時点では、復興特別所得税は検討対象になっていなかったので、この税目が入ると数値が変わる可能性があるが、傾向は大きくは変わらないのではないか。
こうした世論の動向を基に、岸田政権の対応を評価してみると、国民の関心が強い防衛力整備の中身や構想について、政府の説明がほとんどなく、増税が先行しているのは、本末転倒でおかしいと受け止めているのではないか。
岸田政権の対応は、重要課題の方針決定までの手順、段取りが不十分で、国民への説明ができていない点が大きな問題ではないかとみている。
一方、自民党内の議論や対応については、岸田首相の増税案に対する批判は強いが、代替財源をどうするのかの議論は深まってはいない。
仮に国債を発行する場合、返済の財源は何か、いつから返済を開始するのかを示さないのは無責任だ。そうした先送りを続けてきた結果が、今の国債発行残高1400兆円の借金の山で、国民は不信感を抱いている。
岸田首相は、これまで防衛力の内容、財源、予算の3つを一体として議論し決定すると再三再四、強調しながら実行できなかったツケが、顕在化している。
中曽根政権のような目標を明確に打ち出し決断・実行する力や、竹下政権のような段取りの用意周到さが、岸田政権には欠けているのではないか。
政権与党はもう一度、原点に戻って、防衛力整備の構想と内容を明確にしたうえで、必要な財源の再検討、その結果を予算案として提示する手順を踏む必要があるのではないか。
時間がないとの反論があるかもしれないが、90年代初めの細川政権下では、当時大きな焦点だった政治改革法案を優先し、予算編成が越年したこともあった。
今回の防衛力の抜本強化は、戦後の安全保障政策を大きく転換する重い内容だ。それにふさわしい十分な議論と国民への説明を尽くす覚悟と決意があるのか、国民は政権の対応を見極めようとしているのではないか。(了)
★追記(15日21時45分)◆ブログ原稿冒頭部分関連。岸田首相が13日自民党役員会で行った挨拶「今を生きる国民」→「今を生きるわれわれ」に修正。自民党が、発表に誤りがあったとして、修正した。 ◆自民党税制調査会は15日、防衛増税策について、法人税、所得税、たばこ税の3つの税目を組み合わせる案を了承した。増税の施行時期については、いずれも「令和6年=2024年以降の適切な時期」としている。実施時期などは、事実上の先送りで、来年改めて議論を行うものとみられる。