ロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから、24日で1年になる。これを前にアメリカのバイデン大統領は20日、ウクライナを電撃訪問し、揺るぎない支援を続ける考えを世界にアピールした。
これに対し、ロシアのプーチン大統領は年次教書演説で、ウクライナへの侵攻を継続する考えを表明し、ロシアと欧米諸国の非難の応酬が続いている。
ウクライナの前線は一進一退の状況だとみられるが、春先から夏にかけての攻防がどのような展開になるのかが大きな焦点だ。
ロシア軍が大規模な攻撃に踏み切るのか、ウクライナ軍が欧米諸国から供与された戦車などを活用し、反転攻勢へ打って出るのかどうか戦況は予断を許さない。
この1年、日本からウクライナの対応をみて感じるのは、国民の強い防衛意識だ。報道によると最近のウクライナの世論調査では「勝利を確信する」と答えた人は95%、「領土に関して妥協すべきでない」という人は85%に上っているという。
去年の侵攻当初は、軍事大国ロシアの軍事攻勢で数日のうちに制圧されてしまうのではないかとの見方も聞かれたが、ウクライナ国民はシェルターなどでの生活に耐え、徹底抗戦で跳ね返した。
こうした要因としては、ゼレンスキー大統領の優れた統率力もあるだろう。また、欧米の軍事支援も後押しになったが、やはり、自らの国の独立と自由な暮らしを守り抜きたいという強い防衛意識が戦いを支えたのではないかと思う。
防衛力整備、政府の国民への説明に弱さ
それでは、日本の場合、国民の防衛意識や、政治の対応はどうだろうか。岸田政権は防衛力の抜本強化の方針を打ち出したが、政府案のとりまとめの調整に追われ、国民への説明、説得などの働きかけが極めて弱かったのではないかと思う。
政権の関係者を取材すると「防衛力整備の中身の調整に想定以上に時間がかかってしまった」と語り、与党や国民に対する説明が必ずしも十分ではなかったとの考えを漏らしていた。
防衛費の大幅増額と、その財源確保のとりまとめに政権の相当なエネルギーを費やしたことは事実だろう。しかし、それでも国民に対して、防衛の現状とめざす内容を理解してもらうよう働きかけを強める必要があったと考える。
というのは、NHKの2月の世論調査(10~12日実施)では、◆防衛費の大幅増の評価は、賛成、反対ともに40%ずつ二分されたままだ。政府が方針を決定した12月調査では一部質問の表現は異なるが、賛成は51%あったのが、2月までに11ポイントも減少したことになる。
◆防衛増税は賛成23%に対し、反対64%で、反対が圧倒的に多い状況だ。
朝日新聞の2月の世論調査(18、19日実施)でも◆防衛費を増やすための1兆円増税については、賛成は40%に対し、反対は51%で上回っている。
通常国会の論戦が始まって既に1か月が経過したが、政府が戦後防衛政策の大転換と位置づけている防衛政策と予算案について、国民多数の賛成を得られていない状況は重く受け止める必要がある。
防衛の主要論点、参院で徹底審議を
それでは、なぜ、国民の多数の賛成を得られていないのか。22日に行われた衆議院予算委員会の集中審議でのやりとりが、ヒントになる。
質問に立ったのは立憲民主党の泉代表で「政府・防衛省は、新年度予算案でアメリカから購入する巡航ミサイル『トマホーク』の数量などを防衛機密だとして、公表できないとしている。しかし、アメリカ国防省は自らのホームページで、同じトマホークを今年度、1発の購入単価5.4億円、40発を買い取ることを明らかにしている」などと追及した。
岸田首相はこれまで手の内を明かすことになると公表を拒んできたが、「関心が高いので、数量などを改めて検討したい」と情報開示に前向きの答弁をせざるを得なかった。
岸田首相は施政方針では「国会で堂々と議論したい」と強調したが、予算委員会の質疑では、具体的な情報や自らの考え方をほとんど明らかにしない。防衛論争が一向に深まらない大きな要因になっている。
国民の多くは、武器の詳細な性能などを知りたがっているのではない。防衛力を向こう5年間で、新たに17兆円も増額してどこまで日本の防衛力が強化されるのか、基本的な判断材料を示してもらいたいと考えている。
衆議院予算委員会の論戦も最終盤で、予算案の採決が近く行われる。防衛問題の主な論点は詰めの議論を残したまま、参議院での予算審議に持ち越される公算が大きい。
主な論点としては、◆相手国のミサイル基地などを叩く「反撃能力」の保有が、「先制攻撃」とならないようにするための対応策、基準づくりをどうするのか。
◆反撃の武力行使を行う場合、自衛隊は相手の標的などの情報把握をどのように行うのか。米軍との攻撃面での運用・調整は可能なのか。
◆戦闘機などの正面装備に比べて、弾薬、燃料などの継戦能力に弱点があるとされてきたが、どの程度改善されるのか。
◆台湾有事などに備え、沖縄や南西諸島の避難計画のほか、全国的に国民の避難施設、シェルターなどの整備はどの省が中心になって整備していくのか。
国民が知りたいと思われる一例を挙げたが、こうした論点について、これまでのところ政府側から具体的な説明はほとんどなされていない。参議院では、こうした論点について、国民にわかりやすい説明、議論を行ってもらいたい。
首相ウクライナ訪問、日本の視点で判断
冒頭にも触れたが、アメリカのバイデン大統領がウクライナを電撃訪問したのに続いて、イタリアのメロー二首相も現地入りし、G7首脳で訪問していないのは岸田首相だけになった。
このため、政府内では、日本もゼレンスキー大統領から招待を受けていることに加えて、G7議長国であることから、5月の広島サミットまでには訪問を実現したいと焦りを強めている。
岸田首相のウクライナ訪問は、実現が望ましいのは当然だ。但し、首相の訪問は、安全性や国会のルール、情報管理などの面でハードルが多い。最も重要なことは、戦地などでは現地の政府や国民に迷惑や負担をかけてはいけないことだ。
首相の人気・評価の獲得といった政治的パフォーマンスで、周辺が対応してもらっては困る。日本は欧米とは地理的にも大きな違いあり、NATOの加盟国でもない。
日本の立場、独自の視点で安全性などが確保できるまで、訪問は見送りたいと堂々と表明して、G7議長国としての役割を果たせばいいのではないか。
合わせて、日本は先の大戦を教訓に平和外交を戦後一貫して追求しており、民生支援を軸に国際社会とともに歩んでいく基本方針を表明するのが基本だと考えるが、どうだろうか。
一方、国内の防衛力整備については、国会で政府と与野党が質疑を通じて国民の理解を深めたり、必要に応じて法案・予算案の修正を図ったりして、国民全体の合意を広げる必要がある。
国会の質疑も内外の重要課題を取り上げる予算委員会の議論に限らず、外交・防衛に関係する委員会で、恒常的に議論を続けてもらいたい。
その際、防衛・軍事面については、専門の自衛官幹部を招いて意見を聴取する時期を迎えているのではないか。自衛隊は文民統制が基本であり、具体的には国民の代表である国会が、自衛隊の意見も聞きながら決定するのが本来の姿だ。
ウクライナ侵攻を可能な限り早期に終わらせると同時に、政府と国会は、日本の外交・安全保障のあり方を国民全体で考えるように具体的な取り組みを進めてもらいたい。(了)