ポスト参院選政局 岸田首相の求心力は?

今年最大の政治決戦となった参議院選挙は、自民党が単独で、改選議席の過半数を獲得して大勝した。

自民、公明の与党側は去年の衆院選でも勝利しており、これで衆参両院のいずれも60%を上回る議席を獲得し、安定した政権基盤を築いたことになる。

本来であれば、喜びに沸く自民党のはずだが、開票が終わった今も党内は重苦しい空気に包まれたままだ。選挙最終盤の8日午前、奈良市で街頭演説中の安倍元首相が銃で撃たれて亡くなるという衝撃的な事件が起きたからだ。

首相在任中は”安倍1強”と言われ、退陣後も最大派閥を率いてきた期間を合わせると10年にも及ぶだけに党内の喪失感と動揺は、未だに収まっていないように感じられる。

ウクライナ危機などで内外の情勢が揺らぐ中で、岸田政権の政権運営は大丈夫なのか。先行き不透明感が強い参院選後の政局は、どこをみておくとわかりやすいのか、探ってみた。

 不透明政局”政治日程は逆に読む”

参院選挙の投開票から一夜明けた11日午後、岸田首相は自民党本部で記者会見し「暴力が突然、偉大なリーダーの命を奪ったことは悔しくてならない」と安倍元首相の死を悼んだ。

そして「今の日本は大きな課題が幾つも重なり、戦後最大級の難局にある」として、有事の政権運営を心掛け、自ら先頭に立つと決意を表明した。

焦点の内閣改造・自民党役員陣については「今の時点では具体的なものは何も決めていない。今後の政治日程を確認しながら、人事やタイミングを考えなければならない」とのべるにとどめた。

岸田首相が触れた今後の政治日程については、安倍派の後継問題をはじめ、8月末の来年度予算編成の概算要求締め切り、内閣改造・自民党役員人事、秋の臨時国会などと並ぶが、こうした日程に思いを巡らしても迷路をさまようだけだ。

政治はどう動くかは「政治日程は逆に読む」とわかりやすい。数年先までの日程を見通して、何が政治の流れを決定づけるかということになる。

◇来年・2023年4月には統一地方選挙がある。◇2025年7月に参議院議員の任期満了、◇10月に衆議院議員の任期満了となる。2025年が大きな節目になるのは、間違いない。

その前の2024年9月に岸田首相の自民党総裁としての任期が満了となる。議院内閣制の日本では、自民党総裁でなくなれば、首相の座を退任することになる。当面の政局を方向づけるのは、自民党総裁選挙ということになる。

岸田首相は再選をめざすとみられるので、この総裁選を重視し、そこから逆算して政治日程を組み立てるものとみられる。場合によっては、総裁選前に衆院解散・総選挙をめざすかもしれない。

これから2年間、岸田政権は再選を念頭に何を政策の重点として実行していくか、そのための人事についても検討を続けているものとみられる。

一方、安倍氏なき後の安倍派はどうなるか。派内には、衆目一致する有力な後継者が絞られていない。このため、後継の派閥会長は決めずに、主要幹部による集団指導体制を採用する方向で調整が進められているようだ。

但し、安倍派内には、次の総裁選立候補に強い意欲を示している幹部が複数いる。2年後の総裁選までには、立候補に必要な推薦人を確保するために派内のグループ化が進み、事実上、分裂する可能性が大きいとみる。

自民党議員の4分の1に当たる93人が所属する最大派閥なので、派閥の分裂、党内流動化の動きをはらみながら、政治は動いていくことになる。

 注目点多い内閣・党役員人事

以上を頭に入れたうえで、岸田政権が対応を迫られるのが内閣改造・自民党役員人事だ。参議院議員の金子・農水相と二之湯・国家公安委員長の2閣僚は7月25日の任期満了で引退するので、その後任の補充が必要になる。

今のところ、人事は8月下旬以降まで持ち越される見通しだ。安倍元首相が死去したことで、安倍派の運営などをどうするか調整に一定の時間がかかるからだ。議員の任期が切れた閣僚は、民間人として職務を継続させる方法はある。

その内閣と党の人事、最大の焦点は、党の要である幹事長人事だ。首相の政権運営に協力してもらう一方で、総裁選では強力なライバルになる可能性がある。参院選が勝利したことで茂木幹事長の再任説が強いが、最終的にどうなるか。

また、安倍派の処遇も難問だ。生前、安倍元首相は自らの派閥の規模に反して、閣僚などへの起用が少なかったことに不満を漏らしていたとされる。

人事の調整で、安倍派の交渉窓口を誰が務めるかという問題もあり、岸田首相は安倍派の処遇に頭を悩ますことになりそうだ。

さらに自民党内は世代交代の時期を迎えており、実力者の政界引退が近づきつつある。

具体的には、二階元幹事長は83歳、麻生副総裁も81歳、森山裕元国対委員長は77歳だ。本人たちは進退に言及していないが、党内では、次の衆院選挙を機会に引退するとみられている。

実力者の安倍氏の死去で、岸田首相は政権運営のフリーハンドの範囲が広がった面がある。そうした優位な立場を生かして、人事面で主導権を握ることができるのかどうか、今回の人事は注目点が多い。

 防衛力、憲法改正の扱いが焦点

次に国民の側からみると最大の関心は、岸田首相は政権の最重点課題として何を取り上げるかという点とみられる。

岸田首相は14日夕方の記者会見でも「一つ一つの課題が何十年に一度あるかないかの大きなものだ。そうした大きな課題が幾重にも重なり、戦後最大級の難局にある」という認識を示した。

確かに、ウクライナに侵攻したロシアに対する経済制裁をはじめ、物価高騰、抜本的な防衛力の整備、30年も給料が上がらず停滞が続く日本経済の立て直し、人口急減社会と社会保障の整備など難題が数多く横たわっている。

さて、何を最重点に取り上げるのか。先の会見でも時代認識は明らかにしたが、肝心の難題への対処方針、政治課題の優先順位なども明らかにしてもらいたい。

その際、憲法改正の問題をどれくらいのスケジュール感で考えているのか。また、防衛力の整備の具体的な内容などについて、明確にすることが必要だと考える。

 自民党内と世論のバランスとれるか

岸田政権は「戦後最大級の難局・難題」に臨むことになる。まずは、岸田首相が人事、主要政策で主導権を発揮し、政権の求心力を高めることができるかどうかが問われる。

岸田首相はこれまで安倍元首相の協力を得るため、節目節目に報告・相談をしながら政権運営に当たってきたが、安倍氏を失った政界で1人立ちできるかどうか。

難題処理をめぐって自民党内では、総論賛成・各論反対となる場面が多く、意見の取りまとめには、相当な力技も必要になる。

一方、党内に目が向きすぎると世論の支持離れを招くことになる。岸田首相は14日の会見で「安倍元首相の国葬」を今年秋に行う方針を表明した。国葬は、吉田茂元首相が唯一の例で、全額国費でまかなわれる。

憲法改正、防衛力整備の進め方をめぐっても、党内と世論の認識に違いがある。党内と世論の意見が対立した場合、岸田首相自らが説得する場面にも迫られるだろう。

岸田首相にとって参院選後の政治は「黄金の3年間」というよりも「苦難の3年間」になるのではないか。

そして、岸田政権が安倍政権に続いて長期政権へとなるのか、それとも短期政権が続くことになるのか、国民の側はしっかりみていく必要がある。(了)