国会は、衆議院予算委員会で基本的質疑が30日から3日間にわたって行われ、各党の主張や論点が出そろった。各党の質問が集中したのは「防衛増税」や、岸田政権が打ち出した「異次元の少子化対策」、それに物価高と賃上げ対応などだ。
いずれも重要な問題で、議論してもらいたいテーマだが、戦後の安全保障政策の大転換と位置づけられている「防衛力整備の内容・あり方」については、踏み込んだ議論にはならなかった。
これは、岸田首相が「防衛力整備の具体的な内容を明らかにするのは適切でない」と説明を避けたことがある。
また、与野党双方が近づく統一地方選挙を意識して少子化対策や物価高騰対策を前面に押し出し、自らの党の存在感をアピールしたいとの事情も影響しているようにみえる。
しかし、これでは日本の安全保障はどのように変わるのか、肝心な点がさっぱりわからない。「本丸の議論はどこにいったのか?」との思いを強くする。これからの防衛論議や国会論戦はどうなっていくのか考えてみたい。
予算委質疑に違和感、議論の重点が不明
冒頭に少し触れたが、30日から始まった衆議院予算委員会の論戦に違和感を覚えた。具体的には、内外に”大きな問題”、難題を抱えているのに、どうも緊迫感が伝わってこないからだ。
取り上げられたテーマを並べると、防衛増税、物価高騰と賃上げ、少子化対策と児童手当の拡充、黒田日銀総裁の後任人事と金融政策、さらには岸田首相の欧米歴訪に同行した長男、翔太郎秘書官のお土産購入などが主なものだ。
多様で幅広く問題を取り上げているが、何を優先し重点にすえて議論をしようとしているのかはっきりしない。いわば”ごった煮”のままの議論が続いている。
もっと端的に言えば、戦後の安全保障政策の大転換といわれる「防衛力の整備」をめぐる国会の議論が深まらないが、このままで大丈夫かという思いがする。
防衛費の増額に伴う「増税」の議論は活発だが、その根幹である「防衛力整備」の議論は深まらない事態をどう考えたらいいのかということでもある。
反撃能力、防衛力の水準をどう考えるか
それでは、予算委員会での実際の議論はどうだったのか。野党側は、焦点の「反撃能力」保有について、専守防衛の基本から外れる恐れがあるのではないか。また、防衛費を向こう5年間の総額で43兆円にまで増やした理由、根拠は何か。
さらに、新年度予算案に盛り込まれているアメリカ製の巡航ミサイル、トマホークはどのくらいの数を購入するのかといった点を質した。
これに対して、岸田首相は「反撃能力は、専守防衛の範囲内で対応する。武力行使は必要最小限の措置となる」。防衛費の総額は「1年以上にわたって議論を積み重ね、現実的なシュミレーションを行って、防衛力の内容を積み上げ、規模を導き出した」などと説明した。
さらに、トマホークについては「詳細を明らかにすることは適切ではない」と具体的に言及することを避けた。
政府が、新しい防衛力整備の方針について、国会で説明するのはこの国会が初めてだ。その最初の国会で、岸田首相のこうした一般的な説明で国民が理解、納得するのは難しいのではないか。
防衛問題は軍事機密の関係もあり、詳細な説明は難しい面はあるが、基本的な考え方や原則、わかりやすいケースを挙げて説明することは可能だ。政府側の説明は、量、質、熱意ともに不十分といわざるを得ない。
一方、野党側は防衛増税については、そろって反対しているものの、反撃能力や防衛力の整備をめぐっては考え方に違いあり、バラバラだ。本丸の防衛力整備をどのように考えるのか、政府の方針をどのようにチェックしていくのか、それぞれの党の対応方針を明確に示していく必要がある。
国民は、「反撃能力」を保有して本当に安全が増すのか、自衛隊と米軍との役割はどうなるのか。防衛力整備の必要性はわかるが、どの程度の水準が妥当なのかといった点に関心を持っているものとみられる。
政府と与野党は、こうした防衛力整備という根幹部分の議論をどのように進めていくのか。予算委員会だけでなく、防衛・外交を所管する合同の委員会、あるいは特別委員会の設置でもいいのだが、国会で政府の外交・安全保障政策を点検、議論し、国民に判断材料を提供する取り組みを早急に整備してもらいたい。
防衛増税と与野党攻防、最後のカギは
予算委員会の論戦では、防衛費の増額に伴う財源の確保をどうするのか、もう1つの問題を抱えている。
政府は、5年後以降に不足する1兆円を増税で確保する方針だが、野党側はそろって反対している。この問題で、野党第1党の立憲民主党と第2党の日本維新の会は連携して対応する方針で、対案を検討することにしている。
これに対し、自民党は国会改革などに応じる考えを維新に伝えて、維新、立民の両党間にクサビを打ち込もうとしている。
維新を挟んで、立民と自民が綱引きをしており、防衛増税に対する野党の対案がまとまるかどうかをみていく必要がある。
このほか、岸田首相が打ち出した「異次元の少子化対策」が与野党に波紋を広げている。
元々、この対策・構想は、防衛増税に野党や世論の関心が集中するのを避けるための戦術だとみられていたが、メデイアが盛んに取り上げていることもあり、予想以上に関心を集めている。
自民党の茂木幹事長が、児童手当の所得制限廃止を打ち上げたかと思うと、立憲民主党は、民主党政権時代の政策の正しさが証明されたとアピールに力をいれている。
維新や国民民主からは、教育の無償化や税の負担軽減を図る制度の導入につながると期待する声も聞かれる。このため、野党の関心を引きつけて、足並みを乱すという政権サイドのねらいが一定の効果を上げつつあるようにも見える。
但し、この問題は最終的に財源がどうなるかで、評価がガラリと変わる。岸田首相が表明している子ども予算の倍増には、新たに5兆円もの巨額な財源が必要になる。
社会保険料や企業からの拠出金、教育目的の新たな国債発行などの案も取り沙汰されているが、世論が諸手を挙げて賛成となるかは不透明だ。この少子化対策でも本丸は、巨額な財源をどう確保するのか、難題を抱えているからだ。
防衛力整備と財源の問題に話を戻すと国会では、政府・与党が仮に十分な説明をしないまま新年度予算案の採決、衆議院通過で論戦のヤマを越えたとしても問題は、世論の支持がどうなっているかだ。
報道各社の1月の世論調査では、いずれも防衛力整備の賛否は二分され、反対が賛成を上回っている。防衛増税は、賛成が2割から3割、反対が6割から7割を占め、岸田内閣の支持率は低迷している。
こうした世論の動向を考えると、岸田首相にとっての本丸は「世論の風向き」を変えられるかだ。これまでの姿勢を改めて、真正面から国会の論戦に向き合い、国民を説得できるかどうかにかかっている。(了)