迷走再び 安倍政権のコロナ対応

来年に延期された東京五輪の開幕まで1年を切った。一方、安倍首相の自民党総裁としての任期や、今の衆院議員の任期満了も来年秋までと近づきつつある。

しかし、東京五輪は本当に開催できるのか。衆院解散・総選挙の時期はどうなるのか。主要な政治日程がまったく見通せない。新型コロナ感染がいつ収束できるのか見通しがつかないからだ。

そのコロナ問題、安倍政権の対応が再び迷走を始めたようにみえる。

◆1つは、感染の再拡大防止に有効な具体策を打ち出せていないのではないか。

◆もう1つは、感染防止と経済活動再開の両立をめざしているが、両者のバランスがとれず、主要な政策や対応にブレが目立つこと。

◆さらに、政権の危機管理の前提となる感染状況の実態把握。そのための情報収集の仕組みづくりにも遅れが目立っている。

こうした状況で、果たして第2波、第3波へ対応できるのだろうか。最近の世論調査では「感染拡大に不安を感じている」と答えた人の割合が9割に達している。そこで、国民生活だけでなく、今後の政局にも大きな影響を及ぼすコロナ感染問題と政権の対応のあり方について考えてみる。

 感染再拡大の兆し 対応策は?

まず、新型コロナの感染状況について、東京を例にみておきたい。6月19日に全国都道府県の移動が解禁になった頃は、1日当たり30人台から60人台に収まっていた。ところが、7月に入ると100人台まで急増したのに続いて、7月9日には200人台、16日以降は200人台後半、23日に366人と初めて300人台へと急上昇した。

一方、全国でも7月下旬には、神奈川、埼玉、愛知、大阪、福岡などの各地で感染者が急増、23日には全国の感染者数が930人と過去最多、1000人に迫る勢いを示した。

これに対して、東京都は、感染者の増加は夜の街関係者を中心にPCR検査を積極的に増やしている影響が大きいと説明してきた。また、政府は、経済への打撃を考慮して、緊急事態宣言を再び出す考えはないと強調してきた。

これに対して、政府や東京都の専門家組織の関係者からは、積極的PCR検査の影響はあるが、若い世代や感染経路の不明者も増えており、市中感染のおそれもあると指摘している。

また、東京都の場合、PCR検査の内訳、夜の街関係者などの実施件数や陽性率など1日ごとの詳しいデータが明らかにされていない。このため、正確なデータに基づいて感染状況が把握されているのかどうか疑問という指摘もなされている。

さらに、東京都が強調するように、夜の街関係者の感染が増えているのであれば、そうした地域や職種などに重点を置いた検査や対策、例えば、休業要請や夜の営業時間短縮などの要請はできないのか。その際、政府と東京都が協議の上、一定の休業補償を行うなどの対策を打ち出す必要があるのではないか。

 安倍政権 主要政策・対応にブレ

2つ目は、安倍政権の主要政策や対応にブレが目立つ。例えば、7月22日から始まった観光支援キャンペーン、Go Toトラベルの対応だ。

当初は、8月初めから実施すると説明してきたが、7月10日になって連休前からの実施に前倒しする方針を打ち出した。ところが、東京などで感染者が急増したため、全国一斉から「東京除外」へ方針転換。さらにキャンセル料も国が負担する方針に変えるなど対応にブレが目立ち、波乱のスタートになった。

このGo Toトラベル、観光産業の大きな影響を考えると支援の必要性は十分、理解できる。但し、問題は税金を使った大型イベントであり、経済効果をあげるためにはタイミングが重要だ。また、感染拡大が収まった後に実施するのが、基本ではないか。

全国知事会などからは、県内観光や近隣地域の観光からスタートし、段階的に全国規模に拡大する案が提案されていた。あるいは、お土産や飲食を支援するクーポン券発行が始まる9月実施案。さらには、予定通り実施する場合は、東京だけでなく埼玉、神奈川、千葉も加えた1都3県を除外する案も出されていた。

1都3県案でなく、東京だけの除外案で決着したのはなぜか。関係者によると「因縁の菅官房長官と小池知事との対立が影響している」との見方を示すが、国の事業であり、”双方の怨念”は横に置いて公平・公正に対応してもらわないと困る。

この問題は「感染拡大防止と、経済活動再開の両立のバランス」をどうとるかがポイントなる。政府の対応は、感染防止の具体策が乏しいので、経済優先の形になる。このバランス・基本方針を修正しないと、政権と世論の距離はさらに広がっていくのではないか。

未知のウイルスとの戦いなので、政府が一旦決めた方針を変更するのは、やむを得ない。重要なのは、政策決定の過程をできるだけ明らかにすること。また、方針を変更する場合、国民に率直に説明し国民に理解を求める姿勢が、特に危機対応の場合に必要だ。安倍首相は、6月の国会閉会時に記者会見を行って以降は1か月余り経つが、記者会見を行っていない。

 危機管理 実態把握能力に弱さ

最後に安倍政権の感染症対策、危機管理の対応をみていると「実態把握に問題」があるのではないかと思う。

具体的な例をあげると、PCR検査を受けた人の名前や、検査結果、陽性になった割合など感染症の情報を把握するシステムが、未だに確立していない点だ。このシステムは厚生労働省が進めている「HER-SYS ハーシス」と呼ばれており、国と自治体、医療機関が感染者などの情報を共有する仕組みだ。

5月末から運用を開始したが、7月22日の時点で、保健所が設置されている全国155自治体のうち、東京と大阪のおよそ30の自治体で利用されていないという。この背景には、東京都と区との関係、個人情報の取り扱いについての考え方の違いが影響しているといわれる。

PCR検査の実施件数や、陽性者数などのとりまとめにあたっては、保健所などから、未だにFAXや電話で報告するケースもあるという。公表される数値が後で、修正されることも起きている。

国内で最初に感染者が確認されたのが1月16日、政府の対策本部が設置されたのが1月30日。既に半年も経っているのに、感染情報がリアルタイムで把握できる仕組みができあがっていない点に驚かされる。

政府が先に決定した今年の「骨太方針」の目玉の政策は、ウイズコロナ時代の「デジタル化への集中投資」。デジタル政府構想などを打ち出している。ところが、足下では喫緊の感染症データの収集・管理が十分できていないのが実態だ。

PCR検査の実際の件数が増えず、安倍首相が「目詰まり」が生じていると嘆いたのも、現場の体制や運用が十分、機能していないためだ。問題点が明らかになっているのに改善が中々、進まない状況が続いている。

 第2波への備え、記者会見で説明を

安倍首相は24日夜、記者団に対し、感染拡大への対応について、再び緊急事態宣言を出す状況にはないとした上で、検査能力を強化することで万全を期す考えを示した。

これに対して、世論調査でみると国民の側は、今後の感染拡大の不安を感じていると受け止めている人が9割にも達している。

国民の側が知りたいのは、感染防止と経済活動再開のバランスをどのようにとっていくのか。国民生活や経済の立て直しに向けて、何を重点に取り組んでいくのかといった点だと思われる。

政府の対応は、端的に言えば”思考停止状態”にもみえる。安倍首相は、早急に記者会見を開いて、政府の考え方を説明する必要があると考える。