首相官邸の意思決定は?一斉休校の舞台裏

安倍首相の一斉休校の要請を受けて、全国各地の小学校、中学、高校、特別支援学校では、3月2日から臨時休校が始まった。突然の要請で、学校現場をはじめ、子どもを抱える家庭、休暇申請の社員を抱える企業などは、てんやわんやの対応に追われた。”そこのけ、そこのけ、政権が通る”といった風情に見える。

気になるのは、こうした異例の要請、安倍政権内でどのような意思決定で決まったのか、よく分からない点だ。加えて、これからは、緊急事態宣言の実施もできる特別措置法制定をめざす動きも始まる。

そこで、これまでの安倍政権の対応、いい・悪いの評価は一旦、横に置いて、どんな経緯をたどって決まったのか、整理しておきたい。事実関係はどうなのか、3月2日、3日の両日、安倍首相も出席して行われた参議院予算委員会の与野党の質疑をベースに整理した。

 ▲①安倍首相 政治判断の根拠

第1のポイントは、安倍首相が踏み切った一斉休校要請の考え、その判断の理由・根拠は何かという点。安倍首相は、次のように答弁している。

「専門家から、感染の拡大を防ぐことができるかどうかは、この1,2週間が瀬戸際だとの見解が出された。感染ルートが確定されていない感染者が出てくる中で、判断に時間をかける、いとまがない。私の責任で判断した。専門家に直接うかがったものではない」。つまり、判断にあたっては、専門家の意見は求めず、自らの政治判断で決断したことを明らかにした。

感染・医療の専門家に聞くと、特に今回のような未知のウイルス対策については、政権が方針決定をする前に、医療分野に詳しい専門家や官僚が技術的・専門的な分析・検討を行い、その意見を踏まえて、政治が判断することが望ましいと指摘している。

▲②関係閣僚との調整は

第2は、安倍首相と関係閣僚との調整。具体的には、2月27日に安倍首相が全国一斉に臨時休校をするよう要請する方針を表明した。感染拡大防止を担当する厚労大臣、文教行政を担当する文部科学大臣との調整はどうだったか。

加藤厚労相は、休校要請方針を聞いた時期については「27日午前の衆議院予算委員会の後だと思う」とのべた。

萩生田文部科学大臣は「一斉休校が必要かということは当初、私は問題意識が低かった。文部科学省としては、早い段階から幾つかのシミュレーションをしていた。全国一斉というより、感染状況が違うので、地域によって、休校措置などを検討していた」とのべている。全国一斉休校には慎重な姿勢だ。

2人の閣僚発言からもわかるように首相と担当大臣との間では、事前に十分な検討、意見調整が行われていたとは言えない。27日に急展開したと言えそうだ。

このような事前の調整不足は、子どもを抱える共稼ぎ世帯はどうするのか。学童保育施設の運営、休業に対する保障はどうなるのか、国民の側に、混乱と負担の形で跳ね返る。

2017年、衆院選で突然打ち出された幼児教育などの無償化方針。その後、無認可保育所の扱いなどが詰められておらず、混乱したことが思い出される。

▲③内閣の要、官房長官との関係

第3は、内閣の要、総合調整に当たる官房長官との関係。今回の休校問題では、菅官房長官の影は薄い。予算委員会の質疑でも質問が向けられることは少ない。

第2次安倍政権の発足以降、菅官房長官は政策の総合調整、東日本大震災の復興・復旧、数々の不祥事などの危機管理に当たってきた。

また、菅官房長官が中心になって、政務と事務の官房副長官、総理秘書官などと活発な意見交換、濃密なコミュニケーションが長期政権を支える原動力の1つと見られてきた。

ところが、このところ、桜を見る会への対応、今回の新型ウイルス感染対応などでは、菅官房長官の存在感があまり感じられない。首相との距離の広がり、官邸内の不協和音、”外されているのではないか”との見方まで伝わってくる。

(※菅官房長官は、5日の参院予算委員会で、安倍首相が小中高校などに一斉の臨時休校を要請することを知ったのは、2月27日午後だったことを明らかにした。「その日の午後だ。首相と4,5日間ずっと議論し、その日の午後、首相が判断したと聞いた」と答弁。加藤厚労相、萩生田文科相も27日、当日に知らされたことを明らかにしている)

 ▲④最側近の補佐官の存在

第4は、最側近の今井秘書官の存在・役割。これまで見てきたように今回の休校問題では、安倍首相と近いと言われる加藤厚労相、萩生田文科相、それに菅官房長官も、方針決定に深く関わっているようには見えない。

政界関係者に聞くと、今回の対応については、総理大臣の政務秘書で首相補佐官も兼ねる今井秘書官の存在感が増しているという。

確かに今井秘書官は、これまでの苦境の安倍首相を支える役割を果たしてきた。内政、外交、政局対応でも事態の打開に当たってきた。

今回の問題は、野党から「クルーズ船対策で、安倍政権は後手後手の対応」と追及され、内閣支持率も急落する中で、反転攻勢、政権運営の主導権を取り戻すねらいがあったのではないか。そのために安倍首相が、今井秘書官の進言を採用することを決断したのではないかと見ている。

 ▲⑤正念場の政権運営

それでは、これからは、どんな展開になるのだろうか。
ここまでの流れは、24日に専門家会議が「今後1、2週間が瀬戸際」との見解をとりまとめ、25日に政府が感染拡大防止をめざす基本方針を決定した。

ところが、26日に安倍首相は大規模イベントの自粛を要請、27日には小中高の一斉臨時休校の要請に踏み込む考えを表明、政権の対応にブレが目立ち始めた。

こうした背景には、強い政権イメージにこだわる姿勢と政権運営の焦り、首相官邸内の足並みの乱れがあるのではないか。

一方、新型コロナウイルス感染押さえ込みのメドはついていない。
感染拡大が続く中で、相変わらずマスクや消毒液の不足が続く。検査体制や重症者の受け入れ体制の整備も大きな課題。さらには、非常事態宣言などができる特別措置法の制定に向けての野党の協力の取り付けたい。

こうした中で、去年夏の参議院選挙で当選した河井案里参議院議員と、夫の河井克行前法務大臣の公設秘書ら3人が、公選法違反容疑で3日、検察当局に逮捕された。河井案里議員には、安倍首相、菅官房長官が積極的なてこ入れをしたほか、自民党が異例の1億5000万円もの資金を投入・支援をした。

今後、懸念されるのは、東京オリンピック・パラリンピック開催は大丈夫なのか。それに日本経済の先行きだ。

安倍政権は現在、憲政史上、最長の記録を更新中だが、緊急課題は、感染危機の乗り切りだ。合わせて、不祥事への対応と国民の信頼回復、経済運営のかじ取りも必要不可欠で、正念場を迎えている。