“岸田政治”は見えたか?初の所信表明

国会は8日、岸田首相が就任後初めての所信表明演説を行い、「成長と分配の好循環」により「新しい資本主主義」を実現すると訴えた。

これに対して、野党側は11日からの代表質問で、岸田首相の政治姿勢や政策の内容を厳しく質すことにしている。

また、岸田首相の所信表明演説は、19日公示・31日投開票の衆院選挙に向けて、与野党の論戦のベースにもなる。

そこで、「岸田政治とは何か」が見えたのかどうか、選ぶ側の国民からみると「何が必要」と考えるのか、衆院選に向けて、所信表明演説の中身を点検しておきたい。

 中長期の構想先行 乏しい各論・社会像

歴代の首相は就任後、最初の所信表明演説で、自らの政治姿勢をはじめ、政権の目標、主要政策などについて、国民の理解を得ようと演説の中身やキャッチフレーズに工夫をこらしてきた。

安倍元首相は1回目の就任時には「美しい国、日本」「再チャレンジ可能な社会」、2度目の登場の際には「経済危機突破、3本の矢で経済再生」を掲げた。菅前首相は理念より「省庁の縦割り打破、デジタル庁創設」など個別政策に力点を置いた。

これに対して、岸田首相は30分近い演説の中で、コロナ対策に万全を期す考えを表明したうえで、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトに「新しい資本主義」の実現をめざす考えを訴えた。

このうち成長戦略では、先端科学技術の研究開発に大胆に投資を行う一方、分配戦略では、賃上げを行う企業に対する税制支援を抜本的に強化するとしている。

こうした構想をどうみるか。理念や中長期的の構想としては理解できるが、政策課題の羅列が目立つ。また、各論の中身が具体的に示されていない。さらに分配と成長の好循環の結果、どんな暮らしや社会になるのか「社会像」も明らかではないので、説得力は乏しい。

さらに中長期の課題とは別に、コロナ禍で直面する経済対策をどうするのか。経済規模や、生活支援と事業者支援など「緊急対策の中身」を打ち出す必要がある。中長期と直面する経済対策のバランスも考える必要がある。

コロナ対策、政府対応の総括が不可欠

次に当面の最大の焦点である新型コロナ対策について、岸田首相は、ワクチン接種の加速化や経口治療薬の年内実用化をめざす考えを示した。

また、国民への説明を尽くす考えを示すとともに司令塔機能の強化や、人流抑制、医療資源確保のための法改正などに取り組む考えを明らかにした。

コロナ対策については、岸田首相も「これまでの対応を徹底的に分析し、何が危機管理のボトルネックだったのかを検証する」とのべたが、行政の継続性からすれば、問題点をこれから分析・検証するというのはあまりにも遅すぎる。

感染者が確認されてから、既に1年9か月。緊急事態宣言の発出と解除が繰り返され、総括をきちんと行うべきだという声が出されてきたのに、政権は一度もまとまった検証、総括を行ってきておらず、国民の1人として怒りすら覚える。

この夏は、最も多い時期には、1日当たりの新規感染者数は、全国で2万5000人を超えた。入院できずに自宅待機を強いられた感染者は、一時13万人を上回り、多くの方が治療を受けられずに亡くなった。

こうした背景については、政権の危機管理対応、具体的には、総理官邸の体制や総合調整機能が十分、働いてこなかった点に問題があるのではないか。

政府が、法改正が必要と考えるのであれば、その前にやるべきことがある。政府対応の検証と総括だ。具体的には、人流の抑制、医療提供体制、検査やワクチン接種の体制、治療薬の開発と活用、生活支援と事業者支援などについて、どこに問題があり、どのように改めるのか明確にする責任があると思う。

そのうえで、総理官邸や各省との関係、都道府県、市区町村や大学・医療機関など行政の体制について、抜本的に見直し、その実施計画を明らかにするのが、新政権の役割だ。衆院選挙が始まる前に、是非、明らかにしてもらいたい。

 外交・安全保障、構想の提示を

外交・安全保障の分野については、従来の政府方針を基本的に踏襲している。国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画の改定に取り組むとしている。その中で、海上保安能力や、ミサイル防衛能力の強化、経済安全保障など新しい時代の課題に果敢に取り組むとしている。

米中対立が激化する中で、日本は日米安保を基軸にすえたうえで、中国にどう向き合うのか。外交努力に加えて、防衛力の整備、経済安全保障の観点も踏まえて、外交・安全保障の基本的な構想を明らかにして、国民の理解と協力を求めていくことが重要だ。

 政治の信頼回復 不祥事に言及なし

政治の信頼回復も極めて重要な課題だ。岸田首相は「難しい課題に挑戦していくためには、国民の声を真摯に受け止め、かたちにする、信頼と共感を得られる政治が必要だ」と強調した。

ところが、2017年の前回の衆院選以降、安倍政権の下で、政権絡みの不祥事が相次ぎ、国民の強い政治不信を招いた。国有地の払い下げをめぐる「森友学園問題」で、財務省の公文書が改ざんされていたことを認める報告書が公表された。

菅前政権下のこの1年間でも「桜を見る会」前夜祭をめぐって安倍元首相の秘書が政治資金規正法違反で有罪判決を受けた。政治とカネをめぐる問題で、河井元首相夫妻や菅原元経産相が議員辞職に追い込まれた。総務省幹部の接待問題なども明らかになり、幹部が辞職した。

こうした「長期政権の負の遺産」をどのように改めていくか、国民は注視している。岸田首相は「信頼と共感の得られる政治」という一般論は語るが、「負の遺産」や、公正な政治・行政に向けてどのような決意で臨むのか言及しなかった。

長期政権が続いた結果、官僚の政権に対する忖度や、委縮が進んでいるのではないかとの声も聞く。官僚の政策提案能力を生かす人事制度や運用にも真剣に取り組む必要がある。

 与野党の論戦 判断材料提示を

以上みてきたようにコロナ激変時代、今の政治・行政は実に多くの課題・問題を抱えている。14日には、衆議院が解散され、19日公示、31日投開票の日程で衆議院選挙が行われる。

11日から始まる各党の代表質問は、衆院選直前の最後の国会論戦になる。与野党とも国民の判断材料となるような中身の濃い論戦を見せてもらいたい。

私たち国民の側も、政権与党に対しては「岸田政治」とその前の「安倍・菅政権の実績」をどう評価するかが基本になる。

また、野党の政権構想や主要政策にも耳を傾け、どちらが政権担当勢力としてふさわしいのか、与野党の勢力バランスはどのような形が適切か、熟慮を重ね1票を投じたい。