”異例五輪開幕と第5波” 菅政権直撃  

新型コロナウイルスの感染拡大で、史上初めて大会が1年延長の末、異例の無観客で開催されることになった東京オリンピックは23日夜、開会式が行われて開幕した。

開会式をめぐっては、先に楽曲の担当者が過去のいじめ問題で辞任したのに続いて、今度は演出担当の1人が、過去にユダヤ人の大量虐殺をやゆする表現をしていたとして解任された。関係者の低い人権意識などが露呈した形で、内外から厳しい批判を浴びている。

今回の五輪開催をめぐる国民の評価・見方は、複雑だ。報道各社の世論調査をみると、開催に賛成が3割程度、反対が5割から6割程度。これに無観客開催の条件を加えて判断してもらうと、適切が4割、中止は3割程度に変わり、賛否の間で判断が揺れているように見える。

個人的には、テレビ観戦で各国選手の活躍を見たいと思うが、組織委員会や東京都、それに政府の対応をめぐっては、多くの問題を抱えていると感じる。政治取材を続けている立場から、今回の異例ずくめの大会をどのように見たらいいのか、感染急拡大の問題と合わせて、政治・行政のあり方を考えてみたい。

 五輪の意義不明 政権シナリオ誤算

まず、今回の異例の東京オリンピック・パラリンピックをどう評価するか。そのためにもこれまでの経緯を駆け足で振り返っておきたい。

招致が決まったのは、2013年9月。前年暮れに安倍前首相が政権に復帰し、長期政権の目標の1つに東京五輪・パラリンピック招致を位置付け、当時の官邸主導で誘致工作を重ね、実現にこぎつけたのが実態だ。

そして去年3月、世界的な感染拡大を受けて、大会の1年延長を決める際に安倍前首相は「完全な形での開催」を国際的に約束した。

後継の菅首相も今年1月の施政方針演説で「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい」と意義を強調。そのうえで「感染対策を万全なものとし、世界中に希望と勇気をお届けできる大会を実現する」と決意を表明した。

菅首相としては、秋の自民党総裁選で再選を果たし、次の衆院選挙を勝ち抜くためにも感染を抑え込み、大会を開催し成功させることは、政権運営に必要不可欠な条件として取り組んできた。

ところが、大会が近づいても東京の感染状況は改善せず、7月12日からは4度目の緊急事態宣言を出す事態に追い込まれた。また、観客を入れて盛り上げるはずの大会が、ほとんどの会場で観客を入れない無観客開催に決まった。

菅首相は国会答弁などで「安全安心の大会」を繰り返すだけで、「コロナ禍で五輪を開催する意義は何か」を打ち出すことができず、国民に訴えかける力強さにも欠けていた。

この点は菅首相にだけ責任があるわけではないが、五輪開催の意義については、「復興五輪」の位置づけなどを含め、多くの人が活発に意見を表明し、掘り下げた議論にできなかったことは大きな反省点だ。延期五輪が今一つ、盛り上がりに欠ける要因ではないかと考える。

一方、政治への影響はどうか。無観客の大会になったことは、菅政権にとって誤算だ。政権運営のシナリオの一部が崩れ、今後の影響は大きいとみている。

 感染拡大 第5波を抑えられるか

次に国民の多くの関心は「五輪を開催して、爆発的な感染拡大につながらないのか」という点にある。22日、東京の新規感染者数は1979人。1週間前に比べて670人も増え、2000人に迫るまで急拡大している。

東京都のモニタリング会議は21日、東京の感染状況について予測を明らかにした。それによると、この1週間の平均で新規感染者は1170人で、前の週の1.5倍となり、「今年1月の第3波を上回るペースで感染が急拡大している」と警鐘をならした。

そのうえで、今のペースが続いた場合、8月3日には2598人となり、「第3波をはるかに超える危機的な感染状況になる」と強い懸念を示している。

つまり、オリンピック期間中に、東京の新規感染者数は2600人まで急増し、第5波の感染再拡大のおそれがあると警告しているわけだ。

東京五輪に参加する海外からの選手や、大会関係者からも感染者が出ているが、選手はワクチン接種をしたり、PCR検査を頻繁に受けたりしているので、選手村などで大規模なクラスターが発生する可能性は大きくはないとみられる。

但し、海外からの大会関係者の行動管理はどこまで徹底できるかはわからない。また、大会開催に刺激されて、国内での会食や人出の増加などで、感染拡大へとつながる可能性は否定できない。

さらに変異型のウイルス、インド株の置き換わりで、感染が急拡大する可能性もあり、第5波を抑え込めるかどうか。また、来月8日までのオリンピックが無事、閉会できるか。さらに、24日からのパラリンピックが予定通り開会できるのか注視していく必要がある。

 危機対応、制度設計能力に問題

政権の対応については、これまで何度も指摘してきたが、司令塔機能に弱点があるのではないか。具体的には、PCR検査の拡充をはじめ、病床確保の調整、飲食店の休業・時間短縮要請と支援の基準づくりなどの具体的な取り組みが、迅速に進まなかった。

こうした点に加えて、制度設計にも問題がある。例えば、ワクチン接種について、菅首相が「希望する高齢者の接種を7月末に完了」、「1日100万回以上の接種」などの大号令を出すが、肝心のワクチン供給が不足して、新規の予約ができなくなるといった事態が起きている。

今回のオリ・パラ対応についても、延期された大会日程から逆算して、ワクチン接種の計画や日程を決めて、完了させるといった取り組みができなかった。

こうした制度設計については、安倍政権当時も大学共通テストに英語の民間試験を導入する方針が行き詰ったのをはじめ、コロナ対策で国民へ特別給付金を支給する問題、さらには今回、飲食店で酒類提供停止の要請への仕組みづくりでも混乱がみられた。

菅政権については、グランドデザイン=基本的な目標や計画を打ち出したうえで、個別対策の組み合わせや日程を明らかにしていく戦略的な取り組みに欠けるといった指摘が出されている。政府が自らの対策の点検、総括をきちんと行い、同じような過ちを繰り返さない取り組み方も必要だ。

 問われる五輪対応と感染抑え込み

東京五輪・パラリンピックが9月5日に幕を閉じれば、直ちに政治の季節に入る見通しだ。菅首相の自民党総裁としての任期が9月末に切れるほか、衆議院議員も10月21日が任期満了日で、衆議院選挙が行われる。

その際、政府・自民党内では「次の選挙の顔」を誰にするかが焦点になる。今の段階では、菅首相を先頭に選挙を戦うとの見方が各派閥の幹部の間では有力だが、党内では菅首相の選挙への手腕を不安視する声も聞かれる。

また、万一、東京オリ・パラ大会の期間中、選手や大会関係者の感染が拡大したり、あるいは、国内の感染状況が急速に悪化したりした場合、世論や自民党内から、菅政権の政治責任を厳しく問う声が出されるのは必至の情勢だ。

このため、菅政権としてはこの夏、まずは、東京五輪・パラリンピックを無事に閉幕までこぎつけられるかどうか。また、急拡大している感染に歯止めをかけるとともに、切り札のワクチン接種を再び軌道に乗せることができるかどうか、実行力と具体的な実績が問われることになる。