国会は、衆議院予算委員会で、新年度予算案の基本的質疑が2月3日から3日間にわたって行われた。新型肺炎と桜を見る会の問題が質疑の中心になったが、私個人が最も気になったのは、東京高等検察庁の検事長の定年延長問題だった。
今回の人事は極めて異例で、次の検事総長、検察トップに起用するための布石ではないかとの見方も出ている。検察の独立性は大丈夫なのか?危惧せざるを得ない。国民の1人として、この人事をしっかり記憶し、今後の検察庁と政権との関係などを注意深く見ていきたいと考えている。
東京高検検事長 異例の定年延長
検察官の定年は、検察庁法で検事総長は65歳、それ以外は63歳となっている。東京高検の黒川弘務検事長は2月8日に63歳となり、定年退官するものと見られていた。ところが、政府は1月31日の閣議で、国家公務員法の規定に基づいて、黒川検事長の勤務を8月7日まで延長することを決めた。
検察という組織は政治権力からの独立が大原則で、そのために定年退官の規定が設けられており、検察官の定年延長は過去に例がないとされる。
政府は国家公務員法の規定を使って、定年延長に持ち込んだ。そして,稲田伸夫検事総長が、慣例通りおよそ2年の任期で8月に勇退すれば、黒川氏が後任の検察トップに就く可能性があると言われる。
野党「不自然で信頼損なう人事」
この異例の人事は、3日と4日の衆院予算委員会でも取り上げられた。
野党側は「誕生日の1週間前に駆け込みで定年延長する必要性や緊急性はあるのか。官邸に意の通じた人物を検事総長にすえるための不自然で、検察の信頼性を損なう人事ではないか」などと追及した。
これに対して、森法相は「重大かつ複雑、困難な事件の捜査や公判に対応するために不可欠な人材」などと意味不明な答弁。
安倍首相も「この人事は法務省の中で人事を決定し、法務大臣の考えを了とした」とのべるに止まり、納得のいく答弁は聴かれなかった。
安倍政権の人事
ところで、安倍政権の人事を巡っては、2013年の内閣法制局長官人事が思い出される。それまでの慣例、法制局内からの内部昇格ではなく、憲法解釈の変更に積極的な姿勢を示してきた外務省幹部を起用する異例の人事に踏み切った。
抜擢された新法制局長官は、憲法9条は集団的自衛権の行使を禁止するものではないと従来の法制局見解とは異なる解釈を表明、安全保障関連法成立の流れをつくった。人事は、政策決定に重大な影響を及ぼす。
今回の黒川検事長は、法務省の官房長や事務次官を務め、捜査畑よりも法務官僚としての職務が長い。政界では、官邸に極めて近い人物との見方が強い。
検察 ”巨悪”摘発の役割も
政治と検察との関係は、古くて新しい問題だ。私個人も、ロッキード事件で田中角栄元総理の逮捕と一審有罪判決まで、リクルート事件での有力政治家の相次ぐ失脚、金丸信副総理の事件などを政治の側から取材してきた。
その当時でも、検察に対する不満や批判はしばしば聞いたが、検察人事などに介入するような動きはなかったと記憶する。
政治と検察は、相互に独立、けん制しあう緊張関係にある。政治に不正がある場合、法と証拠に基づいて、”巨悪”を摘発することが、検察に求められる役割だ。
それだけに検察は、政治的な中立性、独立性を保っていく厳格な自己規律が求められる。同時に政治の側も、そうした検察の役割を認めて尊重してきたのが、これまでの歴代政権・保守政治の流れだ。
検事総長人事、国民が注視を!
安倍政権は憲政史上最長の記録を更新中だ。
一方で、このところ、菅原前経産相や河井前法相が政治とカネを巡る問題で辞任に追い込まれた。カジノを含むIR汚職事件で、IR担当の副大臣が収賄で起訴されるなど不祥事が相次いでいる。これから、検察の判断が求められる他、裁判で事実関係などが争われる。
このため、政権としても、検察・司法の独立や信頼性に疑念が生じるような対応を避けるのは当然のことだ。
また、政権として人事に対する疑問や疑念に対しては、逃げずに説明することが大切だ。
その上で、次の検事総長人事を最終的にどうするのか、長期政権の評価にも直結する問題だ。国民の1人として、しっかり注視していきたい。特に直接の担当大臣である森法相の責任は極めて大きいと考える。