検察官の定年を延長する検察庁法改正案について、政府・与党は18日、今国会での成立を見送る方針を決めた。世論や野党の反発が強い中で、法案の採決に踏み切っても「世論の理解を得られない」と判断したためだ。
安倍政権は、このところ当初の方針を覆す事態が相次ぎ、迷走状態が続いている。今回の法案見送りの理由や背景、政権への影響などを探ってみた。
世論の”ダブル・パンチ”
安倍首相は18日午後、自民党の二階幹事長を首相官邸に呼び、「国民の理解なしに国会審議を進めることは難しい」として、検察庁法改正案先送りの方針を伝えた。
安倍首相としては、採決に踏み切った場合、世論や野党の一層の反発を招き、新型コロナウイルスの追加対策を盛り込む第2次補正予算案の早期成立にも影響すると判断したものと見られる。
その世論の反応だが、法案の委員会採決が近づくとTwitterで俳優や歌手などの著名人が法案反対を呼びかけ、ネット上で大きな反響を巻き起こした。また、検察OBも法案に反対する意見を表明するなど異例の行動を起こした。
NHKが5月15日から3日間行った世論調査では、安倍内閣の支持率は「支持する」が前月調査より2ポイント下がって37%、「支持しない」が7ポイント上がって45%だった。支持と不支持が逆転したのは、およそ2年ぶり。森友・加計問題が焦点になった一昨年・2018年6月とほぼ同じ水準にまで落ち込んでいる。
その要因としては、◆1つは「新型コロナウイルス対策など政府の対応」。「評価する」が44%に対し、「評価しない」方が53%で多い。
◆もう1つは「検察庁法の改正案」。「賛成」は17%に止まり、「反対」が62%で多数を占めている。
つまり、「新型コロナ対応」と「検察庁法改正案」の両方で、「世論の強い反発」を受けていることが読み取れる。
迷走の発端は、官邸発の異例人事
今回の法案先送りに至るまでの紆余曲折、さまざまな要素が絡み合っているが、迷走の発端は、政府が1月に東京高検の黒川弘務検事長の定年を、半年間延長する閣議決定をしたことに遡る。
黒川氏は本来なら、2月7日に退官予定だったのが、その直前の1月31日に定年延長が決まった。検察官の定年延長は過去に例のない人事で、黒川氏を次の検察トップに就任させるためではないかとの憶測も広がった。
2月のブログでも触れたが、現行の検察庁法には検察官の定年延長の規定がないので、政府は従来の法解釈を変更して、国家公務員法の規定を適用していたことが国会審議で明らかになった。
さらに新たな改正案では、役職定年に達した検察幹部について、内閣が認めれば最長で3年まで定年を延長できる特例も設けていることが明らかになった。野党側は、政権に都合のよい幹部だけを定年延長するのではないかと批判している。
このように今回は個別の検事長人事の問題と、検察官の位置づけや定年延長のあり方、そのための制度設計の問題が混在したままで、政府側が十分説明できていない点に大きな問題がある。政府は、秋の臨時国会に再度、この法案の提出をめざす方針だが、問題点を整理し直さないと世論の理解は得られないと思う。
安倍政権・政局への影響は?
次に、安倍政権への影響はどうだろうか。まず、これまで重要法案で採決直前まで進んだ法案を先送りしたケースは、ほとんどないのではないか。特定秘密保護法をはじめ、安全保障法制、カジノを含むIR法、外国人労働者受け入れ拡大など国論が割れる法案についても官邸主導・与党ペースで押し切ってきた。
ところが、今年にはいっては、大学入学共通テストで導入が予定されていた英語の民間試験が中止に追い込まれたり、新型コロナ対策で政府が閣議決定した現金給付の方針の転換を迫られたりするケースが相次いでいる。
さらに先に見たように内閣支持率が下落、支持と不支持が逆転していることから、既に政権の求心力は低下しており、政権への影響は現れている。
気になるのは、今回の法案見送りは誰が主導して決まったのかという点だ。ある与党関係者によると黒川氏と関係が強いのは菅官房長官なので、安倍首相と側近が菅官房長官を押し切る形で先送りの方針を決めたのではないかという。
つまり、去年の秋以降、安倍首相側と菅官房長官との足並みに乱れが出ているのではないかとの見方も示されている。
コロナ感染拡大後の政治については、感染拡大の収束がいつ、どのような形になるのかがはっきりしないと明確な見通しをつけられない。安倍政権についても、まずは緊急事態宣言が継続中の東京など8都道府県について、宣言解除を5月末までに終了できるかどうか。感染収束時点の政権の状況を見極める必要がある。
また、追加の経済対策を盛り込む第2次補正予算案の早期成立をはじめ、経済・社会活動の本格的な再開と、感染抑制とを軌道に乗せることができるかどうか、安倍政権にとって険しい道のりが続くことになる。