緊急事態脱出”成功要因”と今後のハードル

”長い巣ごもり、自粛のトンネル”をなんとか抜け出すところまでこぎ着けた。政府は25日夜、東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県、それに北海道の緊急事態宣言を解除することを決定、宣言はようやく全面解除されることになった。

国内で最初の感染者が確認されたのが1月16日。初めての緊急事態宣言が出されたのが4月7日。全面解除まで49日、およそ1か月半、正直なところ長かった。

この間、亡くなられた方は800人を超え、感染者は1万6000人余り、未だに重症で治療中の方もいる。飲食店などでは営業ができず店をたたんだり、仕事を失った人たちも多く、日本社会に深い傷跡を残している。

新型コロナウイルス感染は今も続いており、気を緩められないが、緊急事態脱出までは到達できた。率直に喜ぶと同時に、この”成功要因”は何か。また、今後どのようなハードルが控えているのか考えてみたい。

なお、今回は日本社会の対応を取り上げ、政治や政権の対応、経済・社会の課題については、今後、随時とり上げていきたい。

 ”成功要因” 国民の自粛・規律が奏功

今回の緊急事態脱出をどうみるか、成功要因は何か。私個人の見方は、政府の危機管理は後手の対応、機能不全が目立ったという評価だ。水際作戦、国内感染対策の遅れ、さらに生活支援対策面でも迷走が相次いだからだ。

これに対して、”見えない感染”に対して、国民の側は、外出・休業の自粛、別の表現をすれば、自律の意識・行動が功を奏したと言っていいのではないか。

一時は医療崩壊に陥るのではないかと危惧した局面もあったが、医療従事者の方々の献身的な努力で回避できた。同時に”見えない感染源”に対して、国民が外出・休業などの自粛要請に応じて協力したことが大きかった。

中国のような情報隠し監視・強制型ではなく、欧米のロックダウン=都市封鎖型でもない。緩やかな法規制で国民が自主的に協力していく第3の道、日本型。幸運が重なった面もあるので、日本モデルと誇るつもりはないが、民主主義国で第3の道があることを示した意味は大きいと考える。

新型感染症に対する国民の対応。safety=自分で自らの安全を守る。smart =賢く情報にアクセス 。 kind=他人に思いやり。WHOのキャンペーンだが、このSSKモデルを日本国民が実践したことが成功の要因と考えている。

 高い公衆衛生意識、医療整備

成功要因について、さらに付け加えるとすれば、日本人の高い公衆衛生の意識がある。手洗い、うがいの励行。ハグなどの生活習慣がないことも幸いした。

また、医療保険制度の効果。健康保険証1枚あれば、貧富など関係なく医療機関の診療にアクセスできる。先人たちの取り組みに感謝したい。

一方、課題・問題も多い。新型感染症は世界的に大きな問題になりながらも、日本は備えができていなかった。病院での医療用マスク、防護服、消毒液不足などには正直、驚いた。

また、保健所などの人員・業務、医学の基礎研究・予算措置も十分ではなかった。経済政策に比べると、保健・医療分野の体制は劣化していた。

知人に聞くと韓国は感染者は1万1200人余り、死者267人。日本は感染者1万6600人余り、死者839人(5/25現在)。日本の死者の多さが目立つ。感染症に対する経験違い、PCRなどの検査の少なさ、マスク・防護服不足など医療体制の遅れがあるという。こうした指摘を重く受け止め、今後に生かす必要がある。

 医療現場の実態把握と、説明がカギ

さて、これから、どんな取り組みが必要か。1つは、新型感染症は第2波、第3波の発生のおそれがあるので、「監視・検査・医療体制」の整備は最優先課題だ。

最近になって、政府の対応もようやく整ってきた。◇入院患者を受け入れる病床は、全国で1万7200床を確保。現在、入院患者は3400人余り(5/15時点)。厚労省は「ひっ迫状況ではなく、余裕が出てきた」と説明している。

◇批判を受けていた検査体制ももPCR検査、抗原検査、抗体検査を組み合わせて実施する方向だ。

◇治療薬、ワクチン開発も支援すると強調している。遅ればせながら一歩前進、安心材料ではある。

但し、気になる点も多い。今回振り返って見ると感染者数の人数や陽性者が正確に把握できなかった。PCR検査の相談電話がつながらないとの苦情も多かった。

つまり、医療現場の実態が把握ができず、原因の究明や対策が進まなかった。国や自治体は、医療現場の実態の把握と必要な対策、その結果、改善が進んだのかどうかを住民に説明できる体制・仕組みづくりこそ重要だ。

保健・医療については、都道府県の知事が第一義的な責任者になって、国と連携・協議しながら、地域医療を整備、住民に説明していく仕組みを整えてもらいたい。病院経営の安定など地域医療の問題は多い。

メデイアの役割も問われる。地域の保健・医療の実態、国や都道府県の対応・問題点を含めて、多角的に掘り下げて報道してもらいたい。

 ”鎖”の論理、困窮者重視の対策を

もう1つ、大きな問題は、「社会・経済活動の再開」に向けた取り組みだ。IMF=国際通貨基金の経済見通しによると新型コロナパンデミックで、2020年の世界経済の成長率はマイナス3%。リーマンショックを超え、大恐慌1929年以来の景気後退と予測。日本経済もマイナス5.2%という大幅な景気後退だ。

トヨタの営業利益も来年3月期は、80%近い減収見通し。豊田章男社長も「リーマンショックよりインパクトは大きい」とのべている。

厚生労働省によると新型コロナの影響で、経営が悪化して解雇や雇い止めにあった人は見込も含め全国で1万人を超えた。5月15日時点の数字だが、5月に入って急増。今後、企業の倒産、失業、自殺者の増加が懸念されている。

どのような姿勢で臨むか。5月22日衆参両院で行われた参考人質疑で、慶応大学の竹森俊平教授の提言が印象に残った。竹森教授は、スコットランドの哲学者、トマス・リードの言葉を紹介しながら次のような趣旨の発言をした。

「鎖の強さは、1番もろい箇所の強さに等しい。なぜなら、鎖の1番もろい箇所が崩れたら、鎖全体がバラバラになって崩れ落ちるからだ」。

今回は「困っている労働者、家主、中小企業、フリーランスなど困っている人、脆弱な部分を救って、社会をバラバラにしないことが重要だ。景気刺激策は間違っている」。つまり、景気刺激策よりも、弱者・困窮者に重点を置いた対策を進めるべきだと提言している。

”鎖の論理”、困窮者対策を本当に用意できるのか、第2次補正予算案で問われる。また、中長期の出口戦略・構想も政治の大きな焦点になる。

 安倍政権 経済再開の原則と重点は?

安倍首相は25日夜、記者会見を行い、緊急事態宣言解除を正式に表明し、段階的に社会経済活動を再開する方針を示した。

また、第2次補正予算案を27日に閣議決定し、事業規模が第1次補正予算案と合わせて200兆円を超えることを明らかにした。そして、「GDPの4割にのぼる空前絶後の規模、世界最大の対策で、100年に1度の危機から日本経済を守り抜くと」と強調した。

国民にはどう響いたか。事業規模は大事だが、知りたいのは、社会経済活動の再開にあたっての原則、政権は何を重点に取り組むのかではないか。先に竹森教授が提言していた政策の目標・重点だ。その点が弱い、伝わる哲学がない。

最近実施された毎日、朝日の新聞社の世論調査で、安倍内閣の支持率が急落した。黒川検事長の定年延長と辞職問題が影響したものと見られ、支持率は20%台後半まで下落している。こうした中で、最大の政治課題である、コロナ危機乗り切りの対策と展望を打ち出せるかどうか、安倍政権は厳しい局面を迎えている。

(了)