“迷走 所得税減税”岸田政権

今月20日に召集された臨時国会は、岸田首相の所信表明演説と、これに対する各党の代表質問が3日間にわたって行われ、物価高と経済対策を中心に激しい議論が交わされた。

このうち、岸田首相が強い意欲を示している所得税減税については、野党の批判だけでなく、身内の自民党からも「何をやろうとしているのか全く伝わらなかった」と苦言が示され、党内に不満が広がっていることが浮き彫りになった。

今回の所得税減税をめぐって、岸田首相は与党の幹部に対して検討を指示しながら、国会では減税への言及を避けるなど対応がちぐはぐで、迷走気味だ。政府の減税政策をどのようにみたらいいのか、国会論戦などを踏まえて考えてみたい。

 野党は批判、自民からも異例の苦言

各党の代表質問で質問が集中したのは「物価高と経済対策」だったが、どのような方向で取り組んでいくのか、各党の議論はかみ合わなかった。

その要因の1つに、岸田首相の対応がある。岸田首相は所信表明演説で「経済、経済、経済」と連呼し、経済を重点に取り組む姿勢を強調する一方、その実現に向けての具体策については言及を避けた。

具体的には「成長による税収の増収分の一部を公正かつ適切に還元する。還元措置の具体化に向けて、与党の税制調査会における早急な検討を指示する」とのべただけで、所得税減税に直接言及する表現はなかった。

これに対して、野党第1党の立憲民主党の泉代表は「政府の経済対策は遅すぎる。7月、8月でなく、なぜ、この時期まで遅れたのか。国民が望むのは、今年中の『給付、給付、給付』だ」として、6割の世帯に3万円のインフレ手当の給付を求めた。

日本維新の会など他の野党は、社会保険料の軽減や消費税率の引き下げなどそれぞれの党の主張を展開して、議論は平行線をたどった。

代表質問でもう1つ目立ったことは、自民党から岸田首相の減税政策に対して、厳しい指摘が飛び出したことだ。

自民党の世耕参議院幹事長は「『還元』という言葉がわかりにくかった。世の中に対して、何をやろうとしているのか全く伝わらなかった」と厳しく指摘した。

また、「岸田内閣の支持率は低空飛行、補欠選挙の結果は1勝1敗。支持率が向上しない最大の原因は、国民が期待するリーダーとしての姿が示せていないということに尽きるのではないか」と岸田首相の政権運営についても苦言を呈した。

 国会対応、政策の組み立て方も課題

今回の経済対策について、政権の対応を点検してみると、岸田首相が「税収増を国民に適切に還元すべきだ」と最初に言及したのは9月26日の閣議で、10月末をめどに新たな経済対策を策定する考えを表明した。

その後、自民党内から所得税減税を求める声が上がったが、岸田首相は明確な考え方を示さず、衆参補欠選挙を直前に控えた10月20日になって、ようやく与党の幹部に所得税減税の検討を指示した。

一方、23日は臨時国会で首相の所信表明演説が行われた。通常は、政権がその国会で成立をめざす主要政策について表明するが、今回は冒頭に触れたように所得税減税などについて、直接言及する表現はなかった。

世耕参議院幹事長が苦言を呈したのは、こうした政権の対応の遅さや、首相の指導力が発揮できていないことへの不満やいらだちがあるものとみられる。

岸田首相の立場に理解を示す自民党幹部も「政権の目標の設定や、そのための政策の組み立て方を改めないと政権運営は安定しないのではないか」と指摘する。

以上、みてきたように経済対策のとりまとめを打ち出した9月26日の時点で、最初から所得税などの定額減税の検討を含めて指示していれば、迷走することはなかったのではないか。首相自らの主導権の発揮にこだわったのではないかとの説や、年内解散の思惑も関係していたのではないかとの見方も聞く。

 4万円定額減税、7万円給付で調整へ

こうした中で、岸田首相は26日、政府・与党政策懇談会を開き、税収増の還元策として所得税と住民税の定額減税とともに給付を行う考えを明らかにし、与党の税制調査会を中心に具体的な制度設計を行うよう指示した。

政府側から示された案では、◆1人当たり所得税3万円と、住民税1万円の合わせて4万円の減税を行う。◆所得の低い人への支援策として、住民税の非課税世帯に7万円を給付し、既に決定した3万円と合わせて10万円になるとしている。

◆政府としては、来月2日に経済対策を決定したうえで、非課税世帯への給付は補正予算案の成立後、速やかに行うとともに、減税は必要な法改正を経て、来年6月に実施したい考えだ。

政府案によると過去2年間に増えた税収の総額は、所得税が3.2兆円、個人住民税が2200億円で、これにおよそ1兆円の給付金を加えると、還元総額は5兆円規模になる見通しだ。

こうした政府の方針に対して、自民党内では、減税は実施まで時間がかかることに加えて、給付金に比べると物価高への即効性が低いとして、効果を疑問視する見方もある。

また、政府は所得制限を設けない方針に対し、自民党内には、高額所得者は対象から外すべきだという意見もあり、調整が必要になる。

 減税、先送り財源含め全体像の議論を

国会は27日から衆議院予算委員会に舞台を移して、岸田首相と与野党の委員の間で、一問一答方式の詰めた議論が繰り広げられる見通しだ。

まず、物価高騰対策として、支援を減税で行うのがいいのか、給付金として支援する方が効果的なのか、支援の方法、対象、規模などが焦点になる。

また、政府の減税方針をめぐっては、税収増を減税の財源として使うのが適切なのか、大量の国債を発行している財政の健全化に当てるべきなのかといった点も議論になりそうだ。

さらに、防衛力の抜本強化に伴う増税の実施時期や、少子化対策の具体的な財源については、年末の予算編成まで先送りのままだ。

こうした先送りの政策を含めて、主要政策の予算の規模や財源の見通しなどの全体像を明らかにして、議論を深めることが必要だ。

岸田首相が大型の減税政策を打ち出したのは、支持率が低迷する政権を浮揚させる思惑が働いているとの見方が与野党の関係者から聞かれる。また、与野党双方とも、次の衆院選を意識して、国民受けする歳出増の政策が目立つ。

物価高で家計のやりくりに追われる国民は、政府の支援策への関心は高い。一方で、将来、増税や負担増の形で跳ね返ってこないか、影響を見極めて政策を判断しようとする姿勢に変わりつつあるように感じる。

政府の新たな経済対策と裏付けとなる補正予算案の内容が、どのような形になるのか。衆参両院の予算委員会の審議などを通じて、国民は岸田政権の減税政策をどのように評価するのか、今後の政治のゆくえを左右することになりそうだ。(了)