“国民目線乏しい論戦”自民総裁選

菅首相の後継を選ぶ自民党総裁選挙は、29日の投開票に向けて後半戦に入った。テレビ、新聞の政治報道は総裁選一色、特に「誰が勝つか」「1回で決まらず、決選投票で逆転か」など勝敗をめぐる予想がにぎやかだ。

国民のほとんどは投票権がないが、事実上、次の首相選びなので「何をする首相か」、特に主要政策に関心を持つ人は多いとみられる。ところが、前半戦の候補者の意見を聞く限り、主要なテーマをめぐって掘り下げた議論は乏しい。

例えば、国民の多くが高い関心を持つコロナ対策について、安倍政権、菅政権の2代にわたる失政と退陣に追い込まれた問題の核心には、どの候補者も踏み込まない。個人的には、政権の司令塔機能が果たせなかった点に大きな問題があったとみているが、4人の候補者は「欠けていたことは、丁寧な説明」などと論点をずらしているようにみえる。

「議員投票では党内実力者の支持が必要であり、政権や執行部に厳しい意見を言えるわけがない」との反論が聞こえてきそうだが、そのような腰の引けた対応では次の総理・総裁として、国民の信頼を得ることはできない。

コロナ対策は自らが就任した場合も、直ちに真剣勝負が迫られる最優先課題だ。それだけに後半戦の論戦では、各候補者は主要テーマを絞り込んで、踏み込んだ論戦を望みたい。こうした結論や注文をする理由、背景などについて、以下詳しく説明したい。

 コロナ対策、総括なき議論の限界

今回の総裁選で国民の関心が最も高いコロナ対策から、具体的にみていきたい。4人の候補者の主な主張を手短に確認しておくと次のようになる。

◆河野規制改革担当相は「ワクチン3回目接種の準備」、◆岸田前政務調査会長「健康危機管理庁の設置」、◆高市前総務相「ロックダウンの法整備検討」、◆野田幹事長代行「臨時病院の整備」など独自政策のアピールに懸命だ。

これに対し、国民の側が聞きたい点は、安倍前首相と菅首相が2代にわたってコロナ対策に失敗して退陣に追い込まれた原因は何か。自ら首相に就任した場合、その教訓を生かして、何を最重点に取り組むのかという点に尽きる。

ところが、4人の候補者とも「欠けていたのは、丁寧に説明するということ」「国民に対する丁寧な説明」など説明の仕方の問題に論点をずらしている。

振り返ってみると菅政権では、1月に2回目の緊急事態宣言を出して以降、飲食店の営業時間短縮の1本足打法を長期にわたって続けた後、5月頃からはワクチン接種最優先の1本足打法へと切り替わった。

しかし、その後も感染急拡大と医療危機は収まらず、夏場になって3本柱、感染抑制、ワクチン接種、医療提供体制整備の対策がようやく打ち出された。この間、菅政権はコロナ対応について、まとまった評価、総括をしないまま退陣を迎えようとしている。

今回の総裁選の議論では各候補者とも、安倍前政権や菅前政権の対応策についての評価には踏み込まず、ワクチン接種や新薬の開発などの個別の問題について議論を続けている。このため、国民の側からすると、4人の候補者は菅政権のどこを変え、何を最重点に取り組もうとしているのか、さっぱり伝わってこない。

また、各種の討論会やテレビ番組の議論を聞いても、司会者側から、これまでの経緯や事実に基づいた具体的な質問がほとんどなされないため、問題の核心に触れるような議論に発展せず、説得力を持たない形に終わっている。

今月末に期限を迎える緊急事態宣言は、感染の減少傾向がはっきりしてきたことから、19都道府県で全面的に解除される公算が大きい。新総裁・新首相は、就任後直ちに対応を迫られるので、これまでの政権の対応の評価や総括については、後半戦の議論の中で決着をつけておく必要がある。

 外交・安保の基本構想の明示を

次に外交・安全保障の問題がある。米中対立が続く中で、特に中国とどのように向き合うのか。そして、日本が国際社会の中で、どんな役割を果たすのか、知りたい点だ。

また、台湾海峡の安定や香港の民主主義の問題をはじめ、北朝鮮のミサイル開発、敵基地攻撃能力の保有や、サイバー攻撃への対応など個別問題も多く抱える中で、最大の貿易相手国である中国との外交をどのような考え方や原則に基づいて進めるのか。

さらに、自衛隊の整備の進め方、防衛予算の扱いも問題になる。日米同盟を基軸に日本は、アジア太平洋地域の平和と安定にどのような役割を果たすのか、軍事面だけでなく、外交力を含めて基本的な構想を明らかにする責任がある。

 政治姿勢 信頼回復への具体策は

国民の関心事項の3つめは、政治・行政の信頼回復に関わる問題だ。

安倍長期政権と後継の菅政権では、政治とカネをめぐり主要閣僚が辞任したり、衆参議員が議員辞職したりする事態が続いたほか、財務省の決裁文書の改ざんという前代未聞の不祥事などが相次いだ。

また、官僚の政権に対する忖度や委縮も目につき、「官僚のあり方」も何とかしないと、官僚の政策提案能力も失われてしまうのではないかと危惧している。

こうした長期政権の「負の遺産」にどう対処するか。4人候補者は、この点でも踏み込み不足が目立つ。議員投票で党内実力者の反発を避けたいという及び腰がうかがえる。

不祥事にケジメをつけ、政治・行政の信頼回復を取り戻すことは、コロナ対策をはじめ政治課題の実現に向けて、国民の協力を得るための前提条件でもある。

疑惑や不祥事については、国会の政治倫理審査会などで必ず説明させることや、公文書の保存と公開、政治と官僚の関係の見直しなど自らの政治姿勢を明確にすることは避けて通れないのではないか。

自民党のベテランに話を聞くと「今回の総裁選の顔ぶれをみると、正直なところ、小粒という印象は避けられない。長期政権下で人材育成を怠ったつけが、人材不足という形で現れている」と不安をもらす。

こうした不安を払拭するためにも、各候補者は主要なテーマについて、自らの考えや構想を明らかにするとともに、具体的にどんな政策に取り組むのか、鮮明に打ち出すことを求めておきたい。

そして、総裁選の後半戦では、個別の問題への対応を羅列するのではなく、党員や一般有権者が大きな関心をもっている主要なテーマに絞り込んで「何をめざすリーダーか」がわかる論戦に切り替えてもらいたい。

自民党の総裁選挙で投票できる党員は110万人、有権者全体の1.1%に過ぎない。但し、事実上の次の首相を選ぶ選挙であり、次の衆議院選挙で多くの有権者の判断材料にもなるようなリーダー選びが問われているのではないか。

なお、総裁選の選挙情勢については、前号でお伝えした内容と基本的に変わっていない。党員投票では、河野氏が大きくリードしているが、議員票と合わせて第1回の投票で、過半数を得て決まる状況にはないとみている。

決選投票に持ち込まれる公算が大きく、岸田氏、河野氏、高市氏がそれぞれ当選するケースが予想され、23日夜の時点で情勢は、なお流動的だとみている。