“たたき上げ”優勢 ” 世襲エリート”苦戦 自民総裁選

安倍首相の後任を選ぶ自民党総裁選挙は、8日午前10時から立候補の届け出が行われた後、14日の投開票日に向けて選挙戦に入る。

選挙結果の見通しをベテラン議員に聞くと「幕が開く前に芝居は終わった」と冷めた口調で語る。岸田政調会長、石破元幹事長、菅官房長官の三つ巴だが、派閥の応援で菅官房長官優勢は変わらないとの見方が強い。

なぜ、菅官房長官が優勢なのか。総理・総裁の座をめぐる権力闘争、しかも安倍最長政権の後継争いでは、さまざまな要因が考えられるが、突き詰めていくと候補者の特性、政治家の資質や能力の問題に突き当たる。

そこで、今回は「政治家の特性」に焦点をあてながら、総裁選のゆくえを分析してみたい。

 ”世襲エリート” 対 ”たたき上げ”

安倍首相の後継総裁選びをめぐっては、石破元幹事長と岸田政調会長の2人が有力候補として先行する形が続いてきた。

石破元幹事長は、報道各社の世論調査で「次の総理候補」のトップを走ってきた。父親は官僚出身の参議院議員、自治大臣や鳥取県知事を務め、田中角栄元総理とは昵懇の間柄。石破氏は慶応高校、慶応大学法学部から旧三井銀行に入った後、父親の死去を契機に政界入り。28歳で衆議院議員に初当選、防衛相や自民党幹事長などの要職を歴任、総裁選に既に3度挑戦した63歳のベテラン政治家だ。

岸田政調会長は、父親が元通産官僚の衆院議員で、自民党の経理局長などを務めた。祖父も衆院議員の3代目。東京で著名な開成高校から、早稲田大学法学部を卒業、長期信用銀行入り。1993年の衆院選で初当選、安倍首相と同期。池田勇人元総理を筆頭に4人の宰相を生んだ名門派閥、宏池会の会長も務める。安倍首相が後継を託す候補とみられてきた63歳のエリート候補。

これに対して、安倍首相の突然の辞任表明後、電光石火登場したのが菅官房長官。政界ではいずれ手を挙げるとの見方が続いてきたが、本人は「考えていません」と否定してきた。

菅氏は「平成」からの改元で「令和おじさん」として有名だが、それまでは地味で、安倍政権を裏で支える番頭、「権力の管理人」的存在だった。立候補表明で自ら語ったように秋田県の農家の長男。団塊の世代で、地元の湯沢高校を卒業した後、上京。小さな会社で働きながら法政大学を卒業。代議士秘書から横浜市議を経て、1996年衆院選で初当選した苦労人。旧竹下派、宏池会を経て無派閥で活動中に安倍首相と意気投合、第1次安倍政権の総務相から政権を支えている。

このように今回の総裁選は、2人の”世襲エリート”vs”たたき上げ”の構図だ。

 ”情報・人・カネ”集中ポストの強み

それでは、この”たたき上げ”候補が、なぜ、”世襲エリート”候補に対して圧倒する勢いを持ち込めているのかという点だ。

旧知の政界関係者に話を聞くと「今回の総裁選びとその後の政局を考えると、菅氏が官房長官という主要ポストを7年8か月独占してきた意味と重み。この点を考えることが最大のポイントだ」と指摘する。

確かに、官房長官といえば、各省庁の政策などの調整に始まって、政権に関係するありとあらゆる出来事を処理する。安倍1強と言われ、しかも憲政史上最長を記録した政権の要役を務めてきた。

平たく言えば、”情報、人、カネ”を集中して扱ってきた「政権の管理人」。カネといえば、領収書なしで扱える内閣機密費の威力を指摘する関係者も多い。

安倍首相の辞任表明の翌日、菅氏は二階幹事長らと密かに会談。二階幹事長はいち早く菅支持を打ち出し、岸田・石破両氏の派閥を除く5つの派閥が雪崩を打って菅支持へと続いた。二階幹事長とのふだんの付き合いの深さもうかがえた。

その二階幹事長は、総裁選の日程調整の一任を受けて、コロナ対応が続く中で、政治空白は許されないとして、党員投票を省略することで党内をとりまとめた。この結果、国会議員票の比重が高まり、この点も菅氏有利に働く形になった。

菅氏はこの10年近く無派閥で活動し、一見すると有力派閥が仕切る総裁選は不利に見える。しかし、異例の長期にわたって官房長官を続けており、この強みを最大限生かして、総裁選を乗り切ろうとしていることが読み取れる。

”排除の包囲網” ”選挙の顔に弱さ”

これに対して、石破氏率いる派閥は、所属議員19人という小世帯。地方票に強い石破氏にとっては、本格的な党員投票がなくなったことは、大きな痛手だ。安倍首相や麻生副首相は、後継総裁ポストに石破氏が就くことに反対の意向とされ、石破氏は、主要派閥による”排除の包囲網”を突破できていない。

岸田氏は安倍長期政権のうち、4年7か月を外相、続いて党の政調会長として支えてきた。岸田氏は、安倍・麻生両氏の支援に基づく3派体制で、政権を獲得する戦略とみられてきた。しかし、党内では、岸田氏は発信力が弱く、次の衆院選を戦う選挙の顔として弱いとの評価を打ち消すことができなかった。結局、安倍首相や麻生副総理は、後継の本命を次善の菅氏に乗り換える形になった。

菅氏のしたたかな戦略と行動力に比べて、岸田氏、石破氏ともに政権獲得への準備や体制づくりへの詰めが甘いとの指摘が聞かれる。2人は1年後の総裁選もにらんで、激しい2位争いを繰り広げているが、どうなるか。

   負の遺産、コロナ対策など難問

総裁選は14日の投開票日に向けて、国会議員票と、各都道府県連に3票ずつ割り振られた党員票をめぐる戦いが本格化するが、菅氏優勢は動きそうにない。

また、報道各社の世論調査で、安倍内閣や自民党の支持率が上昇。3人の総裁候補の中では、安倍路線の継承を掲げる菅氏の支持が最も高い。このため、菅氏が後継の総理・総裁に選ばれた場合、ご祝儀相場も重なり、短期的には高い支持率が予想される。

一方、菅氏にとって問題は、安倍政権の継承は、政権の負の遺産も引き継ぐことにもなる。森友、加計、桜を見る会、公文書の改ざんなど一連の不祥事をどのように払拭し、政治・行政の信頼回復にどうつなげるか、大きな課題を抱え込む。

また、国民の最大の関心は、コロナ対策だ。安倍政権の対応は後手に回ってきた。年末に向けて国民生活や中小事業者の経営、日本経済全体をどのように立て直していくのか、政権の継承だけでは、乗り切りは難しいとの見方も根強い。

このほか、来年秋の任期満了まで1年に迫った衆院選挙。自民党内からは、早期解散論も聞かれるが、コロナ感染が収束できていない段階では、世論の猛反発も予想される。

このように菅官房長官は総裁選では勝利に大きく近づいているが、新政権スタートと同時に、待ったなしの難問が数多く待ち構えている。最初のハードルが、組閣と自民党役員人事、政権の体制づくりが順調に運ぶかどうか、新しい総理・総裁の手腕がさっそく試される。