菅首相”二正面作戦”の賭け

東京、大阪など9つの都道府県に出されている緊急事態宣言は、5月31日の期限が6月20日まで延長されることになった。

菅首相は、この延長期間で「感染防止とワクチン接種とという『二正面作戦』の成果を出す」と決意を示すが、東京五輪を控え、期限内に感染を抑え込み、宣言を解除できるのか大きな賭けとみることもできる。菅政権の対応を点検する。

 ”宣言などなし”わずか21日間

緊急事態宣言を振り返ると、東京などに2度目の宣言が出されたのは、年明けの1月8日。以来、宣言の延長、再延長、緊急事態に準じる「まん延防止等重点措置」も出され、”宣言などが解除され何もなかった日”は調べてみると、わずか21日間だ。

今回、6月20日まで延長が続くと、東京はざっと半年間で”宣言などなし”は、3週間という短さだ。これでは、政府や自治体の対応は、失敗、失政と言わざるをえない。

 二正面作戦 実態はワクチン頼み

さて、菅首相は宣言延長を決めた28日夜の記者会見で、今回の宣言延長ついて「感染抑止とワクチン接種という『二正面作戦』の成果を出すための、極めて大事な期間と考えている。内閣の総力を挙げて取り組んでいく。私自身その先頭に立ってやり遂げていく」と決意を表明した。

問題は、二正面作戦の中身だ。感染防止の中身は、飲食店の時間短縮や酒提供の停止が中心で、これまでとほとんど変わっていない。成果が上がるか疑問が残る。

もう1つのワクチン接種は、新たな挑戦という位置づけだ。ワクチンという新たな武器をようやく手にできたので、これを最大限活用して、何としても感染を抑え込みたいというのが本音のようだ。

ということは、二正面作戦と言っても、柱はワクチン接種、ワクチン頼みというのが実態だ。

その二正面作戦の柱であるワクチン接種は、接種率が5割を超えると感染者数が大幅に減少するといわれるが、いつ5割達成を目指すのか”戦略目標”は、はっきりしない。

また、ワクチン効果が出るまでには時間がかかる。その間、変異株にどう対処するのか。感染防止の新たな具体策、ワクチン接種の進み具合などとを組み合わせた”工程表”も示されていない。

 ワクチン接種の加速 調整機能に弱点

ワクチン接種について、もう少し詳しく見ておきたい。菅首相は「できることは全てやる。1日100万回を目指し、高齢者接種は7月末まで完了させる」と号令をかけている。

また、高齢者接種の見通しがついた市区町村から、次の基礎疾患がある人たちを含め、一般の人たちの接種を6月中から開始するとワクチン接種をさらに加速させる指示を出している。

接種の現状は、高齢者3600万人のうち5月27日現在で、1回目の接種が終わった人が10.4%、2回目が終わった人は0.7%に止まる。目標は、まだまだ遠い。

気になるのは、高齢者接種の市区町村が主体とされてきた。ところが、ここにきて国・自衛隊が乗り出し、東京と大阪で大規模接種会場を設営した。続いて、都道府県も独自の大規模接種を始める見通しだ。国、都道府県、市区町村の連携などは大丈夫か。

一方、市区町村の現場の悩みは、ワクチン接種の打ち手が足りないことだ。歯科医にも参加してもらうことになったが、さらに医療の検査関係者にまで広げられないか調整が続いている。

こうした対応を見るとついつい、海外と比較してしまう。専門家によるとイギリスでは、大規模接種を進める公的な組織があり、接種会場も病院、診療所だけでなく、教会や競馬場などにも設営するなど早くから準備を進めてきた。

また、接種要員が不足することが予想されたため、去年の夏には、医学生や理学療法士なども接種を行えるよう検討を始め、10月には法律改正も済ませたという。先を読み、用意周到だ。

これに対し、日本は、夏に五輪・パラリンピックが決まっていながら、対応は遅く”場当たり的対応”が目立つ。先の大戦の「失敗の本質」は今も変わっていないのではないかと感じてしまう。

高齢者に続いて、今後は一般の人たちへと対象者がさらに広がる。ワクチン接種についても司令塔、全体を統括・調整する機能が弱い。計画的に準備を進め、混乱が生じないよう強く注文しておきたい。

 五輪開催に突き進む 難題は山積

東京オリンピック・パラリンピックについて、菅首相は開催へと突き進む方針だ。「安全、安心な大会に向けて取り組みを進める」と繰り返す。

これに対して、世論の受け止め方は報道各社の世論調査で、中止を求める割合が4割から6割で多数を占める。開催する場合も、観客を入れない無観客を求める意見が最も多い。

世論の側は、世界の感染状況が深刻な中で、開催が妥当なのか。日本国内の医療に及ぼす影響などを深刻に受け止めている。

こうした点について、菅首相は、来日する大会関係者を当初の18万人から半分以下の7万8千人に減らすほか、選手や関係者には徹底した検査とワクチン接種、宿泊先の制限などで、一般国民と交わることがないよう徹底した行動管理を行うと強調する。

健康管理にあたる医師や看護師など医療関係者の確保、それに感染者が出た場合の指定病院など体制整備について、首相の記者会見では触れなかった。

さらに、国内の観客の扱いについても未だ決まっておらず、大会開催への課題は山積している。

安全、安心な大会は可能なのか、科学的なデータとともに感染対策の全体像を早急に明らかにする必要がある。開催の賛否が鋭く対立する中では、データに基づいて科学的に判断、決定するのが基本だ。

また、開催に踏み切る場合には、万一、感染急拡大など事態悪化の場合、自ら政治責任を取る考えを明らかにしないと国民の納得は得られないのではないか。

東京や大阪では、新規感染者数は減少してきているが、高止まり状態が続き、予断を許さない状況だ。宣言の期限である6月20日までに「二正面作戦の成果」が現れ、緊急事態宣言が解除されるのかどうか、菅首相にとって正念場を迎えている。