衆議院の3つの補欠選挙は28日に投開票が行われ、いずれも立憲民主党の候補者が勝利し、自民党は不戦敗を含めて3戦全敗となった。
唯一、与野党対決となった島根1区は自民党が長年、議席を維持してきた牙城だったが、立憲民主党の元議員の亀井亜紀子氏が自民党新人を破って議席を獲得した。自民党の裏金問題に対する有権者の批判や怒りが、自民党の選挙地盤を覆した形だ。
岸田政権の下で、衆参の補欠選挙は5回目になるが、これまで自民党が負け越すことはなく、全敗したのも今回が初めてだ。
今回、岸田政権へのダメージは大きく、首相の求心力は低下するとの見方が広がっている。今は国会開会中で「岸田降ろし」が直ちに表面化する可能性は低いとみられるが、秋の総裁選挙をにらんだ動きが活発になり、政局は流動化してくる見通しだ。
3つの補欠選挙で有権者はどのような判断を示したのか、NHK出口調査のデータを基に分析してみたい。また、今後の政治はどのような展開になるか、ポイントを考えてみたい。
”保守王国”島根で野党勝利の異変
▲今回の3つの補欠選挙のうち、今の政治状況を最も鮮明に映し出したのが島根1区だ。衆議院に小選挙区が導入された1996年以降、島根県は全国で唯一、自民党が議席を独占してきた”保守王国”だが、今回初めて野党が勝利して議席を獲得した。
NHKが投票当日、投票所に足を運んだ有権者を対象に行った出口調査によると投票する際に「政治とカネの問題を考慮した」という人は76%、8割近くに達した。そのうち、70%の人が立憲民主党の亀井亜紀子氏に投票したと答えた。裏金問題が、選挙結果に大きな影響を及ぼしたことがわかる。
投票者を支持政党別にみると、当選した亀井氏は◇立憲民主党支持層の90%台半ばの支持を集めたほか、◇日本維新の会支持層の60%台半ば、◇無党派層の70%台後半から支持を得ていた。
さらに、亀井氏は◇自民党支持層のおよそ30%、◇公明党支持層の40%余りの支持も獲得していた。
これに対して、自民党新人の錦織功政氏は、◇自民支持層の70%、◇公明支持層の40%余りの支持に止まり、◇無党派層の支持は20%余りだった。
このように亀井氏は、野党支持層や無党派層の多数を固めたことに加えて、与党支持層にも支持を広げたことが勝因だ。これまで自民党に投票してきた支持層の一定割合が、裏金問題を契機に野党支持へ投票行動を変えたことが読み取れる。
▲野党や無所属など過去最多の9人が争った東京15区は、立憲民主党新人の酒井菜摘氏が抜け出し、初めて議席を獲得した。自民、公明両党は候補者擁立を見送った。
NHK出口調査では、◇投票者の24%を占める自民支持層は、主な候補者5人に票が分散した。酒井氏は、◇立憲民主党と◇共産支持層の大半を固めたうえで、◇全体の4割を占める無党派層の30%余り、候補者の中で最も多くの支持を獲得したことが勝利につながった。
東京15区では、東京都の小池知事が、無所属新人の乙武洋匡氏を支援したことから、小池知事の影響力に関心が集まった。その乙武氏の得票数は、1万9655票で5位に止まった。
小池知事の都政運営の評価は「評価する」が75%、「評価しない」が30%余りだった。「評価する」と答えた人のうち、20%台後半が酒井氏に投票したと答え、次いで無所属の前参議院議員の須藤氏と維新の金澤氏にそれぞれ10%台後半、乙武氏は10%半ばに止まった。
小池知事をめぐっては、今年1月の東京・八王子市長選挙で自公の推薦候補を応援して当選につなげるなど選挙の強さを発揮したが、今月21日の目黒区長選挙では、支援した候補者が現職に敗れており、今回も選挙関係者からは「学歴詐称疑惑が取り沙汰されて以降、小池氏の選挙への影響力は低下している」との見方が聞かれる。都知事選の告示を6月20日に控え、小池知事の対応に注目が集まっている。
▲長崎3区については、自民、公明両党が候補者擁立を見送ったことから、野党の候補者2人の戦いとなった。立憲民主党の前議員で、社民党が推薦した山田勝彦氏が、維新新人の井上翔一朗氏に大差をつけて、当選を果たした。立民と維新の争いでは、2つの選挙とも立民が制した。
政権の求心力低下、6月解散は困難か
さて、3つの補選の結果を受けて、これからの政治はどのように展開するか、どこがポイントになるかみていきたい。
まず、岸田政権にとって、3つの補欠選挙で全敗したことは大きな打撃だ。特に島根1区は、2度も現地入りし選挙運動最終日も懸命なテコ入れを行ったが、挽回できず、岸田首相の求心力低下を印象づけた。
また、自民党内から岸田内閣の支持率低迷に加えて、補選の敗北で「次の総選挙の顔として、岸田首相はふさわしいのかどうか」疑問視する声が強まることも予想される。
但し、通常国会は連休明けには終盤戦に入り、重要法案を抱えていることなどから、自民党内で補選の敗北をめぐって「岸田降ろし」が表面化する可能性は低いとの見方が多い。
このため、閣僚経験者の1人は「6月末の会期末や秋の総裁選挙をにらんで、水面下でさまざまな動きが出てくるのではないか」との見方をしている。
一方、岸田首相に近い幹部は「岸田総理は打たれ強いので、自ら身をひいたりすることは考えられない。秋の総裁選に向けて政治課題を1つずつこなしながら、国会会期末に大きな政治決断をすることがあるかもしれない」と6月解散もありうるとの見方を示している。
これに対して、別の党幹部は「今のような支持率で、解散をすれば自民党は壊滅的な打撃を被るだろう」とのべ、6月末の解散・総選挙には反対する意向を漏らしている。
今回の補欠選挙の結果と、選挙の勝敗という面から考えると、自民党内では、6月末の解散論には慎重論が一段と強まることが予想される。
もう1つは、連休明けの通常国会では、野党側は、裏金問題を受けての実態解明と政治資金規正法の抜本的な改正を要求する構えだ。これに対して、自民党が先に公表した改革案は、確認書の義務化といった部分的な内容に止まっている。
このため、岸田首相が自民党内の慎重論を説得しながら、踏み込んだ改正案を打ち出し、野党側との協議を経て実現までこぎ着けられるかどうか、岸田首相の指導力が問われることになる。
以上、みてきたように補欠選挙後の政局は、1つは、政治資金規正法の改正をめぐって、岸田首相と野党側との綱引きがどのような展開になり、国民がどちらを支持するのかが焦点になる。
もう1つは、6月の会期末の時点で、岸田首相が秋の総裁選と衆院解散・総選挙の時期をどう判断するか、自民党内と与野党の駆け引きが激しくなる見通しだ。岸田首相にとっては、会期末までに政権の実績を上げ、国民の支持が広がらないと、秋の総裁選での再選も険しい道になるのでないかとみている。(了)