裏金問題の法改正”やり直しが必要では”

自民党派閥の裏金事件を受けて、自民党が提出した改正政治資金規正法が19日の参議院本会議で、自民、公明両党の賛成多数で可決、成立した。衆議院では賛成した日本維新の会をはじめ野党側はそろって反対した。

1月の通常国会冒頭から延々、議論を続けて法改正にこぎ着けたことは評価したいところだが、成立した改正内容をみると「期待外れ」と言わざるを得ない。報道各社の世論調査でも国民の多数は、今回の法改正を評価していない。

したがって、結論を先に言えば「やり直しが必要ではないか」と考える。なぜ、こうした結論になるのか、以下、その理由を説明したい。そのうえで、国民として、これからどうすべきか考えてみたい。

 法改正も透明性低く 残る抜け穴

まず、成立した政治資金規正法の内容については既に何度も取り上げたので、詳細は繰り返さないが、改正の対象が極めて狭い範囲に限られているのが大きな特徴だ。裏金問題にメスを入れることを願ってきた国民の認識と大きなズレがある。

次に政治資金の問題は「政治資金の透明性」をどこまで徹底するかが問われていた。焦点になった政党から幹部議員に渡される「政策活動費」については、支出の項目や年月が新たに報告されることになったが、領収書の公開は10年後だ。これでは「透明性」の確保につながらないと疑念を持たれるのは当然だ。

また、今回の法改正では、自民党と公明党、日本維新の会との修正協議を経て、「検討」項目が増えた。一見、改善が進んだように見えるが、例えば政治資金をチェックする第三者機関はどんな権限を持つのかはっきりしない。具体的な制度設計ができていないので、評価しようがないのが実態だ。

このように改正内容は部分的なので、従来の抜け穴、ザル法と言われる状態が続くことになる。

さらに、30年余り前のリクルート事件当時から問題になっていた企業・団体献金の廃止をはじめ、「政党活動費」の廃止、政治資金収支報告書のデジタル化の取り組みなど根本問題についても掘り下げた議論にはならなかった。

 裏金復活に議員関与、裁判証言で浮上

この国会では、もう一つ「裏金事件の実態解明」が大きな課題になったが、全く進まなかった。その大きな原因は、自民党の実態調査が甘く着手が遅れたことと、安倍派幹部が「知らぬ、存ぜず」に終始したことにある。

この裏金事件で、政治資金規正法違反に問われた安倍派の会計責任者、松本淳一郎被告の公判が18日、東京地裁で開かれた。この中で、松本被告は、一度は中止の方針が示されたキックバックが再開された経緯について、生々しい証言を行った。

「2022年7月末、ある幹部から再開を求められ、その後の幹部の協議で再開が決定した」。その協議に出席したのは「下村さん、西村さん、世耕さん、塩谷さんが集まって話し合いが持たれた。方向性として、還付はしようということになった」と証言。ただ「ある幹部」の具体名は明らかにしなかった。

この派閥幹部4人は政治倫理審査会で弁明したが、塩谷座長を除く幹部3人は「派閥の幹部の協議では、結論は出なかった」「自ら関わっていない」という趣旨の説明をしており、松本証言とは大きく食い違う内容だった。

この国会では、こうした幹部議員の弁明に対して、事実関係を解明するための証人喚問を行わなかった。また、派閥の会長経験者で裏金事件の経緯に詳しいとみられる森元首相を参考人として招致することも見送られた。

松本証言が明らかになったことから、国会として実態解明に向けて、安倍派幹部の証人喚問などを改めて検討する必要があると考える。

自民党・岸田政権、乏しい改革姿勢

それでは、裏金事件の実態解明が進まず、法改正も評価が得られない原因はどこにあったのか。通常国会も閉会するので、整理しておきたい。

今回の事件は自民党の派閥の裏金づくりにあったので、第一義的には各派閥に責任がある。同時に総裁として党全体を統括する立場にある岸田首相と、党執行部も大きな責任を負っている。

その岸田首相と党執行部の対応は事件発覚以降、不記載の実態把握の調査をはじめ、関係議員の聴き取り、国会での弁明、党の処分などいずれも後手の連続で、国民の失望と不信を招いた。

また、再発防止に向けた政治資金制度のあり方についても、公明党や野党各党は1月から2月にかけて、それぞれの党の独自案をまとめて公表した。

これに対し、自民党だけが独自案のとりまとめが遅れ、最終的に自民案を国会に提出したのは5月中旬と大幅にずれ込んだ。こうした自民党の後ろ向きの姿勢が国会での与野党の議論が深まらず、国民の理解も得られなかった大きな原因だ。

自民党の対応が後手に回ったのは、岸田首相らが党内の意見をとりまとめ、対応策を打ち出していく取り組みが弱かったことが挙げられる。党の運営や国会対応で場当たりの対応が目立ち、指導力が発揮できなかった。

その背景としては「岸田首相と茂木幹事長との確執で、政権が一体となって取り組む体制になっていなかった」と指摘する党関係者は多い。

さらにリクルート事件の際には、自民党の多数の議員が参加して党改革の議論を深め、党全体がめざす進路を「政治改革大綱」という文書として打ち出し、国民の理解を得ることができた。

それに比較して「今回は上は首相・党役員から、下は中堅・若手議員まで危機感と熱意に乏しく、大胆な改革に踏み出せなかった」と党幹部の1人は今後の影響を懸念する。

こうした一方で、野党に対して国民の期待が高まっているわけではない。今回、抜本的な政治改革まで議論できなかったのは、野党の力不足も大きい。今後どのような目標を掲げ、実現をめざしていくのか、野党の戦略と力量も厳しく問われる。

政治の流れを変えるか、世論の風圧

さて、これからの政治はどのように展開するのだろうか。政治資金制度の改革は成果を上げているとは言えないが、一方で、政治に変化の兆しがみられる。具体的には、岸田政権や自民党に対する世論の評価だ。

NHKの6月の世論調査(7日~9日実施)では、岸田内閣の支持率は21%、不支持率は60%。自民党の政党支持率は25.5%まで下落した。内閣支持率、自民党支持率ともに2021年の岸田内閣発足以降、最低の水準だ。自民党政権下の内閣としては、2009年麻生政権末期に近い状況だ。裏金問題の逆風が影響しているものとみられる。

朝日新聞の6月世論調査(15、16日実施)によると、岸田内閣の支持率は22%、不支持率は64%。自民党の支持率は19%で、2009年麻生政権末期の20%を下回った。裏金問題への岸田首相の対応は「評価しない」が83%、自民党の改正案が成立した場合、再発防止は「効果がない」とする回答が77%に達した。

また、次の衆院選挙の投票先(比例代表)としては、自民党が24%に対し、立民19%と接近している。その他の各党は、維新10%、公明6%、共産5%、れいわ5%、国民4%などと続いている。

このように世論の評価が、風圧となって政権与党の支持基盤を変えつつあることが読み取れる。また、国民の多数が、今回の法改正をほとんど評価していないことからも「政治改革のやり直し」が必要だと考える。

その際、国民の側は「政治とカネの問題」を忘れずにしっかり記憶し、次の選挙の争点として位置づけ、候補者や政党に対応を迫っていくことが必要だ。こうした世論の力が、今後の政治を変えていくことになるのではないかとみている。

今の国会は、21日に内閣不信任決議案の採決が行われた後、23日に閉会する見通しだ。閉会後は、秋の自民党総裁選に向けて激しい動きが予想される。但し、新総裁が選ばれても「政治とカネ」の問題に本気で向き合わないと、次の選挙で国民から厳しいしっぺ返しを受けることが予想される。(了)