揺らぐ政権の看板政策 Go Toトラベル

政府は観光需要を喚起するための「Go Toトラベル」の事業について、全国一律実施から、東京発着を除く方針に転換し、7月22日から実施する見通しだ。

こうした方針をどう見るか。東京は過去最多の感染者数、「東京除外は、仕方がない」との受け止め方。あるいは「感染拡大が収まった後にすべき」との受け止め方に分かれるのではないか。刻々と状況が変わるコロナ感染症の下で、重要な政策を決定しなければならない難しさがある。

私個人の見方は、東京を除外した結果、この事業の「制度設計の複雑さ」が一段と増し、感染拡大防止と需要喚起の両面で、効果が減少するのではないかと心配している。

もう1つは、政策論とは別に、菅官房長官と小池東京都知事との対立が大きく影響したのではないか、舞台裏事情と双方の問題意識に関心がある。

安倍政権の看板政策である「Go Toトラベル」事業、大きく揺らいでいるように見えるが、この事業の問題点と背景、今後のあり方を考えてみたい。

 「東京除外」制度設計が複雑化

今回のGo Toトラベル事業で、東京発着の旅行と東京都民1400万人を除いた意味からみておくと、除外理由は、東京での感染拡大を全国に広げないためということになる。それなりの理由ではある。

その上で、次の問題は、東京に続いて、神奈川県や埼玉県でも感染者が拡大しており、神奈川県では独自のアラート警戒宣言を発する段階にまで至っている。東京に限定せず、隣接県を含めた「首都圏」として対象にした方が適切という考え方も成り立つのではないか。

また、大阪など関西圏も拡大した場合、どうするのかといった問題もある。要は「除外の線引きとその基準」をスタートまでにはっきりさせる必要がある。

次に、東京除外の場合、一番の問題は「制度設計が複雑化」することがある。地方から、東京の羽田空港を利用して、千葉県のデイズニーランドに行くのは対象になるが、途中で東京観光の日程が入っていてはダメなどクイズのようなやりとりが話題になると、制度の先行きは危うい。

また、旅行現場では、事業を見越して予約をしていた利用客のキャンセルが相次いでいるという。こうしたキャンセルについては、政府はキャンセル料の補償はしない方針だ。また、宿泊先では、東京以外の宿泊客であることを確認するため、運転免許証や健康保険証による本人確認も必要になる。

さらに感染拡大を防止するため、高齢者や若者の団体は旅行を控えてもらうよう呼びかける方針だ。制度が複雑になり、制約が多くなる。

 感染防止と経済活動のバランス

この問題、突き詰めると感染防止と、経済活動再開とのバランスをどうとるかの問題になる。感染防止を重視すれば、実施時期を遅らせ、クーポン券が利用できる9月実施にした方がいいという案も聞いた。一方、それでは、観光事業関係者は経営や生活が成り立たないとの反論も出てくる。

こうした難しさを抱えているが、個人的には、今回のコロナ感染症の特性を考えると「感染防止により比重」を置いて考えざるをえないのではないか。1兆3500億円の巨額な税金を使う事業は、タイミングを慎重に考える必要がある。観光事業者などの救済策は別の方法で対策を実施するのが妥当ではないかと考える。

そこで、今回の政府案、国民の理解と支持が得られるかどうか。コロナ感染が収まらない中での政策の決定は、想定外のことが起こりうる。方針変更、軌道修正はやむを得ない。その場合、問題点などを率直で、正直に説明することが重要だ。今回の政府案は、どうも小手先の対応、説明も十分とは言えないのではないか。

コロナ対策では、世帯向け現金30万円給付案が制度が複雑でわかりにくく、1人10万円給付案に転換した例もある。制度設計の中身をもう一度、総点検し、改善すべき点は思い切って大幅に改善した方が、混乱が小さく抑えられると考える。

 菅 小池両氏の対立と論点

最後に、もう1つの関心事項。菅官房長官と、東京都の小池知事との関係。菅官房長官は今月13日、訪問先の北海道で、東京でコロナ感染者が急増している問題をとらえて「この問題は、圧倒的に『東京問題』」と鋭く指摘。

小池知事は直ちに反応、「政府はGo Toキャンペーンとの整合性をどうとっていくのか『むしろ国の問題だ』」と反撃、消費喚起策と感染防止策との整合性をどのようにとるのか国が示すべきだとの認識を示した。

この両氏の関係は、4年前の東京都知事選の候補者選びや、東京の税収問題などで対立が続いてきた。今回の問題でも、両氏の対立が影響したとみるのが自然だろう。

問題は、政府と東京都とが対立しているばかりでは、問題の解決・前進につながらない。両者の対立点を覆い隠して繕うより、問題点・論点をはっきりさせて調整した方が生産的だ。

具体的には、東京の感染症対策で、兼ねてから感染者数、PCR検査数、ベッドの確保数など検査・医療情報が正確・迅速に把握されていないのではないかとの指摘が出されていた。また、夜の街の対策については、地域を限定して具体策に踏み込むべきではないかなどの考え方も出されている。

おそらく菅官房長官は、こうした点を踏まえて、東京都は有効な対策を打ち出していないと言いたかったのではないかと推察する。対する小池知事は、それなら知事が休業要請した場合の休業補償など財政的な支援を検討してもらいたいと言いたいのではないか。

これからのコロナ対策、法律の不備な点など論点は多数あるが、まずは、現実の問題、国と地方自治体がお互いの主張をぶつけ合い、調整していくことが最も必要だ。今回のGo Toキャンペーンの制度設計、コロナ対策をめぐる国と地方自治体の権限と財源のあり方について、両氏が激しくやり合った上で、一定の合意点を明らかにしてもらいたい。

 感染防止、経済の体系的な説明を

安倍政権のこのところの対応をみると、緊急事態宣言解除後、感染拡大と、Go Toトラベルを含む経済活動再開の基本方針をどうするのか、問題点の整理と方針が明らかになっていないと感じる。

安倍首相の記者会見も、通常国会閉会時以降、1か月になるが、行われていない。ここは、安倍首相が記者会見を開いて、感染拡大防止と経済活動再開について、総合的体系的な政権の考え方を明らかにすることを要望したい。