東京高検の黒川弘務検事長の定年延長に端を発した問題は、検察庁法改正案の見送りに続いて、今度は黒川氏自身が緊急事態宣言の最中に、賭け麻雀をしていたスキャンダルが明るみになり、辞職に追い込まれた。
今回の定年延長問題、個人的には”長期政権のおごりと惰性”を感じ、見過ごせない問題だと考えていた。
というのは、一つは歴代自民党政権が慎重に対応してきた政治と検察との関係。異例の検察官の定年延長という人事にまで、安倍政権が踏み込むようになり、そこに長期政権のおごりを感じたこと。
もう一つは、新型コロナ危機を受けて、定年延長法案はいち早く先送りし、緊急事態対応に専念すべきだった。できなかったのは、”対決法案強行の成功体験の惰性”が働き、柔軟対応ができなかったためではないか。
新型コロナの危機対応がしばらく続くので、直ちに”政局”につながる公算は低いと見ている。但し、安倍政権には深刻な打撃で、ボデイーブローのように効いてくる可能性もある。
検事長の定年延長問題はブログで何回も取り上げてきたが、節目の時期なので、以下、締め括りに幾つかの論点を整理しておきたい。
事実関係・責任問題 乏しい説明
今回の問題、検察No2の東京高検検事長が、新聞記者と賭け麻雀に興じていたことが週刊誌にすっぱ抜かれた。個人的には、検事を”聖人君子”と見ているわけではないが、緊急事態宣言。しかも、自身が当事者の法案審議がヤマ場の時期だけに、とるべき行動ではなかった。
政府は、黒川検事長が賭け麻雀の責任をとって21日に辞表を提出したのを受けて、22日の閣議で辞任を了承した。
森雅子法相は、訓告処分にしたことを明らかにするとともに、黒川氏の定年延長については「閣議で決定するよう求めたのは私であり、責任を痛感している。ただし、適切なプロセスで行った」との認識を示した。
しかし、まず、処分について、事実関係をどのように認定したのか、よくわからない。◇賭け麻雀の賭博行為、◇麻雀相手の新聞記者が提供したハイヤー利用・便宜供与、◇緊急事態宣言の最中に麻雀を行っていた国家公務員としての倫理や職務上の行為が問題なのか、よくわからない。
また、訓告は国家公務員法の懲戒処分とは違って、法律上の処分とはならない、比較的軽い処分の一つだ。このため、退職金7000万円程度かと言われているが、満額払われることになる。
一方、政治責任の問題については、森雅子法相は「国民に憤りと不安を与えたことをお詫び申しあげる」と陳謝した。その上で、自らの進退伺いを提出したが、「安倍総理から強く慰留された」として、職責を果たしていく考えを示した。
安倍首相は、記者団のぶら下がり取材で「総理大臣として当然、責任はある。批判は真摯に受け止めたい」とのべたが、記者会見は行わなかった。
一方、検察トップの稲田伸夫検事総長は「検察の基盤である国民の信頼を揺るがしかねない深刻な事態であり、国民の皆さまにお詫び申し上げる」というコメントを発表したが、こちらは伝統的に記者会見には応じない。
このように政府も、検察当局もお詫びは口にするが、国民に対する事実関係の説明、それに責任問題をどのように考えているのか、肝心の説明が極めて乏しい。検察と政治の双方と、国民との距離は開いたままなのが実態だ。
検察と権力のあり方から再検討を
今回の問題、発端は1月31日の閣議で、黒川検事長の定年延長を決めたことから始まった。検察官の定年延長は初めてで、異例の人事だ。これをきっかけに検事の定年延長問題について、政府は検察庁法に基づかず、国家公務員法の規定を採用するように解釈を変更したことも明らかになった。
さらには、検察幹部が役職定年に達した場合、内閣の判断によっては、3年まで特例として延長が認められる制度設計も追加された。政府が無理に無理を重ねて、特定人物の定年延長をごり押ししているように見えた。
ところで、戦後間もない昭和29年、自由党の吉田茂・第5次政権当時、犬養法相が指揮権を発動し、検察から出された逮捕許諾請求を阻止する造船疑獄事件が起きた。その後、自民党政権は検察との激しい軋轢も続いたが、検察の人事に介入するようなことはなく、慎重な対応を取ってきた。ところが、安倍政権は、今回、歴代政権とは異なる対応をとるようになったのである。
多少、固い話になるが、検察官は行政の一部で内閣に属する。他方、起訴などの権限を持ち、時には総理大臣を逮捕することもできる特殊な組織だ。それだけに政治権力からの独立、公正な対応が求められる。同時に検察当局もが独善、いわゆる検察ファッショに陥らないように民主的な統制を図る仕組みも必要になる。端的に言えば、政権と検察は微妙なバランスの上に成り立っている。
このため、検察官の定年延長に踏み切る場合には、政治権力と検察との関係、民主主義の下でどのような仕組みにするのが適切なのか、根本から検討しておく必要があったと考える。この点の熟慮が足りなかったのではないか。もう一度、制度設計の根本から法案を再検討した方がいいと考える。
相次ぐ失態、政権運営に打撃
最後に、今後の安倍政権の政権運営に及ぼす影響はどうだろうか。このところ、重要な政策課題や方針の変更が目立っている。
主な問題だけでも◇大学入学共通テストへの英語民間試験の導入延期。◇コロナ対策で、閣議決定していた1世帯30万円給付から一律10万円給付への方針転換。◇さらには、検察庁法改正案の今国会での成立見送りなど失態が相次いでいる。
NHKの5月の世論調査では、新型コロナ対策や、検察官の定年延長問題では、政府の対応を「評価しない意見」が多数を占めている。内閣支持率についても「支持する」が37%、「支持しない」が45%で、およそ2年ぶりに不支持が支持を上回った。森友・加計問題が焦点になった一昨年6月以来の水準にまで落ち込んでいる。
それだけに今回の検事長辞任は、窮地に陥っている政権に打撃を与える形になった。当面、コロナ対策が緊急の課題になっているので、直接、退陣につながるような可能性は低い。但し、政権と検察との関係、政権の信頼度に関係してくる問題なので、今後、ボデイーブローのように効いてくる可能性がある。
安倍政権としては、緊急事態宣言が続いている東京など首都圏と北海道の緊急事態宣言の解除にこぎつけ、何とか反転攻勢へ持ち込みたい考えだ。
新型コロナ感染の拡大を押さえ込むことができるかどうか。第2次補正予算案の編成などで、生活困窮者や経済活動の再開への動きを軌道に乗せることができるかどうか、安倍政権にとっては厳しい政権運営が続くことになる。