日本学術会議の会員人事をめぐる問題が、菅新政権にとって大きな政治問題になりつつある。野党側が、菅首相の任命拒否の撤回を要求すれば、政府・自民党側はこれを突っぱね、学術会議の在り方そのものを見直していく方針を打ち出し、与野党の対立が深まっている。
一方、この問題は、国際的な科学誌として知られる「ネイチャー」が社説で取り上げ「科学と政治の関係が危機にさらされている。黙ってみていることはできない」と懸念を表明、国際的にも注目を集めることになりそうだ。
この問題をどうするか。様々なレベルの問題が整理されないまま議論されているが、肝心な事実関係がはっきりしていない。「学術会議側が出した105人の推薦候補のうち、6人を任命しない判断は誰が行ったのか、その理由は何か」。
この点が「今回の問題の核心」であり、事実関係をはっきりさせること。その上で、任命拒否の是非、学術会議の在り方などについても議論すればいいのではないか。以下、今回の問題をさらに詳しくみていきたい。
菅首相「推薦リストは見ていない」
菅首相が9日に行った内閣記者会とのインタビューが、波紋を広げている。この中で、菅首相は今回の任命は自ら判断したとした上で、9月28日の決裁の直前には、任命する99人のリストは見ていたこと。但し、任命されなかった会員候補6人を含む105人の学術会議側の推薦リストは「見ていない」と説明した。
この説明では「誰が、学術会議側の推薦名簿を見て、除外したのか」が問題になる。また、除外した理由は何か。さらに日本学術会議法の「学術会議の推薦に基づいて首相が任命する」という法律の規定にも違反する可能性がある。
一方、学術会議の元幹部によると、今回の任命拒否以外に少なくとも過去4回、首相官邸が人事に難色を示し、定員を上回る名簿の提出を求められたことなども明らかになった。
したがって、まずは、問題の「核心部分の事実関係」を確認した上で議論する必要がある。政府は、早急に事実関係を調査・確認し、説明する責任がある。
歴代内閣の方針転換ではないか
もう1つの問題は、「歴代内閣の方針との関係」がある。今回の問題に関連して、政府は一昨年、政府内で学術会議の会員の任命を巡って、政府内でまとめていた文書を明らかにした。
それによると、学術会議は、国の行政機関であることから、首相は任命権者として、人事を通じて一定の監督権を行使することができると明記している。
一方、今の推薦制を導入した際、当時の中曽根首相は、国会の答弁で「政府が行うのは、形式的な任命にすぎない」として学術会議側の推薦を尊重する考えを表明し、歴代内閣も踏襲してきた。
ところが、安倍内閣と今の菅内閣は、中曽根内閣との方針とは異なるのではないか。また、政府の方針を変える場合は、公表し説明する必要があるのではないか。こうした点についても政府の説明が必要ではないか。
過ちては改むるに、はばかることなかれ
今回の問題は、菅政権の政治姿勢を判断する面でも注目してみている。というのは、菅氏が官房長官として務めてきた安倍政権は、森友、加計問題、桜を見る会、さらには、東京高検の黒川検事長の定年延長など政治・行政の透明性、首相の信頼性に関わる問題が相次いだからだ。
菅新政権が発足し、これから新型コロナ対策をはじめ、デジタル庁の新設など独自の政策に取り組んでいく上でも、菅首相の政治姿勢や政権の透明性などが問われる。
今回、任命されなかった6人の学者については、いずれも政府の集団的自衛権の行使や安全保障法制などに批判的な立ち場であることから、任命から除外したのではないかとの疑念が持たれている。菅首相はそうした見方を否定しているが、任命しなかった理由については、説明をしていない。
こうしたことから、事実関係を調べる中で、仮に選考に問題があった場合は、官僚や政権のメンツなどにはこだわらず、是正した方がいい。”過ちては改むるに、はばかることなかれ”と言われる。政権発足で世論の高い支持を得ており、こうした政治資源は有効に使った方がいい。
いずれにしても、まずは事実関係を明確にし、その上で、任命しなかったことの是非を判断するのが、順序だと考える。
さらに学術会議の在り方、運営などに問題があれば、議論、検討すればいい。その前に事実関係を明確にし、人事問題をはっきりさせておく必要がある。問題を曖昧にせず、国民にわかりやすい議論と結論を出してもらいたい。(了)