参議院選挙の投票が2日後に迫った7月8日正午前、奈良市で選挙応援演説中の安倍元首相が男に銃で撃たれ、亡くなるという衝撃的な事件が起きた。
現場で取り押さえられ逮捕された41歳の容疑者は、元自衛官で「安倍元首相に不満があり、殺そうと思って狙った」という趣旨の供述をしているという。
一方で、「元首相の政治信条への恨みではない」とも供述しているということだが、動機など詳しい事件の背景は明らかになっていない。
今回の事件は、自由な政治活動や言論を封殺するものだ。しかも、民主主義の根幹である国政選挙の最中という重い意味を持っており、決して許されない。
私事になるが、安倍氏が2012年、自民党総裁選に再び挑戦して総裁に返り咲いた時や、その年の衆院選挙、さらに政権復帰した後、NHKの番組のインタビューや日本記者クラブの討論会などでお世話になった。心からお悔やみ申し上げたい。
元首相が選挙の演説中に凶弾に倒れるという事態に、これまで経験したことのない衝撃を受けた。犯人の動機や、事件の背景を徹底して捜査し、全容を国民の前に明らかにするよう強く要望しておきたい。
そのうえで、私たち国民は、こうした卑劣な政治テロに決して屈してはならない。日本は、成熟した民主主義国であることを証明するためにも、参院選挙をきちんと実施することが極めて重要だ。
9日は選挙運動の最終日、翌10日は投開票日が迫っている。私たち国民は、何をすべきか。今のような緊急事態には、次の2点をやり抜くことが重要だ。
1つは、政党、候補者などの対応だ。安倍首相が倒れた8日は、政党によっては急遽、選挙運動を中止した。しかし、選挙運動最終日の9日は、各党が正々堂々、政策や所信を訴えて、選挙運動をやり抜いてもらいたい。
2つ目は、私たち国民の側の対応だ。事件の全容はまだ明らかになっていない今の時点では、まずは、冷静な判断を取り戻すことを心掛けたい。危機の際には、フェイクニュースや虚偽情報が飛び交うことも想定しておく必要がある。
そのうえで、国民一人一人が改めて「自らの判断基準」に照らして、政党や候補者を選んで1票を投じていただきたい。
岸田政権の実績評価をはじめ、ウクライナ情勢などによる物価高騰対策、防衛力をはじめとする外交・安全保障政策など数多くの論点がある。
以上の2点を実行することで、まずは「国民が冷静で、自らの判断基準で選択」、そして政党とともに「自由で公正な参議院選挙」をやり抜きたい。
可能な限り多くの国民が投票に参加するよう呼びかけたい。そのうえで、選挙後は新たな国会で、与野党はさらに議論を尽くし、合意点を広げていく取り組みを強めてもらいたい。
一方、今回の参院選では、肝心な争点・論点が深まらなかったという不満を多くの国民が抱いているように思う。岸田首相と与野党は、こうした国民の不満、批判に応え、内外の懸案を速やかに実行し、具体的な成果を見せてもらいたい。
政治家の暗殺事件といえば、戦前の1921年、日本で初めての政党内閣を組織し平民宰相と言われた原敬が、東京駅で青年に刺殺された事件が有名だ。この事件を契機に政党内閣が崩れ、満州事変、太平洋戦争の道へと転落していった。
今の日本は当時と異なり、成熟した民主主義の力を持っていると考えています。日本の民主主義の力を証明するためにも「冷静で賢明、公正な選挙」をやりぬこうではありませんか。(了)