先の参議院選挙で応援演説中に銃で撃たれて亡くなった安倍元首相の葬儀を「国葬」で行うとした政府の方針をめぐって、与野党や国民の間で賛否両論が出され議論が続いている。
この問題は、選挙で選ばれ、国の最高責任者の立場にいた政治家の葬儀をどのような形で執り行うのが適切なのかという古くて新しい問題だ。
政府は、22日の閣議で安倍元首相の「国葬」を9月27日に行うことを正式に決めた。果たして国民の多くの支持は得られるだろうか。世論調査のデータを参考にしながら、国葬のあり方などを考えてみたい。
国葬の評価 国民多数は”思案中か”
安倍元首相の葬儀を「国葬」で行うことについては、岸田首相が14日夕方の記者会見で「憲政史上最長の8年8か月にわたり、内閣総理大臣の重責を担い、内政・外交で大きな実績を残された」として、秋に国葬を行う方針を表明した。
この方針をめぐって、与野党幹部が激しい議論を交わしているが、国民はどのように受け止めているのか、今後のあり方を考えるうえでベースになる。NHKが16日から3日間行った世論調査の結果が興味深いので、みておきたい。
政府が安倍元首相の葬儀を国の儀式の「国葬」として今年秋に行う方針については「評価する」が49%に対し、「評価しない」が38%だった。
これを支持政党別にみると◇与党支持層では「評価する」が68%で、「評価しない」の25%を上回っている。◇野党支持層では「評価する」が36%に対し、「評価しない」が56%と多数を占めた。
◇大きな集団である無党派層では「評価する」が37%、「評価しない」が47%となっており、「評価しない」方が多い。
次に年代別では、30代以下の若い年代では「評価する」が61%と特に多く、「評価しない」は31%だった。逆に、60代は「評価する」が41%に対し、「評価しない」が51%で、他の年代の割合より多かった。
以上のデータをどのように読むか。国民世論は、国葬の評価をめぐって「どちらか一方が、圧倒的に多いという状況にはない」。「評価する」が多いが、過半数には達していない。かなり接近しているとみることができる。
また、与野党の支持層で評価に違いがある。与党支持層では「評価する」が多く、野党支持層では「評価しない」が多いが、この点は予想されたことだ。無党派層では「評価しない」方が、「評価する」を上回っているのが特徴だ。
さらに、年代別では、若い年代と60代とでは違いがある。各年代でも受け止め方に違いがみられる。
このようにみてくると国民の多くは「思案中」というのが実態ではないか。岸田首相は、安倍元首相の銃撃事件から6日後の早い段階で「国葬」とする方針を表明した。
ところが、国民の側からすると容疑者の動機や事件の背景、旧統一教会と政界との関係などの情報も十分そろっておらず、思案中との受け止め方が実態に近いのではないかとみている。
基本は法整備、国会で説明・質疑を
それでは、「国葬」については、どのように考えればいいのだろうか。歴代首相の葬儀については、さまざまな先例がある。
まず、戦後の「国葬」は、昭和42年に亡くなった吉田茂元首相の1件だけだ。長期政権だった佐藤栄作元首相の場合は「国民葬」。内閣と自民党、それに国民有志が主催して実施された。
さらに「内閣と自民党の合同葬」、総選挙の最中に体調悪化で亡くなった大平元首相をはじめ、中曽根元総理、小渕元総理などは、いずれもこの方式で、これまでの主流の形式と言える。
今回、安倍元首相の葬儀が国葬として行われれば、2例目となる。「国葬令」は戦後、廃止された。法的根拠について、岸田首相は「内閣府設置法に国の儀式に関する事務が明記されており、閣議決定を根拠として国葬を行うことができる」との考え方を示した。
確かに役所の所掌事務として書かれているが、法治国家であり、経費全額を国の予算でまかなうのであれば、法案を国会で成立させて実施するのが基本ではないか。
また、新たな法案の提出で与野党が合意できないのであれば、少なくとも国会で政府が説明し、与野党が議論することは必要ではないかと考える。
一方、「国葬」とすることの理由については、政府・与党は、安倍元首相は憲政史上最も長い期間、首相の重責を担ったこと。東日本大震災からの復興や日本経済の再生などで大きな実績を残したこと。外国の首脳を含む国際社会から極めて高い評価を受けていることを挙げている。
これに対し、野党側は、日本維新の会と国民民主党は、国葬を容認する立場だが、共産党や社民党、れいわは「弔意の強制につながることが懸念される」などとして反対している。立憲民主党は「予算など不明な点が多い」として、国会で政府に説明を求める考えを示している。
自民党の茂木幹事長は「野党は、国民の声や認識とかなりズレているのではないか」と批判したのに対し、野党側が強く反発している。
このように与野党の意見が対立しているが、国の予算・税金の投入を伴う以上、国民の代表である国会で、首相が説明し、与野党が質疑を行うことは最低限、必要だと考える。
そのうえで、国民の多くが国の最高責任者に哀悼の意をささげられるよう首相や、与野党はできるだけ党派色を抑えて、静かな環境で葬儀が営まれるよう努めてもらいたいと思う。
難題対応へ問われる首相の政治姿勢
ところで、政界では、岸田首相がいち早く、国葬の方針を打ち出した理由などに関心が集まっている。
というのは、党内最大派閥の会長を務めていた安倍元首相亡き後の政界で、岸田首相がどのような党内運営、政権運営を行うのかという点と関係するからだ。
自民党内では、岸田首相が早い段階で国葬の方針を示したのは、安倍氏を強力に支えてきた保守勢力の反発を招かないようにするためではないかとの見方が出ている。
これに対し、葬儀の扱いが曖昧なままで党内がギクシャクするより、早期に対処方針を示したことで、党内が安定して良かったなどの声も聞かれる。
こうした点について、自民党の長老に聞くと「岸田首相が党内の派閥や力関係にに目が向きすぎると、世論の側から、国民への説明が不十分だといった批判や支持離れを招く恐れもある」と指摘する。
参院選挙後の政治は、コロナ感染の急拡大をはじめ、物価高騰の加速、防衛費の大幅増額、さらには憲法改正など大きな政治課題が目白押しだ。
加えて、こうした大きな問題は、党内の意見と世論の受け止め方に大きな違いを抱えているケースが多い。
安倍元首相の国葬問題は、こうした難題処理にあたっての岸田首相の政治姿勢、特に党内への配慮と、世論への目配りとのバランスをどのようにとるのか、最初の試金石ともいえる。
このバランスを間違うと、年末に向けて難題が山積している中で、岸田政権の足元が揺らぐことになりかねないとみる。(了)