通常国会、防衛論争と世論の動向が焦点

新しい年・2023年が明けて、政治も本格的に動き始めた。岸田首相は年頭の記者会見を終えた後、9日から欧米5か国を歴訪中だ。13日には、ワシントンで日米首脳会談が行われる。

新年前半の政治の主な舞台となる通常国は23日に召集され、6月下旬まで続く。その通常国会最大の焦点は、向こう5年間の防衛力の整備と増税問題になる。政府・与党と野党との間で、激しい防衛論争が繰り広げられる見通しだ。

問題は、国民の支持がどうなるかだ。10日にまとまったNHK世論調査によると、岸田政権が決めた防衛費の財源を確保するための増税方針については、賛成が28%に対し、反対が61%に達し多数を占めた。

政府の方針を理解し、納得している国民は少ないことが、改めて浮き彫りになった。岸田内閣支持率も先月より3ポイント下がり33%、下落に歯止めがかかっていない。

国会での論戦が始まり、この世論がどう動くのか。政府・与党、あるいは野党のどちらの主張を支持するのか、岸田政権とその後の政局に大きな影響を及ぼす。防衛力整備と財源のあり方や問題点を考えてみたい。

 難題山積、防衛増税めぐり与野党対決

岸田首相は、新年4日の年頭の記者会見や8日のNHK日曜討論の番組などで「新年は、先送りできない課題に正面から愚直に挑戦したい」として、防衛力の抜本強化をはじめ、エネルギー政策、経済の好循環、それに異次元の少子化対策などの課題に幅広く取り組んでいく考えを表明した。

これに対し、野党第1党・立憲民主党の泉代表は「防衛費や経済対策、エネルギー政策などについて、チェックしていく。特に防衛費については、5年間で43兆円という額は適切なのか、検証しなければならない」として、他の野党とも連携して通常国会で厳しく追及する考えだ。

野党第2党の日本維新の会の馬場代表も「防衛費の不足財源を増税で賄う政府の方針は、国民の理解は得られないだろう」と批判的だ。

立憲民主党と日本維新は、去年の臨時国会で連携したのに続いて、通常国会でも連携を図っていく方針だ。具体的には、防衛費の財源については、行財政改革によって財源を捻出する対案などを検討することにしている。

通常国会では、新年度予算案の審議とともに、防衛増税をめぐって政府・与党と野党側が対決する公算が大きくなりつつある。

 防衛力整備と財源 多岐にわたる論点

それでは国会の論戦では、具体的にどのような点が論点になるか。自民党の防衛族・防衛問題の専門家や、野党幹部の話を聞いてみると論点は多岐にわたる。

▲1つは、国家安全保障戦略など安全保障関係3文書が10年ぶりに改訂された問題がある。外交・安全保障の基本方針を策定するもので、今回は「反撃能力」の保有を盛り込んだのが大きな特徴だ。

「反撃能力」は、これまで「敵基地攻撃能力」と表現されてきたのを改称したものだが、相手国のミサイル基地などを叩く能力だ。歴代政府は、憲法上許されるが、政策判断として保有しないとしてきたが、今回、保有する方針に転換した。

専守防衛、戦後の安全保障政策の大きな転換だが、政府は周辺国のミサイル能力の向上に対応するため「必要最小限度の措置」だと説明している。

これまで自衛隊は「盾」、米軍が「矛」の役割を明確にして分担してきたが、これから日本は「矛」の一部の役割も果たすことになる。

これに対して、野党側は「我が国に対する『攻撃の着手』の判断が、現実的には困難で、先制攻撃となるリスクが大きい」として、保有に反対する意見もあり、活発な議論が交わされる見通しだ。

▲第2は、防衛力整備の中身で、知りたい点は実に多い。◇向こう5年間の防衛費を1.5倍の43兆円に増やしたが、どのように積算したのか。◇自衛隊の弱点といわれてきた弾薬などの備蓄、予備自衛官の確保など継戦能力はどの程度、改善されるのか。

◇反撃能力の確保に米軍の巡航ミサイル「トマホーク」を購入する計画だが、反撃能力の効果は期待できるのか。◇国民を避難させるシェルターなど国民保護・避難体制の取り組みが弱いのではないかといった点が指摘されている。

▲第3は、防衛費の財源問題だ。政府は、新年度の防衛費について、今年度より1兆4000億円上積みし、過去最大の6兆8000億円を計上している。

また、防衛費の増額で必要となる財源は、5年後の2027年度に1兆円余りで、これを法人税など3税の増税で賄う。但し、増税の実施時期は「2024年以降の適切な時期」として、今後検討することにしている。

これに対し、野党側は「政府の防衛予算は最初からGDP比2%とするなど”数字ありき”で、無駄のない調達や歳出努力が不足している」として、歳出改革による対案の提出を検討することにしている。

このほか、防衛財源として、剰余金やさまざまな基金の積み残しをかき集めて確保しているが、5年後も安定財源が担保されているのかなどをめぐって、詰めた議論が行われる見通しだ。

 国民への説明不足、問われる政権

ここまで政府の方針と通常国会で予想される論点を見てきたが、国民がこうした防衛力整備と財源確保策をどのように評価するかという問題がある。

岸田首相は、1年かけて丁寧に議論を重ねてきたと強調するが、国民の多くは、防衛力整備の具体的な内容、財源、予算を耳にしたのは、おそらく去年11月下旬以降だと思われる。

岸田首相が11月28日に財務・防衛の両閣僚に対して、5年間でGDP2%に達する予算を指示したことが報道された後、あれよあれよという間にわずか3週間で、増税と予算方針が決まったというのが実態ではなかったか。

これまでは政府・与党間で検討が進められ、ようやく通常国会になって、政府と各党の議論を通じて、国民は政府の説明を聞くことになる。国の防衛、国民の暮らしや安全の確保にどこまでつながるのか、国民が判断することになる。

新たに改定された「国家安全保障戦略」の冒頭に「(安全保障上の)国家としての力の発揮は、国民の決意から始まる。国民が我が国の安全保障政策に自発的かつ主体的に参画できる環境を、政府が整えることが不可欠である」と強調している。

岸田政権の国民に対する説明は明らかに不足していたのではないか。通常国会でも、具体的な説明と説得ができるのかどうか、問われることになる。

 政権浮揚か、野党攻勢か、世論がカギ

最後に、政局との関係についても触れておきたい。岸田首相がいつ衆議院解散・総選挙に踏み切るかの議論が盛んだが、岸田首相としては好機があれば、解散刀を抜いてみたいという思いは抱いているのではないかと推察する。

問題は、解散の環境が整うかどうかだ。その環境整備のためには、岸田政権が防衛問題で世論の理解と支持を得て、内閣支持率が回復、政権浮揚が必要になる。それとも野党が論戦の主導権を確保して、攻勢に転じることになるのかどうか、分かれ道になる。

10日にまとまったNHK世論調査によると、岸田内閣の支持率は先月より3ポイント下がって33%、不支持率は1ポイント上がって45%だ。

内閣支持率は下落に歯止めがかかっておらず、政権発足後、最も低かった去年11月と同じ水準だ。通常国会で野党の攻勢が続けば、”危険水域”とされる支持率3割割れの可能性もある。

衆院解散・総選挙といった政局よりも、岸田政権は防衛力整備と財源問題で世論の支持を回復できるか、待ったなしの状態だ。通常国会の防衛論争と世論の動向が、岸田政権と今後の政局のゆくえを大きく左右することになる。(了)

“通常国会、防衛論争と世論の動向が焦点” への1件の返信

  1. 今月下旬に「やっと」開催される通常「国会」で
    議論されるべき課題と、国民がどの点に注目して
    その成り行きをみていくべきかについて、理路整然と
    解説が展開されており、大変よく理解できました。
    いずれにしても、突如、防衛費の大幅増とその財源に
    増税を行うという方針が打ち出されたことにほとんどの
    国民が「唖然」としているのは否定し得ません!
    防衛3法の改定についても、その手続きに問題は
    ないのか疑問に思います。
    防衛方針の「歴史的」見直しに直結するこれらの
    考え方の変更が、いとも簡単に政権によってのみ
    行えることは全く許されるものではありません。
    我々国民は、今後とも政権が行おうとしている
    ことに、厳しく目を向け観察の結果を世論調査時に
    反映していかなければならないと強く思います。
    野党、特に立憲民主党と日本維新の会の共闘による
    国会での活発な議論を期待したい。
    菅元首相の発言の「岸田首相は派閥の長を離脱すべき」
    は、その意図や如何、また影響はありやなしや?
    文章について
    「政権浮揚か、野党攻勢か、世論がカギ」の項
    6行目
     政権が防衛問題で世論の理解と支持が得て、
     →支持を得て  (が→を の誤字)
    1月11日 妹尾 博史

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