トランプ大統領が打ち出した関税政策と、中国政府が対抗措置として追加関税を発表したことで、週明け7日の東京株式市場は全面安の展開となり、日経平均株価は先週末より2600円以上も下落した。過去3番目に大きい下落幅となった。
トランプ政権は、日本を含む全ての国からの輸入自動車に25%の追加関税を課すことにしたのに続いて、「相互関税」として日本には24%の関税が課す方針を決めた。日本経済にとっては深刻な影響が懸念される。
石破政権は、一連のトランプ関税の対象から日本を外すよう働きかけてきたが、不発に終わった形だ。石破首相としては、トランプ大統領と電話会談を行うとともに、早期に訪米して日米首脳会談を行いたい考えだが、実現のめどはついていない。
トランプ大統領は重要政策を一人で決めることから、トランプ政権との交渉は難しいとされるが、石破政権の対応は後手に回る場面が目立っており、対米交渉は”暗中模索”状態にみえる。石破首相はどのような対応が求められているのか、探ってみた。
石破首相、関税打開パッケージ案に意欲
最初にトランプ大統領が打ち出した関税政策のうち、日本に関係するものを整理しておくと◆鉄鋼・アルミニウム製品に25%の追加関税を課す措置が3月12日に発動した。◆自動車への25%の追加関税が4月3日に発動、◆さらに「相互関税」として日本には24%が関税を課すことが決まり、9日に発動する予定だ。
経済専門家によると、自動車と「追加関税」とを合わせると日本の実質GDP・国内総生産の成長率を0.71%程度押し下げるという。日本の潜在成長率は0.5%程度なので、景気後退の引き金となりマイナス成長へ落ち込む可能性もある。
7日に開かれた参議院決算委員会では、与野党双方から石破政権の対応について、質問が集中した。野党側からは「イスラエルの首相は訪米し8日もトランプ大統領と会談する。インドやベトナムも対米交渉を進めているのに比べると、石破政権の対応は遅すぎる」など追及した。
これに対し石破首相は「日本は、イスラエルやベトナムなどと一緒にならない。日本はアメリカに対して、世界で最も多くの投資を行い、雇用を創出している。電話会談に続いて、なるべく早く訪米して日米首脳会談を行いたい。(関税問題を)パッケージとしてどう示すか、説得力を持つ内容にしたい」との考えを示した。
このパッケージについて石破首相は、日本は対米投資や雇用で果たしている役割を説明して「相互関税」の見直しを求めるほか、エネルギーや農産物、造船、自動車など個別分野についても協議を行う考えだとみられている。
このように石破政権は、関税の対象から日本を除外するよう繰り返し要請してきたが、効果を上げることはできていない。また、石破首相が表明するようなパッケージ構想で、トランプ大統領を説得できるのか見通しがついているわけではない。
サマーズ氏”歴史上最大の自傷行為”
そこで、今回のトランプ大統領の関税をどのようにみたらいいのか、各国のリーダ-や有識者がさまざまな見解を明らかにしている。私は、アメリカのサマーズ元財務長官がABCテレビの番組で話しているコメントが参考になると考えるので、多少長くなるが、紹介しておきたい。
サマーズ氏は今月3日と4日にニューヨーク株式市場の株価が急落したことについて「景気減速はほとんど避けることはできないだろう。経済にとって歴史上最大の自傷行為だ。関税によって物価が上がり、インフレが加速している。経済の損失は、原油価格が2倍になったようなものだ」とのべ、アメリカ経済が大きな打撃を受けるとの認識を示した。
そして「この2日間の株価の急落は、第2次世界大戦以降で4番目に大きな動きだ」として、1987年のブラックマンデー、2008年のリーマンショック、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の時期に次ぐものだと説明した。
サマーズ氏は、トランプ大統領に経済政策を助言する政権幹部について「助言者たちにとって試練の時だ。知的で誠実な人たちは、これが実証された経済理論でないことを知っているはずだ。彼らがトランプ大統領にそのことを伝える勇気があるか、政権を離れる勇気があるかどうかが問題だ」とのべた。
サマーズ氏は、クリントン政権で財務長官を務めた後、ハーバード大学の学長などを歴任した。日本を訪問し、当時の宮沢首相などと会談したことでも知られているが、民主党政権の主要閣僚だっただけにトランプ氏がこうした考えを受け入れることはないと思われる。
但し、今回のトランプ関税の意味や影響、側近のあり方などを考えるうえで、客観的な判断材料として非常に参考になる。
石破首相、体制作りと対処方針がカギ
それでは、これまでの石破首相の対応については、どのように評価したらいいのだろうか。まず、石破政権はトランプ関税の対象から日本を除外することを一貫して求めてきたが、不発に終わった。2月の日米首脳会談を終えた時点で、そうした要請が通用するのかどうか、早期に見極めておくことが必要だったのではないか。
こうした中で、石破首相とトランプ大統領の電話会談が7日夜9時から20分間にわたって行われたという情報が入ってきた。この中で、石破首相は「日本は5年連続で世界最大の対米投資国であることや、アメリカの関税措置で日本企業の投資意欲が減退することを強く懸念している」などと伝えた。
これに対し、トランプ大統領は「国際経済においてアメリカが置かれている状況について率直な認識を示した」とされる。そのうえで、日米両首脳は「担当閣僚を指名し、協議を続けること」を確認したとされる。
石破首相が訪米して日米首脳会談を行うかどうかについては、担当閣僚の協議を経て検討するとしていることから、具体的な日時の設定には至っていない。会談時間が20分と短いことからも、双方の主張は平行線をたどったとみられる。
電話会談を終えた石破首相は、8日朝、全ての閣僚が参加する「アメリカ関税措置に関する総合対策本部」を開催し、今後の対応を協議する考えを明らかにした。アメリカとの交渉に当たる担当閣僚は、まだ決めていないとしている。
日米交渉にどのような体制で臨むのか、その中核となる担当閣僚を決めるなど体制作りを急ぐべきだという意見は、早くから政府や与党内から出されていたが、ようやく体制作りが進むことになった。
ある閣僚経験者は「端的に言えば、オールジャパンの体制作りを急ぐ必要がある。総理官邸と、外務・通産など関係各省庁、民間、与党などとの連携・協力体制をつくる必要があるが、石破首相の対応は遅い」と指摘する。
もう一つの難題は、アメリカの関税を引き下げるため、どのような対処方針で臨むかという点だ。石破首相は、日本側から事態打開に向けたパッケージ案を示すことに意欲を示しているが、その内容は詰まっていないのではないか。また、アメリカ側の譲歩を引き出せるだけの説得力のある内容になるかどうかも問われる。
政権基盤が弱い石破政権にとっては、政府・与党の意見をとりまとめながら、対処方針をまとめあげるのは中々の難題である。
さらに今回の関税問題は、米中両大国が関係する大きなテーマで、日本としては、共通の価値観を持つ欧州諸国と連携を深めるなど強い外交力も必要だ。石破首相にとっては、後半国会での重要法案の審議と、夏の参院選対策、それに関税問題という3つの難題を同時平行で進めていく険しい道が続く。
”暗中模索”状態を脱して、日米首脳会談までこぎ着けられるかどうか、強力な指導力が問われる局面を迎えている。(了)