新型コロナウイルスの感染急拡大を受けて、政府は2日、緊急事態宣言の対象地域に首都圏の埼玉、千葉、神奈川と大阪府を追加し、6都府県に拡大した。
また、まん延防止等重点措置が北海道、石川、京都、兵庫、福岡の5道府県に適用された。期限はいずれも8月31日までとなっている。
東京オリンピック開催中の感染急拡大で、専門家は感染者数の急増だけでなく、医療のひっ迫も懸念されるとして、「この1年半で最も厳しい状況にある」と8月感染危機に警鐘を鳴らしている。
菅首相にとっても、この感染危機を抑え込めないと秋の衆院解散・総選挙を控えて自らの力量や政治責任を問われることになる。この8月感染危機を本当に抑え込むことができるのか、何が問われているのか探ってみたい。
緊急宣言の拡大・延長の効果は
政府が緊急事態宣言の対象地域拡大の方針を決めたのは7月30日だが、この週の初めまでは宣言拡大には慎重な姿勢だった。ところが、28日に感染者数が3000人台に跳ね上がってから、慌てて舵を切ったのが実状だ。さらに翌31日は4058人と初めて4000人も突破した。
東京に4度目の緊急事態宣言が出されたのが7月12日で、この日の感染者数は502人だった。わずか3週間余りで、感染者数が急増したことになる。
政府分科会の尾身茂会長は「現状では感染を減少させる要素がほとんどない。逆に増やす要素はたくさんある。一般市民の『コロナ慣れ』、感染力が強いデルタ株、夏休みにお盆、さらにオリンピックだ」と指摘する。
そのうえで、「最大の危機は、社会で危機感が共有されていないことだ。このままでは医療のひっ迫が深刻になる」と危機感を示すとともに、政府に強いメッセージを出すように求めていた。
これに対して、菅首相は30日夜の記者会見では「今回の宣言が最後となるような覚悟で、政府をあげて全力で対策を講じていく」と強調する一方、ワクチン接種の効果や画期的な治療薬の積極的活用に詳しく触れて楽観的とも受け取れる発言が目立った。
また、開催中の東京オリンピックとの関係についても「感染拡大の原因になっていない」と強調し、国民に向けた強いメッセージはなかった。尾身会長の危機感との違いが際立った。
感染危機乗り切りへ何をすべきか
それでは、当面の感染危機を乗り切るためには、どんな取り組みが必要だろうか。菅政権が去年9月に発足して以降、政府のコロナ対策としては、一貫して飲食店の営業時間短縮や休業要請が中心で、酒類の提供停止に力を入れてきた。
飲食店対策も重要だが、与党関係者の間では「サラリーマンが多く活用する居酒屋などの飲食店対策は、いわば”川下の対策”。それよりテレワークをより徹底して通勤者を減らす”川上対策”を行うべきだ。企業や経営団体などにもっと強力に働きかける方が効果がある」といった提案を聞いた。
医療分野では、感染急拡大に伴い自宅で療養している人たちの対策が、再び大きな問題になっている。東京都の場合、7月1日時点ではおよそ1000人だったのが、日を追うごとに増え、8月1日には1万1000人にも達しているという。わずか1か月の間に11倍も増えたことになる。
こうした自宅療養者は無症状や軽症者が多いと言われ、保健所などの健康管理がうまくいかないと地域で感染を広げることになりかねない。ホテルなどでの宿泊療養体制の整備が必要ではないか。
政府関係者からは「新たな対策を打ち出したいが、もう打つ手がない」との声を聞くが、本当だろうか。例えば、変異ウイルスのデルタ株を追跡する検査は十分行われてきたのか。大量の抗原検査キットを配布するなどの対策を聞かされてきたが、最近まで行われていなかったと聞く。
政府や東京都の対応については、これからの実施計画などの説明は詳しいが、実施後の経過や、どのような成果があったのか、逆に問題が生じて目詰まりの段階にあるのか、結果の説明や政策評価は乏しい。
感染拡大は変異株が主要な要因との政府側の説明を聞くが、そうした点は既に明らかで、検査・追跡体制強化は十分だったのか。政府・自治体は、国民へ外出自粛などの要請を頻繁に行うが、自らの対策の点検結果や、問題点や反省点、今後の改善点などの説明は極めて弱い。
これでは、政治や行政側が国民との危機感の共有はできないし、国民の協力をえるのも難しい。
菅首相も毎日、記者団のぶら下がり取材に応じたりして、国民にメッセージを発信すべきだ。記者会見でも具体的な説明が少ないうえに、伝えたいメッセージも乏しいとなると、危機のリーダーとして通用するのだろうか。
このほか、もう1つの柱であるワクチン接種の問題がある。ワクチン接種のペースは先進国に比べて遅れているが、8月1日時点のデータで、高齢者については1回目の接種が86.2%、2回目接種は75.8%に達し評価できる。
但し、国民全体に占める接種比率は、1回目が39.6%、2回目が29.1%に止まる。ワクチンの供給不足が問題になっているほか、50代以下の若い世代への接種を早期に終えることができるかどうかという問題を抱えている。
問われる首相の力量・政治責任
さて、東京オリンピックは、日本勢の活躍でメダルラッシュが続き、盛り上がりをみせている。但し、政権・与党幹部が「オリンピックが盛り上がれば、世の中の空気が変わり、政権の評価も高まるまずだ」と期待していたような気配は、今のところ感じられない。
国民の多くは、オリンピックはテレビ観戦を楽しむ一方、感染状況や政府の対策の実績を見極めようとしているように見える。国民にとっては、まずは政府と自治体が今の「第5波」が大きな波にならないように抑え込むことができるかどうかに最大の関心を持っている。
具体的には、オリンピックが無事、閉幕までこぎつけられるか。24日からのパラリンピックは観客の扱いを含めてどうするのか。
一方、政治の動きとしては、8月はじめに自民党総裁選の選挙管理委員会が設置された後、下旬には、選挙期日の扱いを決めることになる。
自民党内では、派閥の幹部を中心に菅首相の下で衆院解散・総選挙を戦い抜くべきだという意見が今のところ主流だ。一方で、中堅・若手議員の間では「選挙の顔」として菅首相の力量に不安を感じる声も聞かれる。
さらに報道各社の世論調査も実施される。世論は、菅政権のコロナ対策をどのように評価し、菅内閣の支持率はどうなるか。世論の風向きは、衆院選挙を控えた自民党の対応の仕方にも影響を及ぼす。
8月の感染危機はどのような形で収まるのか。菅政権の対応を世論はどう評価するのか、秋の政局の流れを大きく左右することになる。