緊急事態脱出”成功要因”と今後のハードル

”長い巣ごもり、自粛のトンネル”をなんとか抜け出すところまでこぎ着けた。政府は25日夜、東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県、それに北海道の緊急事態宣言を解除することを決定、宣言はようやく全面解除されることになった。

国内で最初の感染者が確認されたのが1月16日。初めての緊急事態宣言が出されたのが4月7日。全面解除まで49日、およそ1か月半、正直なところ長かった。

この間、亡くなられた方は800人を超え、感染者は1万6000人余り、未だに重症で治療中の方もいる。飲食店などでは営業ができず店をたたんだり、仕事を失った人たちも多く、日本社会に深い傷跡を残している。

新型コロナウイルス感染は今も続いており、気を緩められないが、緊急事態脱出までは到達できた。率直に喜ぶと同時に、この”成功要因”は何か。また、今後どのようなハードルが控えているのか考えてみたい。

なお、今回は日本社会の対応を取り上げ、政治や政権の対応、経済・社会の課題については、今後、随時とり上げていきたい。

 ”成功要因” 国民の自粛・規律が奏功

今回の緊急事態脱出をどうみるか、成功要因は何か。私個人の見方は、政府の危機管理は後手の対応、機能不全が目立ったという評価だ。水際作戦、国内感染対策の遅れ、さらに生活支援対策面でも迷走が相次いだからだ。

これに対して、”見えない感染”に対して、国民の側は、外出・休業の自粛、別の表現をすれば、自律の意識・行動が功を奏したと言っていいのではないか。

一時は医療崩壊に陥るのではないかと危惧した局面もあったが、医療従事者の方々の献身的な努力で回避できた。同時に”見えない感染源”に対して、国民が外出・休業などの自粛要請に応じて協力したことが大きかった。

中国のような情報隠し監視・強制型ではなく、欧米のロックダウン=都市封鎖型でもない。緩やかな法規制で国民が自主的に協力していく第3の道、日本型。幸運が重なった面もあるので、日本モデルと誇るつもりはないが、民主主義国で第3の道があることを示した意味は大きいと考える。

新型感染症に対する国民の対応。safety=自分で自らの安全を守る。smart =賢く情報にアクセス 。 kind=他人に思いやり。WHOのキャンペーンだが、このSSKモデルを日本国民が実践したことが成功の要因と考えている。

 高い公衆衛生意識、医療整備

成功要因について、さらに付け加えるとすれば、日本人の高い公衆衛生の意識がある。手洗い、うがいの励行。ハグなどの生活習慣がないことも幸いした。

また、医療保険制度の効果。健康保険証1枚あれば、貧富など関係なく医療機関の診療にアクセスできる。先人たちの取り組みに感謝したい。

一方、課題・問題も多い。新型感染症は世界的に大きな問題になりながらも、日本は備えができていなかった。病院での医療用マスク、防護服、消毒液不足などには正直、驚いた。

また、保健所などの人員・業務、医学の基礎研究・予算措置も十分ではなかった。経済政策に比べると、保健・医療分野の体制は劣化していた。

知人に聞くと韓国は感染者は1万1200人余り、死者267人。日本は感染者1万6600人余り、死者839人(5/25現在)。日本の死者の多さが目立つ。感染症に対する経験違い、PCRなどの検査の少なさ、マスク・防護服不足など医療体制の遅れがあるという。こうした指摘を重く受け止め、今後に生かす必要がある。

 医療現場の実態把握と、説明がカギ

さて、これから、どんな取り組みが必要か。1つは、新型感染症は第2波、第3波の発生のおそれがあるので、「監視・検査・医療体制」の整備は最優先課題だ。

最近になって、政府の対応もようやく整ってきた。◇入院患者を受け入れる病床は、全国で1万7200床を確保。現在、入院患者は3400人余り(5/15時点)。厚労省は「ひっ迫状況ではなく、余裕が出てきた」と説明している。

◇批判を受けていた検査体制ももPCR検査、抗原検査、抗体検査を組み合わせて実施する方向だ。

◇治療薬、ワクチン開発も支援すると強調している。遅ればせながら一歩前進、安心材料ではある。

但し、気になる点も多い。今回振り返って見ると感染者数の人数や陽性者が正確に把握できなかった。PCR検査の相談電話がつながらないとの苦情も多かった。

つまり、医療現場の実態が把握ができず、原因の究明や対策が進まなかった。国や自治体は、医療現場の実態の把握と必要な対策、その結果、改善が進んだのかどうかを住民に説明できる体制・仕組みづくりこそ重要だ。

保健・医療については、都道府県の知事が第一義的な責任者になって、国と連携・協議しながら、地域医療を整備、住民に説明していく仕組みを整えてもらいたい。病院経営の安定など地域医療の問題は多い。

メデイアの役割も問われる。地域の保健・医療の実態、国や都道府県の対応・問題点を含めて、多角的に掘り下げて報道してもらいたい。

 ”鎖”の論理、困窮者重視の対策を

もう1つ、大きな問題は、「社会・経済活動の再開」に向けた取り組みだ。IMF=国際通貨基金の経済見通しによると新型コロナパンデミックで、2020年の世界経済の成長率はマイナス3%。リーマンショックを超え、大恐慌1929年以来の景気後退と予測。日本経済もマイナス5.2%という大幅な景気後退だ。

トヨタの営業利益も来年3月期は、80%近い減収見通し。豊田章男社長も「リーマンショックよりインパクトは大きい」とのべている。

厚生労働省によると新型コロナの影響で、経営が悪化して解雇や雇い止めにあった人は見込も含め全国で1万人を超えた。5月15日時点の数字だが、5月に入って急増。今後、企業の倒産、失業、自殺者の増加が懸念されている。

どのような姿勢で臨むか。5月22日衆参両院で行われた参考人質疑で、慶応大学の竹森俊平教授の提言が印象に残った。竹森教授は、スコットランドの哲学者、トマス・リードの言葉を紹介しながら次のような趣旨の発言をした。

「鎖の強さは、1番もろい箇所の強さに等しい。なぜなら、鎖の1番もろい箇所が崩れたら、鎖全体がバラバラになって崩れ落ちるからだ」。

今回は「困っている労働者、家主、中小企業、フリーランスなど困っている人、脆弱な部分を救って、社会をバラバラにしないことが重要だ。景気刺激策は間違っている」。つまり、景気刺激策よりも、弱者・困窮者に重点を置いた対策を進めるべきだと提言している。

”鎖の論理”、困窮者対策を本当に用意できるのか、第2次補正予算案で問われる。また、中長期の出口戦略・構想も政治の大きな焦点になる。

 安倍政権 経済再開の原則と重点は?

安倍首相は25日夜、記者会見を行い、緊急事態宣言解除を正式に表明し、段階的に社会経済活動を再開する方針を示した。

また、第2次補正予算案を27日に閣議決定し、事業規模が第1次補正予算案と合わせて200兆円を超えることを明らかにした。そして、「GDPの4割にのぼる空前絶後の規模、世界最大の対策で、100年に1度の危機から日本経済を守り抜くと」と強調した。

国民にはどう響いたか。事業規模は大事だが、知りたいのは、社会経済活動の再開にあたっての原則、政権は何を重点に取り組むのかではないか。先に竹森教授が提言していた政策の目標・重点だ。その点が弱い、伝わる哲学がない。

最近実施された毎日、朝日の新聞社の世論調査で、安倍内閣の支持率が急落した。黒川検事長の定年延長と辞職問題が影響したものと見られ、支持率は20%台後半まで下落している。こうした中で、最大の政治課題である、コロナ危機乗り切りの対策と展望を打ち出せるかどうか、安倍政権は厳しい局面を迎えている。

(了)

 

 

 

 

黒川検事長辞職 安倍政権に深刻な打撃 

東京高検の黒川弘務検事長の定年延長に端を発した問題は、検察庁法改正案の見送りに続いて、今度は黒川氏自身が緊急事態宣言の最中に、賭け麻雀をしていたスキャンダルが明るみになり、辞職に追い込まれた。

今回の定年延長問題、個人的には”長期政権のおごりと惰性”を感じ、見過ごせない問題だと考えていた。

というのは、一つは歴代自民党政権が慎重に対応してきた政治と検察との関係。異例の検察官の定年延長という人事にまで、安倍政権が踏み込むようになり、そこに長期政権のおごりを感じたこと。

もう一つは、新型コロナ危機を受けて、定年延長法案はいち早く先送りし、緊急事態対応に専念すべきだった。できなかったのは、”対決法案強行の成功体験の惰性”が働き、柔軟対応ができなかったためではないか。

新型コロナの危機対応がしばらく続くので、直ちに”政局”につながる公算は低いと見ている。但し、安倍政権には深刻な打撃で、ボデイーブローのように効いてくる可能性もある。

検事長の定年延長問題はブログで何回も取り上げてきたが、節目の時期なので、以下、締め括りに幾つかの論点を整理しておきたい。

 事実関係・責任問題 乏しい説明

今回の問題、検察No2の東京高検検事長が、新聞記者と賭け麻雀に興じていたことが週刊誌にすっぱ抜かれた。個人的には、検事を”聖人君子”と見ているわけではないが、緊急事態宣言。しかも、自身が当事者の法案審議がヤマ場の時期だけに、とるべき行動ではなかった。

政府は、黒川検事長が賭け麻雀の責任をとって21日に辞表を提出したのを受けて、22日の閣議で辞任を了承した。

森雅子法相は、訓告処分にしたことを明らかにするとともに、黒川氏の定年延長については「閣議で決定するよう求めたのは私であり、責任を痛感している。ただし、適切なプロセスで行った」との認識を示した。

しかし、まず、処分について、事実関係をどのように認定したのか、よくわからない。◇賭け麻雀の賭博行為、◇麻雀相手の新聞記者が提供したハイヤー利用・便宜供与、◇緊急事態宣言の最中に麻雀を行っていた国家公務員としての倫理や職務上の行為が問題なのか、よくわからない。

また、訓告は国家公務員法の懲戒処分とは違って、法律上の処分とはならない、比較的軽い処分の一つだ。このため、退職金7000万円程度かと言われているが、満額払われることになる。

一方、政治責任の問題については、森雅子法相は「国民に憤りと不安を与えたことをお詫び申しあげる」と陳謝した。その上で、自らの進退伺いを提出したが、「安倍総理から強く慰留された」として、職責を果たしていく考えを示した。

安倍首相は、記者団のぶら下がり取材で「総理大臣として当然、責任はある。批判は真摯に受け止めたい」とのべたが、記者会見は行わなかった。

一方、検察トップの稲田伸夫検事総長は「検察の基盤である国民の信頼を揺るがしかねない深刻な事態であり、国民の皆さまにお詫び申し上げる」というコメントを発表したが、こちらは伝統的に記者会見には応じない。

このように政府も、検察当局もお詫びは口にするが、国民に対する事実関係の説明、それに責任問題をどのように考えているのか、肝心の説明が極めて乏しい。検察と政治の双方と、国民との距離は開いたままなのが実態だ。

 検察と権力のあり方から再検討を

今回の問題、発端は1月31日の閣議で、黒川検事長の定年延長を決めたことから始まった。検察官の定年延長は初めてで、異例の人事だ。これをきっかけに検事の定年延長問題について、政府は検察庁法に基づかず、国家公務員法の規定を採用するように解釈を変更したことも明らかになった。

さらには、検察幹部が役職定年に達した場合、内閣の判断によっては、3年まで特例として延長が認められる制度設計も追加された。政府が無理に無理を重ねて、特定人物の定年延長をごり押ししているように見えた。

ところで、戦後間もない昭和29年、自由党の吉田茂・第5次政権当時、犬養法相が指揮権を発動し、検察から出された逮捕許諾請求を阻止する造船疑獄事件が起きた。その後、自民党政権は検察との激しい軋轢も続いたが、検察の人事に介入するようなことはなく、慎重な対応を取ってきた。ところが、安倍政権は、今回、歴代政権とは異なる対応をとるようになったのである。

多少、固い話になるが、検察官は行政の一部で内閣に属する。他方、起訴などの権限を持ち、時には総理大臣を逮捕することもできる特殊な組織だ。それだけに政治権力からの独立、公正な対応が求められる。同時に検察当局もが独善、いわゆる検察ファッショに陥らないように民主的な統制を図る仕組みも必要になる。端的に言えば、政権と検察は微妙なバランスの上に成り立っている。

このため、検察官の定年延長に踏み切る場合には、政治権力と検察との関係、民主主義の下でどのような仕組みにするのが適切なのか、根本から検討しておく必要があったと考える。この点の熟慮が足りなかったのではないか。もう一度、制度設計の根本から法案を再検討した方がいいと考える。

 相次ぐ失態、政権運営に打撃

最後に、今後の安倍政権の政権運営に及ぼす影響はどうだろうか。このところ、重要な政策課題や方針の変更が目立っている。

主な問題だけでも◇大学入学共通テストへの英語民間試験の導入延期。◇コロナ対策で、閣議決定していた1世帯30万円給付から一律10万円給付への方針転換。◇さらには、検察庁法改正案の今国会での成立見送りなど失態が相次いでいる。

NHKの5月の世論調査では、新型コロナ対策や、検察官の定年延長問題では、政府の対応を「評価しない意見」が多数を占めている。内閣支持率についても「支持する」が37%、「支持しない」が45%で、およそ2年ぶりに不支持が支持を上回った。森友・加計問題が焦点になった一昨年6月以来の水準にまで落ち込んでいる。

それだけに今回の検事長辞任は、窮地に陥っている政権に打撃を与える形になった。当面、コロナ対策が緊急の課題になっているので、直接、退陣につながるような可能性は低い。但し、政権と検察との関係、政権の信頼度に関係してくる問題なので、今後、ボデイーブローのように効いてくる可能性がある。

安倍政権としては、緊急事態宣言が続いている東京など首都圏と北海道の緊急事態宣言の解除にこぎつけ、何とか反転攻勢へ持ち込みたい考えだ。

新型コロナ感染の拡大を押さえ込むことができるかどうか。第2次補正予算案の編成などで、生活困窮者や経済活動の再開への動きを軌道に乗せることができるかどうか、安倍政権にとっては厳しい政権運営が続くことになる。

 

 

迷走続く安倍政権 検察庁法案見送りの事情

検察官の定年を延長する検察庁法改正案について、政府・与党は18日、今国会での成立を見送る方針を決めた。世論や野党の反発が強い中で、法案の採決に踏み切っても「世論の理解を得られない」と判断したためだ。

安倍政権は、このところ当初の方針を覆す事態が相次ぎ、迷走状態が続いている。今回の法案見送りの理由や背景、政権への影響などを探ってみた。

 世論の”ダブル・パンチ”

安倍首相は18日午後、自民党の二階幹事長を首相官邸に呼び、「国民の理解なしに国会審議を進めることは難しい」として、検察庁法改正案先送りの方針を伝えた。

安倍首相としては、採決に踏み切った場合、世論や野党の一層の反発を招き、新型コロナウイルスの追加対策を盛り込む第2次補正予算案の早期成立にも影響すると判断したものと見られる。

その世論の反応だが、法案の委員会採決が近づくとTwitterで俳優や歌手などの著名人が法案反対を呼びかけ、ネット上で大きな反響を巻き起こした。また、検察OBも法案に反対する意見を表明するなど異例の行動を起こした。

NHKが5月15日から3日間行った世論調査では、安倍内閣の支持率は「支持する」が前月調査より2ポイント下がって37%、「支持しない」が7ポイント上がって45%だった。支持と不支持が逆転したのは、およそ2年ぶり。森友・加計問題が焦点になった一昨年・2018年6月とほぼ同じ水準にまで落ち込んでいる。

その要因としては、◆1つは「新型コロナウイルス対策など政府の対応」。「評価する」が44%に対し、「評価しない」方が53%で多い。

◆もう1つは「検察庁法の改正案」。「賛成」は17%に止まり、「反対」が62%で多数を占めている。

つまり、「新型コロナ対応」と「検察庁法改正案」の両方で、「世論の強い反発」を受けていることが読み取れる。

迷走の発端は、官邸発の異例人事

今回の法案先送りに至るまでの紆余曲折、さまざまな要素が絡み合っているが、迷走の発端は、政府が1月に東京高検の黒川弘務検事長の定年を、半年間延長する閣議決定をしたことに遡る。

黒川氏は本来なら、2月7日に退官予定だったのが、その直前の1月31日に定年延長が決まった。検察官の定年延長は過去に例のない人事で、黒川氏を次の検察トップに就任させるためではないかとの憶測も広がった。

2月のブログでも触れたが、現行の検察庁法には検察官の定年延長の規定がないので、政府は従来の法解釈を変更して、国家公務員法の規定を適用していたことが国会審議で明らかになった。

さらに新たな改正案では、役職定年に達した検察幹部について、内閣が認めれば最長で3年まで定年を延長できる特例も設けていることが明らかになった。野党側は、政権に都合のよい幹部だけを定年延長するのではないかと批判している。

このように今回は個別の検事長人事の問題と、検察官の位置づけや定年延長のあり方、そのための制度設計の問題が混在したままで、政府側が十分説明できていない点に大きな問題がある。政府は、秋の臨時国会に再度、この法案の提出をめざす方針だが、問題点を整理し直さないと世論の理解は得られないと思う。

 安倍政権・政局への影響は?

次に、安倍政権への影響はどうだろうか。まず、これまで重要法案で採決直前まで進んだ法案を先送りしたケースは、ほとんどないのではないか。特定秘密保護法をはじめ、安全保障法制、カジノを含むIR法、外国人労働者受け入れ拡大など国論が割れる法案についても官邸主導・与党ペースで押し切ってきた。

ところが、今年にはいっては、大学入学共通テストで導入が予定されていた英語の民間試験が中止に追い込まれたり、新型コロナ対策で政府が閣議決定した現金給付の方針の転換を迫られたりするケースが相次いでいる。

さらに先に見たように内閣支持率が下落、支持と不支持が逆転していることから、既に政権の求心力は低下しており、政権への影響は現れている。

気になるのは、今回の法案見送りは誰が主導して決まったのかという点だ。ある与党関係者によると黒川氏と関係が強いのは菅官房長官なので、安倍首相と側近が菅官房長官を押し切る形で先送りの方針を決めたのではないかという。

つまり、去年の秋以降、安倍首相側と菅官房長官との足並みに乱れが出ているのではないかとの見方も示されている。

コロナ感染拡大後の政治については、感染拡大の収束がいつ、どのような形になるのかがはっきりしないと明確な見通しをつけられない。安倍政権についても、まずは緊急事態宣言が継続中の東京など8都道府県について、宣言解除を5月末までに終了できるかどうか。感染収束時点の政権の状況を見極める必要がある。

また、追加の経済対策を盛り込む第2次補正予算案の早期成立をはじめ、経済・社会活動の本格的な再開と、感染抑制とを軌道に乗せることができるかどうか、安倍政権にとって険しい道のりが続くことになる。

 

緊急事態宣言 解除で 問われる点

新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言について、政府は14日夜、対策本部を開き、39の県で解除することを決めた。東京など残る8つの都道府県については、1週間後の21日に解除するかどうか判断する見通しだ。

長く続いた外出自粛要請などの区切り.。当初の5月6日の期限からは遅れたが、ここまで感染爆発に至らず、宣言解除にこぎ着けたことは素直に喜びたい。しかし、油断は禁物、引き続き警戒を続ける必要がある。また、これからは経済・社会活動の本格的な再開に向けた準備も始めなければならない。

宣言解除の第1段階を迎えたのを機会に、政府や自治体、それに私たち国民の対応、何が問われているのか考えてみたい。

 感染状況・医療 実態把握に弱点

政府は、今回の宣言解除にあたって、①感染状況、②医療提供体制、③PCR検査などの監視体制を基準に判断した。

こうした解除の基準について異論はないが、問題は、その前提となる感染状況や医療現場の実態を把握できているのか。政府や都道府県など行政の対応には「実態の把握と国民に対する説明が乏しいのではないか」。国民の側から見ると、この点が1番の問題点だと考える。

具体的にどういうことか。政府と地方自治体の対応について、最近の出来事の中から幾つか見ておきたい。

まず、関心の高い検査の問題。東京都は毎日、PCR検査で陽性の感染者数などを発表しているが、正確な1日ごとの検査データが明らかにされるようになったのは、実は5月中旬からだ。検査の実施日や結果判明の日時の違い、保健所の多忙な業務も重なり、基準を統一する作業が遅れてきたためではないかと見られる。

一方、東京都内の病院の入院状況については、厚労省のホームページで全国のデータとともに見ることはできるが、古いデータが更新されず、実態とのズレが生じている。また、都の受け入れ体制は2000床、ピーク時の3300床は確保などとも聞くが、感染者の症状の違いなどで受け入れ体制がどうなっているのか、よくわからないのが実態だ。

国会の質疑で政府側の答弁を聞いていても同じようなことが言える。例えば、◇全国の病院での重症者受け入れ状況は、10日前のデータ。◇軽症者などを収容する宿泊施設の状況も、7日前のデータといった具合だ。

さらに国民の関心が高いPCRの検査。安倍首相は、検査能力を1日あたり2万件まで増やすと強調する。ところが、実際の検査件数は1万人に満たない状態が続いている。

14日の記者会見で安倍首相は、新たに承認された「抗原検査」についても触れ、6月には1日あたり2万人から3万人分の検査キットを供給する考えを示した。しかし、PCR検査と合わせて検査がどうなるのか説明はなく、記者団からの質問もないので、検査体制がどの程度改善されるのかわからないままだ。

このように宣言解除の基準となった検査や医療現場の説明は乏しい。だから、解除して大丈夫なのか、納得感が得られない。感染症対策は長期戦になるので、政府と自治体は、協力してデータベースを整備すること。その上で、リアルタイムで正確な情報を収集・分析、国民に十分説明することが基本中の基本ではないかと考える。

 地域医療の整備、長期戦の基本

2つ目の課題は、地域医療の整備。新型コロナウイルスは手強い相手で、専門家に聞くと、短期で完全に封じ込めるのは困難だという。一旦、押さえ込んでも第2波、第3波の感染が起こりうる。但し、地域の医療体制が整っていれば、十分に対抗できる。だから、地域医療体制の整備は、長期戦の基本となる取り組みだ。

既に各地域で参考になる取り組みが行われている。
◇東京の杉並区では、感染患者を受け入れた病院では、病床の整備などに伴う減収が見込まれるため、22億円の予算を確保して病院経営を補助している。区独自のPCR検査場も設置する方針で、7月下旬にも開始する計画を進めている。

◇千葉県松戸市では、医療現場を支援しようと医師や看護師に民泊施設を無料で提供する取り組みを進めている。医師や看護師などから「万一、感染した場合に同居する家族に感染を広げないか不安」との声が上がっている。そうした不安や負担を少しでも軽減できるようサポートするのがねらいだという。

◇東京の武蔵野市や調布市など6つの市では、地元の医師会などとPCRの検査センターを設置するとともに、軽症者を受け入れる宿泊療養施設を確保する取り組みを進めている。

自分の住んでいる地域の医療体制はどのようになっているのか調べておくことも重要だ。また、政府の対応だけでなく、地域の医療体制づくりに責任がある都道府県の取り組み方も注視していく必要がある。

 第2次補正、出口戦略を描けるか

39県の緊急事態宣言が解除されたことで、政府にとっては、残りの8都道府県の宣言解除や経済活動再開に向けた出口戦略の取り組みが大きな課題になる。

その際、政府の司令塔、総理官邸の役割・対応が問われる。これまでの総理官邸の対応は「後手に回っている」という受け止め方が強い。総理官邸、安倍政権の体制の立て直し、再構築ができるかどうかカギになる。

これまで2月の一斉休校を巡っては、関係閣僚との調整が十分、行われていなかった。国民への現金給付を巡っては、与党の公明党や自民党からの不満が強まり、閣議決定していた当初案を撤回するといった迷走も見られた。

安倍首相は14日夜の政府の対策本部で、今年度の第2次補正予算案の編成に着手し、雇用調整助成金の上限を1日あたり1万5000円まで特例的に引き上げる考えを明らかにした。補正予算案の編成を通じて、政権の態勢を立て直し、政権運営の主導権を取り戻すねらいもありそうだ。

一方、これからの政治の焦点は、5月末までに東京などの緊急事態宣言が解除できるかどうか。第2次補正予算案の編成で中小事業者の家賃や、大学生の支援策の取りまとめが順調に進むかどうか。さらには本格的な出口戦略、経済活動再開へと動き出すことができるかどうか綱渡りの政権運営が続くことになりそうだ。

 

 

 

 

 

安倍政権 ”コロナ延長戦”で問われる点

新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が5月31日まで延長されることになった。当初の5月6日までの期限内に、感染拡大を押さえ込むのは困難な情勢になったためで、緊急事態は2か月目の延長戦に突入した。

今回は5月31日までの延長戦で、何を最優先に取り組むべきか考えてみたい。結論を先に言えば、3つの点を注文したい。
◆1つは、検査・医療体制の点検・整備を最優先に取り組むこと。緊急事態宣言の解除や今後の経済対策の前提条件になるからだ。

◆2つ目は、緊急事態宣言の解除の条件と、出口戦略の基本構想を示すこと。緊急事態宣言を終わらせる条件・目安は何か。その上で、その後の感染拡大の防止と、経済回復への取り組みをどのように実施していくのか。

◆3つ目は、安倍首相の記者会見のあり方。プロンプターの使用は止めて、国民に語りかける説明に変えた方がいいのではないか。
以上の3点について、それぞれの理由、内容を説明していきたい。

 感染症との戦い、根本は検査・医療

緊急事態の延長戦では、何を最重点に取り組むべきか。安倍首相が4日に行った記者会見を聞いても、現状の分析と評価、延長後の解除の条件、それに出口戦略をどうするのか、さっぱり分からないというのが率直な印象だ。

次の節目は、14日に専門家会議が予定されているので、安倍首相の記者会見も行われる見通しだ。それまでに最優先に行ってもらいたいのが「検査・医療現場の総点検」。その点検結果に基づいて、政府の対応策を打ち出してもらいたい。

今回の危機は、戦後日本が事実上、初めて遭遇する新型感染症との戦いだ。地震、台風、大津波といった自然災害、原発災害とは全く異なる対応策が必要だ。その根本は「検査・医療提供体制」の現状。どこまで整備されているのか、弱点はどこにあるかを明確にしておかないと、ウイルスとの戦いには勝てない。

ところが、国会での質疑、首相の記者会見などでもこの肝心な点について、体系だった説明を聞くことができない。

 検査・医療整備、予算投入計画を

そこで、政府に具体的に注文したいのは、次の点だ。◇PCR検査体制について、実際の検査件数が増えない原因とその後の改善状況、今後の見通しと予算額。◇感染者の受け入れ体制と重症者の入院・治療体制の状況。国・地方の予算額。◇緊急事態宣言解除後、感染の再拡大時に向けての備え・水準をどのように考えているか。

医療体制は、政府だけでなく、各都道府県などの自治体も大きな責任を負っている。国と都道府県との連携・協力体制をどのように強化するのか。

さらに先の補正予算に盛り込まれた政府の医療関係予算は、総額6,695億円。過去最大の補正予算、歳出25兆円と胸を張るが、肝心の医療関係予算の規模は少なすぎるのではないか。

このうち、地域の医療整備などにあてる緊急包括支援交付金も1,490億円に止まる。予備費の活用に言及するよりも、総理大臣が予算投入のメドについて言及する方が、国民に安心感を与え危機管理としても望ましいのではないか。

 緊急宣言解除の条件 提示を

2つ目は「緊急事態宣言解除の条件」について、政府の考え方を提示してもらいたい。4日の記者会見で安倍首相は、1人の感染者が何人にうつすか「実効再生産数が1を下回っている現状」や「1日あたりの退院者より、新規感染者を減らす」ことなどについて言及したが、条件とするのかはっきりしなかった。

これに対して、大阪府の吉村知事は5日、休業と外出自粛要請の解除について、独自の基準を決めた。①感染経路が不明な新規感染者が10人未満。②検査を受けた人に占める陽性者の割合・陽性率が7%未満。③重症病床の使用率が6割未満。①と②は日々の変動が大きいため、過去7日間の平均をみる。

感染状況と医療受け入れ体制が、客観的データに基づいて判断できるので、評価している。政府は、自治体の休業解除と、政府の緊急事態宣言解除とは違うとの立ち場のようだが、要は政府の考え方を明らかにしてもらいたい。
(追記7日13時:西村大臣の発言で「休業の要請と解除は、知事の裁量で行うもの。国は、緊急事態宣言の対象地域や解除を、どういう基準で判断するかということだ。具体的な数値の目安について近く示したい」。法律上、休業の解除は知事の責任、緊急事態宣言の解除は国の責任。西村大臣の説明で個人的には納得)

 出口戦略 ”二兎を追う難しさ”

次に、「出口戦略」をどう描くか。具体的には、感染抑制と、経済活動再開との二つのバランスをどうするのかの問題だ。

安倍政権は”二兎を追う戦略”と見ているが、緊急事態宣言の期限を迎える5月末までに「基本構想」を示してもらいたい。

緊急事態宣言も2か月に入ると感染抑制重視派と、経済活動重視派との対立、綱引きが予想される。国民の側がどのように受け止めるか焦点の1つになる。

安倍首相は記者会見で「長期戦を覚悟する必要がある。しかし、経済社会活動を厳しく制限する今のような状態を続けていくと、私たちの暮らし自体が成り立たなくなる。緊急事態のその先の出口に向かって前進していきたい」とのべている。

”二兎を追う”立ち場だが、安倍首相はV字型経済論者なので、経済重視路線に傾斜していくのではないかと個人的には予想している。

自民、公明の与党内、あるいは野党の中でも大きな論点になる見通しだ。そこで、注文しておきたいのは、抽象的にどちらを重視するか議論しても余り意味がない。◇感染抑止の対策の柱は何か、◇経済・社会活動と政府支援のあり方。◇その上で、双方のバランスをどう考えるかの考え方を明らかにして欲しい。

私個人は「感染抑止対策優先」。地域医療体制の緊急整備を優先して行い、一定のメドをつけた上で、経済・社会活動の本格的な再開をめざす考え方がいいのではないかと考えている。

そうしないと、経済を再開しても再び第2波・感染拡大が襲う可能性をアメリカの大学研究グループなどが警告している。感染対策は、景気対策の基盤・前提だ。政治の側も「新型感染症時代への備え」を大きな課題として位置づけて対応していく必要があると考える。

 脱プロンプター、国民に語りかけを

3つ目は、首相の記者会見について、触れておきたい。危機の時には、最高責任者の発信は極めて重要だ。安倍首相も多忙な中でも、記者会見のリハーサルもしていると推測するが、今のプロンプター(文字表示装置、”カンニング”装置)方式は止めた方がいいのではないか。

個人的な話で恐縮だが、現役時代の体験で、プロンプターを使う同僚もいて、よどみない語りに感心したこともあった。但し、政治のような事態が時々刻々、変化して、新たな情報が入ってくる時には使いにくい。このため、個人的には使わなかった。

また、技術論になるが、使うと本人の視線が流れ、訴える力が弱まることが多い。つまり、相当なプロが使いこなす場合は効果があるが、素人には逆効果になるということ。

安倍首相は、はっきり言って、滑舌のいい方ではない。語りで勝負するよりも、やり取りの方が持ち味が出るタイプだ。生き生きしたやり取り、閣僚席からのヤジで実証済みだ。党の社会保障関係の部会長も経験し、医療にも詳しい。記者を相手に、その向こうの国民に語りかける会見に変えた方がいいと思う。

もう一つ昔話、後藤田元官房長官から聞いた話。「危機管理は難しく考える必要はない。情報を可能な限り集め分析する。現状を正確に把握する。その上で、対応策を考える。海外などに成功例があっても、国内の法律、装備、人材などの面を考えて、できないものはできない。後は、総理官邸が総合調整をしながら実行に移すことだ」。

要は、緊急事態には、事態を正確にとらえて、政権が対応策を打ち出して、国民に理解を求め説得すること。これが危機管理の要諦で、国民も期待している点ではないかと考える。

 

 

安倍政権3つのハードル 新型コロナ危機

新型コロナウイルスのパンデミックが、世界を震撼させている。日本もこの危機をどのように乗り切っていくか正念場を迎えている。

緊急経済対策を実施していくための補正予算が、ようやく4月30日に成立にこぎつけた。事業規模は117兆円で過去最大、歳出は25兆円という大規模な経済対策、国民1人に10万円一律給付という異例の対応策も盛り込まれている。

但し、安倍首相が緊急経済対策のとりまとめを表明したのが3月28日、迷走のすえ、1か月もかかってしまった。迅速果敢な対応とはいかなかった。

一方、緊急事態宣言の期限が5月6日に期限を迎えるが、全国一律に1か月程度延長される見通しだ。

本予算に続いて、4月に補正予算も成立という異例の展開。これからの安倍政権、日本の政治は何が問われているのか、課題と対応策を考えてみたい。

 3つのハードル 補正予算成立後

最初に結論を明らかにしておいた方がわかりやすい。安倍政権としては、当面「3つのハードル」が待ち構えている。

▲1つは「感染収束のメド」をつけること。そのためには、緊急事態宣言を延長する場合、延長期間に何を最重点に取り組むのか、「重点目標と、安心・納得のいく政策とメッセージ」を国民に打ち出す必要があるのではないか。

▲2つ目は「学校再開のメド」をつけること。9月入学制の導入を含めて、子どもたちの教育、家庭や地域の安定のためにも、できるだけ早く方向性を出す必要がある。

▲3つ目は「暮らしと経済の追加対策と将来社会の構想」の議論を深めること。新型感染症の拡大は事実上、戦後初めての経験で、事態の変化に即して追加の対策を随時、打ち出してもらいたい。

同時に、大恐慌以来の経済危機との指摘もある。危機の位置づけや、日本の将来社会の構想を関係づけて、今後の全体の方向・道筋を示してもらいたい。

なぜ、こうした結論になるのか、その理由と今後のあり方を以下、説明したい。

 感染収束へ医療の点検・整備を

さっそく、第1のハードル、今回の危機の根本「感染の収束」にメドをつけられるか。特別措置法に基づく緊急事態宣言が5月6日に期限を迎える。政府は、感染拡大は依然、厳しい状況が続いているとして、全国を対象に1か月程度、延長する方針だ。

今の時点で、解除できる状況にはないことは理解できるが、延長の理由、今後の見通しなどについては、専門家の意見を含めて、丁寧に説明してもらいたい。

同時に政府のこれまでの対応は、”外出自粛などの要請ばかり”という印象を受ける。政府や都道府県知事はどんな取り組みを行い、効果はあったのか分析、説明をする必要があるが、説明はほとんどない。家庭用マスク、消毒液、医療現場の防護器材の不足、PCR検査の実施件数の少なさなどを見れば明らかだ。

今回、政府がやるべきことは何か。宣言を延長する場合、「延長期間の具体的な目標と、安心・納得のいく政策・メッセージ」を打ち出してもらいたい。

具体的な目標とは「医療提供体制の点検・整備と財政投入」。国民が中々、安心、納得感が得られないのは、政府・自治体は医療崩壊にどこまで本気で取り組もうとしているのか伝わって来ない点にある。

国会での審議を聞くと、民間病院が感染者受け入れると特別な病床の確保などで月に億単位の費用がかかり、減収になるという。補正予算での医療関係の交付金が1500億円では足りないことは、私のような素人でもわかる。

例えば、田中角栄元総理だったら「医療整備に1兆円の予算を投入する」とか、国民に安心感を与える政策を打ち出したのではないか。危機の時こそ、政治主導が必要だ。安倍政権は事業規模は大きく見せるが、肝心の所への財政投入が弱く、不十分と言わざるを得ない。

医療提供体制を確保できていれば、感染が長期化した場合、収束後に第2波が襲ってきた場合も、感染症との戦いを継続できる。生命線なのである。

学校の再開と9月入学問題

第2のハードルとして「学校の再開」問題がある。これに合わせて、都道府県の一部の知事や野党などから、入学や新学期の開始の時期を9月に変更する「9月入学制」を求める意見が出ている。安倍首相も「前広にさまざまな検討をしたい」との考えを示している。

学校再開の問題は、基本は地方自治体の教育委員会に最終的な決定権がある。感染の収束の時期がどうなるか、地域によっても違いがある。子どもたちの学ぶ機会の保障、健康面への影響の両面から検討してもらいたい。

早い時期の再開をめざすか、思い切って夏休みまで休校して秋の再開をめざすのか、具体的な方法などに知恵を絞ってもらいたい。「地域の実状に合わせた自主的な取り組み」に委ねるのがいいのではないか。

次に9月入学制は、休校に伴う学習の遅れを取り戻せることが期待できるほか、秋の入学が多い海外への留学がしやすくなるなどの利点が考えられる。

一方、幼稚園の入園や学校の入学までの期間が5か月延びることになる。家庭の経済的な負担増といった意見のほか、今年からの導入は拙速すぎるといった声も聞く。

この問題、入学試験、企業の採用時期など社会全体に幅広く影響を及ぼす。まずは、論点整理から始めてはどうか。また、日本の将来社会のあり方とも関係してくる。文部科学省と全国の教育関係者が中心になって、今後の選択肢をできるだけ早く示してもらい、社会全体で議論を深めていきたい。

 追加対策と将来社会構想

第3のハードルは「追加対策と将来構想」の論議だ。政治は、現実の問題を解決するのが仕事だ。感染症の影響は見極めが難しい。追加対策は事態の変化に即して随時、打ち出していくことが必要だ。例えば、家賃の支払いが困難な事業者への支援、アルバイト収入が減って生活が困難な大学生に対する授業料の減免なども与野党が協力して、実現してもらいたい。

その上で、国会でもっと議論を深めてもらいたいのが、「感染症の危機の認識」と「将来社会の構想」をめぐる議論だ。

IMF=国際通貨基金は「今年の世界経済は、マイナス成長だったリーマンショックを下回り、1929年に発生した大恐慌以来、最悪の景気後退」になる見通しを示している。日本は、今年・2020年はマイナス5.2%、2009年のマイナス5.4%に迫る低い水準を予測している。

安倍首相は補正予算案審議の中で「今回は、リーマンショックや、大恐慌より厳しい」との認識を示すとともに、第1のフェーズは感染を抑え、雇用と事業を継続する。第2のフェーズで経済のV字回復をめざす構想を示している。

これに対し、立憲民主党の枝野代表は「危機の時代は、弱者にしわ寄せがいかないみんなで支え合う社会、負担能力に応じた分かち合いの社会」を訴えている。

国民が知りたいのは「感染危機収束後の日本社会の将来像と柱となる政策」だ。政権を担当している安倍首相、”ポスト安倍”をめざす候補者、さらには野党各党のリーダーを中心に国会で活発な論戦を戦わせてもらいたい。

合わせて、今の国会議員の任期も残り1年半となった。しかし、党利党略の解散・総選挙の時期をめぐる駆け引きを行う時間的余裕はない。

与野党双方とも、この1年は、日本経済・社会の立て直しと将来社会の構想づくりに専念してはどうか。その上で、来年、時期を見て国民の審判を仰ぐのが、政治の王道ではないか。

私たち国民の側も政権、政党の対応をじっくり見極め、次の選挙で日本の将来構想とリーダーを選ぶのがいいのではないか。その前提、いずれにしても、まずは、感染危機の収束に全力を挙げたい。

 

 

迷走 安倍政権 緊急事態宣言2週間

新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づいて、安倍首相が東京など7都府県を対象に「緊急事態宣言」を行って、21日で2週間になる。これまでの安倍政権の対応をどのように見るか。

安倍首相は、感染対策については「当面2週間、様子を見る」考えを示していたが、それを待たずに対象地域を全国に拡大した。

一方、緊急経済対策の目玉政策である「1世帯30万円の現金給付」を取り下げ、「1人10万円一律給付」に転換、異例の補正予算案の組み替えに踏み切った。既に方針や政策の変更が相次いでいるが、今回の対応も異例で、”政権のダッチロール”、迷走状態に陥りつつあるようにも見える。

緊急事態宣言の期限は5月6日。残り2週間、何を最重点に取り組むべきか。そのためにも、この間の安倍政権の対応、危機管理を点検しておきたい。

 指導者と危機管理の要件

具体論に入る前に、今回のような社会全体に大きな影響を及ぼす事態・問題が起きた時に政権はどのように対応すべきか。歴代政権の中でも5年の長期政権となった中曽根政権の対応や考え方が参考になるので、見ておきたい。中曽根元総理の著書(「大地有情」)から一部を紹介する。

「指導者の要件というのは三つあるんですよ。(中略)1つは目測力、もう一つは結合力、そしてもう一つは説得力を持っていないとダメなんですね。目測力というのは、この問題はどういうふうに展開して行き着くところはどこなのか、それをしっかり把握できる能力ですね。結合力というのは、良い政策と情報と、良い人材と、良い資金を結合させる力です。説得力というのは、内外に対するコミュニケーションの力。この三つが現代の日本のリーダーに求められる要件なんです。そして、とりもなおさず、総理大臣自身がそういう力を持つことが危機管理なんですよ」

中曽根政権では、1983年ソ連の戦闘機が引き起こした大韓航空機撃墜事件への対応が大きな問題になった。危機管理では何が重要かが理解できる。また、私たちが政権の対応を評価する際の基準にもなる、含蓄のある言葉だ。後ほど再度、触れたい。

 最大の問題、医療危機への対応

さて、本論に入って「緊急事態宣言の効果」をどう見るか。宣言の対象地域が全国に拡大された後、休日の都市部では、感染拡大前に比べて8割以上減少した地域があった一方で、5割程度に止まる地域もあり、地域差がある。感染者数は、東京などでは横ばい状態だが、減少に転じるまでの効果は出ていない。こうした点の見方は、専門家の分析を待ちたい。

次に宣言後の一番の問題は何か「医療の提供体制が危機的な状況」にあることが浮き彫りになった点だと思う。

医療関係者によると◇東京都や大阪府などでは、入院患者の数が、準備している病床数の8割を超え、ひっ迫した状況にある。◇新型コロナウイルスの感染を確認するPCR検査がなかなか受けられない。実際に検査を受けるまで時間がかかる。◇医療現場では、医療用マスク、防護服、人工呼吸器など医療資材の不足が一段と深刻さを増しつつある。

 問われる政権の危機管理能力

こうした問題、いずれも「政府の基本方針」の中で、医療提供体制の整備として打ち出されていた内容だ。この基本方針が決まったのは、2月25日。2か月近く前に打ち出されながら、未だに実現されていないことに驚かされる。

前例のない感染症対策で、政府の対応に難しさがあるだろう。しかし、医療崩壊を防ぐことは、コロナ危機を乗り切るための政権の最優先課題だ。そのためには、政権の危機管理。具体的には、総理官邸が司令塔となり、厚生労働省をはじめとする中央省庁を動かし、医師会や地方自治体、さらには、地域の大学や病院、保健所などの医療機関と連携・調整、機能させていく取り組みが重要だ。医療現場の事態が深刻化していることは、政権の危機管理が後手に回り、機能していないのではないかと考えざるをえない。(参照ブログ:2月21日「新型肺炎 問われる政権の危機管理」、2月28日「全国臨時休校と危機管理の本質」)

安倍首相をはじめ政府は、外出の自粛などを盛んに要請するが、政権の責務、医療提供体制が機能していることが大前提だ。緊急事態宣言の後半では、医療体制の維持・整備を政権の最優先課題として取り組むことを強く注文しておきたい。

 10万円一律給付転換の見方

政府の緊急経済対策として当初、打ち出された「1世帯30万円現金給付」から、「1人10万円一律給付」への転換をどう見るか。

前号のブログで取り上げたように当初案に対する世論の批判は極めて強かった。また、連立を組む公明党や、自民党内の不満もこれまでにないほど強く、安倍首相が軌道修正を図ったものと見ている。

国民生活の面から見ると、当初案のままでは、世論や野党の反対も根強く、思うような効果を上げられず混乱を生む可能性も大きかったのではないか。このため、当面の国民生活を安定させる上で「10万円一律給付」の方が、”よりましな政策”と言えるかもしれない。巨額な赤字国債を発行することになるのをはじめ、追加の経済対策との関係・整合性などの面で問題を抱えているのも事実だ。

さらに政治的には、安倍政権の今後の政権運営、与党の自民、公明両党との関係、さらには追加の対策を巡る与野党の攻防などの面でさまざまな影響が出てくることも予想される。

 問われる安倍政権「結合力」

これまで見てきたように今回の感染危機は、国民生活や日本社会、政治、経済など大きな影響を及ぼすのは間違いない。その際、最大の問題は、感染拡大を抑制できるか、そのための危機管理が機能するかにかかっている。

冒頭、中曽根元総理の危機管理の要諦に触れたが、今回の事態では、特に2つ目の「結合力」、安倍首相が政権の足元を固めた上で、政策と情報、人材と予算を結合させて、危機を乗り切ることができるかどうか。緊急宣言の期限となる来月6日に向けて、政権が何を最重点に取り組むか、正念場が続くことになる。

10万円一律給付へ転換「世論の不評に危機感」 

安倍首相は、コロナウイルス対策として打ち出してきた「1世帯30万円の現金給付」の方針を転換し、「1人10万円を所得制限なしで一律給付する考え」を与党・公明党の山口代表に伝えた。

政権与党の公明党からの強い要請と、自民党内の要望を受けて実現へ踏み切ったものだが、既に閣議決定していた緊急経済対策を変更し、補正予算案を組み替えて国会に提出するのは、極めて異例だ。

こうした背景には、政権が目玉政策として打ち出した世帯向け現金給付に対して「世論の評価が極めて厳しいこと」に加えて、「安倍内閣の支持率低下への危機感」が働いているものと見ている。

そこで、今回の安倍政権のコロナ対応と世論の評価を詳しく分析してみたい。

 内閣支持率 軒並み低下

まず、「安倍内閣の支持率」から見ていく。コロナウイルスの感染拡大を受けて、安倍首相が7日、東京や大阪など7都府県を対象に緊急事態宣言を行った後、報道各社の世論調査が10日から12日にかけて実施された。

◆NHKの調査では、支持率は前回より4ポイン減の39%、不支持も3ポイント減の38%で拮抗。支持率が30%台に割り込んだのは、2018年6月以来のことだ。
◆読売新聞の調査では、支持が6ポイント減の42%、不支持が7ポイント増の47%。◆産経新聞は、支持が2.3ポイント減の39.0%、不支持が3.2ポイント増の44.3%。◆共同通信は、支持が5.1ポイント減の40.4%、不支持が4.2ポイント増の43.0%。3社の調査では、いずれも不支持が支持を上回る「逆転状態」へ悪化した。(NHKはニュースWEB、新聞・通信社は各社紙面のデータを使用)

こうした支持率低下の大きな要因と見られるのが、「緊急事態宣言を出したタイミング」の問題だ。「遅すぎた」との評価がNHK調査で75%。共同、読売、産経の調査でも80%~83%に達している。

 世帯30万円給付「不評」目立つ

次に政府が、緊急経済対策の目玉政策として打ち出した「1世帯あたり30万円の現金給付」。世帯主の月収が一定の水準まで落ち込んだ世帯に限って、現金を給付する制度。「非課税や収入半減などの給付条件がわかりにくい」「対象世帯が限られるのではないか」などの不満が聞かれた。

◆NHK「評価する」43%<「評価しない」50%。
◆読売「適切だ」26%<「不十分だ」58%。
◆産経「大幅に減った世帯に給付」39%<「すべての国民に給付」51%。
◆共同「妥当だ」20%<「一律給付」61%。

調査の設問や回答が異なるが、政府案を「評価しない」との意見が多数。国民に一律給付を求める意見が多い。公明党は元々、「1人10万円一律給付」を求めていた。自民党の若手議員からも同様の意見が出されていた。

NHK調査データで、政府案に対する世論の反応を分析すると◇「評価しない」が多いのは40代、50代の働き盛りの世代で、6割を上回る。◇支持層別で「評価しない」は、野党支持層で6割、無党派層でも6割近く、与党支持層でも4割を占めた。◇職業別で「評価しない」は自営業、サラリーマンともに6割程度にのぼった。端的に言えば、全体として「不評」。

 自粛に伴う損失 国が補償が多数

また、感染防止のためにイベントや活動を自粛した事業者の損失に対して、国が補償するかどうかの賛否。NHK調査では「賛成」76%、「反対」11%。政府は補償できないとの立ち場だが、世論は補償を求める意見が多い。

 マスク配付「評価しない」7割

さらに、政府が全ての世帯に布製マスクを2枚配付することについては「評価する」23%、「評価しない」71%。466億円の予算が必要で、”愚策”との厳しい声も聞かれた。

 政府対応、世論とのズレ浮き彫り

コロナ感染防止への対応をめぐっては、「政府対応と世論のズレ」の大きさが浮き彫りになっている。

「現金給付」の仕組みが変わることになるが、必要とする人たちへの支援は十分か。現金が届く時期は、早くなるのかどうかなどの制度設計が問題になる。
また、安倍政権の相次ぐ方針・政策変更と、政権運営のあり方。
さらには、財源確保のための赤字国債発行と借金の返済、財政規律など議論すべき論点・課題は多い。

 コロナ危機、政治の構造にも影響

最後にやや専門的になるが、今回のコロナ危機は、内閣支持率や政党支持率など「政治の構造」にも影響を及ぼしつつあるので、触れておきたい。

◆内閣支持率。与党支持層で安倍内閣の支持割合は73%で大きな変化はない。
◇無党派層では、安倍内閣の支持が減少(3月24%→4月19%)。◇年代別では、これまで高かった「18歳以上20代・30代の若者」の支持が減少(3月48%→4月40%)。◇地域では、緊急宣言の「7都府県」(大都市部)で支持が減少(3月45%→4月37%)などの変化が見られる。◇男女では「女性」は変わらず、元々、低い(4月女性35%<男性43%)。

◆内閣支持率のトレンド。◇去年夏の参院選後8月、内閣支持率は49%でピーク。それ以降、ほぼ一貫して低下。4月は39%、4割を割り込んだ。◇不支持は、去年8月が31%、増え続け40%前後まで増加。◇コロナ対策が大きな成果を上げないと、5月以降、支持・不支持が逆転の可能性がある。

◆政党支持率。◇自民党は低下(3月36.5%→4月33.3%)。特に「18歳以上・20代・30代の若者」の自民支持が急減(3月37%→4月25%)。◇野党第1党の立憲民主党も低下(3月6.3%→4月4.0%)。男女、40代、70歳以上で減少顕著。
◇無党派層は増加が目立つ(3月41.5%→4月45.3%)。70歳以上でも増加。

コロナ危機は、安倍長期政権、自民・立憲の政党支持率にも影響、変化を及ぼしつつある。当面、安倍政権が感染拡大を押さえ込めるか。国民生活、経済対策で一定の成果を上げることができるかが最大のポイント。年後半に衆院選挙を行えるような状況は、今の時点では想定しにくい。(了)

 

政権の調整力低下を懸念、緊急宣言1週間

新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するため、安倍首相が東京都など7都府県を対象に5月6日まで、「緊急事態宣言」を行ってから14日で1週間が経過した。

緊急事態宣言の効果はあるのだろうか。国と地方の関係、特に安倍政権の危機管理能力をどのように見たらいいのか考えてみたい。

最初に結論を明らかにしておいた方が、わかりやすい。緊急事態宣言をめぐる安倍政権の対応で最も気になるのは、「政権の制度設計能力、調整能力が低下」しているのではないかという点だ。

なぜ、こうした見方をするのか。そして、今後どのような対応が求められているのか考えてみたい。

 緊急事態宣言 ”中間評価”

今回の緊急事態宣言の評価は、最終的には、感染拡大を押さえ込めるかどうかにかかっている。14日朝の時点で、1日あたりの新たな感染者数は東京で91人、全国で294人と引き続き高い水準が続いている。全国の感染者数の累計では、3月1日が256人だったのが、4月1日は2497人、4月13日で7691人へ急増している。

専門家によると、今の感染者数は潜伏期間と検査に時間がかかるため、2週間ほど前の状況で、今回の緊急宣言の効果が評価できるのは「今月20日前後」になるとの見方を示している。

このため、安倍政権の対応、危機管理などの評価も最終的には、感染者の状況を見極める必要がある。また、今回の宣言は5月6日が期限になっており、その時点の状況も判断する必要がある。

このため、今の時点は、これまでの政権の対応の分析に基づく「中間的な評価」であることを最初にお断りしておきたい。

 遅れた 緊急事態宣言

まず、今回の緊急宣言が出されたタイミングについては、「遅すぎる」という受け止め方が圧倒的に多い。報道機関の世論調査でも8割程度に達している。

確かにタイミングとしては遅い。特別措置法が成立したのが3月13日。4月に入って都市部を中心に感染者が急増、小池東京都知事、吉村大阪府知事などの声に押されて宣言に踏み切った形になった。

安倍首相としては、夏の東京オリンピック・パラリンピックをどうするか。コロナ感染が世界規模で拡大すると最悪の場合は、中止に追い込まれる。その前に五輪の延期・開催に道筋をつけておきたい。また、経済面への影響も考慮しながら、発令のタイミングを探っていたものと見られる。

 宣言後の対応に問題、遅れと乱れ

私個人は一番の問題は、宣言が遅いという点よりも、宣言が出された後、国と都府県側との調整ができず、実施体制が遅れた点に問題の本質があると思う。

東京都の場合は、7日の安倍首相の宣言後、休業要請の対象施設の範囲などをめぐって意見が対立し、10日夜に西村担当大臣と小池知事が会談、ようやく翌11日の実施にこぎつけた。

その他の府県の実施日を見ても、神奈川県は東京都と同じ11日だが、千葉県、埼玉県は13日、大阪府は14日、兵庫県は15日とバラバラだ。宣言から1週間経って、ようやく休業要請などを行える実施体制が整ったことになる。これでは、とても、緊急事態、危機への対応とは言えないのではないか。

 政権の制度設計、調整能力低下

国と地方自治体との間では、知事の事業者への休業要請が行えるようになっても、休業の補償とその財源をどうするかという問題が残っている。財源の余裕がある東京都は独自に協力金を支払うことにしているが、残りの府県は財源確保の見通しがついていない。

ある県の関係者は「国が新たに設ける『地方創生臨時交付金』を使えるようにしてもらいたいが、国が応じるのかどうか、政権幹部に聞いてもはっきりしない」と戸惑っていた。

つまり、従来の総理官邸、霞が関の対応から推測すると、首相が宣言を出すまでに、財源などの制度設計、地方自治体などに対する根回し、段取りなど全て終えているはずなのに、今回の場合、調整がついていなかった。

同じような問題は、「緊急経済対策」でも見られる。例えば、収入が大幅に減少した世帯向けの現金30万円給付制度。支給対象や基準が分からないとの批判が強く出され、結局、総務省が全国統一の新たな目安を打ち出す事態になった。

このほか、政府が感染防止の基本方針を打ち出した直後に、安倍首相が方針に盛り込まれていない大規模イベントの自粛要請や、学校の全国一斉臨時休校を打ち出すなどの混乱が見られた。

さらには、今回の感染拡大について、専門家は早い段階から、感染拡大期の医療崩壊を防止するために、検査体制の拡充と重症者の入院・治療体制の整備を強調してきた。ところが、両方とも対策が思うように進んでいなかったことが最近の動きの中で明らかになりつつあるのではないか。

以上のように、これまでの安倍政権の危機管理の対応を点検してみると「政権内の制度設計能力、調整能力の低下」が浮き彫りになってくる。

今回のコロナ危機は、日本にとって事実上、初の大規模感染症で難しさはある。しかし、政権が抱えている問題点を認識し、改善していかないと、迷走が続き、これから待ち受けるハードルは越えられないのではないかと懸念する。

 危機の宰相の行動は?

最後に今月に入っての出来事についても、一言、触れておきたい。
安倍首相が表明した全世帯へのマスク2枚配付、466億円の費用がかかる。

また、安倍首相が作曲家の星野源さんの楽曲とともに自宅で過ごす様子を撮影したコラボ動画の投稿。賛否両論あるだろうが、危機の宰相としてやるべき行動だろうか、個人的には疑問に思う。

国民の多くは、コロナ危機の出口はどうなるのか大きな不安を感じている。危機のリーダーは、どっしり構えて、現状を正確に把握。その上で、どんな方針・対策で難問を乗り切っていくのか、明確な指針を打ち出して、国民に説明、説得することだと思う。憲政史上最長の政権であれば、こうしたリーダーの姿を、是非、見せていただきたい。

現金給付30万円、仕組みの見直しを!

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、政府が緊急経済対策の目玉として打ち出した「1世帯30万円の現金給付制度」については、条件が厳しすぎるといった指摘や批判が相次いでいる。この制度、どう見たらいいのか考えてみたい。

結論を先に言えば、この制度の仕組みや条件については大幅に見直し、改善すべき点は、大胆に改善する必要があるのではないか。

その際、別の選択肢や方法があるかどうかが問題になる。個人的には「マイナンバーを活用した大規模な融資・給付制度」に変えてはどうかと考える。この案は、経済の専門家が提言している考え方で、今後、国会審議の場などでも検討してもらいたい。以下、現金給付制度や問題点、改善方法などを見ていきたい。

 複雑な現金給付制度

政府は7日の臨時閣議で、新型コロナウイルスの感染拡大を抑制するため、事業規模の総額で108兆円、リーマンショック時を上回る、過去最大規模の緊急経済対策を決定した。

この中では、収入が大幅に減少している世帯や中小企業などに対して、新たな現金給付制度を打ち出したのが、大きな特徴だ。感染拡大で収入が減り、生活が困難な世帯に対して、1世帯あたり30万円の現金を給付する。一方、中小企業や小規模事業者に対して最大200万円、フリーランスを含む個人事業主には最大100万円を給付する。

このうち、特に世帯に対する給付金については、対象者や支給条件が複雑でわかりにくいなどの批判が相次いでいる。この制度を中心に見ていきたい。

まず、現金給付の対象から見ていくと、今年2月から6月の間のいずれかの月で、世帯主の収入が、感染が発生する前に比べて減少している世帯が対象になる。
条件としては、①住民税が非課税となる水準になるまで落ち込んだ世帯。
②月収が半分以上減少し、住民税が非課税となる水準の2倍を下回る世帯。

この条件を読んで、自分が対象になるか判断できる人は、極めて少ないだろう。住民税の非課税額は自治体によって違う。細かい説明になって恐縮だが、お付き合い願いたい。東京23区では、次のようになっている。

◇単身世帯は、年収100万円で、月収に換算すると8万3000円、◇夫婦と子どもの4人世帯では、年収255万円で、月収換算で21万円になる。

例えば、4人世帯で年収900万円のサラリーマンが、600万円の水準まで減収になった場合は、どうか。収入が半減ではないので、対象にならない。450万円の水準まで減収になった場合は、非課税額2倍の510万円以下という条件も満たし、給付を受けられる。つまり、収入の減少幅の違いで、受け取れる世帯とそうでない世帯に分かれ、不公平感が残ることが予想される。

一方、世帯主の収入が基準になるので、例えば、夫婦共働き世帯で、片方が解雇されても世帯主でなければ対象外になる。
(※総務省は、現金給付の基準がわかりにくいとの指摘を受けて、10日全国一律の基準を公表しました。ご参考までに文末に内容を書いておきます。この場合でも月収半減などの基準、世帯主か否かなどの問題点は変わらないと考えます)

 野党は批判、与党内に不満も

この制度について、野党側は、国民1人1人の生活保障のため、世帯単位でなく、「1人10万円を一律で給付すべきだ」と主張し、政府案は「条件が厳しすぎ、対象者も限られる」と批判している。

与党の自民、公明両党は既に政府案を了承しているが、党内では「給付の条件がわかりにくい」、「もらえる人と、そうでない人に分かれて不公平」といった不満もくすぶっている。

これに対して、安倍首相は「世帯の現金給付に加えて、児童手当を1人1万円上乗せしている」と強調。支給の仕方も、リーマンショックの時は、1人1万2000円の定額給付にしたが、配るまで3か月もかかった。今回は対象者を絞り、早く給付することが大事だと訴えている。

 マイナンバー活用の大規模な融資制度

それでは、政府案とは別に、どのような仕組み、方法が考えられるだろうか。

私は経済の専門家ではないが、これまでの取材で最も納得した案は、小林慶一郎さん(東京財団研究主幹・慶応大学客員教授)と佐藤主光さん(一橋大学教授)の共同提言だ。私の理解の範囲で、ご紹介したい(参照:3月25日、日本記者クラブの研究会で行われた小林教授の会見、HPから動画の視聴が可能)。

提言では◇今回は、急激な所得の減少であり、迅速に生活資金を届ける必要がある。1回だけの資金提供では不十分で、一定期間、提供する必要。◇個人向け緊急融資制度で、自己申告、無差別、無条件、大規模に生活資金を融資する制度が必要だ。資金の貸付は、マイナンバーの確認だけで可能にする。
◇基本は、月15万円✕12か月✕1000万人(対象者)=18兆円を想定。
◇融資のため、3年後から返済が基本だが、収入が増えず、返済が難しい場合は、返済なし・実質給付もありうる。

つまり、毎月15万円程度の生活資金を12か月、計180万円の融資が可能とする。事業の立て直しができた場合は、その後の納税に合わせて返済する。マイナンバーによる管理とする。事後の所得の多寡に合わせて、返済の減免もある。事実上、給付となることもあり得る。

以上が、小林先生の提言。その上で、私の個人的な考えだが、融資ではなく、最初から、給付制度とすることも考えられる。その際、財源の関係で、月15万円を減額、期間の縮小もありうる。端的に言えば「マイナンバー活用の新たな生活資金制度」として、規模の大きな資金提供を考えてはどうか。

 危機に見合った生活保障政策を!

政府の個人向け現金給付に必要な予算は4兆円余り、事業者向け給付は2兆7000億円余り、合計で6兆7000億円余りだ。この総額をどのように見るか。

安倍首相は「甚大なマグニチュードに見合う必要かつ十分な経済対策を実施していく」と繰り返し強調。事業規模108兆円、財政支出で39兆5000億円の大規模な経済対策を打ち出した。

しかし、現金給付の総額は7兆円、必ずしもマグニチュードに見合う規模とは言えないのではないか。

参考までに◇イギリスは生活必需品を販売する店以外は全て閉店とする措置が取られているが、政府が雇用を維持するため、働く人の賃金の80%を肩代わりする。フリーランスを含め自営業の人に対しても、平均所得の80%を支払う。いずれも上限は、月2500ポンド(約34万円)で、少なくとも3か月は続けるという。

◇フランスでは、営業停止で仕事がなくなったレストランやカフェ、商店などの従業員に対し、政府が原則として賃金の70%までを補償するという。
このように欧米の主な国では、感染防止策とともに、働く人の休業補償に手厚い措置を打ち出している。

日本の場合は、現金給付を急がなければならないが、今後、追加の現金給付の事態も予想される。
また、半年から1年程度の長期戦も視野に入れた生活保障を考えていく必要がある。

さらに、将来の人口急減時代の社会保障として、個人に対する現金給付の仕組みが必要になるのではないか。そのためにもマイナンバーを活用した給付制度を検討しておく意味があるのではないか。

景気の回復だけでなく、将来社会の設計にも役立つような予算の使い方を検討していく必要があると考える。

※1世帯30万円の現金給付について総務省が示した給付条件。世帯主と扶養家族を合わせた人数。
◆単身世帯=◇月収が10万円以下に減収するか、◇月収が50%以上減少し、
20万円以下となった場合
◆2人世帯=◇月収が15万円以下に減収するか、◇月収が50%以上減少し、
30万円以下となった場合
◆3人世帯=◇月収が20万円以下に減収するか、◇月収が50%以上減少し、
40万円以下となった場合
◆4人世帯=◇月収が25万円以下に減収するか、◇月収が50%以上減少し、
50万円以下となった場合